400話 「火乃呼の教育 その1『躾(体罰)』」
アンシュラオン隊と赤鳳隊の一行は、琴礼泉から離れて北西に移動を開始。
ただし、直進するのではなく、三袁峰の外周を舐めるように慎重に回り込んでいく。
「ね、ねぇ、大丈夫なのかなー? ここってもう敵の本拠地の近くじゃないのー? いきなり遭遇とかないよね?」
あの能天気なアイラでさえ緊迫した空気を感じ取る。
事実、三袁峰は敵の総本山といっても過言ではないエリアだ。
情報によれば、敵の総数は二十万。
本隊は北東寄りにずれているとはいえ、そこをたかだか五十人にも満たない人数で進んでいるのだ。怖いのが通常の感性だろう。
人数の内訳は、アンシュラオン隊が二十五人。
現在はマキとアル先生が離脱しているが、火乃呼と烽螺と炸加が加わり、さらにケウシュと若猿までついてきたので、より正確に述べれば『二十五人と二匹』である。
ケウシュは通訳として使えるが、若猿は完全に舎弟枠だ。秘密裏にゴンタも飼っていることを考えれば、魔獣同伴が当然になりつつあるのがすごい。
続いてソブカ率いる赤鳳隊が、十八人。
こちらは度重なる激戦にて一般隊員が十人ほど死亡したので、その分が減っている計算となる。
ソブカたち主力の八人も怪我や疲労が蓄積しており、ここまで離脱者がいないほうが不思議といった様相だ。
ファレアスティも覚悟を決めたのか、黙ってついてきていた。
(相変わらず嫌われているけどね)
時々アンシュラオンの背中に殺意が向けられるが、それも可愛いものである。
彼女も白の二十七番隊と一緒にいたほうが生存率が高くなることを知っているのだ。
「何これ? ひっ、死体!? これって人の死体だよね!?」
「アイラ、さっきからうるさいぞ。黙って歩けないのか」
「だ、だってー! 死体があったら怖いに決まってるじゃんかー!」
「第二海軍が戦っていたんだ。死体の百や千はあるだろうさ」
アンシュラオンが、アイラが見つけた死体を確認。
かなり損壊が激しいうえに焼け焦げている。おそらくはヒポタングルの襲撃を受けて死亡した海兵と思われる。
第二海軍とはハピ・ヤックで一緒に酒を飲んだこともあるし、彼らの明るい気質を気に入ってもいた。
だが、これが戦争だ。
そんな顔見知りもあっさりと死ぬ。敵の魔獣たちもあっけなく死ぬ。
アイラは人間の死体にしか言及していないが、実際は魔獣の死骸もそこらじゅうに転がっている。
戦争にいちいち恨みや悲哀の感情を込めることはない。ただの生死がそこにあるだけだ。
ここでは戦うことを諦めた者たちから死んでいく。生き延びたければ戦い続け、勝ち続けるしかない。
「わ、私たちは見つからないよね? ね?」
「すでに『結界』を張っているから上空から見つけることは困難だ。それより移動中は大声を出すな。魔獣は五感が優れているから、ちょっとしたことで発見されるぞ。今度は片腕じゃ済まないと思えよ」
「ひー、脅かさないでよー! これって本当に外からは見えてないの?」
「ああ、そうだ。外からは何もない景色に見える。敵が特殊な目を持っていない限りは、だけどな」
「そこは絶対大丈夫って言ってよー!」
「まあ、猿や熊程度なら大丈夫だろう。唯一ヒポタングルが気になるが、距離が近くなければ見つかりはしないさ。仮に見つかってもすぐに潰せばいいだけだ」
高等戦技結界術、『水景透影陣』。
水気の膜を広域に展開し、光の屈折を操作して『疑似透明化』する技である。
たとえば油の中にコップを浸すと、屈折率の関係で消えたように見える。原理としてはそれと同じだ。
さらに周囲の映像を反射投影することで、より隠密性を上げることができる。こちらは近代兵器の光学迷彩にも使われる技術である。
琴礼泉でも命気をジャマーのように使って波動円を妨害していたが、水系の技にはこうした便利なものが多く、アンシュラオンとの相性も良かった。
