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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
「翠清山 最終決戦」編
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408話 「覚悟の熱量」



「邪魔ぁあああ!」



 目の前に立ち塞がったグラヌマーハの首に強烈な蹴りを叩き込み、その反動を利用して破邪猿将に迫る。


 破邪猿将との距離は、およそ七メートル。


 マキは右手の『六鉄功華ろくてつこうか』のギミックを発動させ、能力発動の準備に入った。



「ッ―――!」



 金色の盾に気を取られていた破邪猿将にとっては、完全なる奇襲。


 ここまで近づかれてしまったことは、間違いなく彼の失態といえた。


 だが、破邪猿将はこちらに視線を向けながらも、同時に身体を捻って剣撃を放つ。


 この猿型魔獣の怖ろしい点は、大きいうえに非常に素早い身のこなしができることだ。


 不意打ちされたにもかかわらず、右腕一本で軽々と大剣を操り、的確にマキを狙ってきた。



(この図体でなんて反射神経! 猿神の大将なだけはあるわね! でも、私のほうが一瞬早い!)



 ここでアルの攻撃に意味が出てくる。


 あの技自体は破邪猿将には届かなかったが、周囲のグラヌマーハを混乱に陥れることで、マキの動きを隠す目的があった。


 破邪猿将からすればマキは子犬程度のサイズにすぎず、それが死角から猛スピードで突っ込んでくれば、どうしても反応が遅れてしまうものだ。


 武人の高速戦闘では、その一瞬が生死を分ける。


 マキは剛腕から放たれた身の毛もよだつ風圧に晒されながらも、紙一重で攻撃を回避。


 大剣から噴き出した爆炎が頬を焼くが、目は真っ直ぐに破邪猿将だけを捉えていた。


 そして、速度を緩めないまま、勇気をもって懐に入り込む。



(攻撃は当てられる! ただ、どこを狙えばいいの!?)



 マキの『烈火・鉄華流拳てっかりゅうけん』は、どこから打ち込んでも効果を発揮する。


 しかしながら、おそらくはこれが最初で最後のチャンス。狙う箇所は非常に重要である。


 身長差がありすぎるので顔は無理。胸までも遠い。


 残る攻撃部位は、長い腕を含む下半身に限られる。


 腕は駄目だ。


 切り落とせば防がれるし、あのぶっとい両腕を突き破れるかわからない。


 足も同様に駄目だ。切り落とされれば防がれる。



「ならば―――腹ぁああああ!!」



 となれば、致死性を考えて「どてっ腹」しかない。


 マキは一度地面に着地し、そこから全身のバネを使って跳躍。


 一度決めたら迷いはない。


 真紅の戦気を燃焼させ、体内で生み出した熱々の鉄を溶かしながら、右手に集中!



―――鉄拳一閃!



 抉るように放たれた強烈な一撃が、破邪猿将の腹に直撃!


 が、これで決まった!と思うのはまだ早計だ。



(硬い! 他の猿神とは素材が違う!?)



 まず感じたのは鎧の硬さ。


 普段ならば装備していない鎧を穿つ必要があり、これだけでも一苦労。


 しかもサイズが大きいため、厚みも通常の二倍以上はある代物だ。


 篭手がガリガリと鎧を削っていくたびに猛烈な火花が散る。



(それでも押しきる! この篭手には炬乃未さんの力が宿っているのよ! 負けはしない!)



 破邪猿将の鎧は、杷地火が加工した金属を火梨香かりかが仕上げた特注品だ。


 いわばアズ・アクスの『新旧対決』であり、新たな世代の炬乃未が作った武器と、現役バリバリの脂が乗った鍛冶師たちとの戦いでもある。


 やはり杷地火たちの腕前は堅実で確実。


 質実剛健という言葉が相応しい、しっかりとした基礎と土台の上に、女性のディムレガンの才能が合わさった見事な逸品に仕上がっている。


 対する炬乃未は、才能と資質では父らを数段上回るものの、まだまだ若年。造りに粗さが目立つ。


 しかし、ここで唯一の違いがあるとすれば、【願いの差】。


 迷いながら魔獣たちに組した杷地火たちと、ただただマキのためにすべてを捧げた炬乃未の差。


 その熱意が、情熱が、あまりに違いすぎる!!


 武器は生きている! 叫んでいる! 志している!


 黒千代や黒兵裟刀がサナに力を与えるように、六鉄功華ろくてつこうかもマキの身体から溢れ出る戦気を何倍にも引き上げ、灼熱の真紅を拳に満たしていく!



「打ち貫く!! うらあああああああああああああ!」



 覚悟を宿したマキの一撃が、鎧を穿つ!


