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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
「琴礼泉 制圧」編
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381話 「野心の女性 その2『ごめんなさいね、それは嘘なの』」


 ユキネの「見つけた」という発言は、どうやら火乃呼を指してはいないようだ。


 その証拠に、左腕猿将から一瞬たりとも視線を外さない。


 これは注視しているだけではなく、単純に興味の大半がそちらに向いているからだ。



「だ、誰だ…この女!?」



 いきなりの出現と無視に火乃呼は困惑。


 ここのところ混乱してばかりだが、すべてが突拍子もなく起こるので仕方がない。これが素の反応というものだろう。


 だが、現れたのは彼女だけではない。



「うりゃぁあああああああああ!」



 左腕猿将の背後から、また一人の女性が出てきて斬りかかる。


 彼女は大きな体躯に見合う大剣を持っていたが、サイズ的には左腕猿将のほうが遥かに大きいこともあり、あっさりと受け止められて弾かれる。



「ちっ! これが噂の猿かい! 強いじゃないか!」


「ベ・ヴェル! せっかくのチャンスなのに声を出したら気づかれるでしょう! 馬鹿なの!? ねぇ、馬鹿なの!」


「うっさいね!! 声を出さないと気合が入らないのさ! あんたこそ最初の奇襲で決められなかったじゃないか!」


「相手が強いんだから、しょうがないじゃない。でも、強くていいのよ。こいつは間違いなく大物、きっと『名有り』だわ!」


「この者たちはいったい…」


「杷地火! こっちだ!」



 杷地火も突然のことに戸惑っていると、遠くで手を振る爐燕が視界に入り込む。


 霧がかかっているのでよく見えないが、その背後にも何人かの人影があるので単独行動ではないようだ。


 爐燕は周囲に注意を払いながら、小走りで近寄ってきた。



「爐燕、どうしてここに! 状況はどうなっている!?」


「詳しい話はあとだ。すぐに琴礼泉から離脱するぞ。安心しろ。女たちは全員いるし、怪我をした連中もすでに保護している」


「…わかった。火乃呼、行くぞ」


「ちょっ、いいのかよ!? 説明なさすぎだろう!」


「それは俺も同じ心境だが、ここにいては猿神と海軍の戦いに巻き込まれるだけだ。まずは我々自身の安全を確保する」



 実際に左腕猿将に絡まれて身動きが取れなくなっていたところ、謎の女二人が猿に襲いかかった。


 ここにロクゼイたちがやってくれば、さらにややこしいことになるのは間違いない。


 それに、なぜか爐燕も自信満々だ。



「火乃呼、おじさんを信じろ! 私には秘策があるのだ!」


「本当に大丈夫か? 前もそんなこと言って駄目だった時があったじゃねえかよ。あの時は貴重な素材を全部、台無しにしたよな?」


「あの時はあの時。今は今だ! 『確変』した私に賭けてみろ!」


「それが心配なんだけど…まあいい、今は急ぎだ。あとでちゃんと説明してもらうからな! それより灯子おばさんは?」


「近くにいる。怪我か?」


「おれは大丈夫だけど、こいつがそろそろやばいんだ! 助けられるか?」


「若い猿神か…たしかに酷い怪我だな。わかった、急ごう。ほかにも協力者がいるから、なんとかなるだろう」



 若猿の容態も気になっていたこともあり、二人は爐燕と合流してこの場から離脱していく。



「キッ―――」


「ここから先は誰も通さん!」



 左腕猿将が焦って火乃呼の後を追おうとするが、その前に赤い全身鎧を着た人物が立ち塞がる。


 彼女は大盾を持って突進!


 その巨体に、全体重をかけて体当たりをぶちかます!


