383話 「野心の女性 その4『負けるのが大嫌いなのさ!』」
サリータの全力突撃が炸裂。
鎧と盾の質量を生かした強烈な一撃に、大きな魔獣もダメージを受ける。
が、一番深刻なダメージを受けたのは、サリータだった。
「うぐっ…がっ―――はっ…」
全身が痺れて動けない。
それもそのはず。ただの体当たりなのだから、両者ともに同じ衝撃を受けることになる。
左腕猿将のような強い魔獣でさえ吐血した一撃だ。人間の彼女がこれほどの力を受ければ、もう全身がバラッバラ。
盾を持った左腕は当然ながら、鎖骨や頸椎、背骨、仙骨、座骨、大腿骨等々、軸となる骨の大半が亀裂骨折という大惨事だ。
そもそもさきほどの『爆熱加速』は【緊急脱出用の機構】であって、突撃のためのものではない。
それを強引に攻撃に転用すれば、こうなるのも必定である。
「ギギッ…!」
そんな状態で、先に復帰したのは左腕猿将。
自身の肺を潰した敵に強い敵意を向け、大きな右手を握りしめる。
ちなみに腕棍棒は、激突の衝撃で落としてしまったので無手であるが、上位討滅級魔獣のグラヌマーハの拳は、そこらのハンマーより強力だ。
この状況で攻撃を受ければ、間違いなく死ぬだろう。
しかもサリータには、怪我以外の負荷も重くのしかかっていた。
(駄目だ…動けん! 身体から力が抜ける! これが【戦気の代償】なのか!?)
戦気は武人にとって必須だが、基礎能力を倍化させる代償として、生体磁気を大量に消費してしまう。
生体磁気は細胞内を満たす活力であり、必要以上に消費すれば細胞の寿命が縮んで老化が早まったり、激しい疲労で昏倒してしまうことになる。
優れた武人ならば、『練気』による神の粒子の吸収で生体磁気の活性化が可能だが、残念ながらサリータの戦気術は極めて未熟。
戦気を放出することまではできるようになったものの、回復力が間に合わずに短時間で体力を使い果たしてしまう。
身体のダメージも深刻で、防御どころか回避もかなわない状況だ。
そこに左腕猿将の拳が真上から叩き落とされる。
サリータが死を覚悟した瞬間―――ドカーン!
左腕猿将の頭部付近で爆発が起こり、衝撃で上半身が流された結果、拳はサリータを素通りして地面に叩きつけられた。
「サリータ、あとは任せな!」
少し離れた場所に、クロスボウを構えたベ・ヴェルがいた。
彼女が放ったのは『爆発矢』。
先端に剥き出しの大納魔射津が設置されているため、強力な魔獣相手にも有用な武器である。
ベ・ヴェルは引き続き、爆発矢で猿を牽制。
厄介な道具があると見せつけることで注意を向けさせる。
その間にユキネが接近してサリータを回収。
「サリータさん、一度退くわよ!」
「申し訳…ありません…」
「十分よ。あなたはがんばったわ」
彼女も少し休んだことで回復したらしく、剣気で威圧することで左腕猿将を下がらせることに成功していた。(やはりトラウマになっているようだ)
ここで二人が下がったことで、ベ・ヴェルと左腕猿将の一騎討ちが始まる。
ベ・ヴェルは安易に近寄らず、爆発矢を撃ちまくって相手を寄せ付けない。
左腕猿将も腕棍棒を失ったことと、肺が潰れたことで動きがさらに鈍っており、単独でも足止めが可能になっていた。
本来ならば敵の弱化を喜ぶところだが、プライドの高いベ・ヴェルは依然として苦々しい表情を浮かべている。
「まったく、嫌になるねぇ。ここまで弱らせて、ようやくサシでやれる立場になったってわけだ」
ここで『三人が同時に戦わなかった理由』が明白になった。
常識的に考えれば、数の差は戦況を大きく左右する。一体の敵を三人で囲めば有利になるのは至極当然である。
がしかし、敵が強すぎる場合はそうとも言いきれない。
最初の遭遇時に三人で戦っていたら、あっという間に実力で劣るサリータとベ・ヴェルが撃破されていたはずだ。そして二人が足手まといになり、ユキネも実力を出しきれなかっただろう。
ならば、【三連続の一騎討ちという連戦】に持ち込むことで勝利を見い出せばよい。
ユキネもサリータも自身の持ち味を最大限に出しきった。そういう状況に相手を引き込んだからである。
ユキネで敵の攻撃力を削り、サリータで体力を削る。
二人が死力を尽くした結果、ようやくにしてベ・ヴェルが土俵に立つことが許されたのだ。
それは彼女が【一番劣っている】事実を如実に示してもいる。
(こっちの得物は大剣だ。一撃の重さで相手を圧倒できなきゃ、一気に不利になる。サリータみたいな身体を張った防御もできないんだから、それこそ一撃でお陀仏さ。ああ、アンシュラオンの言う通りだねぇ。あたしは弱い!)