 破邪猿将が死に体であったことが影響し、この硬い鎧に穴をあけることに成功。


 先端が腹筋に突き刺さり、マグマのような鉄が体内に流れ込む。


 だが、鬼形態の鈍重な銀宝鬼美姫と違い、相手は俊敏な猿だ。


 鉄が完全に流れきる前に、左手で持っていた大剣を振り払い、柄がマキの頭部に叩きつけられる。



「っ…!」



 目の前が真っ暗になり、漫画のように星が飛ぶ。


 余談だが、この星や火花は『内視現象』と呼ばれ、網膜や眼球の圧迫により視神経が刺激され、光と誤認してしまうものらしい。


 逆にいえば、それだけの衝撃を頭部に受けたのである。



「だからなんだって言うのよおおおおおおおお!」



 が、これがマキの激情を引き出すことに繋がった。


 爆発した怒りのエネルギーが大量の鉄と化して、破邪猿将の腹に流れ込んでいく。



「キ゛キ゛キ゛ッ!!?」



 破邪猿将は、あまりの熱さと痛みに驚き悶え、反射的にマキを蹴り飛ばす。


 今度はさすがに踏ん張りが利かず、マキはピンボールのように吹っ飛んでいくが、空中でアルが受け止める。



「お嬢ちゃん! 無事アルか!」


「ぶはっ…私は……大丈夫っ!」


「随分と力の制御が上手くなったネ。たいしたものヨ」



 マキは寸前で能力を制御し、胸から腹を鉄化させてダメージを軽減させていた。


 吐血はしているものの、もし山での修練がなければ、内臓破裂の大打撃を受けていただろう。



「それより、やったわ! どてっ腹を抉ってやったわよ!」



 マキの拳には確かな手応えがあった。


 それを証明するように、破邪猿将は腹に異変を感じて暴れ回る!



「ググググッ…キ゛ィ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛!」



 何かが侵入したことはわかったのだろう。


 鎧の隙間から自身の腹を爪で引っ掻き回し、内臓の一部すら傷つけてまで鉄を取り出そうとしている。


 されど、その程度で止まるわけがない。


 こうしている間も鉄は浸食を続け、次第に身体全体に行き渡って鉄化して死ぬ。


 いまさらながら怖ろしい技であり、対生物戦における切り札とも呼べる能力だ。知らなければ対処が難しいところも脅威といえる。



「キーーキーーー!?」


「キッキッ…!!?」



 その光景に他の猿たちは驚き戸惑い、戦うこともやめて自身のボスをじっと見つめていた。


 彼は混成軍にとってのアンシュラオンやベルロアナのような存在なので、動揺するのは当然である。


 そして、猿たちの視線が集まる中、ついに破邪猿将の動きが止まった。



(勝った! 仕留めたわ!)



 マキは勝利を確信。


 クルルが統括しているとはいえ、破邪猿将を倒せば他の二軍との兼ね合いもあって、猿神の軍勢の瓦解は間違いない。


 それが敵軍全体にとって致命的ではなくとも、少なくとも混成軍が逃げる時間は稼げるはずだ。


 しかしこの直後、逆にマキが驚くことになる。


 なぜならば、破邪猿将が止まったのは死んだからではないからだ。


 それは覚悟を決めるための一瞬の静寂。


 彼の目に強い光が宿ると、おもむろに大剣を振り上げ―――ズブウウウウッ!!



「キ゛ィ゛ィ゛ィ゛ィ゛ィ゛!」



 自らの腹に突き刺し、術式発動!


 体内で業炎を解き放つ。


 そのうえ、まったく遠慮がないフルパワー。


 ジュウジュウと鎧が溶け出し、大きな焦げ跡が残るほどの熱量が体内で炸裂したら、ただでは済まない。


 事実、破邪猿将の腹は炭化して欠損しており、おそらくは腸を含んだ内臓も一部消し飛んでいるはずだ。もしかしたら肺や心臓にもダメージが及んだかもしれない。


 だが、それがなんだというのだ。


 破邪猿将は剣を引き抜くと、両手の大剣を打ちつけて、ガキンガキンと大きな音を打ち鳴らす。


 仲間内に「自分は健在だ」とアピールしているのである。



「嘘…でしょ?」



 マキは呆然。まったく予想していない結果だったからだ。


 火乃呼の剣の力は、マキの鉄化した細胞すら焼き尽くしていた。


 鉄化が怖ろしいところは、敵の細胞をエネルギー源にして増殖することであり、それが体内がゆえに防ぎにくい点だ。


 ただし、鉄細胞そのものは、あまり強くはない。それ以上の強さで吹き飛ばせば対策は可能だ。



「…運がなかったネ」



 アルが、ぼそりと呟く。


 たしかにマキにとって、いくつかの不運な要素はあった。


 頑強な鎧がなければもっと大量の鉄を送り込めていただろうし、群れの取り巻きがいなければ、もっと強く打ち込めたはずだ。


 やはり自分たちが数において劣勢という焦りもあったのかもしれない。それによって気が逸った面はあるだろう。


 されど、それを差し引いても余りある、破邪猿将の気概! その熱量!


