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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
「琴礼泉 制圧」編
385/618

385話 「英雄の度量 その1」


「キィー、キィー」


「ん……んん…」


「キキッ、キッ!」


「いてて…! …な、なんだ?」



 頬に鋭い痛みを感じて、烽螺ほうらが目を覚ます。


 が、その瞬間、全身に鈍い痛みが走った。



「うぐっ…ううっ……いってぇ…」


「キー!」


「子猿…? どうしてお前たちが?」



 痛みで歪む視界の中で映ったのは、子猿たちだった。


 彼らは炸加からもらった人間用の剣を持っており、周囲を警戒しながら烽螺を引っ張っている。


 少しでも危険な場所から遠ざけてくれていることが、彼らの様子からうかがえた。



「そうか…。お前たちが助けてくれたんだな。ありがとよ」


「キキッ!」



 生気が宿った烽螺の声に、子猿たちも嬉しそうに踊り出す。


 言葉はわからずとも互いの感情はわかるものだ。


 この殺伐とした空気の中で、一瞬だけでも穏やかな時間が訪れたことに、ほっと安堵の息を吐く。



(なんとか動けるか? 腹はやばそうだが、足が動くのは助かったな)



 烽螺は上半身を起こして怪我の具合を確かめる。


 身体にはいくつもの痣が刻まれ、幾多の骨折が見受けられる。


 ズキズキと内部も強く痛むので、内臓にも深刻なダメージを負っているのは間違いないが、歩くくらいならばできそうだ。



(猿の群れが来なかったら、あのまま蹴り殺されていたかもしれない。まったく、人間嫌いになりそうだぜ)



 ソブカに置き去りにされた直後、暴行の痛みで気を失う寸前に大猿の群れを見た。


 なぜ群れがタイミング良くソブカに襲いかかったかといえば、烽螺たちの後をつけていた子猿たちが、危険を察知して大人の猿を呼びに行ったからだ。


 そこに偶然、左腕猿将の群れがやってきたので救助を願った、というわけだ。仮に彼らと遭遇していなくても、琴礼泉の守備を担当する他の大人の猿がやってきただろう。(その場合、両者の戦いは拮抗していたかもしれないが)


 すでに子猿たちは餌付けされていたこともあって、烽螺を仲間と認識していた。


 彼らは魔獣であるが、シンプルであるがゆえに仲間意識は強い。同胞であっても脅し、暴行して殺そうとする人間より親しみを感じるのは自然なことである。


 ようやく意識がはっきりしてきたこともあり、ここでもう一人の青年のことを思い出す。



「そうだ! さくか…炸加はどこだ!?」


「キ…」


「お前たちも知らないのか? たしかあいつらに連れていかれて…。でも、あの数の猿神に追われていたんだ。逃げきれるかはわからない。これ以上巻き込まれる前に早く助けに行かないと…。群れの後は追えるか? お前たちなら痕跡くらいはわかるだろう?」


「キキ!」


「頼むよ。あいつは馬鹿なやつだけど、俺たちの仲間であることには変わりないんだ」



 烽螺は木の枝を杖代わりにして立ち上がると、よろよろと歩き出す。


 山は広すぎるので、どこに行けばよいのかわからなかったが、子猿たちの助力を得て群れの追跡を開始。


 しばらく霧の中を進むと、地面には血痕とともに猿の死骸がいくつも見られるようになった。


 その中には赤鳳隊の隊員の姿もあり、いかに両者の戦いが激しかったかを物語っていた。



「こりゃひでぇな…うぷっ…」



 烽螺は一般人なので、このような凄惨な光景には慣れていない。


 あまりの死臭に耐えきれず、何度も吐いてしまう。



(…最悪な気分だけど、目を逸らしちゃいけねぇんだよな。俺たちが作った武具を使って殺し合いをしてんだ。鍛冶師ってのは、そういう職業ってことだよ。…罪深いもんだぜ)