とはいえ、あくまで一般的な人間や魔獣の視力を対象にしているため、特殊な光線を視認できる動物や虫には完全に対応はできないし、よくよく観察すれば他の風景とのズレもわかるので、近距離では到底使えない子供騙しだ。
それでも使わないよりは何倍もましであり、超人のアンシュラオンが使えば、翠清山程度の魔獣では見破ることは困難だろう。
アンシュラオンたちは、そのまま移動を続けるが、本格的に敵が動くまではやることがあまりない。
夜になればコテージでおとなしくするだけだ。(夜も結界は維持するので、接近しなければ魔獣からは見えない)
が、まだいろいろと問題が残っていた。
「おい、なんだこれは! 窮屈すぎんぞ!」
「おとなしく着なさい。裸よりはましでしょう」
「そりゃそうだけど…なんで【メイド服】なんだよ!」
コテージの中では、火乃呼がホロロに無理やりメイド服を着せられていた。
琴礼泉を出る時に服は破ってしまったので、これしか着替えがないのだ。(なぜ破ったかは不明)
だが、彼女は二メートルを超える体躯だ。残念ながら見合うサイズがない。
仕方なくホロロのスペアを着せているものの、体格自体が違うので全体的にぱっつんぱっつんだし、何よりも胸が圧縮されて凄いことになっている。
これには同じく巨乳のホロロでさえ辟易。
「なんですか、そのだらしない大きな胸は。もっと引き締めなさい。メイドとしての自覚が足りませんよ」
と、ホロロは何気なく言ったのだろうが、それを聞いていた小百合が「ホロロさんがそれを言ったら駄目ですよね」と苦笑していた。
サリータに至っては、自分の胸を見て哀しそうにしているではないか。
断言しよう。
ホロロの胸は、暴力であると!!
べつに巨乳だけがすべてではない。あらゆる胸は偉大で美しい。がしかし、重要なセックスアピールである以上、気にする女性が多いのは事実だ。
アンシュラオンが巨乳好きであることも影響し、またライバル(爆乳)がやってきたのかと、どうしても周りの女性は反応してしまうのだ。
ただ、当人はそんなことはまったく気にしておらず、平然と悪態をつく。
「だからメイドじゃねぇよ! おれに指図すんな!」
「それは許しません。ご主人様からの命令は絶対です。あなたはメイドであり、私の監視下に置かれています。つまりはアイラと一緒の立場です」
「え!? そうなのー!? あはは、仲間だねー。これからもよろしくー」
「うっせぇ! 気安く触るな! ガルル!」
「ひー! やっぱり怖いよー! 全然私と対等じゃないじゃん! アンシュラオン、なんとかしてよー!」
狼に睨まれた子犬のようにアイラが逃げてきた。
あまりのなさけない姿に思わず泣けてくる。
「もう少しがんばれよ。一応はお前のほうがメンバーとしては先輩なんだぞ」
「だってー! どう見ても不良じゃん! ヤンキーだよー! 街で見かけたら絶対に近寄りたくないタイプだもん」
「それはたしかに珍しいよな。オレもこっちに来てから初めて見たし」
美人は美人だが、特攻服が似合いそうなヤンキータイプである。
この世界では傭兵や殺し屋が普通にいるので、半端にグレている人間はあまりいない。成人したら生活のためにどこかの組織に属して、すぐにチンピラ(末端の構成員)になるからだ。
場合によっては、ソブカのように本物のマフィアになることもあり、その意味では極めて珍しいのである。
「ともかくだ。火乃呼、お前はしばらくメイド生活だ。わかったな」
「だから、なんでおれがメイドなんだ! 鍛冶師をなめんなよ!」
「ここでもう一度はっきりさせておくぞ。オレの隊に入った以上、お前は鍛冶師の前に隊員の一人であり、隊員の前に『一人の女』だ。オレの女として恥ずかしくないように、しっかり教育を施すから覚悟しておけ」
「へっ、お前のメイド趣味に付き合う気なんて―――ぎひぃいいい! こいつ、また引っぱたきやがったなぁ!? 尻に手形がついたじゃねえか!」
「よかったな」
「よかったな!? 親父にも殴られたことがないのに、昨日からずっと叩きまくりやがって!」
