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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
「琴礼泉 制圧」編
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378話 「魔に魅入られし者 その3『脅迫』」


「やはり火乃呼が目的か…!」


「暴れても無駄やで。これは魔獣用の縄やからな。まあ、どうするかは返答次第や。あんたらが素直に従うなら、これ以上の攻撃はしないつもりやけどな」


「我々はすでに魔獣側に従っているはずだ! ハピ・クジュネとも手を切った! このような真似をせずともよかろう!」


「知ってるで。全部聴いてたしな。その決断はすごいと思うんやけど、あんたらはきっと魔獣側を裏切る。もうわかっとるんや」


「意味がわからぬ!」


「『あんなもん』が出てきたら仕方ない。それでも一応選択肢を与えるっちゅう、慈悲深い沙汰が下ったというわけや。ありがたく思うんやな」



(この男は何を言っている!? 放っておけば我々は魔獣の味方をするというのに…。それとも何か他の事情を知っているのか?)



 アラキタは、まるで琴礼泉の地理がすべてわかっているかのように、迷わず一直線に火乃呼の工場にまでやってきた。


 そこでちょうど工場から出てきた彼女と遭遇。



「っ…親父!? なんだその姿は!? てめぇがやったのか!!」


「おっと、動かないでもらおうか。抵抗してもええんやけど、杷地火はんが死ぬで。特にその手に持ってるもんは使わんほうがええな」



 火乃呼の手には大きな袋が握られていた。


 おそらくは、そこに彼女専用の武具が入っているのだろう。



「ちっ、装備してくればよかったぜ…」



 火乃呼もすぐに杷地火と合流しようとした結果、鎧を着ないで出てきてしまった。


 まさか父親がこんな状況になっているとは思わないので、そこは仕方のないミスといったところだろうか。



「さっきから好き放題やってたのは、てめぇだな! 海軍の仲間か!」


「ちゃうちゃう。むしろ敵やな」


「ああ? どういうことだ!!」


「えらいべっぴんさんなのに、随分と荒っぽい話し方やな。それじゃ嫁の貰い手もないで」


「うるせえ! てめぇには関係ないだろうが! さっさと親父を放せ!」


「条件付きやな。あんたには一緒に来てもらう。そしたら解放してやるわ」


「…どこに連れていくつもりだ?」


「そんなに不安そうな顔をしなくてもええで。この戦いが終わるまで身を隠してもらうって感じや。そんで、これからも魔獣のために武具を作ってもらう」


「言われなくてもそのつもりだぞ? 何言ってんだお前」


「今はそうかもしれへん。でも、このままだとおそらくは、そうならへん。だからこうして面倒なことをしているんや」



 杷地火の言う通り、ハピ・クジュネと決別して魔獣に組した以上、このようなことをする意味はない。


 がしかし、彼らはまだ『状況を一変させる重大な要素』を知らない。


 もし避難所で爐燕と合流してしまえば、もっと魅力的な第三の選択肢を得るだろう。それを阻止するために、今まで隠れていたアラキタが出るしかない状況になっているのだ。


 この点に関していえば双方共に想定外の事態といえるが、火乃呼は何も知らないので困惑が深まるだけである。



「あ? 訳のわからねぇことを言いやがって! つーかよ、親父をこんな目に遭わせたやつの言うことを聞くか! なめてんじゃねえぞ!」


「じゃあ、こうするだけやな」



 アラキタは、躊躇なく持っていたナイフを杷地火に突き立てる。


 鎧はさきほどの攻撃でかなり破損していることもあり、剣気をまとった刃は軽々と肉体まで到達。


 肩にぶっすりと突き刺さった。



「親父!! てめぇええええ!」


「おっと」



 アラキタは杷地火を引っ張りながら跳躍。


 向かってきた火乃呼をかわして距離を取った。


 簡単そうに見えるが、鎧を着ている杷地火の重量は軽く百キロを超える。


 アラキタが腕力に特化したタイプでないことを考えると、武人の身体能力の高さがうかがい知れるシーンだ。



「動くなって言ったのになぁ」


「おれに命令するな! 知ったことか!」


「じゃあ、もう一本やな」


「やめろ! それ以上やったら許さねえぞ!!」


「話のわからん人やな。これじゃ親御さんも苦労するで」


「ぐっ…!」



 と言いながら、もう一本のナイフを杷地火に突き刺す。


 今度はより首に近い場所かつ、ギリギリ頸動脈を避けた位置である。



「次は大量出血を覚悟しとき。この状況じゃ助からんやろな」


「やめろ! もうやめろ!」


「火乃呼、逃げろ…! こいつの言うことを聞いても…『未来』はない」


「わてらかて、あんたらをちゃんと評価しているで。有能なもんはどんどん登用せんとな」


「違うな。我々が必要としているのは…共に歩もうとする者だ! …断じてお前たちではない! 俺は自分の娘を、一番大事にしてくれるやつのところにしかやらんぞ!」


「親父…」


「はぁ、なんかなぁ。親子愛なんぞ好きにやってくれればええんやけど、早く答えを出してもらわんと困るわ。こっちも時間があまりないからな。ほんなら、これが最後の選択ってことでええか?」