このレベル帯におけるベ・ヴェルの能力を冷静に分析すると、マキのように一撃で倒せる攻撃力や特技が無く、サリータのような高い耐久性と防御力も無く、ユキネのように機敏に動く機動力も運動性も無い、という評価になる。
これは―――酷い!
せいぜい彼女が通用するのは、戦気もまともに使えない三流以下の傭兵や盗賊程度にすぎない。
戦気が普通に使えるゲイルや一流傭兵のグランハム、翠清山脈に出現する上位魔獣ともなれば、まずまともに打ち合うことはできないだろう。
これが現実。冷酷なる事実である。
「自分の弱さは嫌ってほど味わったさね! でもね、このまま底辺生活に慣れるわけにはいかないんだよ!」
ベ・ヴェルは最後の爆発矢を撃ち終えると同時に、ポケット倉庫から『ガトリング砲』を取り出す。
これはホロロが使っていた巡洋艦用と同じもので、予備として取っておいたものだ。
彼女は装備の能力で軽々持ち上げていたが、二トンを軽く超える重さなので、ベ・ヴェルは岩の上に置いて固定し―――発射!
(ちっ、随分と暴れてくれるじゃないか!)
が、あまりの反動の激しさに照準が合わず、何百という貫通弾が左腕猿将どころか周囲一帯にばら撒かれる。
もともと戦艦用の重火器なのだから当然だ。人間が持って扱うようには作られていない。
その結果、当たった弾数は五十にも満たないだろう。大半は木々を抉り取ることに使われてしまった。
貫通弾そのものは術式によって威力を増しているので、当たればグラヌマにも一定のダメージは与えられる。
現に左腕猿将の身体からも出血が見られ、急所に当たった何発かは体内にまで入り込んでいるようだ。
しかしながら、これだけ強い魔獣ともなれば、集中砲火を浴びせなければ効果は薄い。
左腕猿将は、照準合わせに手間取るベ・ヴェルの隙をついて跳躍。
右手で木の枝に掴まると、宙を伝って弾丸から逃れる。
「ちっ、使えないね!」
射角を変えられない以上、ガトリング砲にこだわっても意味がない。
ベ・ヴェルが見切りをつけて後ろに下がった瞬間、左腕猿将が木から落ちてきてガトリング砲を破壊!
右手で叩き潰し、いとも簡単に鉄クズにしてしまう。
もしベ・ヴェルがそのまま残っていたら、彼女も圧死していたはずだ。
「こんなやつとまともに打ち合えるかい! これでもくらいな!」
すでにこうなることを予期していたベ・ヴェルの行動は早い。
下がった時には、大型グレネードランチャーを取り出しており、発射。
こちらはただの砲弾ではなく、左腕猿将に当たる前に弾が割れ、八つに分裂して連続爆発!
激しい爆発の連鎖に地面が消し飛び、周囲に土砂が撒き散らされる。
その中心部にいた左腕猿将は、咄嗟に右腕で顔をガード。
したものの、身体の至る所が黒ずんでおり、爆発による火傷や裂傷を受けたことを物語っていた。
(アンシュラオンにねだって作ってもらったもんだけど、まあまあ使えるじゃないか。こいつは当たりだねぇ)
こちらは『多弾頭式グレネードランチャー』という武装だ。
簡単にいえば、サリータが使っていた『単発式爆破銃』を八発分同時に組み込んだものである。
両者の違いは、取り回しに優れて片手でも扱えるうえ、狙った箇所に撃ち込みやすい単発式と、大きくて扱いづらいのに、だいたいの場所にばら撒くことしかできない多弾頭式、といった具合である。
はっきり言えば、用途そのものが異なる。
サリータは、あくまで盾を使った状態での中距離単体攻撃を意図しているが、ベ・ヴェルの場合は大雑把な範囲攻撃が目的だ。雑に高火力が出せる武装のほうが、狙いをつける手間が省けてよい側面もある。
それに加えて、すべてが【使い捨て】。
一度使ったものはその場で投げ捨てて、当人はすぐに間合いを取って違う武器を取り出していた。
今度は人喰い熊戦でハンターが使った『爆破槍』を構え、多弾頭グレネードを受けてショック状態の左腕猿将に突き刺す!
