388話 「覇の示威 その1『三者対立』」
「ゲイルさん、まだ大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない。たまに遭遇するやつ程度なら、俺らで十分間に合うぜ。嬢ちゃんたちはディムレガンの対応を頼む。武装している無骨な連中がいると刺激しちまうからな」
「わかりました。引き続きお願いします!」
現在小百合たちは、杷地火と火乃呼を加えたディムレガン一行と琴礼泉から離脱中である。
すでに三袁峰の端に引っかかるエリアのため、本来はさまざまな猿型魔獣と遭遇するリスクがあったが、幸いというべきか大半の魔獣は第二海軍殲滅に向かっていた。
そのため魔獣と接触しても偶発的なものばかりで、ゲイルたちの負担もかなり減っている。
現状で被害が出る要素は、ほぼ無いといえるだろう。
「そろそろ霧が晴れてきましたね。皆さん、注意してください!」
ただし、水場から離れれば離れるほど霧は薄くなり、小百合たちの動きも周囲から見えやすくなっていく。
ディムレガンの非戦闘員を数多く抱える身で、このまま闇雲に移動を続けるのは得策ではないだろう。
「どこまで逃げればいい?」
杷地火が小百合に話しかける。
「そこまで遠くに避難する必要はありません。このあたりに籠城できそうな場所はありませんか? 周囲を見渡せる高所が望ましいです」
「勝算はあるのか?」
「もちのロンです!」
「…この先に岩場がある。短時間でよいのならば、そこで陣取るのが無難だろう」
「では、そこに向かいましょう」
「………」
(爐燕から一通りの話は聞いたが、まさに女と子供の集団か。あの傭兵たちは腕が立ちそうだが、海軍と真正面から戦えるほどではなさそうだ。今のところは実情の把握が最優先だな)
杷地火からすれば、爐燕は若干お人好しな面がある。そうでなければ、見ず知らずの相手に術式武具を簡単に提供しないだろう。
しかし同時に、人を見る目は確かだ。その彼から『信じろ』と言われたことで、杷地火も今は様子を見ている状況だった。
杷地火がおとなしく従っていることで、他のディムレガンも実に協力的になる。逆にいえば、杷地火を上手く取り込めるかどうかで、ディムレガンとの協力関係の行く末が決まるといえた。
(まだまだ信用されていませんね。ハローワークにいた頃なら私も同じように思ったでしょうし…これは仕方ないですよね)
小百合も人を観察する能力に長けているため、杷地火の心情が手に取るようにわかる。
まだ接触したばかりで、互いのことは何も知らないのだから当然だ。
一行は杷地火の案内で高所の岩場まで避難。
翠清山の中腹は、だいたいこのような岩場が広がっており、ハイザクが錦熊たちの待ち伏せを受けた地形と似ている。
ここからならば琴礼泉全体を見渡せることもあり、迎撃するにはうってつけの場であった。
「火乃呼様、よろしければ私が担ぎましょうか?」
若猿を引っ張っている火乃呼に、ホロロが話しかける。
「あ? こんなもん、たいした重さじゃねえよ。つーか、そんなやわな腕で持てるのか? ああ?」
「はい。持てます」
「持てちゃったよ!?」
どうせ持てないだろうと軽く預けてみると、ホロロはいとも簡単に持ち上げる。
若い個体とはいえ三百キロ弱の重さはあるだろうが、『給仕竜装』があるので問題はない。
火乃呼もすぐにそのことに気づく。
「なんだよ、『竜測器昇』を使ってんのか。おふくろのやつ、貴重な補助具をなんでこんなやつらに…。そもそも、なんでこんな場所にメイドがいるんだ! おかしいだろうが!」
「はいはい! 踊り子もいるよー」
「うるせぇ! 慣れ慣れしく話しかけんな! 噛むぞ、このやろう!」
「ひー! この人、めっちゃ怒りっぽいんだけどー!?」
アイラもまだ踊り子の服(上着付き)を着ているので、話に参加しようとするが、あっさりと火乃呼に威圧されて引き下がる。
小百合と普通に話している杷地火と異なり、彼女は明らかに苛立っていた。
まるで威嚇している犬猫と同じで、少しでも触れたら噛みつく勢いだ。
「なんでそんなに怒ってるのー? その猿を助けたのも私たちじゃんかー」
「頼んだつもりはねぇし、てめぇらは怪しすぎるんだ! 今度は何を企んでやがる!」
「そんなこと言われてもねー。初対面なんだし、自分が怪しくないって証明するのは難しくないかなー?」
「いちいち語尾を伸ばすな! ギャルか!」
「正真正銘のギャルだよー!?」
「あーもう! イライラするぜ!」
いまだ彼女が爆発していないのは、一応ながら若猿を助けてもらった恩義があるからだ。
当初は灯子の力を使って回復を図ったが、いかんせん傷が深すぎることと、相手が魔獣ということもあって苦戦していた。
そこでアイラたちが『若癒』や『発芽光』の術符を提供し、さらにアンシュラオンが治療用として渡しておいた『命気水』も使うことで、若猿は見事一命をとりとめることに成功したのだ。
この命気水は、普段アンシュラオンが出す濃度の高いものではなく、一般人にも使えるように容器に入れて調整した独自のものである。
命気は高純度にすると最高効果を発揮するものの、その状態で常人が摂取すると非常に危険だ。
たとえばサナが『黒雷狼化』した際、純度の高い命気で作られたモグマウスを強制摂取したが、命気に慣れている彼女でさえ鼻血を出して痙攣していた。あれが一般人ならば、その場でショック死していただろう。
強い薬は毒にもなるので、小百合たちにも扱えるように純度を薄めたものを開発していた、というわけだ。
