391話 「覇の示威 その4『赤い目の軍団』」
そして、改めて猿神と海軍に宣言。
特にロクゼイに対して明確な意思を発する。
「このオレ、【覇王の三番弟子】であるアンシュラオンは、翠清山に【自己の領土】を置くことを宣言する! 占有する土地は限定的だが、オレが管理する場所には何人たりとも勝手な手出しは許さん! まずはそれを理解しろ!」
「あ、アンシュラオン、それは…」
「何か問題か? もともとハピ・クジュネは、グラス・ギースとの間でも早い者勝ちの勝負をしていたはずだ。翠清山は切り取り次第、つまりは実効支配した者に土地の占有権がある」
「それは都市の場合で、個人にあるわけでは…」
「ならばオレと『戦争』をするか?」
「っ!?」
「ロクゼイ、ここから先は慎重に答えろよ。オレはハピ・クジュネと戦争をしても一向にかまわないんだぞ」
その言葉を聞いたサナたちの『目の色』が変わる。
今までは味方として振る舞っていたが、いざ敵として認識した瞬間、彼女たちの目が【赤く染まった】。
「…ギロリ、じー」
「ご主人様に敵対する者、それすなわち悪であり罪。神に仇なす存在は滅ぼすべきです」
「そうですね。アンシュラオン様の命令は絶対です。従わないほうが悪いですよね」
冷徹で一切の慈悲がない、残酷な瞳。
魔人が下等な人間を見下す時に発する、赤い光を帯びた目。
それはサナや小百合、ホロロだけにとどまらず、ユキネやサリータ、ベ・ヴェルにまで伝播していく。
「べつに私もかまわないわ。アンシュラオンさんについていくって決めたんですもの。それ以外のことはどうでもいいもの」
「師匠こそ最高の存在。自分は師匠のためならば何でもします!」
「こっちは、はなから後に引くなんてことは考えちゃいないのさ。やるかやられるか、それだけさね」
アンシュラオンが生み出したモグマウスたちも赤い目を宿し、まるで沸騰したようにボコボコと身体を震わせ、ハリネズミのように変化。爪も肥大化し、牙も生えていく。
土のジュダイマンの身体にも変化が起き、周囲の岩を吸収して一気に五倍の大きさになると、放射状に大量の砲台が生まれていく。
これは通常の闘人から戦闘モードの『武装闘人』へと変形しつつあるのだ。
通常モードですら人喰い熊を一撃で軽々殺していたが、あれすらも単なるお遊び。
もともと第一級の撃滅級魔獣の陽動に使われていたほどの闘人たちだ。本来の力を発揮すれば、この場にいる者たちを一斉砲撃により、一瞬で破壊できる力を持っている。
「え? え? み、みんな、どうしちゃったの!? こ、こわ! 目付きが怖いよーー!」
唯一、アイラだけは赤い目にならず、周囲の変化に驚いている。
こんなときも馴染めずに浮いているとは、ある意味ですごい才能だ。
(今までとは気配が違う…。これは…人間のものではない。もっと根源に近い『何か』だ。本当にハピ・クジュネと戦争をするつもりなのか? そして、勝ててしまうのか!!)
杷地火たちディムレガンもまた、その豹変ぶりに心臓を鷲掴みにされたような衝撃を受けていた。
最初に感じたイメージとはまったく違う、アンシュラオン隊の真の姿がそこにはあった。
魔人そのものも怖ろしいが、魔人の眷属たち全員が人の領域を逸脱していることが何より怖い。
もし主人たるアンシュラオンが命じれば、一切の躊躇もなくこの場にいる生命体を皆殺しにするはずだ。
「どうしたロクゼイ、答えを聞かせろ」
「ま、待て…早まるな! そ、そもそも私にそんな権限は…」
「では、オレが今、決定権を与えてやる。お前を一時的にハピ・クジュネの代表にしてやるよ。それならば問題はないだろう?」
「…本気…なのか? たかが『こんなこと』で我々との協力関係を捨てるつもりなのか!?」
「こんなこと? オレにとっては一番大事なことだ。オレは自己の利益を守り、オレの支配を受ける者を庇護する責任がある。それは何物にも優先されて守らねばならない絶対の決まりなんだよ」
「…ばか…な」
ロクゼイは、アンシュラオンが本気であることを悟って絶句。
普通ならば個人が都市勢力と敵対することはありえない。戦力が違いすぎるからだ。
がしかし、もし個人が都市以上の戦力を有しているのならば、対立することはおかしな話ではない。
すでに小百合が述べたように、実力で支配してしまえば、あらゆる土地や物は自分のものになる。それだけのことだ。
「もしかして、お前も勘違いしているのか? たしかにハピ・クジュネとは比較的友好関係にあるし、スザクにもそれなりに良くしてもらっている。だが、それだけだ。オレはお前たちに依存しているわけじゃない。援助がなくても問題はないし、むしろオレは必要以上に力を貸していると考えているくらいだ」
『ア・バンド〈非罪者〉』殲滅戦では、アンシュラオンがいなければスザクは死んでいたかもしれない。
翠清山の戦いにしてもアンシュラオン隊がいなければ、とっくに混成軍は敗退していた可能性が高い。
それ以前にハピ・クジュネとの関係でいえば、ライザックとの戦いに勝利していることも大きいだろう。