槍は先端だけが軽く刺さった状態だが、これで十分。
内部から爆発することで筋肉の一部ごと吹き飛ばす!
「グッ―――ギイッ!」
左腕猿将は、右腕で槍を振り払う。
刺した瞬間にはベ・ヴェルは手を放していたため、吹っ飛んだ槍はひしゃげていたものの、彼女にダメージはない。
そして、また距離を取ると新しい武器を取り出して攻撃を再開。
同じ武器を使わないことによって相手に対応させる余裕を与えず、それらをすべて使い捨てにすることで自身は攻撃を受けないで済ます。
徹底した消耗戦術で左腕猿将のペースを乱し、終始こちらが主導権を握る見事な戦い方であった。
しかしながらこの動き、どこかで見たことはないだろうか。
(サナだってついこないだまでは、ただの子供だったって話じゃないか。ガキの後ろを追いかけるのは癪だけど、強くなるためなら何でもするよ!)
その戦い方は、サナそのもの。
翠清山に入ってからは、課題であった攻撃力の改善に努めていたこともあり、魔石や刀による攻撃が増えてはいるが、それまではさまざまな武具を使い捨てにする戦い方が主体だった。
それによって格上のジリーウォンに勝利を掴む金星も挙げている。
なにせアンシュラオンが直々に教えた『弱者が強者に勝つための戦術』である。結果が出ないわけがない。
ベ・ヴェルが今以上に強くなるために導き出した答えこそ、【サナを真似る】こと。
言い換えれば、アンシュラオンの訓えに従うことでもあった。
気位の高い彼女が、その選択を受け入れるまでには長い時間がかかったが、今ようやくにして現実に向き合うことを決めたのだ。
(自分より強い相手の場合、間合いには絶対に入らない。常に死角に移動しながら、その間に武器を準備し、攻撃した瞬間には離れるヒットアンドアウェーを徹底する。こんなことは戦いでは当たり前のことさ。でも、それを続けるのが一番難しいさね!)
細かい戦術は、以前のサナの戦いで語られているので詳細は省くが、基本的には『まともに組み合わない』ことが重要だ。
柔道の試合でも、逃げ回って時々隙をついて取った軽いポイントで勝利する、という光景を幾度も見たことがあるだろう。
もし仮にこれを延々と継続できれば、格上相手にも勝つ可能性が出てくる、というわけだ。
ただし、ここでサナとベ・ヴェルとの間にある『大きな差』が露見する。
(次の武器は何だい!? くそっ、忘れちまったよ! 早く出して…これはどう使う!? ああ、駄目だ! 近づかれちまう!! 逃げないと!)
ポケット倉庫は、後から入れた順番通りに物が出てくる。これを利用することで間断なく攻撃することが可能だ。
されど、この戦術を続けるには記憶力と同時に『何があっても動揺しないメンタル』が求められる。
戦闘中、しかも相手が強敵ならば威圧感は尋常ではない。迫られるだけで身体が竦み上がるし、攻撃をかわすだけで頭が一杯になる。
戦場はさまざまなので次に逃げる場所も探す必要があり、その状況下で冷静で正しい判断を継続することは極めて難しい。
当たり前だが、次に出す武器を忘れるなど論外。
混乱したことで動きに迷いが生まれ、一気に左腕猿将に間合いを詰められて―――バッゴンッ!!
強烈な拳がベ・ヴェルに直撃!
吹き飛ばされ、いくつもの木々にぶつかって、ようやく止まる。
「…やっち…まったかい。左腕が…滅茶苦茶だねぇ」
当たる寸前にポケット倉庫から出したライフルが盾になったことで、かろうじて直撃だけは避けたが、左腕が粉砕骨折。折れた骨が外にまで飛び出していた。
(いくら鎧と盾があるからって、こんなものを何度も受け止めていたってのかい。やっぱりあいつはすごいよ)
体格は似ているが、性質は真逆。
サリータは攻撃力が乏しい反面、この攻撃に耐えることができていた。自身でくらったことで、その差を痛感することになる。
だが、そんなことは最初からわかっていること。
(役立たずだってわかってから、ずっと考えていたんだ。自分は何のために戦うのかってね)
サリータのような守る意思も無い。
ユキネのような成り上がる意思も無い。
ホロロのような狂気の意思も無い。
しかし、戦う理由は人それぞれだ。自分なりの答えでいい。
ならば、それはとても簡単な話。
「あたしはね…!! 負けるのが大嫌いなのさ! 誰かに負けて見下されるのは絶対に我慢できない! それが傲慢と言うのならば、笑えばいいさね! それでも最後に立っているのは―――あたしだぁあああああああああ!」
ベ・ヴェルの身体から激しい戦気が噴き出す。
サリータ同様、彼女もここに至って完全なる戦気の発動が促され、身体が急速に作り変えられていく。
サナはベ・ヴェルよりも先を読む力に長け、完璧なまでに武器を使いこなし、天賦の才まで持ち合わせる逸材だ。到底追いつけない。
ただし、唯一ベ・ヴェルが勝っている点がある。
激しい―――【闘争心】!!
