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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
「琴礼泉 制圧」編
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379話 「魔に魅入られし者 その4『末路』」


「逃がすかい!」



 されど、アラキタも本気だ。


 無理やり引きつった指を動かして弓矢を構えると、火乃呼の足に狙いをつける。


 彼女は二人(一人と一頭)を引きずっているので、動きが鈍っている。


 かなり照準はぶれるが、彼の腕前ならば当てることは難しくないだろう。


 だが、ここで予想外のことが起きた。


 彼の背後に小さな影が一気に迫ると、背中に何かを突き刺す!



「―――っ!?」



 この硬い質感は、人生の中で何度も味わってきた『刃物』の味である。


 それまでまったく気配を感じていなかったこともあり、完全に不意打ちの一撃だ。そのせいで、かなり深くまで抉られてしまう。


 とはいえ、痛みよりも驚きが勝っており、慌てて後ろを振り返ると―――



「ひゃひゃひゃ!! 魔じゃ! 魔を見つけたぞい!!」


「その声は…じいさんか!!」



 アラキタの背中に包丁を突き立てたのは、魔物ハンター(自称)―――自慧伊じえい!!


 老人は嬉々とした表情、もとい、血走った眼をしてアラキタに包丁を突き刺し続ける。


 最初の一撃を皮切りに二本、三本、四本と、その数はどんどん増えていき、背中の穴も増えていく。


 もちろん彼は裸だ。容赦なく裸だ。当然裸である。


 こんな山奥の霧の中で、パンツ一丁のジジイに包丁で刺されまくるとは、いったい何の罰ゲームだろうか。一生トラウマは確定だ。



「くそがあああああああ! 離れろおおおお!」


「おほっ! いいぞい! もっと力を出せ! 魔の力を引き出せ!」



 アラキタは必死に引き離そうとするが、自慧伊はぴったりと背中に張り付いている。


 包丁の柄には紐が括り付けられており、その振動を感じ取ることで獲物の動きを事前に察知。フェイントにもすべて対応していた。



(この距離と位置はあかん! 弓が使えへん!)



 アラキタのメイン兵装は弓矢だ。


 相手が素人の火乃呼だったからこそナイフも使ったが、基本的に接近戦は得意ではない。


 対する自慧伊は、包丁を使うことからも近接戦に特化しており、この機敏な動きを見ていると武器型戦士だと思われる。


 しかも彼は、単独で魔獣だらけの森に潜伏できるほどの強者である。戦闘経験も豊富でアラキタにも引けを取らない。


 そんな相手に背中を取られたのだ。簡単に逃がしてくれるはずもない。



(こんなジジイにかまっていられるかい! あと一歩なんや! やられる前にやるしかない!)



 アラキタは背中に攻撃を受けながらも、真上に向かって矢を放つ。


 矢は天に舞ってから急速に方向転換。


 放ったアラキタ自身に向かって落ちてくる。


 杷地火にも使った『雨囲うい射天矢しゃてんし』である。


 今回は大量の矢をつがえる余裕がなかったので五本だけだが、それで背後にいる自慧伊を攻撃しようとしたのだ。



(最悪は、わいごと貫いてもかまわへん! 距離さえできれば、こっちのもんや!)



 相手はベテランだが老齢だ。体力勝負ならば自分のほうが上と判断し、相討ち覚悟で矢を放っていた。


 がしかし、アラキタが矢を放った瞬間には、自慧伊も『縄』を宙に投げていた。


 その縄が鞭のようにしなると、落下してきた矢に真横から激突!


 矢は剣気で強化されているものの、縄も戦気によって強化されている。


 強い衝撃を受けた矢は角度が変わり、二人から二メートルほど離れた位置に突き刺さった。



「んなっ!?」



 矢は真正面には強いが、横からの衝撃には弱い。


 それを利用したとはいえ、異様な縄捌きにアラキタが驚愕。自身の最強の技がいきなり破られて動揺してしまう。



「どうした、そんなもんか!! もっと力を引き出すのじゃ! ひゃひゃひゃひゃーーーー!」



(このジジイ、強ぇ!! 生半可じゃないで!!)



 道中で一緒の間、自慧伊がここまでの脅威になりえるとは思わなかった。普段は痴呆症の老人にしか見えないからだ。


 しかし、今の彼は鬼気迫ったような異様なテンションを保ち、若いアラキタの動きにも完全に対応してくるではないか。


 その間にも隙があれば包丁を刺し続けるのだから、これほど怖い相手もいないだろう。



「ざけんなぁあああああああああ! もうどうなっても知るかあああ!」



 このままでは負けると判断したアラキタは、異常な量の戦気を放出して身体を強化。


 刺されながらも強引に自慧伊を振り払い、間合いを作って矢を放つ。


 矢は自慧伊の肩に当たり、肉を吹き飛ばしながら貫通。



「ひゃはははは! 痛いのぉお! じゃが、それがいい!」



 が、自慧伊の気迫はまったく衰えるどころか増幅。


 怪我を負っても笑いながら、身体に巻き付けていた紐を解いて放り投げる。


 紐には何本もの包丁が吊り下がっており、次々と刃がアラキタの身体に刺さりながら絡みつく。


 紐は弓にまで複雑に絡まったせいで、完全に使えなくなってしまった。



「ぐっ…!! なんや、このジジイ!! やばすぎるで!!」


「逃がさんぞおおお!」



 アラキタが距離を取ろうと跳躍するが、裸のジジイはもっと速く動いて肉薄。


 何をどうしても状況はまったく変わらなかった。



(駄目や! 一度退散するしかない!)