「あの時は無理に殺す必要はなかったが、オレと敵対するのならばライザックを殺す」
「っ…! ま、待て! そんなことをしたらお前の家だって…」
「違う土地を探せばいいだけだ。それともロリコンたちを人質にでもするつもりか? やれるものならばやってみるといい。ホロロさん、かまわないでしょ?」
「はい。母の命もご主人様が救ってくださったもの。いまさら惜しむこともございません。それどころか喜んで『自爆』するでしょう」
自害ではなく、自爆なのが怖ろしい。
少しでもアンシュラオンの役に立つために、一人でも敵を道連れにする。
アロロもホロロの母ならば、それくらいはやってのけそうだ。(ロリコンは巻き添えなので哀れであるが)
「だ、そうだぞ。まあ、もしそんなことをしたら、オレはガイゾックも殺して報復するだけだがな。あのおっさんも嫌いじゃないけど、敵になるのならば容赦はしない。全員殺す。スザクも殺す。クジュネ家は根絶やしにする。それでおあいこだ」
「………」
「さぁ、選べよ。選択肢は二つ。従うか、逆らうかだけだ」
アンシュラオンからすれば、一般人であるロリコンたちの命と領主のガイゾックの命には大差がない。
それどころか庇護される者の命が奪われたとなれば、アンシュラオンの『権威』に傷をつけたことになる。
その報復は、都市すべての破壊をもってなされるに違いない。
(この男は事実、礼を失したグラス・ギースの領主たちを殺そうとした。もとより領主という地位そのものに何の価値も見い出していないのだ。その時は『魔剣士』がかろうじて防いだと聞くが…現状の海軍では到底勝ち目がない。しかも【覇王の弟子】だと…! 初耳だぞ! しかし、『あの陽禅公』の弟子ならば、やつが破天荒な理由にも説明がつく。これは…危険すぎる!)
覇王の弟子に関しては今回初めて武器として使ったので、ライザックたちも知らない新事実である。
されど、単独であれだけの力を持つのならば、仮に嘘であってもどちらでもよい。
都市すら破壊するデアンカ・ギースを屠った彼がその気になれば、本当にハピ・クジュネくらいは陥落させてしまえるのだから。
ついでに師匠の悪評も加わり、「あの陽禅公の弟子ならば本当にやりそうだ」という嫌なお墨付き?までもらってしまう。
ゆえに、答えは一つだ。
「お、落ち着け。わ、我々にお前と敵対するつもりはない! ライザック様からも絶対に揉めるなと命令されている! 本当だ! 嘘ではない! メリットがないだろう!? そうだろう!! 信じてくれ!」
「ならば、ひれ伏せ。どちらが上かはっきりさせろ」
「…全員、言う通りに…しろ」
ロクゼイが部下たちに命令を出し、全員が地に伏せる。
戦いで死ぬことすら怖れない誇り高い海軍が、敵に土下座をすることなど、まずありえない。
これにはディムレガンどころか、敵対者の猿神ですら驚愕するしかない。
「ディムレガンはこちらが保護する。というか、最初からそういう話だったよな? ハピ・クジュネに戻ったらオレの家に匿う」
「も、もちろんだ。異論はない」
「だったら、どうしてそこまで抵抗した? まさかオレに伝えていない特別な事情でもあったのか?」
「…そ、そんなことは…けっして……断じて…ない」
「だったら何も問題はないだろう。全部予定通りじゃないか。こっちはライザックの失策による後始末を手伝ってやっている身だ。そうだろう?」
「…あ、ああ…その通り…だ」
ディムレガンに内通者がいることはアンシュラオンには伝えられていない。あくまでハングラス側から得た独自情報である。
ライザックが正確な情報を伝えていないという段階で、こちらを利用する腹積もりがあったともいえるため、そこを追及されるとロクゼイは痛い。
だから、そんな者はいなかった、という体裁を取り続けるしかない。
アンシュラオンも、それを知っていて圧力をかけている。
「いいか、ロクゼイ。これからお前たちには、ディムレガンをハピ・クジュネに連れ帰ってもらう。だが、その間、彼らに尋問することは一切許さない。都市に戻ってからも同じだ。彼らから話しかけたとき以外、要望を聞くとき以外は絶対に会話するな。当然、傷一つつけることも許さん。少しでも約束を違えた場合、どうなるかわかっているな? あまりなめた真似をするなとライザックにもしっかり伝えておけ」
「…わ、わかった…」
「よし、これで交渉成立だ。もう立っていいぞ」
「うぐっ…はぁはぁっ!」
この屈強な男が、会話しただけで消耗して立ち上がれない。
その姿は、まさに神を前にした無力な人間そのもの。虫けらのようだった。
「猿どもぉおおおおおおおおおおおおお!」
「ッ―――!」
「こちら側につくなら、許す! 逆らうなら殺す! さぁ、選べ!!」
これはケウシュの通訳を通していないが、その迫力から何を言っているか理解できる。
なぜならば、破邪猿将が群れを統率する際に発する気勢に似ているからだ。
いや、それすら超えている。
従うか、逆らうか、人間以上に魔獣には二択しかない。
彼らも赤い目の殺気に晒された結果、怯えながら膝を屈するしかなかった。




