397話 「サナ VS 火乃呼 その1『サナの成長』」
一時間後。
準備を終えた火乃呼が戻ってきた。
その姿は、まるで『人型の竜』そのもの。
サリータが着ていた赤い全身甲冑をさらに赤くし、『焔』にまで昇華すればこの色になるのだろうか。マキの真紅ともまた違う色合いだ。
本来は丸みがあるはずの形状も、彼女のものは荒々しいほどにゴツゴツしており、竜の鱗が不規則に隆起したようにも見える。
フルフェイスの兜からは大きな角が二本生えているので、見方によれば『鬼』にも思える相貌だ。
そして、両手には長く太い『焔紅の竜爪』が装備されていた。
「おれは剣を使わない。その代わり、爪でやる」
火乃呼が軽く爪を振ると、近くにあった岩がざっくりと抉れてしまった。
ほとんど力を入れないで、この威力と切れ味。
竜爪もまた彼女が打った術式武具であることがわかる。
「鎧を着たおれは別もんだぜ! やるからには全力で潰す!」
「それくらい本気がいい。では、今までのような制限はなしにしよう。本当の武具とは実戦で使ってこそ真価を発揮するからな。あくまで武器で戦いつつ、相手を圧倒すれば勝ちの何でもありの勝負というわけだ」
「………」
「安心しろ。お前は何でもありだが、こっちは雷は使わない。それでトントンだろう」
「いいのかよ? なめていたら痛い目に遭うぜ」
「それはやってみればわかるさ。サナ、雷以外は自由にやってごらん」
「…こくり」
今回戦うのは、宣言通りにサナである。
陣羽織は修理に出しているので、代用品として烽螺が作った鎖帷子を装備し、その上から軽鎧を着ている。
腰には、炬乃未が作った『黒千代』と『黒兵裟刀』を差していた。
勝負のきっかけが、火乃呼が炬乃未を見下したことから始まったので、この二本で戦うことこそ本来の趣旨に沿ったものといえる。
「よし、始めるぞ! 本当に危ない時はオレが止めるから、安心して戦え!」
互いに距離を取り、勝負開始。
サナは黒千代を抜いて、防御の態勢。
その瞬間には火乃呼はすでに駆けており、爪を振り抜いていた。
サナは黒千代で爪を流しながら回避。
ステップを踏んで間合いを取る。
そこにすぐさま体勢を整えた火乃呼がダッシュ。再び爪を振る。
サナはこれも黒千代で弾きながら、斜め後ろに退避。
また火乃呼が詰めるが、その攻撃を見事に防ぐ。
(いい間合いの取り方だ。ポジショニングが上手いから、火乃呼が間合いを詰めるまで一瞬のロスが生まれる。その時間で完璧な防御態勢を整えることができるんだ)
サナの動き、特に足運びは、翠清山での戦いで飛躍的に向上した。
アンシュラオン式の攻防一体の構えに加え、グランハムから中距離の間合いを学び、数々の強敵との戦いによって受け流す力も身に付けた。
特に魔神戦において、常人を超えた強撃に対する防御の経験が積めたことが大きい。
銀宝鬼美姫の一撃に比べれば、火乃呼の攻撃は数段劣るだろう。
それを可能にしているのは、『戦士の動き』だ。
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名前 :サナ・パム
レベル:42/99
HP :1280/1280
BP :480/480
統率:D 体力:D
知力:D 精神:D
魔力:C 攻撃:D
魅力:A 防御:D
工作:C 命中:C
隠密:D 回避:C
【覚醒値】
戦士:3/5 剣士:3/5 術士:2/5
☆総合:第六階級 名崙級 剣士
異名:白き魔人に愛された黒い少女
種族:人間
属性:雷、闇
異能:トリオブスキュリティ〈深遠なる無限の闇〉、エル・ジュエラー、観察眼、天才、早熟、即死無効、黒き魔人の姫