 左腕猿将からすれば体長の半分以下の大きさにもかかわらず、彼女の足は地面に根を張ったように頑強。


 下から強烈に突き上げられた大猿の身体が浮き上がり、数歩後退を余儀なくされてしまった。



「遅くなってすまん! 少し鎧の調整が遅れた!」


「かまわないさね。あんたが一番しんどい役目になるだろうからねぇ」


「ああ、任せろ。先輩たちが離脱するまで時間を稼ぐ」



 鎧を着た人物は、サリータ。


 赤い重鎧に赤い大盾といういでたちは、傭兵よりは騎士に近い姿に見えるだろうか。


 彼女は少し後ろに下がりながらも、大盾を左腕猿将に向けて防御の構え。


 絶対に後は追わせないという気迫で道を塞ぐ。



「サリータさん、時間を稼ぐなんてつまらないことは言わないで。見つけた獲物は全部殺すわ。戦果を挙げないと戻れないくらいの覚悟でいなさいな」



 ユキネが前に出つつ、他の二人が左腕猿将を挟むように囲む。


 汚名返上を目論むのは左腕猿将だけではない。


 彼女たちもまた、どうしても戦果が欲しいのだ。


 しかし、ここで名有りの魔獣に出会えたことは幸運といえなくもないが、相手は文句なしの重量級である。



「これが猿神なのですか? 全力でぶつかったのに、さしてダメージもないとは…」



 サリータが、まじまじと左腕猿将を『見上げる』。


 もともとグラヌマは直立すると三~四メートル級の魔獣だ。グラヌマーハともなれば五~六メートル級にもなる。


 サイズ的には人喰い熊と似たようなものだが、猿のほうが圧倒的に機敏であり、この巨体で高速機動ができることが最大の強みだ。


 熊が勝っているはずの攻撃力も武器によって補うのだから、グラヌマがいかに強い種かがうかがい知れるだろう。


 事実サリータが全力でぶちかましても、彼らからすればちょっとした激突にすぎない。


 左腕猿将はやや驚いたものの、何事もなかったかのように平然としていることが、その耐久力の高さを示していた。



「大きさは間違いなく上位種よ。見て、あの左腕の太さ。前に聞いた『左腕猿将』というボス猿の一頭かもしれないわ」


「たしかハローワークでも上位魔獣として位置付けられているターゲットでしたね」


「ええ、かなりの大物ね。こいつを倒せば、文句なしにブラックハンター以上は間違いないわ」



 討滅級を倒せる者がブラックハンターと呼ばれるのだが、同じ討滅級といっても幅が広いうえに、単独で倒す場合と複数やチームで倒す場合等々、細かく状況査定が行われる。


 今回の作戦でも討滅級クラスの魔獣を倒しているが、集団戦で倒しているため、与えられるポイントもだいぶ少なめに計算されるだろう。


 しかし、左腕猿将のような名有りの大物を三人で倒したとなれば、全員ブラックハンター認定は間違いない。(ユキネはハンター登録はしていない。一座の自警団員扱い)


 マキがブラックハンターであることを考えると、この魔獣は彼女たちが待ち望んでいた相手そのものといえる。


 ただし、相手は手負い。


 ベ・ヴェルが左腕猿将の腕を見て、眉をひそめる。



「なんだい、ご自慢の左腕が切られているじゃないか。左腕猿将ってのは左腕が利き腕なんだろう? これじゃ価値も下がるねぇ」


「殺してしまえばカードの記録には残るわ。そもそも私たちは選り好みできる立場じゃないのよ。大物に出会えただけでもラッキーと思わないと」


「まっ、それもそうかねぇ。アンシュラオンに敵将の首一つでも見せてやらないと、腹の虫がおさまらないからねぇ」


「ええ、そうよ。あらゆる手段を使ってこいつを仕留めるわ! いくわよ!」



 先に仕掛けたのは、ユキネ。


 素早く接近すると、流れる動きで剣を振る。


 彼女の特徴は、柔軟でアクロバティックな動きかつ、剣舞の如き流麗な剣技だ。


 そこらの傭兵にも負けないほどの腕力を持つが、基本的に力任せに攻撃することはせず、相手の虚をついた攻撃を得意としている。


 もちろん、これには意味とメリットがある。


 軽い踏み込みは相手の反撃を受けないための対応策でもあり、重心が乗りきらないことで回避もしやすく、被弾も減ることになる。


 それによって防御力の低さを補えるし、相手を翻弄することで主導権を握る戦い方は、敵からすればかなり厄介といえるだろう。


 しかしながら、攻撃が軽いと戦いが長引く要因にもなり、ラッキーパンチ一発で負ける可能性も大きくなる。


 それが如実に出たのが魔神戦だった。あれはマキを庇った結果とはいえ、彼女の弱点が丸出しになった点は同じだ。



(絶対に逃がさない! この敵を倒さないと二度と帰れない! 今までよりも『半歩前』で戦うのよ!)