「それが問題なんだよ。ここじゃ誰もお前を甘やかさない。実力主義の世界だからだ」
「はぁ? 実力主義なら、おれはこのメイドより上だろうが!」
「まともに鍛冶もできないやつが偉そうに言うな。今のお前はアイラと同格で十分だ」
「ああ! どこからどう見たら―――あひいいいい! お、おおおお、お前! む、胸を触りやがったなぁあああ!」
「ふん、胸は合格点だな。いい胸をしおって。この…こいつめ! 許さんぞ!」
「いぎぎぎぎぎっ! うひひひひひっ! や、やめ、やめろぉおお!」
火乃呼の胸は、サイズ差も相まって完全に手が埋まってしまうほどだ。
おっぱい博士の測定では、大きさは隊員の中でトップかつ、質感としてはファテロナとマキの中間に位置するようだ。
重量がありつつも非常に柔らかいホロロと比べると、やや硬めではあるものの、明らかに人間の女性では味わえない感触がある。
「いい胸だ。そこは褒めてやる!」
「む、胸を褒めてどうする!! 訳がわからねぇよ!」
「ほぉ、思ったより男に慣れていないらしいな。顔が真っ赤だぞ」
「う、うるせぇ! 悪かったな! というか、乳を触るやつなんて普通はいねぇよ! 変態か!」
「なんだと! そんな大きな胸があったら普通は触るだろう! 今までどんな暮らしを送ってきたんだ! 乳に失礼だと思わんのか!!」
「なんでそっちがキレてんだよ!?」
「というか、ライザックとは一時期、恋仲じゃなかったのか? 乳くらいは触らせただろう?」
「はぁ? んなわけあるかよ! 触られる前にぶん殴ってやるぜ!」
「まあ、その性格じゃそうなるよな。少しだけライザックに同情するよ」
炬乃未の話では、ライザックと良い雰囲気の時期もあったようだが、あまりに荒い気性が災いして一般的な男女関係にはなれなかったようだ。
このやり取りを遠くで見ている烽螺と炸加が、いまだに戦々恐々としている様子からも、男性自体が近寄れる状態ではなかったのだろう。
ということは、つまり―――
「お前、【処女】だな」
「っ…! なっななななっ! 処女で悪いか!」
「素晴らしいことだ! よくやった!」
「な、なんで褒めてんだ…?」
「どうせなら手垢がついていない女性がいいに決まっている! オレは処女しか認めんからな! そして、炸加に烽螺! お前たちも童貞だろう!」
「そ、そうですけど…」
「そりゃ出会いがないしな…」
「いいぞ、素晴らしい! お前たちはそのままでいいんだ。自信を持て!」
「???」
男が童貞のままでいるということは、その分だけ女性の処女が失われずに維持されていく(増える)。
そうなれば当然、今後遭遇する女性の処女率も上がる、というわけだ。
はたから見れば完全な『処女厨』であるが、他の女性もすべて処女であったので、隊に入れる最低条件が処女なのかもしれない。
「よかったな、火乃呼! お前の評価が上がったぞ! ほらほら、もっと乳を張らんか。ぐにぐに」
「この…! さっきから好き放題に揉みやがってぇぇ……! ぐぎぎぎぎっ!」
「無駄に抵抗するなって。腕力では勝てない相手なんだぞ。諦めろ」
「いぎぎぎぎぎっ! こごごごごごのおおおお! やめろおおおお!」
「やれやれ、喘ぎ声は最低だな。そのあたりもホロロさんにしっかり教育してもらえよ」
顔を真っ赤にして瞳に涙を溜める姿は、なかなかに煽情的で男の嗜虐心をくすぐるものだが、それ以外がまだまだ足りない。
それもまた教育しがいがあるので、これからに期待であろうか。
といっても、人の性格は刀剣とは違う。
一度曲がったものは簡単に直らない。
「へっ、こんなのやってられっかよ」
寝る前に浴場の掃除を命じられた火乃呼が、デッキブラシを放り投げる。
強く投げられたブラシは、同じく掃除をしていたアイラの後頭部に激突。
「いたーい! ちょっとー! 真面目にやりなよー!」
「掃除なんて必要ないくらい綺麗だろう。なんでわざわざやるんだよ。意味わかんねー」
