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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
「翠清山 最終決戦」編
403/617

403話 「決戦、初動」


 侵攻開始、七十三日目。


 三袁峰にも雪がちらつく朝方、魔獣の軍勢に動きが見えた。


 彼らはゆっくりと南東に移動を開始。


 その行く先は、おそらくは『清翔湖』と思われた。


 現在、清翔湖ではスザク軍、約四千が陣を張っているからだ。


 幸いながら敵の動きは遅く、この情報はすぐさま斥候を介してスザクに伝わった。



「ついに動いたか…」


「あまりに数が多すぎます。まともにぶつかれば一瞬で潰されるでしょう」



 これにはスザクも強張った表情を浮かべ、情報を伝えたシンテツも渋い顔である。


 最低でも敵の数は、こちらの五十倍以上。


 情報ではそれ以上にも見えるということから、数はさらに膨れ上がっている可能性が高い。


 スザクは神妙な顔つきのまま、覚悟を決める。



「数の差なんて始める前からわかっていた。もし死ぬことが怖いのならば、とっくの前に逃げ帰っているさ。でも、僕たちは負けるために残ったわけじゃない。仮に勝てなくても被害を減らすことはできるはずだ」


「しかし、ハイザク様に続き、スザク様にまで何かあれば…」


「ライザック兄さんが都市に残ってくれている。あの人がいれば何度だってやり直せる。それに、ハイザク兄さんがまだ死んだとは限らない。僕は最後の最後まで諦めるつもりはないよ」


「ならばせめて、我ら第三海軍も死ぬまでお供いたします。ここに残った者の中には新兵もおりますが、その志だけは一人前の海賊です」


「ありがとう。本当に感謝している。共にハピ・クジュネのために戦おう」


「はっ!」



 陣を張ってからもシンテツは、ずっとスザクに撤退を進言していたが、最後まで若獅子の意思を変えることはできなかった。


 兄への信頼とハピ・クジュネへの郷土愛。散っていった者たちの弔い。


 さまざまな事情と感情が若者を無謀な道へと誘っていく。


 ただし、無謀だからといって勝算がないわけではない。


 スザクが幹部を集め、地図を確認しながら作戦会議を開く。


 戦いを有利にするためには情報が不可欠だ。まずは敵の内情を探る必要がある。



「計算では兄さんたちが敗北してから、もう二十日以上も経っているはずだ。それにしては相手の動きが遅すぎるとは思わないか?」


「たしかに。魔獣ですので人間ほど集中力がないにしても、単なる慢心というだけではなさそうですな」


「現在もかなりゆっくりとした進軍だ。何かしらの事情があるのは間違いない。たとえば内部で権力争いが勃発している可能性はないだろうか?」


「なるほど、それはありえます。勝利を確信した瞬間から味方は敵になるものです。もともと三大魔獣は対立していましたし、数が膨れればそれだけ問題も起きるでしょう。互いに牽制し合っていてもおかしくはありません」


「正面から戦っても勝ち目がない以上、そこが付け入る隙になるかもしれない。敵軍の監視は常時続けてくれ。そして、一番の懸念点だったベルロアナ様の混成軍も動いてくれているようだ。まだこちらは闘志を失っていない。それもプラス材料だろう」



 混成軍はたいした脱落者も出さずに作戦行動に移っている、との報告が入っている。


 都市の危機でもあるグラス・ギース軍はともかく、傭兵たちは利益によって動く。


 当然、翠清山の制圧自体は契約内容に含まれているので、それが達成されていないのならば離脱は違反になるものの、命あっての物種。最悪は瓦解の危険もあった。


 がしかし、多くの傭兵は意外にも意欲に満ちた状況だという。


 その理由は明白。



「こちらには、まだアンシュラオンさんがいる。あの人が諦めていないのだから、僕たちが先に諦めるわけにはいかないね」


「届いた手紙では、ほぼ間違いなく勝てると書いてありました。が、だからこそやつの『焦り』も感じますな」


「僕たちへの鼓舞と激励なんだよ。逆にそうでも言わないと逃げるかもしれない、と思われていることが悔しいね。それこそ海軍の名折れだ」


「あの男に侮られることだけは許せません。ぜひ鼻を明かしてやりましょう」


「その通りだ。これは僕たちが責任を取る戦いだからね。でも、あの人がいてくれてよかったと心底思っているよ。彼がいれば勝てる。本当にそんな気がしてくるんだ」



 すでに主力の第二海軍を失っている今、アンシュラオンが精神的支柱になっていることは間違いない事実だ。


 デアンカ・ギース討伐、ア・バンド殲滅、混成軍の立て直し等々、今までの言動と実績が、傭兵だけではなく海兵にまで支持されていることがわかるだろう。


 まだ頼るべき英雄がいる。切り札がある。あいつならやってくれる。


 劣勢で戦う者たちの拠り所として、アンシュラオンの存在は極めて大きいのだ。


 もし彼がいなければ、スザクも今頃は確実なる死を覚悟していたはずだ。勇ましく戦って死んでも、それでは無駄死にの特攻にしかならない。


 しかし、これから多くの犠牲が出たとしても、それは勝つために必要な要素となる。



(ア・バンドとの戦いの時も、あの人はとんでもないことをしてくれた。今度だって何かやってくれるはずだ。そのためには僕たちが『手駒』としてしっかり動くことが大事なんだ。これは総司令の僕にしかできない仕事だ)