 絶対に人間には負けないという強い意思が、彼を突き動かすのである。


 どう考えても激痛が走っているにもかかわらず、破邪猿将は大声で叫ぶ!



―――「いけ! 人間を蹴散らせ!」



 剣を高く掲げ、全軍突撃の号令。


 側近のグラヌマーハを筆頭に、グラヌマたちが剣を打ち鳴らして気合を入れ直す。


 奥の手が失敗すれば、次は逆襲を受ける番だ。


 猿たちが一気呵成に追撃を開始。


 ベルロアナの盾の波動に群がっていく。



「今は下がるヨ!」



 ショックとダメージで動きが鈍いマキを庇いながら、アルがグラヌマーハの攻撃を捌いていく。


 だが、いくら達人の彼といえど、この数が一斉に襲いかかってくれば被弾もやむなし。


 回避した直後を狙われ、少しずつ切り傷が刻まれていく。



(術式武具は厄介アル。ミーでも簡単には防げないネ)



 これでもグラヌマーハの武器は摩耗している。


 ディムレガンからの補充があったとはいえ、大半は通常の剣であり、材料不足から術式武器はあまり作られていない。


 ディムレガンそのものは錬金術師でも魔石調整者でもないため、魔石を生み出すことができないからだ。


 街から持ち込んだ魔石をすべて三大魔獣用に費やしたことで、グラヌマーハ全員にまで行き渡らなかった。


 それでもアルをこれだけ苦しめるのだから、魔獣が武器を使う恐怖を改めて思い知るものだ。


 アルは発剄を打ち込んで反撃しつつ、なんとか群れを抜けてマキを連れ出す。



「老師、もう一度いくわ! 次は絶対に仕留める!」


「駄目ネ。相手が警戒しているヨ。もうあの壁は突破できないアル」


「くっ…」



 破邪猿将の周囲を完全武装のグラヌマーハたちが囲んでいる。


 すでにマキは敵から危険人物に指定されてしまった。強引に切り込んでも誰かが身を挺してボスを守るだろう。そして、反撃を受けて殺されてしまうはずだ。


 ただし、マキの奇襲は完全に失敗とはいえない。


 破邪猿将が受けたダメージは大きく、足取りはひどく重い。剣を持つのもやっとの状態に見える。


 大半は自傷によるものだが、そうしなければ死んでいたので、彼も必死だったのである。


 それに伴い、敵は伏兵の存在を強く警戒し始め、進軍の速度も大幅に低下していた。


 マキはアルとともにグラヌマと応戦しつつ、離脱するチャンスを探るが、現状は厳しいままだ。



(ファテロナはもう動けない。ベルロアナ様も長くはもたない。グランハムは雑魚を引き付けているから援軍には来られない。…このままだと呑まれる!)



 魔神戦は個の強さで打開する戦いであったが、今回は敵側にも強い個がいながら数でも劣っている。


 こうやって消耗戦が続けば、いずれはこちらが先に倒れるのは道理だ。



(やっぱり私が仕留めるしかない! 相討ち覚悟でいけば……いえ、駄目よ。ここで死んだら無駄死にだわ。それじゃあの人の役に立てない!)



 いつもの無鉄砲さが脳裏をよぎるが、アンシュラオンの言葉を思い出す。


 けっして無理をしない。他を犠牲にしても生き残ることを優先する。これが絶対の約束である。


 今の自分はグラス・ギース所属ではなく、あくまでアンシュラオン隊であり、彼の妻なのだと強く言い聞かせる。



(粘り強くいくのよ! スタミナを維持して息切れしないように! そうすれば、必ずまたチャンスはやってくるわ!)



 マキは最低限の動きで消耗を抑え、耐久の構えに入る。


 つらくなったら一時的にベルロアナの盾の中に入って休み、また出ては敵を少しずつ減らしていく。


 時間が経過するごとに盾の範囲も狭くなっていくため、それもいつまでもつかわからないが、それでも諦めずに耐え続ける。


 一瞬で燃やし尽くす戦いしかできなかった彼女だが、幾多の戦いを経て柔軟な戦術にも対応できるようになっていた。


 これもアンシュラオン隊でチームワークを磨いた結果といえた。



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