 アラキタが弓を引いて杷地火の頭部に向ける。


 ナイフを刺した時もそうだが、この男には一切の躊躇がない。


 まるでディムレガンを魔獣と同じように扱っているので、殺すと言ったら本当に殺すだろう。


 その殺気を感じ取り、火乃呼も今度ばかりは動けない。



「待て! 親父を殺したら武器が作れなくなる! 魔獣の武器の大半は親父が作っていたんだぞ! それ以外のやつらもそうだ! おれたちは全員で物を作ってんだ! 独りじゃ何もできない!」


「そうかもしれんな。ただ、あんた以外は代わりを見つけられる。違うか?」


「代わりなんているか! 親父がいなければ鍛冶はできない!」


「…しゃあないな。そこはまた考えるから、とりあえずこれを付けてぇな」



 アラキタが器用にも弦を噛んで引きながら、片手でポケットから何かを取り出して火乃呼に放り投げる。



「なんだこれ? 指輪?」



 それは指輪の形をしているが、一般的な金属製のものではなく、糸のような繊維によって編まれたものであった。


 だが、その軽さに反して、指輪からは禍々しい異様な気配が感じられる。



「…【呪い】か。しかも相当強いな」



 火乃呼には、呪いに対する強力な浄化力が存在する。


 だからこそアンシュラオンも、呪われたデアンカ・ギースの原石の加工を依頼しようと思ったのが、ディムレガンに関わる最初のきっかけになっていた。


 本来ならば彼女にはあらゆる呪詛が通用しないが、当人が受け入れる場合は話が変わってくる。


 しかもこれは―――



「そいつは『スレイブ・ギアス』や。知っとるやろ? まあ、完全には効かんやろうけど、気休めの保険やな」


「付けるだけで発動するものなのか? 何か機械を使うって聞いたことがあるけど…」


「こっちは特別に調整された一個だけしかない貴重品や。一般用の低級術式とはわけが違うで。でも、あんたになら十分使う価値がある。光栄に思うんやな」


「………」



(かなり禍々しいオーラだ。術士が作ったというよりは、特殊な能力によって構築された感じだぜ。この繊維も魔獣の素材か? だが、こんなに強い強制力を持った呪いは見たことがない。『焔紅せんく』を使えば浄化できそうだけど…こいつが許すわけないか)



 火乃呼は指輪を観察。


 スレイブ・ギアス自体はまだまだ奥が深く、スレイブ商でも取り扱えない強力な術式が存在するのは事実だが、やはり生み出すのは簡単ではない。


 アラキタも一個しかないと述べていたように、かなり貴重なものといえる。いくら火乃呼とはいえ、長期間付けていれば影響を受けるはずだ。



「火乃呼…やめろ……お前の主人は自分で見つけるんだ。そんなものに支配されるな!」


「…でも……親父が……」


「さっさと決めてくれ。もし拒んでも杷地火はんを殺してから、あんたの足を撃ち抜いて強引に連れていくだけやな。最初からそうしてもええんやで。ただ、鍛冶に差し障りがあったら困ると思ってるだけや」


「おれが従えば、親父は助けるんだな?」


「使えるもんは使うで。それがエコっちゅーやつや」



 アラキタが約束を守るかは不明だが、逆らったとしても状況は何一つ変わらないだろう。


 少なくともアラキタの実力は火乃呼を上回っている。彼女もかなりの強さではあるが、やはり実戦の経験値が違う。肝心の攻撃が当たらねば意味がないのだ。


 そのうえ無理に抵抗してしまえば、杷地火が死ぬのは確実。


 もう彼女に選択の余地はなかった。



「…しょうがねえ。こんな指輪でおれがどうなるもんかよ。やってやるぜ!」


「そうや。おなごは素直なのが一番可愛いで」


「キモいことを言うな! これだから男ってやつは!」



(くそが…! ライザックだけでもイラつくのに、また訳がわかんねぇやつが出てきやがって! なんなんだよ、これはよ!! だが、親父は見捨てられねぇ…。おれたちを育ててくれた大事な親父だ。その縁は切れねえんだよ! …って、なんだあれ?)