 スザクの美徳は、その謙虚さにある。


 間近でアンシュラオンの戦いを見ていたからこそ、総司令でありながら自身は黒子に徹することができるのだ。


 そして、スザク軍が敵と遭遇したのは、それから三日後であった。





  ∞†∞†∞





 清翔湖は全長六十キロにも及ぶ巨大な湖であり、翠清山における最大の水源として有名である。


 水質は透明度が高い軟水で飲み水としても最適であり、水深も五百メートルと深く、多数の淡水魚が生息している。


 ここの水は、琴礼泉だけではなく三袁峰や銀鈴峰にも流れており、そこから麓の森を伝って動植物に多大な恵みをもたらす。


 そのため魔獣たちの憩いの場として、三大魔獣たちも介入しない『中立地帯』と認知されていた。それだけ山での水源は貴重なのだ。


 そして、ハピ・クジュネが翠清山を狙ったもう一つの理由が、まさにその水源なのである。


 ハピ・クジュネも蒸留製法で真水を作ってはいるが、他の都市への移送にはかなりのコストがかかるし、グラス・ギースを筆頭に北部全体における水不足は解消されていない。


 翠清山を確保できれば、足りなかったすべての要素が手に入る。だからこそ負けられない。



「多数の飛行体が接近! 鳥神の軍勢と思われます!」



 清翔湖に陣取るスザク軍が最初に発見したのは、ヒポタングル率いる航空部隊だった。


 空一面が赤や黒に染まるほどの鳥の大群が、清翔湖の上空に出現。


 太陽の光すら遮断する圧力に海兵たちもどよめく。



(報告通り、数が増えているな)



 スザクも、あまりの迫力に息を呑んだ。


 どう見ても二十万は超える軍勢である。


 これで全軍ならばまだよいが、見たところ鳥型魔獣だけのようだ。


 つまりは、マスカリオン軍だけでこの数にまで膨れ上がっている、ということである。



(ここは敵の本拠地。時間は向こうに味方してしまう。しかし、時間を稼ぎたいのはこちらも同じことだ)



「迎撃を開始しろ!」



 指揮官が動揺を見せなかったことで、海兵らも冷静に対処。


 向かってくる黒い塊の先端を狙って銃弾を叩き込む。


 距離があるので弾丸自体の威力は低下するものの、これだけの数だ。外れる心配はなく、必ず何かしらには当たる。


 特に翼に当たれば鳥型魔獣にとっては致命的。


 直撃した個体はボトボトと湖に落ち、ギリギリ持ち直した個体でさえ、湖に生息している魚型魔獣がパックン!


 シャチがジャンプするかのごとく、水面から十数メートルも跳ね上がって捕食してしまう。


 どんなに空では強くても、水の中に引きずり込まれれば一巻の終わり。


 水棲魔獣は体躯が大きくなりやすい傾向にあり、こんな山の湖であっても二十メートル級の魔獣はざらにいる。


 彼らは湖に近寄る魔獣ならば何でも引きずり込んでしまうので、水鳥などは大好物。まさに入れ食い状態となる。



(よし、上手く食いついた! 地形はこちらの味方だ!)