 ここで完全に戦意喪失。


 もう勝ち目がないと悟ったアラキタは、霧の中に逃げ込む。


 こうなっては火乃呼の捕縛もまず不可能だろう。何よりアンシュラオンが戻ってきたら弁明しようがない。


 確実なる死より、わずかな望みに賭けて逃げることを優先したのだ。


 勘違いされがちだが、武人は誰しもが死ぬまで戦う生物ではない。そんなことをやっていたら成長する前に滅んでしまうだろう。


 サナにいつも教えているように、勝てない時は即座に逃げることを実践できる者こそが強いのだ。


 が、全力で琴礼泉から離れようとするも―――ヒューーン ザクッ!


 風切り音とともにナイフが飛んできて、アラキタの足に命中する。



「ぐっ…! このナイフは!」


「隙ありじゃー!!」


「っ―――!?」



 ナイフで体勢が崩れたところに、追いついてきた自慧伊が飛びかかり、もつれあいながらも包丁を胸に突き刺す!



「あーーーあーーーー! わひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!」



 自慧伊は、倒れたアラキタを包丁で滅多刺し。


 動かなくなるまで刺しまくり、返り血で全身が真っ赤に染まる。



「ぐぼっ…なんでこんなところ…で…!! ジジイなんか…に……ごぼっ……最悪…や……―――っ……ッッ―――」



 実力伯仲した相手にマウントポジションを取られたら、もはやなすすべなし。


 アラキタの心臓が完全に止まり、絶命。


 それを確認し、ようやく刺すのをやめる。



「ふーー、ふーー」


「殺したのですか?」



 自慧伊の背後には、いつの間にかジュザの姿があった。


 彼は感情のない声でそっけなく訊ねる。特にアラキタ殺害に対する意見はなく、単に事実を確認したいだけのようだ。


 その問いに、老人は頷く。



「ああ、死んだぞい」


「そうですか。彼らには悪いことをしましたが、不意をつけたのは幸運でした。まともにやりあったら面倒な相手でしたからね」



 ジュザが足に刺さった投げナイフを回収。


 二人はアラキタの怪しい動きに気づいていたが、相手が実力者ゆえに簡単に姿を見せることができなかった。


 もしアラキタが万全の状態の時に立ち塞がっていたら、おそらくは戦うことはせずに逃げる選択をしていただろう。


 それを防ぐための措置ではあったが、その分だけ杷地火たちを危険に晒してしまったことを言っているのだ。



「しかし、本当にアラキタさんは『自我を失っていた』のですか? 今までの言動を見る限り、そうは思えませんでしたが…」


「わしのことを疑うのか?」


「いえ、実際に彼は、アンシュラオンさんの命令に反する行動を取りました。たしかに彼は特定勢力のスパイだったのかもしれませんが、このタイミングで動くのは得策ではありません。やはり腑に落ちないところはあります」



 実はアラキタの行動には不可解な点が多い。


 仮に雇われていたにせよ、アンシュラオンが近くにいる状況で大っぴらに動くのは危険すぎるだろう。


 さらに言えばディムレガンの存在は、他勢力にとってもイレギュラーであり、事前に内情を詳しく知ることも難しい。


 琴礼泉の地理に詳しかったことも不思議だし、彼自身の行動にはいまいち一貫性や整合性がないことがわかる。


 そんなジュザの疑問に対し、満足そうに自慧伊が頷く。



「そうじゃそうじゃ、その通りじゃ。理屈じゃないんじゃよ。どうしようもない。魔とはそういうものじゃ。こうなったらもう殺すしかない。魔から逃れるには他に方法はないからの」


「では、我々も知らない間に『魔に操られている』可能性がある、ということでしょうか?」


「魔は怖ろしいが、条件もなしに操られることはない。こやつには兆候があった。一見して強い者でも心には弱さを持っておるものじゃ。この短期間の付き合いでも、わしにはそのことがよくわかる」