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(あの戦いを経て、サナの戦士因子は3にまで上昇している。これは世間でいえば一線級の武人と同じだ。それを劣化なしで発動させているのだから、これくらいの動きは十分可能だろう。レベルも上がった結果、階級も一段階上昇してマキさんと同じ領域に入ったな)
サナも常人を超えた世界に足を踏み入れている。
複数の特殊スキルのおかげで評価が上がっていることも一つの要因だが、仮に達人クラスが相手でも簡単に後れを取ることはないどころか、普通に返り討ちも可能なレベルに至っている。
魔石を使わない素の状態で、初めて出会った頃のマキと同レベル、といえばわかりやすいだろうか。(マキが鉄化能力を使わないことが前提)
今のサナならば、シンテツやバンテツを蹴散らせるのはもちろん、スザクも含めた三対一でも勝ち筋が見えるかもしれない。(こちらも『バイキング・ヴォーグ〈海王賊の流儀〉』を使わないことが前提)
さらに特筆すべきことは、当然ながら剣士が本職なので、彼女の刃からは『剣気』が放出されていた。
それによって黒千代も強化されており、火乃呼の一撃を受け流しても刃に傷が生まれることはない。
翠清山に入るまで戦気もまともに出せなかったことを考えると、劇的な強化といえる。それだけでも山に来た価値はあるだろう。
しかしながら、火乃呼も負けてはいない。
迷いのないダッシュと爪の強烈な一撃によって、サナに反撃を許さないでいる。
(あれが本来の火乃呼の戦闘能力か。ディムレガン最強は嘘ではないな。アラキタに追い詰められたのは不意打ちだったことと、単に戦闘経験が少なかったからだろう。まともにぶつかれば、マキさん並みのパワーはあるかもしれないな)
戦気を使えないというハンデがありながらも、マキに近い破壊力を持つと思えば、ディムレガンの身体能力も馬鹿にはできない。
アラキタが狩人ではなく、真正面から攻めてくるパワータイプだったならば、簡単に倒していた可能性すらある。彼女に殴られたライザックが必死に抵抗したことも頷ける話だ。
それに加えて、あの時と違うことは、彼女が『完全武装』である点だ。
火乃呼が爪を振り、サナが黒千代で流す。
相手の体勢が崩れている間にサナは退避するが―――
「何度も逃がすかよ!」
火乃呼の尻尾が動くと、鎧が伸びてサナに襲いかかる。
尻尾の部分がやたら分厚くなっていると思ったら、いくつもの刃を覆うように重ねた造りになっており、自由に伸縮が可能になっていたようだ。
その先端はまさに槍の穂先と同じで、死角にいる敵を貫くことができる。
サナは咄嗟に刀で受けようとするが、回避途中のために不完全なガード。
尻尾の刃は刀を掠めながらも右腕を切り裂いて、鮮血が舞う。
この戦いでは『剛腕膂将の篭手』を外しており、こちらも代用品である普通の篭手を装備しているので、そこを狙われた形になってしまった。(左腕の『護了黒洲の篭手』も外している)
サナはそれでも慌てることなく、再度距離を詰めてきた火乃呼に対応。見事に受け流す。
しかし、そこでもまた鎧のギミックが発動。
「おれの爪は普通じゃねえぞ!」
鎧の腕から爆炎が噴き出す。
ただし、これは攻撃のためではなく、『爪に送られる炎』が漏れ出たものにすぎない。
真っ赤に燃え滾った爪は、たとえ攻撃を防がれても炎の追加効果を与える。
しかも火乃呼の『焔紅の息』を攻撃に転用しているため、サナの剣気を侵食して黒千代の刃が赤に染まる。
「っ―――!」
異変を感じたサナが刀を引くが、もちろんそれは予定外の行動。
そこに火乃呼の蹴りが襲いかかる。
サナは左腕でガードする。
が、強靭な筋力で問答無用で吹っ飛ばされる。
「逃がさねぇっつったろ!!」
サナはあえて背後に跳んでダメージを減らしていた。