 実はこれ、スザク軍の作戦である。


 すでに十二月に突入しているため清翔湖の大半は凍り、本来ならば分厚い氷に覆われている時期だ。


 しかし、スザク軍も何もせずに待っていたわけではない。


 肉体自慢の海兵を総動員し、陣を張った地点から数キロ内の氷を割ることに成功していた。


 ワカサギ釣り用の氷をあけるだけでも面倒なのだ。これだけの範囲の氷を破壊するにはかなりの労力を使ったろうが、とどめを刺さないで済む分だけ弾薬や術符を節約できる。


 スザク軍は、ありったけの弾丸で上空に弾幕を張り、魔獣の移動を阻止していく。


 ただし、相手は飛行しているので、律儀に真っ直ぐ来る必要はない。


 湖に落ちる個体が増えれば増えるほど、大きく湖を迂回してくる集団が増える。


 だが、それに対してはバンテツが率いる砲撃部隊が対応。


 森に潜んで待ち構え、近づいてきたところに炸裂砲弾をお見舞いする。


 こちらは以前も使った『上空炸裂砲弾』もあれば、単に刺激を与える煙玉を発射することもあるが、敵が混乱すれば効果十分。


 パニックに陥った先頭の鳥たちが急に飛ぶ角度を変えたことで、後ろを飛んでいた鳥たちもそれについていってしまう。


 いわゆる鳥の集団行動だ。


 種族によっては意識してやっている場合もあるが、眷属のような末端の鳥は習性で反射的に反応してしまう。


 なぜならば弱い鳥ほど群れる傾向にあり、危険を察知した個体に即座についていかねば生き残れないからだ。


 そのまま湖のほうに飛んでいけば、銃弾と水棲魔獣の餌食に。


 違う方向に飛んでいっても、さらなる混乱を後続に引き起こして進軍が遅くなる。


 どちらにしても時間を稼ぐことができるのだ。



―――「人間め、氷を割ったか。小癪な真似をする」


―――「それより眷属の馬鹿っぷりがなさけない。低級種族とはいえ、さすがに恥ずかしくなるぞ」



 その様子をヒポタングルの群れが後方から観察していた。


 眷属たちは指示を出せばある程度は目論見通り動くが、ヒポタングルより知能が数段劣るために、一度狂ってしまうと自力で立て直しが利かない。


 集団行動の習性も影響し、進軍中も気づけばいなくなっている群れもいるほどだ。


 所詮は低級の魔獣。そのすべてを掌握することは不可能だろう。


 スザクが予想した通り、数が増えれば増えるほど内部の混乱も増すのである。



―――「我らも出るか?」



 あまりの体たらくに、グレートタングルがマスカリオンに問う。


 だが、マスカリオンはじっと戦況を見据えながら首を横に振った。



―――「その必要はない。むしろ眷属を下がらせろ。一度引く」


―――「よいのか? 先陣を切ったのだから、戦果はあったほうが見栄えがよいぞ」


―――「猿や熊に見栄を張ったところで得るものはない。それに、相手は『あの人間』だ。やつらのしぶとさは嫌というほど知っているだろう? ここで戦力を無駄にするべきではない」


―――「ふむ、眷属はいくらでも湧いてくるとはいえ、わざわざ魚どもに食わせるには惜しいか。しかし、人間がまだ逃げていなかったとは驚きだ。我ら相手に本当に勝てると思っているのか?」


―――「あの馬鹿は死ぬまで直らぬ。が、戦えば死ぬまで抵抗を続けるはずだ。その愚かさに付き合うことはない」



 マスカリオンは眷属を下がらせて待機を選択。


 清翔湖の対岸まで撤退したようで、肉眼では視認できないほど離れていった。


 それをスザクが安堵の表情で見つめる。



「マスカリオンは正面衝突を嫌ったようだね。彼らしい選択だ」


「以前の戦いが効いておりますな。むしろ、あのまま全軍で突っ込んでこられるほうが困りました。さすがに防ぎようがありませぬ」


「それだけ損得勘定ができる魔獣だってことさ。でも、僕たちがここにいる限りはまたやってくるだろうね。つらいだろうが、できるだけ気勢を上げて迎撃にあたろう。頭が良いからこそ、我々の抵抗の意思が強ければ強いほどマスカリオンは仕掛けてこない。ここからは気合の勝負だ」



 魔獣の軍勢が動きを見せなかった理由の一つが、戦力の補充と拡充である。


 人間との戦いによって彼らも消耗した。個体数が多くない三大魔獣はすぐに増やせないが、その眷属たちはもともと出産数が多い。


 以前スザク軍と交戦した『カラトホリ〈赤爪鴉〉』、『ホークジャク〈風切鷹〉』、『トムカッコ〈落石鳥〉』も、捕食を制限することで意図的に増やすことができる。


 通常ならば難しいが、クルルが魔獣全体を統率すれば生態系を操作することも可能なのだ。



(一方で僕たちは、時間をかけるほど消耗していく。この構図は初期から何も変わっていない。それがわかっているから向こうも仕掛けない。誰だって死兵の相手なんてしたくないからね。しかし、彼のその行動こそ魔獣たちが一枚岩ではないことを証明してくれる。こちらが一致団結すれば、まだ勝ち目はあるんだ。我慢。今はとにかく我慢が大切だ)



 ハイザク率いる第二海軍が三袁峰を制圧できていれば、だいぶ情勢は変わっただろうが、現在は単なる死に戦である。


 魔獣から見ても手負いの獅子と真正面から戦うのは嫌らしい。放っておけば死に絶えるのだから、理性的なマスカリオンが積極的にならないことは想定通りといえる。


 こうしてマスカリオン軍が動きを控えた結果、スザク軍はおよそ四日間、清翔湖の防衛を成功させるのであった。



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