 今回も動き自体には多くの体重移動による幾多のフェイントを交えており、相手の力が一番発揮しづらいタイミングで攻撃を仕掛けている。


 今までと違うのは、そこに『鋭さ』が加わった点だろう。


 初撃の奇襲の時もそうだったが、瞬間瞬間に『仕留める』という気迫を乗せた重さが加わることで、自然と必殺の間合いが生まれつつある。


 左腕猿将ほどの魔獣が飛び退いてかわしたのは、彼女の気迫があったからこそだ。



(戦い方は変えない。一朝一夕で実力が手に入るほど甘くない。でも、自分の意地を貫く強さは、今すぐにでも手に入るわ! 気持ちの問題ですもの! 私はもう負けない! 自分に負けない! あの人には負けない!)



 マキの戦い方を見て、嫉妬した。


 自分が持っていないものを遠慮なく曝け出し、かつて捨てたものを恥じらいもなく貫く彼女に、負けた気分でいた。


 だが、皮肉や嫌味を言っても現実は変わらない。自分が求めるものは手に入らない。


 ここでユキネは、【武人として死ぬ覚悟】を決めた。


 アンシュラオンという命を預けてもよい主人と出会い、一世一代の勝負に出ている。もし彼に見初められないのならば、死んだほうがまし。


 そうした覚悟が剣気にも宿り、いつも以上のキレを生み出す結果になっているのだ。


 対する左腕猿将は奇襲を受けたことで、まだ戦闘態勢が十分ではない。そこにユキネの高速斬撃が襲いかかり、いくつもの切り傷を作っていく。


 が、そこはやはり猿神の将の一人。


 頑強な肉体と『斬撃耐性』によって、ユキネの攻撃では軽く皮膚を切り裂くのが精一杯だった。



(硬っ! これがグラヌマの耐久性! そこらの魔獣とは比べ物にならないわ! こちとら『一本の剣』で全力で斬っているのに、これはないわよ!)



 さきほどのサリータの発言からもわかるように、アンシュラオンとサナとマキ以外のメンバーが猿神と対峙するのは、これが初めてである。


 マキが驚いていたことからも彼らの耐久性は極めて高い。特に斬撃に関しては相当なものといえる。



「…キキ?」



 左腕猿将も、ここで相手が『たいしたことはない』と気づいた。


 ユキネは達人レベルではあるものの、マキの『鉄化』やファテロナの『血毒』といった、一撃で相手を沈める特殊技能を持たない汎用タイプだ。


 単純な削り合いとなれば、どうしても左腕猿将のほうが上。


 なにせ彼は、あのハイザクと真正面からやり合えるほどのパワーを持っている。


 ポテンシャルの差で敗北はしたが、クルルいわく『北部最強の武人』と打ち合えるだけでも凄まじいことである。



「キーーーッ!!」



 そして、左腕猿将は右手で『切り落とされた自身の左腕』を振り回して反撃開始!


 もはやそれ自体を武器にしてしまう。(今後は『腕棍棒』と呼ぶことにする)


 これは単純に左腕の置き場がないゆえの苦肉の策ではあったが、異名になるだけのことはあり、頑強さはロクゼイの金棒すら上回る代物だ。


 サイズ差も考えると、こんなものでぶっ叩かれたら、そこらの武人程度は一撃で粉砕だろう。


 ユキネもまともにくらうわけにはいかず、ステップを踏んで攻撃を回避。


 しかし、あまりの風圧に身体が流されて体勢が崩されてしまった。


 そこに横薙ぎの腕棍棒が迫る!



(あの時と同じ! 一度でも直撃したら終わりよ! 集中して!)