それを本能で感じ取った火乃呼が即座に追撃。
振るった爪が地面を抉りつつ、腕の噴出孔から発せられた衝撃波がサナに襲いかかる。
こちらは小百合の『守那岐の太刀』と同じ素材を使った、中距離の相手を牽制するための武装である。
それは戦気の防御で防いだので問題ないが、爪から放出された焔紅の息が、鉤爪状に抉られた地面を伝って追撃してくる。
今は陣羽織がないうえに、ただでさえ防御力に難点のある彼女が、これをまともに受ければ火達磨確定。
間違いなく激しい火傷と裂傷を負うだろう。
されどサナは、落下する前に腰に差してあった黒千代の鞘を地面に突き立て、それを足場にして跳躍。
鞘が火に呑まれて表面が溶けてしまったものの、火乃呼の攻撃を無事回避してみせる。
「ちっ、すばしっこいやつ! ライザックよりやりにくいぜ!」
ここで褒めるべきは、完全武装時の火乃呼の戦闘力か、それともサナの冷静な判断力か。
どちらにせよ魔石を使わない条件下において、両者の力はなかなかに拮抗していることを示している。
その最大の理由は、やはり火乃呼の鎧にあるだろう。
(なるほど、あの鎧こそ完成形なのか。尻尾のギミックもそうだし火を使った機構も含めて、ディムレガンが持っている能力を数倍に引き出すように設計されているんだ。たぶんホロロさんのメイド戦闘服と同じく、補助具の『竜測器昇』も埋め込まれているはずだ。そこから放たれる爪の威力も炎の火力も相当なものだ。もしあのまま受けていたら、刀が曲がっていたかもしれない)
サナが刀を引いたのは、武器を守るためである。
『焔紅の息』はあらゆる武器、特に金属類を溶かす性質を持っている。黒千代といえども、長時間炎に晒されたうえに強い衝撃を受ければ、刃が欠けてしまうおそれがあった。
それだけでも火乃呼を相手にする剣士は嫌だろう。
火乃呼もやりにくそうだが、サナにとってもやりにくい相手といえる。
(完全体の火乃呼は思った以上に強いな。しかし…だ。そろそろ『差』が出てくる頃か)
アンシュラオンの予想通り、ここでサナに変化が生まれた。
黒千代を右手で構えながら、左手で黒兵裟刀を抜く。
その様子を見た火乃呼が戸惑う。
(二刀流? 前にライザックがやっているのを見たが、このガキも使えんのか? いや、そんなに簡単じゃねえ。へっ、ハッタリに動じるかよ! やれるもんならやってみろ!)
火乃呼は戦い方を変えず、真っ直ぐに突っ込んで爪を振る。
「…じー」
サナは落ち着いて相手の動きを見ると、左手の黒兵裟刀で爪を防ぐ。
再び焔紅の息によって刀身が赤くなるが、ここはさすが刀匠、炬乃未作。
一秒や二秒受けたくらいでは簡単に溶けることはなく、刀身がダメージを受ける前にサナは次の行動に移る。
といっても、今度は後ろに下がらない。
逆に斜め前方に出ながら、右手の黒千代で火乃呼に反撃の一撃。
刃は鎧によってガギンと弾かれたものの、そこに鋭い剣撃の痕跡を残す。
「ちっ、んなろ!」
火乃呼が振り返って炎爪を放つ。
が、こちらもサナは黒兵裟刀で防ぐと同時に、黒千代で反撃。
次は手を狙うことで、火乃呼の爪を真上から押さえながら、返す黒兵裟刀で首を狙う。
「鍛冶師が刃を怖れるかよ!」
それに対して火乃呼は自ら頭を差し出し、兜の角で受け止める。
サナの腕力自体はそこまで高くないので、強引に押しきるだけの力はなかったが、角にも刃の痕跡が残っていた。
サナは一度離れると誘うように二刀で構え、それからも火乃呼の突進をいなしては反撃を続ける。
これだけならば火乃呼も警戒するのだが、時折挟む「無駄な動き」に苛立ち、無謀な突進を続けてしまう。
この動きは―――ユキネそっくり
一見すれば無駄に見えるアクションも、相手を誘うアクセントになっているのだ。