 因果の始まりがどこかもわからないほど、世界は戦いに満ち溢れていた。


 その中で唯一分けられるものが、勝った者と負けた者。


 言い換えれば、生きている者と死んだ者である。



「行こう」



 今度は烽螺が、大人の猿たちの死骸に怯えていた子猿の手を引っ張り、歩みを続ける。


 生きている限り、歩まねばならない。生き続けねばならない。


 それが生物が持つ地上における自己保存の法則であり、大きな責任の一つだ。


 そして、一番多くの死骸が集まっていた場所。


 その崖の方角に子猿が視線を向ける。



「どうした? この先に何かあるのか?」


「キィ」


「ずり落ちた痕跡か? うーん、けっこうな高さだけど…可能性があるなら行ってみよう。お前たちはここに残っていてもいいぞ」


「キキッ!」



 彼らもこんな場所に置いていかれるのは不安だったのだろう。


 崖を下りていこうとする烽螺を、慌てて子猿たちが追いかける。


 が、これほど足場が悪い場所では、当然ながら人型のほうが不利。



「うっ―――あぁっ!?」



 痛みで身体が強張った瞬間、足を踏み外して烽螺が滑落。


 幸いながら所々に生えている木々がクッションになったものの、弾むように何度も打ちつけられ、およそ三十メートル下の深い茂みの中に落下する羽目になる。


 ただし、ここでも自前の防具が命を救う。



「うぐぐぐっ……げほっ……生きている…のか? ほんと何やってんだよ…俺はよ…」



 心配した子猿たちが駆けつけてからも、烽螺はしばらく動けないでいた。


 こんな山奥かつ混沌とした状況の中で、さらに無駄な激痛とショックを受ければ、誰だって自分自身に呆れてしまうだろう。


 しかしながら、その甲斐はあったのかもしれない。


 彼が這いずるように茂みから出たその先に、目的の人物がいた。


 布にくるまれた丸っこいものは、芋虫のようにも見えるが、その先端からは炸加の頭がしっかりと出ている。



「っ! さく―――」


「キイッ!」



 飛び出そうとした瞬間、子猿が思いきり彼の手を引っ張る。


 なぜ止めるのか問おうとした烽螺であったが、改めて見ると炸加の隣には一つの人影があった。


 この場所は若干ながら霧が薄まっていることもあり、烽螺にもその影の形が見える。


 大きさは小さく、身長もかなり低い。


 それだけならば子猿にとっても脅威には感じないのだろうが、その人影の周囲には、炸加以外の『芋虫』が複数体転がっていた。


 それらは、大猿の死骸。


 身体は比較的綺麗だったが、頭部はしっかりと切り落とされており、ご丁寧なことに近くの岩に並べられているではないか。


 その生首となった猿の目と視線が合う。



「ひっ…!」



 これには烽螺も腰を抜かしてしまい、子猿たちも青ざめた表情でガクガク震えていた。


 明らかに人為的であり、こんなことができる者が近くにいることを示しているからだ。


 そして、今この場で生きている者は、その人影しかいない。



「誰だ?」



 そのうえ最悪なことに、悲鳴を上げたことで人影に気づかれてしまった。


 いや、その人影は最初からこちらの存在に気づいていた。単純に誰が来たのかを問うているようだった。



「あ……あ……あ…」



 パニックに陥った烽螺は動けない。子猿たちも動けない。


 そんな彼らに対し、人影はゆっくりと近寄ってきた。


 そこにいたのは白い武術服を着た美少年。


 腰には赤い鞘の刀を携えており、彼にはやや大きく見えるものの、身体の一部かのごとく馴染んでいる。



(あの刀…すげぇ業物だ。でも、どこかで見たことがあるような…)



 烽螺も職人だ。


 ついつい目がいくのは、少年が持っている武器だった。


 そんな視線を軽く受け流しながら、その人影であるアンシュラオンは、しばし烽螺を見つめると、そっと手を伸ばす。



「ディムレガンの男か。あの乱戦の中でよく無事だったな」


「………」


「どうした? オレは敵じゃないぞ。とはいえ、男の手なんぞ握りたくない気持ちは同感だ。嫌ならがんばって自力で立つんだな」



 そう言うと、あっさりと手を引っ込めてしまう。


 そもそもポーズだけで、最初から握るつもりはなかったのかもしれないが。


 呆けていた烽螺も、ようやく思考が追いついて立ち上がる。


 だが、子猿たちはいまだに硬直しており、目の前の少年に対して激しい恐怖心を抱いているようだった。



(子猿たちがこんなに怖がるなんて……もしかして…)



「お、お前が…そこのをやった…のか?」


「この猿たちのことか? 見逃してやろうと思ったが、向こうから襲いかかってきたからな。仕方のないことだ」


「どうして首を…な、並べているんだ?」


「理由は無いな」


「な、無い!? 怖すぎだろう!?」


「そうか? そのへんに転がっているほうが怖いと思うぞ。まあ、強いて言えば『首供養』だな。説明してもわからないだろうが、弱い魔獣を意味なく殺して楽しむほど暇でもないってことさ。一撃で意識を断ち切ってやっただけでもありがたく思ってほしいもんだ」



 『首供養』とは、文字通り戦国時代で『首実検』のあとに行われた供養のことである。


 前世で暮らしていた大日本帝国にこの風習が残っていたわけではないが、戦場で死んだ戦友の名誉を守るために首を持ち帰り、供養する文化があるにはあったようだ。(野ざらしよりはまし)


 アンシュラオンも単なるきまぐれで行ったことではあるものの、いきなり見せられた烽螺が戸惑うのは無理もないことだ。



(なんだこいつ? 自分で首を斬っておいて供養とか、訳がわからねぇ…。そんなに強いなら最初から斬らなきゃいいだけじゃねえかよ。どう見てもヤバいやつだぞ!)