「…なるほど。どんなに強い武人であっても心は不安定なものです。彼にも彼なりの心配事があったということでしょうか」



 アラキタは優れたハンターであり、弓の名手としても有名な男だ。


 しかし、すでに述べたように裏の仕事も担当するほど、心に邪なものを宿していた。


 それらは逆にいえば、自分は弱者になりたくないという『恐怖心』の裏返しでもあり、その不安に魔が忍び寄った可能性が高かった。



「ただしアラキタは、隙があったとはいえ比較的強い精神力を持っておった。それを操るのだから今回の魔はかなり厄介なやつじゃな。ほれ、見てみい」


「私は盲目ですが?」


「いや、わしが触れている間は、おぬしにも見えるはずじゃ。物理的なものではないからの」


「これは…『羽根』でしょうか? 黒…いや、濃い紫色の羽根?」


「うむ、そうじゃ。『術式による精神操作』の痕跡じゃな」



 自慧伊がアラキタの体内から取り出したのは、濃紫色の羽根であった。


 この羽根が精神体に大きな影響を与え、アンテナのような役割を果たすことで対象を自由に操ることができる。


 羽根自体は術式であることから、それに触れられる段階で自慧伊も高い術士因子を持っていることがわかるだろう。



「この作戦が始まる前のことじゃ。わしが暴走した魔獣の件を調べておった時、この羽根をいくつか見つけた。やはり本体はこの山にいるようじゃな。そやつを仕留めねば、この戦いは終わらぬぞい」


「それこそがあなたの本当の獲物なのですね」


「そういうことじゃな。魔を打ち倒すことこそ魔物ハンターの使命よ」



 自慧伊もまた、突如暴走する魔獣の調査に乗り出していた。魔物ハンターとしての嗅覚が魔の存在を感じ取ったからだ。


 そして、アンシュラオンが倒した『クレイジーホッパー〈狂乱大目蛙〉』と同じく、他の魔獣からも羽根を見つけ出す。


 もちろんこれは『クルルザンバード〈六翼魔紫梟〉』の羽根である。


 どうやら自慧伊の言う『魔物』とは、強力な精神操作能力を持った人間や魔獣のことを指すらしい。特に制御ができないような危険な相手をそう呼んでいるようだ。


 しかし、その羽根から発せられている波動は、今までの魔物とは比べ物にならないほどの力であった。それゆえに身を潜めて勝機をうかがっていたのだ。


 その勝機こそ、アンシュラオンである。



「あの坊主は、アラキタの異変に気づいておった。だからわしらに『監視を依頼』した。当人が動くと目立つからの。自らが離れることで暴走を誘発したのじゃ」


「真に恐るべきは、それに気づくアンシュラオンさんですか。しかし、いつから操作されていたのでしょう?」


「それはわからぬが、『視線』を感じるようになったのは、この山の麓の森に入ってからということじゃな。その時に寄生されたのじゃろう。ほどほどに強くて扱いやすく、坊主と一緒に行動していても怪しまれない者を選んだのじゃ」



 アンシュラオンが感じていた視線の一つは、『アラキタを介したクルルのもの』であった。


 このことからもクルルは、かなり前からアンシュラオンを危険視していたことがうかがえる。


 その証拠が、『自律操作による精神支配』だ。


 アラキタを直接支配すると、その波動をアンシュラオンに気づかれてしまう。だから羽根を埋め込んだ時に最低限の命令だけを与え、普段は当人の意思に任せて動かしていた。


 アラキタも常に混成軍と一緒にいるわけではないので、その間に他者を媒介して情報を得ていたと思われる。


 されど一万人以上ならばともかく、百人程度の少人数になればアンシュラオンも視線の正体に気づく。


 そのため陽動作戦の前に自慧伊とジュザを呼び、アラキタの監視を依頼していた。必ず何かしらの動きをすると予測していたからだ。


 アラキタもアラキタで疑われていることがわかったので、その前にやれることをやろうと考えたのだろう。


 だが、結果は見ての通り。


 中途半端な支配で軽率な行動をしたアラキタは、自滅の道を辿ってしまった。



「所詮はこやつも捨て駒にすぎなかったというわけじゃ。自業自得とはいえ、哀れではあるがな」


「それで、我々はどうします? あのディムレガンの女性を追いますか?」


「わしらが依頼されたのは、ここまでよ。魔の影は倒した。それで十分じゃな」


「では、一度ミナミノさんのところまで戻りましょう。向こうも戦力はいくらあっても足りぬはずですから」


「猿は狩らなくてよいのか? 目が欲しいのであろう?」


「もっと面白い人物がいますからね。近くにいるだけで刺激的ですよ。絶対に手に入らないからこそ羨望の心も潰えないものです」


「おぬしも変わり者よな。魔に囚われぬように気をつけるのじゃぞ」


「私から見れば、あなたのほうが魔より怖いですよ」


「カカカ、そうかもしれんの。魔物に打ち勝つために魔よりも強くあらねばならぬ。それはもはや魔そのものじゃ」



 たしかに包丁を持った裸のジジイのほうが、心理的には怖いかもしれない。



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