もともと命気自体に浄化作用があるので掃除は必要ないのだが、精神修養の一環としてアイラには掃除をさせているのだ。今回はそこに火乃呼も加わった形となる。
しかし、火乃呼はまったくやる気がない様子で腕を組む。
「こんなのは男連中に適当にやらせりゃいいのさ。あの二人…ええと、名前なんだっけ? ほら、いるだろう? ついてきたやつ」
「えーと、ホウラと…サクカだっけ?」
「ああ、そんな名前だったか。雑用は男がやるもんだろうがよ」
哀しいかな、あの二人は名前すら覚えられていないようだ。
その段階でディムレガンの中での格差を感じるが、単純に火乃呼の性格の問題かもしれない。
「言われたことをやらないとホロロさんに怒られるよー」
「けっ、なんだよ。アンシュラオンならともかくよ、他の連中にそんなにびびることはないよな。見てないところならサボっていいさ」
「そんな考えだからアンシュラオンに怒られるんだよー」
「お前は遊び人だろう? 意外と真面目だな」
「遊び人じゃないってー! 踊り子だもん! こう見えても幼い頃から掃除洗濯は得意なんだよねー。旅一座ではよくやってるからさー」
「ふーん。じゃあ、任せるわ」
「あっ、駄目だってー! ちゃんとやってよー!」
「いちいちうっせぇな」
「何をやっているのですか」
二人が騒いでいると、ホロロが浴場に入ってきた。
その目は、すでに獲物をロックオンしている時の冷たいものだ。
「まさかサボっていたのですか?」
「私はちゃんとやってるよー! この人がやらないんだよ!」
「ふんっ、こんなのは性に合わないんだ。やるならもっと面白いやつにしてくれよ」
「この程度のこともこなせないのならば、他の仕事を与えるわけにはいきません。言うことを聞かない場合、『罰』を与えろと命じられています」
「へー、そりゃ面白い。やってみろよ」
「なるほど、これは一度痛い目に遭わせるしかありませんね」
「挑発したら駄目ぇえええーー!」
と、アイラの叫びも虚しく、ホロロが魔石の力を発動。
放たれた羽根が火乃呼の身体に突き刺さり、『鈴』を生み出す。
「なんか変なことをやってんな。で、次はどうするんだ?」
「その余裕も今のうちです」
ベ・ヴェルも最初は侮っていたが、これを受けたらすぐにおとなしくなった。
此度も同じように、ホロロが『警告の囀鈴』から『束縛の嘶鈴』を発動させる。
がしかし、嘶く前に、まるで燃え尽きたように鈴が朽ちて消えていく。
「なっ…」
「どうした? 何も起きないぞ」
「あなた、何をしたのです!」
「は? 知らねぇよ。つーか、おれには【術式は通用しない】からな。昔からそういう体質なんだよ」
「まさかディムレガンにそんな力が…」
「全員が同じじゃねえよ。おれが特別なのさ」
火乃呼は、強力な呪いすら除去できる力を持つ。
呪いと聞くと怪しげでよくわからないものを想像するが、紛れもなく『術式』の一種である。
となれば、他の術式も呪い同様に通用しないのが道理だ。火乃呼の身体に流れる焔紅の血が浄化(解呪)してしまうからだ。
「おれが苦戦したのは物理戦闘だったからだ。さすがに本場の武人相手じゃ分が悪いが、お前なんかには負けないぜ!」
「………」
「はんっ、びびったのか! だったら今度はこっちの番だ!」
火乃呼がホロロに殴りかかる。
ホロロは上体を逸らして回避するが、火乃呼の拳が壁に当たって亀裂が入った。
「ちょっとー!? ここは室内だよー!?」
「うるせぇ! 知ったことか!」
「この人、ほんと滅茶苦茶ー! アンシュラオンを呼んでくる!」
「その必要はありません。アイラは下がっていなさい」
「え? だ、大丈夫なのー?」
ここはコテージの浴場とはいえ、二十五メートルのプールがすっぽり入るくらい広い。
そのうえ壁も軽く命気でコーティングしているため、そこらの鋼鉄よりも頑丈だ。
それにヒビを入れるくらいなのだから、火乃呼の腕力が優れていることがわかる。
が、ホロロは冷静にアイラを下がらせ、火乃呼と対峙。