 ユキネは迫り来る腕棍棒に対して自ら向かっていくと、鋭い一撃を当て、攻撃を流しながら一回転。


 ギリギリで回避しつつ着地すると同時に、すぐさま反撃の剣撃を繰り出していく。


 こちらの剣撃自体はさほどダメージを与えないので、左腕猿将も腕棍棒で強引に薙ぎ払おうとしてくるのだが、そのたびにユキネは同じように回避を続ける。



「キーーッ! キギイイーー!」



 左腕猿将はムキになって腕棍棒を振る。滅茶苦茶に振る。


 が、何度やっても結果は同じ。


 その姿は、ふわふわと浮いている羽虫に拳を繰り出すものの、なぜか殺せないでイライラする人間に似ていた。



(ユキネさんは何をしているのだ!? あれでダメージを受けないのか!?)



 間合いの外にいるサリータには、ユキネが腕棍棒に叩かれて弾かれたように見えていた。


 実際にユキネは完全に無傷とはいかず、回避するたびに多少ながら打撲や擦り傷の痕跡が増えていくので、かすかには当たっているのだろう。それだけ紙一重の回避だということだ。


 ただし、『芯』だけは外している。


 攻撃を大きくかわすと、その分だけ相手が前に踏み出せるので、次の攻撃に対するウェイトを高める余裕を与えてしまう。


 が、追撃しづらい間合いで回避することで、相手はやりにくさを感じて強い攻撃を打ち込めなくなる。


 当たり前だが受ける側は多大なリスクを背負うが、上手くいけば、より少ない労力で回避と反撃が継続できる。


 今までよりも半歩前で。


 いつもより半身前で。



 それは―――より過激な剣舞



 情熱的で躍動感があって、もし当たったら一撃で終わってしまうスリリングな舞台だ。



(はぁはぁ、燃えてきたわ! そうよ、ここでは私が一番。みんなの視線を釘付けにする最高の役者なの! もっと私を見るといいわ!)



 ハラハラしながら見守るサリータたちは、まさに『観客』。


 客の不安に反比例するかのごとく、ユキネの心は熱く燃えていた。


 命をかける戦いこそ、武人の華。


 生死の境目を行ったり来たりするヒリついた空気に触れるたび、頬が紅潮して、身体の奥底から力が湧き上がってくるようだ。


 その強い精神力が彼女を強くするわけだが、技術的にいえばこれをやるために、『寿気』による身体強化に加えて『高度なセンサー』が必要になる。


 戦技結界術、『羽寿衣うじゅごろも』。


 寿気を対外に放出することで敵の攻撃をいなす結界術である。


 原理としては波動円を凝縮した『無限抱擁』に似ているが、寿気とはより弾力を帯びた気質であり、それ自体が防御膜として機能する。


 簡単にいえば『寿気を物質化』させて、攻撃が当たる瞬間にワンクッション挟むのである。


 これを発展させていくと、ガンプドルフが使った『鎧気術』にも至ることから、かなりのセンスが必要となる技といえるだろう。


 されど、放出された寿気は攻撃を受け止めるほどの力はないため、これほどの衝撃ともなればシャボン玉にも等しい膜にすぎない。


 一瞬でも判断を誤れば、直撃を受けてノックアウト。


 それを彼女は、逆に愉しんでいた。



(命の火花を散らすたびに私は強くなる! 輝ける! なんだ、簡単じゃない。人生なんて舞台と一緒よ! 演じてみせればいいのね!)



 攻撃に逆らうことなく身を任せ、されどけっして後ろには退かず、足だけではなく全身そのものをバネにして躍動してかわす。


 もともと優れた肉体的資質を持っている彼女が、今できることを最大の覚悟をもって成し得れば、これだけのことができるのだと証明してみせる。



「キキイイイイッ!」



 しかし、相手は腐っても左腕猿将だ。


 戦闘経験も豊富で、こうしたすばしっこい相手との戦い方も熟知している。


 左腕猿将は腕棍棒を大地に叩きつけて、空中に土砂を撒き散らす。


 普通の人間がやれば土煙程度が精一杯だが、猿の腕力ならば話は別。爆発した土がショットガンのように襲いかかった。


 ユキネはガード。


 被弾しながらも土砂を受け止めるが、動きが減速してしまう。


 そこに振りかぶった強烈な一撃が待ち構えていた。



「ユキネさん!」


「待ちな、サリータ!」



 咄嗟にサリータがカバーに入ろうとするが、ベ・ヴェルが止める。


 敵は猿神の将。はっきり言えば、三人がかりでも厳しい相手だ。


 ここで無理にカバーに入ると次の手が打てなくなり、手詰まりになってジリ貧になっていくだろう。それを見越したうえでの戦術的な判断だ。


 そして同時に、ユキネを信じたからでもある。



(負け犬同士で傷を舐め合うわけじゃないけど、あいつならやるよ! そのために付け焼刃でも力を得たんだからねぇ!)