が、それも含めて怪しさ満載。火乃呼が訝しむのも不思議ではない。
「なかなか気が強い御方のようですね。正直に言えば、扱いに困ります」
「ですね。マキさんがいなくてよかったです。絶対揉めてましたよね」
火乃呼の気性の荒さに気づいた小百合とホロロも接し方を探っている段階だった。
それにしても、マキも地雷のように扱われているのが不憫である。気が強い女性同士が一緒になると揉めるのは仕様なのだろうか。
「小百合様、誰かが近寄ってきます。この精神パターンは警備商隊の皆様です」
「モズさんたちですね。迎え入れましょう!」
ここでモズたちが合流。
彼らは事前の打ち合わせ通り、工場に残されていた一般用の武具を回収してから琴礼泉を離脱していた。
相変わらず寡黙な男で必要最低限の言葉しか発しないが、淡々と重要な任務をこなす姿勢は、まさにプロフェッショナルであった。
「高性能の術式武具に関しては杷地火さんとの交渉次第となりますが、これで最低限の目的は達成できましたね。アンシュラオン様が戻られるまで時間を稼ぎましょう」
小百合たちの目的は、術式武具の入手と杷地火と火乃呼の保護。
武器はソブカに半分取られてしまったが、新たに製造できる職人たちがいれば問題はない。
女性のディムレガンも全員保護できたことで、防具の補強も見通しはついている。これらに関してはほぼ達成と考えてもよいだろう。
ついでにスパイを見つけられれば一番よかったが、状況が悪化した中でリスクを減らした行動が取れたので、これ以上望むのは贅沢というものだ。
そして、十分な準備を整えた時、琴礼泉側から新たな集団がやってきた。
「猿神を寄せ付けるな! 引き離せ!」
ロクゼイ率いる海兵たちである。
彼らは猿神と交戦しながらも、必死になって杷地火たちを追ってきていた。
が、かなり苦戦している様子がうかがえる。
「また増援が来ています!」
「くそっ! どこにこんな数が…!」
琴礼泉の監視をしていた若猿に加えて、ソブカが誘導した左腕猿将の群れまで合流したことで、敵の数はさらに膨れ上がっていた。
ロクゼイたちも優れた兵のため、なんとか撃退してはいるものの、このままでは被害が増えるばかりだろう。
そのうえ、ここで彼らにとって想定外のことが起こる。
「そこで止まってください! それ以上近づけば、敵対行動とみなします!」
高所に陣取った小百合が、海軍に警告を与える。
ロクゼイたちが驚いたように岩場を見上げると、モズ率いる警備商隊が銃やライフルを構えていた。
当然脅しではなく、実弾を装填済みである。それを証明するように地面に何発か撃ち込んでみせる。
「どういうことだ!? なぜお前たちが…!」
「私たちはディムレガンの皆さんを保護しています。海軍が彼らに危害を加えるつもりならば、こちらはそれを阻止するつもりです」
「我々も保護しに来たのだ! こちらに引き渡すのが道理であろう!」
「いいえ。彼らは海軍ではなく、あくまでアンシュラオン様個人に庇護を求めました。すでに作戦前とは事情が異なります」
「貴様ら、最初からそのつもりだったのか! たばかりおったな!」
「それはお門違いではありませんか。交渉に失敗したのはあなた方のほうですし、その結果として彼らはアンシュラオン様を選んだのです。私たちは、ディムレガンの方々の意思を尊重することを要求します」
「ぬぐぐっ…。だが、魔獣との戦いでは共闘できるはずだ! 猿神の迎撃を手伝ってもらいたい!」
「拒否します」
「んなっ!?」
「ここより先は、人間であろうが魔獣であろうが関係ありません。我々の意に従う者だけが立ち入れる場所となります。再度警告いたしますが、こちらの指示に従わない者に対しては示威行為を取らせていただきます」
「魔獣がそんな指示に従うわけがなかろう! そちらにも向かっているぞ!」
「そうでしょうね。ですので、実力によって排除します!」
一部の猿が機動力を生かして岩場にまでやってきたところを、魔石を解放した小百合によって即座に意識を奪われる。
突然バタバタと倒れた仲間に驚き、猿神たちの動きも止まってしまった。
「ホロロさん、魔石の共鳴をお願いします!」
「かしこまりました」
ホロロの魔石も発動。
彼女の精神感応を媒介することで、小百合の能力の効果範囲が半径百メートルまで拡大。
『夢の架け橋』の能力で通り道にいつでも跳躍が可能なため、肉眼では対処できない場所まで防衛網を敷くことができる。
「いいですね。どんどん力が増していくのを感じます。これが愛の力ってやつなんですね!」
「はい。よりご主人様を近くに感じます。信仰心が燃え上がるようです」
時間が経過するごとに、アンシュラオンの力が魔石とシンクロしていき、小百合とホロロたちの力も増していく。
すでにたびたび兆候が出ていたが、ここで『スレイブ・ギアス』によって繋がった魔石同士が『共鳴』することが確定。
通常ならば単独でしか能力を発揮しない魔石が多いが、ギアス経由で能力の融合が起こるらしい。
当然ながら特殊な事例であり、魔人であるアンシュラオンだからこそ起こりえる異常事象といえた。
こうして『三つ巴』の状態が生まれることになる。
ディムレガンの護衛かつ、人間を駆逐したい猿神。
ディムレガンの捕獲かつ、早く離脱したいロクゼイ隊。
そして、ディムレガンの庇護を理由に、この場に『緩衝地帯』を設けようとしているアンシュラオン隊。
互いの目的が違うのだから、三つの勢力は激突するしかない。