良く言えば、反骨心や負けず嫌い。
悪く言えば、自身さえ燃やし尽くすほどの根深い復讐心。
「なめられたまま終われるもんかい!! やられたらやり返す! それがあたしの流儀さね!」
こちらに突進してくる左腕猿将が見える。
いまさら遠距離武器を取り出しても間に合わない。この勢いを止めることは無理だ。
ならば、思考することをやめる。
いくら考えてもサナに追いつけないのならば意味はない。猿真似で到達できるほど甘くはない。
その代わり、全身の毛を逆立てるほどに集中することで、極限まで感覚を研ぎ澄ます。
地面の硬さ、流れる風の感覚、木々の臭い、相手の殺意。
(あたしは生き残る!! そのうえで勝つ!!)
ほぼほぼ野生の勘のみで、左腕猿将の右腕をギリギリでかわし、転がりながら大剣を取り出す。
反射的に一番使い慣れた武器を選んだのだが、どのみち最後は『コレ』を使おうと決めていた。
続いて左腕猿将が殴りかかってきたところを、立ち上がって大剣で受け止める。
ゴンッ!!という鈍い音が響き、ベ・ヴェルが吹っ飛ぶ。
だが、その距離はさきほど殴られた時よりも遥かに短くなっており、彼女自身にもあまりダメージはなかった。
「キッ?」
左腕猿将も殴った時の感触の違いに戸惑い、思わず自身の拳を見つめる。
岩くらい簡単に破壊できる頑丈さとパワーを兼ね備えた拳に、じーんと痺れが残っていた。
それはまるで何か異様に重くて、硬いものを殴った際に感じる痛みに似ていた。
「へっ…へへ。効くねぇ。でも、こいつならあんたも簡単には壊せないらしいじゃないか」
ベ・ヴェルはダメージを確認しながら、右手一本で大剣を構える。
彼女が最後に取り出すのだから、今まで使っていた『タイフーンクレイモア〈風斡大剣〉』ではない。
その大剣は、剣と呼ぶにはあまりに無骨すぎた。
装飾の類は一切なく、そもそも鞘自体が存在しない。見た目も剣というよりは大きな斧に近く、刃があるのかどうかもわからないほどに潰れている。
はっきり言えばナマクラである。これで木を切ろうとすれば相当苦労するだろう。
だが、この大剣にとっては、それはどうでもいいことだ。
「受けるのは性に合わないんだ! さぁ、こっちからいくよ!!」
ベ・ヴェルは細枝を持っているかのように、軽々と片手で大剣を振る。
それを見た左腕猿将は、なめた態度で軽く受ける。
もはや相手が弱っていることを知っているし、見た目に反して明らかに大剣の重量ではない。
だからこそ指で弾くように対応したのだが、それは大きな勘違い。
大剣が指に当たった瞬間―――ミシィッ!!
「ッ―――っ?!?」
軽々とした見た目と、実際に当たった際の衝撃のギャップに驚き、ぎょっとした表情になるが、もう遅い。
そのまま勢いよく放たれた豪快な一撃によって、右手の人差し指が、ミシミシポッキン。
反対方向に曲がって、へし折れてしまう!!
「はんっ、いい気味だねぇ! 油断してなめた真似をしたらどうなるか、骨の髄まで叩き込んでやるよ!!」
ベ・ヴェルが、左腕猿将を滅多打ち!
『物理耐性』があるので打撃に対しても強い防御力を誇るグラヌマではあるが、叩かれた箇所は赤黒く変色しており、強い打撲を負っていることがわかる。
「おらおらおらおらぁああ!」
やはりベ・ヴェルは、攻撃をしている時が一番楽しそうだ。
水を得た魚のごとく、躍動しながら大剣を振るっていた。
「ッッ!?」
一方の左腕猿将は、いまだにパニック状態。
ベ・ヴェルが軽々と大剣を振る動作と、叩きつけたあとの現象に違いがありすぎて、脳が状況を上手く理解できないのだ。
さらにその光景に対して、ハイザク戦でのトラウマが蘇る。
あの時も一方的な展開になるはずが、なぜか急成長するハイザクにボコボコされてしまった。
この二つの要素が絡み合い、遥かに格下のベ・ヴェルに苦戦する羽目になる。