 指輪をはめようとした火乃呼の視線の先に、何かが映り込む。


 それは―――『猿』


 若い個体で、手には薄く輝く剣を持っているグラヌマだった。



「あいつは…!」



 火乃呼には、その猿に見覚えがあった。


 ロクゼイのことすら覚えていなかったのだ。普段は猿なんて覚えることはないのだが、自分が剣を打った個体くらいはさすがに覚えている。


 そう、そこにやってきたのは、少し前に火乃呼に絡まれていたあの若い猿であった。


 彼も今来たばかりで、特に状況は理解していなかったのだろうが、魔獣がゆえに殺気には敏感。敵が杷地火を殺そうとしていることがすぐにわかった。


 若猿は迷うことなく、火乃呼と対峙していたアラキタに斬りかかる。


 が、アラキタは突然の攻撃にもすぐに対応。


 杷地火を引っ張りながら剣撃を回避する。



「なんや、猿かい。ここの監視のやつか?」


「キキッ!!」


「たいそうご立派な武器を持っているみたいやけど、使いこなせないなら意味がないわな」



 アラキタは若猿の攻撃を難なく回避し続ける。


 持っている武器は火乃呼が打ったものなので非常に優れているが、バランスが噛み合っていないために、攻撃する際に少し体勢が崩れてしまう。


 その隙を熟練した武人であるアラキタが見抜けないわけがない。


 杷地火に向けていた弓を若猿に向けると、発射!


 強烈な矢は猿の喉に突き刺さり、脊椎を破壊して背後にまで貫通。



「ギギッ…ガブッ……」



 若猿は、血を吐いて頭を痙攣させる。


 矢は刺撃に属し、グラヌマの『斬撃耐性』に引っかかることなくダメージを与えることができる嫌な武器種である。


 明らかに致命傷ではあるが、それでも魔獣の生命力は簡単には尽きず、再度斬りかかろうと走る。



「若いのにたいしたもんやが、もう終わりやな」



 アラキタは、とどめの一撃を見舞おうと矢をつがえた。


 次の攻撃を受ければ、間違いなく死亡確定だろう。


 がしかし、この場にいるのは猿だけではない。



「おおおおおおりゃあああああああああ!!」



 火乃呼が、持っていた大きな袋をアラキタにぶん投げる。


 中にはさまざまな武具が入っているため、その重量は相当なものだ。


 とはいえ所詮投げただけであり、武人なので直撃しても致命傷は受けないが、彼の得物は弓矢。


 体勢が崩れてしまうと、まともに撃てないのが唯一の欠点だ。



「ちっ、悪あがきやな。しゃあない。痛い目に遭ってもらうで!」



 アラキタは回避して間合いを取ろうとする。


 少しでも弓を扱える距離が生まれれば、一瞬で猿と火乃呼を撃ち抜くことができるからだ。



「やらせん…!」


「なっ…!?」



 だが、杷地火が最後の力を振り絞って、アラキタの足にしがみついた。


 力が抜けた人間は、意外と重い。


 いきなり足に予想外の重みが加わったことで、さすがの彼もバランスを崩して跳躍できない。



「くたばれええええええええ!」



 そこに火乃呼が飛び込んで、伸ばした爪を振り抜く!


 竜の血が色濃く出ている彼女の爪は、もはや鋼鉄と同じ。


 それを魔獣並みの剛力で叩きつけるのだから、まともにくらえば非常に危険だ。


 爪はベストを切り裂いて胸を大きく抉り、鮮血が舞う。



「火乃呼、俺ごとやれ!」


「ちょっと熱いけど、耐えろよ親父!」



 それだけに終わらず、即座に『焔紅の息』を吹きかける。


 これにはアラキタもたまらずに迎撃態勢を解いて防御の構え。


 が、火乃呼の火焔は普通ではない。


 強烈な爆炎が戦気ごと薙ぎ払い、身体中が焼かれて重度の大火傷を負う。


 一方で火に強いディムレガンである杷地火は、軽く表面を火傷した程度で済んでいた。



「ぐううっ…やってくれたな……」



 アラキタの両手の皮膚が爛れ、引きつってしまって弓矢が使えない。


 火乃呼はその間に、杷地火と若猿を掴んで猛ダッシュで逃げる。



「てめぇなんかに従うか!! 一昨日来やがれ! いや、二度と来るんじゃねえ、このクソ野郎!」



 ここで追撃ではなく逃走を選択したことは、他者から見れば意外に映るだろうが、彼女は人情に厚い女だ。


 自身が作った武器も捨て、父親と命がけで救ってくれた猿を優先する。



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