 そのベ・ヴェルの目の前で、腕棍棒がユキネに激突しようとしていた。



(ようやく間合いに入ってきてくれたわね)



 ユキネは焦るでもなく、相手の攻撃の軌道をしっかりと見据えることができていた。


 これはアンシュラオンがやっているように、いついかなる攻撃に対しても万全の準備を整えているからだ。


 戦いにおいて、不意の攻撃や予想しない動作が起こるのは当然のことだ。騙し合いこそが戦いの本質だからである。



(これまでの私ならば、ここで退いていた。でも、それじゃ駄目なのよ。私もあの世界に踏み入るためには、もっと先に行かないといけない。その覚悟を今、『魅せる』わ!)



 ユキネは空中にいる間に、すでに持っていた剣を捨てて、『新しい刀』の柄を掴んでいた。


 捨てた剣は今まで使っていた二本のうちの一本であり、自前で用意して長年愛用していたものである。


 それなりに業物ではあったが、魔神戦で曲がってしまって限界が来ていたものだ。もうお役御免だろう。


 だが、新たに手にした刀は、白さの中に黒い影を含んだ不思議な色合いをしていた。


 何事にも表と裏がある。


 建前と本音が存在する。


 嘘と真実がある。



 ユキネの抜いた刀から膨大な剣気が放出され―――伸びる!



 それはただ刀身にまとわせるものではなく、宙に浮いた身体ごと押しのけるほどの強い剣気であった。


 ほんのわずかなズレであっても『羽寿衣』を展開している彼女ならば、それは絶好の【カウンターチャンス】。


 圧されるままに身体を捻って攻撃をギリギリで回避しながら、強い剣気をまとった刀身で左腕猿将の右腕に一閃!!


 完全に仕留める態勢に入っていた左腕猿将の腕は、伸びきっており、柔軟性を欠いたところに―――ズバンッ!!


 刃は皮膚を切り裂き、筋組織を断ち切り、神経を巻き込みながら骨を抉る。



「キキイイイイッ!?」


「あなた、意外と素直なのね。とても素敵なことだわ。でも、ごめんなさいね、それは嘘なの」



 『嘘の剣撃』に慣らされていた彼にとって、その一撃はまさに寝耳に水、青天の霹靂。


 すべての攻撃に準備ができていたユキネとは正反対に、予想を遥かに超える強烈な斬撃を無防備で受け、大ダメージを負ってしまう。


 もし彼が特殊個体でなければ、その腕ごと断ち切られていたに違いない。



(さすがはディムレガンの鍛冶師が打った一級品ね。こんな嘘だらけの私を信じてくれた爐燕さんには、心から感謝しないといけないわ)



 『残殷刀ざんいんとう白影命月びゃくえいめいげつ』。


 持ち主の剣気を大幅に強化することで斬撃に特化させた刀で、刀匠爐燕が打った業物である。


 爐燕はディムレガンにおいて杷地火に次ぐ地位にいるが、それはけっして人格だけが評価されたものではない。


 杷地火のように堅実で安定性を重視した武器を作ることはできないが、その代わりに当人いわく『たまにすごいものが打てる才能がある』らしい。


 確変次第の博打に似た力だが、一度打ってしまえばこっちのもの。この白影命月も女性のディムレガンに匹敵する業物となった。


 それを爐燕は、ぽんとユキネに渡してくれたのだ。


 出会ったばかりで嘘をついていた自分を信じて。それ以上に鍛冶師としての嗅覚を信じて。


 その期待に応えて、ユキネは躍動。


 急激に威力が増した攻撃に対応できず、左腕猿将がたまらず下がっていく。



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