それどころか口元には隠しきれないほどの笑みが浮かんでいた。
「ふふっ…ふふふ」
「なに笑ってやがる! なめてんのか!」
「ちょうどよかった。『手加減』するのも大変なのですよ」
「手加減…?」
「ええ、そこらの魔獣ではすぐに死んでしまいますので。かといって、サリータたちに使うわけにもいきません。そう、せめてあの『魔神』なる者たちと対等以上に戦えるくらいに、私たちは強くならないといけないのです」
ホロロの目が、赤く染まっていく。
それと同時に、彼女の身体の表面を瑠璃色のオーラが覆う。
オーラは魔石から放たれており、次第に物質化を開始。
手足や胴体からは刺々しい羽毛が生え、背中からは鋭い羽根が生え、頭部には鳥を模した兜が生まれていく。
生まれた『鎧』は半透明なのでメイド服のホロロが透けて見えるが、明らかに存在感が増していた。
これはサナが青雷狼とやっている、魔石獣との融合現象である。
今までホロロは魔石獣をそのまま使役していた。そのほうが制御が簡単であり、自身の肉体も感覚的に動かすことができるからだ。
しかし、それでは出力不足に陥りやすい。
魔石獣の力を最大限発揮するためには、どうしても肉体との融合が必要なのである。
魔神戦では身体能力的に足手まといになったことを悔い、ホロロも修練を重ねていることがわかる。
「さぁ、私と遊びましょうか?」
「ちょ、ちょっと待て…! すげぇ嫌な予感がする! は、肌が…粟立つ!? 鱗なのに!?」
一般的に竜人の女性の肌には、うっすらと鱗の名残がある。血が濃い火乃呼の場合、興奮すると実際により密度の高い鱗が生まれるほどだ。
しかし今は、それがまるで鳥肌のように粟立っているではないか。
「こないのならば、こちらからいきますよ!」
「ちょっ―――」
そうこうしている間にホロロは攻撃開始。
素早い身のこなしで懐に入り込むと、ボディブローをお見舞いし、直撃。
あまりの衝撃に火乃呼の身体が吹き飛ばされ、天井に激突する。
「げぼっ…!」
不意をつかれたとはいえ、常人を遥かに超える耐久力を誇る火乃呼が悶絶。
無様に落下し、床に叩きつけられてしまう。
火乃呼は倒れて呻きながら、ホロロを睨みつける。
「て、てめぇ…『竜測器昇』がなけりゃ…」
「最初に言っておきますが、これは普通のメイド服ですよ。貴重な戦闘服をこんなところでは使いません」
「本当…かよ! 人間の腕力…じゃねえぞ…!」
「ご主人様のメイドになるためには、これくらいは当然のことです。さて、このまま拳だけでもあなたを倒せますが、それでは意味がありません。あなたには『実験台』になってもらいますよ」
ホロロの身体から大量の羽根が放出され、火乃呼に突き刺さる。
もちろん彼女には術式が効かない。焔紅によって次々と解除されていく。
が、羽根はとどまることを知らずに降り注ぎ、少しずつ解除が間に合わなくなっていく。
これをずっと繰り返せば、いくら火乃呼といえども鈴の力から完全に逃れることはできない。
「なんだ、この【呪い】は!! イカれてやがる!」
どうやら火乃呼の目には、これが呪いに映るらしい。
たしかに魔人の力によって強化された術式は、デアンカ・ギースの呪いすら上回る凶悪な代物なのだろう。
「ふふふ、ふふふふ。では、いきますよ」
「ま、待て! これはヤバいだろう!! 死んじまうって!!」
「術式は効かないのでしょう? 簡単に死にはしませんよ」
「やめ―――ぎゃぁああああああああああああ!」
「あはははは! 神罰を受けて悔い改めなさい!! これもすべてはご主人様のため! 神のためです!」
「こいつ、マジでやべぇええええええええ! ぎぃやぁああああああああああああああ!」
その夜、風呂場からは火乃呼の叫び声が何十何百と聴こえたそうだ。
他の者はうるさいとしか思わなかったが、唯一ベ・ヴェルだけは深い同情の念を示したという。
言っても聞かないやつには、鉄拳制裁雨あられ。
これがアンシュラオン流の躾である。