 実際に烽螺が最初に抱いた印象が、これだった。


 見逃すつもりでいたくせに殺す時は容赦なく、それでいながら首だけは供養するが、胴体は適当に野ざらしという矛盾。


 烽螺にとってはまったく意味がわからない存在であり、そもそも理解することはできない。


 知的生命体は、許容することができないほど大きなものを見た時、ただただ混乱とともに畏怖の感情だけに支配されるのである。



「だ、誰なんだ…あんたは?」


「お前こそ誰だ。まずはそっちが名乗れ」


「ほ、烽螺だ」


「オレはアンシュラオンだ。お前たちを助けに来た」


「助けに…? し、信じられるか! どうせお前も俺たちを利用しに来たくちだろう!」


「その傷、誰にやられた?」


「…え? き、キブカ商会…とかいうマフィアだ。お前も仲間じゃないのか?」


「あいつとは知り合いだが仲間じゃない。どっちかといえば競合相手だよ。それくらいの怪我は出会った相手が悪かったと思って諦めろ。命があっただけましだぞ」


「それはそうだけど…あんたが敵じゃないって保証にはならないだろう!?」


「いちいち面倒くさいやつだな。敵か味方なんてものは、その都度変わるもんさ。自分に都合が良ければ味方だし、悪ければ敵になる。その意味で言えば、オレはお前たちの味方だ」



 アンシュラオンはそう言うと、炸加がくるまれている布を切る。


 軽く指を振っただけなのに、一ミリも炸加を傷つけることなく取り出してしまった。



「炸加に何をするつもりだ!」


「黙って見ていろ。ソブカのやつ、毒は使っていないようだが、けっこう激しくやったな。雀仙さんがいるからって安心しすぎだぞ」



 炸加が命気に包まれ、怪我が癒えていく。


 ソブカも致命傷にならないように気を配っていたことと、苦痛を与えるための浅くて広い傷が多く、深いものはあまりなかった。


 そのおかげで数秒後には、ほぼ完全に炸加は回復。



「はぁ!? 治った…のか?」


「ついでだ。お前も治してやろう」


「うぶっ…ごぼぼぼっ」



 いきなり命気に包まれた烽螺も、あっという間に痛みが消えていく。


 ちょうど飲み込んだおかげで内部からの出血も止まる。


 その異様な状況に、烽螺は目を丸くしていた。



「嘘だろう? 骨だって折れていたのに…術式なのか?」


「術じゃない。技だ。お前の気質とは馴染んでいないから完全に治るには少し時間がかかるが、これで十分だろう。あとは自然治癒で治せ」


「本当に敵じゃないのか? 油断させようとしたって…」


「お前にそれだけの価値があるのか?」


「は?」


「多くの馬鹿たちは、信頼や評価が自動的に与えられるものだと勘違いしている。しかし、人間だろうがディムレガンだろうが、自分の価値は自身で証明しなければならない。で、お前はどうなんだ? オレがかまうほど価値ある者か? それとも、ただの馬鹿か? 馬鹿ならいらん。さっさと消えろ」


「なっ…俺はこう見えても将来有望な裁縫職人なんだぜ! 侮るんじゃねえ!」


「ほぉ、裁縫職人か。里火子さんみたいなことができるのか?」


「里火子さんを知っているのか!?」


「お前たちを助けに来たと言っただろう。ある程度のことは知っているつもりだ。…ふむ、ディムレガンの若い連中は未熟だと聞いていたが、なかなかいい気概だな。その向こう気は買ってやるよ」


「………」


「疑うのは当然だな。どちらにしてもオレの目的もこいつだ。まずは起きてもらうか」



 アンシュラオンが炸加を命気で浮き上がらせると、そこらの木の枝で軽く頬を叩く。


 普通ならば手を使うのだろうが、やはり男の頬に触れるなどという愚行は犯したくないものだ。枝で十分である。



「ううん……ここは…」


「炸加、起きたのか! 無事か!?」


「あれ? ほう…ら? どうしてここに…」


「寝ぼけている場合かよ。ヤバい状況なのは変わらないんだ! しっかりしろ!」


「え? え?」



 と、炸加がパニックに陥るのはいつものことなので、このあたりは文字数の都合上、割愛させていただく。



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