367話 「竜紅人奪還作戦 その3『突入とハプニング』」
琴礼泉は監視状態にあったとはいえ、その周囲に柵などは存在しない。
それゆえに突入部隊も、どこが境界線であったのかもわからないまま、いつの間にか集落内に足を踏み入れていた。
「っ…!?」
まず一番最初に遭遇したのは、薪割りをしていた青年。
比較的体温の高いディムレガンとはいえ、普通の男性は暖炉が必要になる。そのための薪を集めていたのだ。
彼は物音がしたのでこちらの方向を見ていたものの、突然現れた海兵たちに思考が停止してしまっていた。
そこに先頭を走っていたロクゼイが立ち止まり、青年の前に立つ。
「お前はディムレガンだな?」
「あっ…え………あ?」
「お前たちのリーダー、杷地火はどこにいる? 大至急、彼に会わせてほしい」
「はじか…さん? えと……え? なんで……だ、誰?」
青年は、大きな身体をした威圧感たっぷりのロクゼイに気圧されて、完全にしどろもどろになっている。
視線をさまよわせて何度も凝視している姿は、まさにパニックの極みといえた。
「我々はお前たちを保護しに来た海兵だ。危害を加えるつもりはない。だから杷地火殿に面会を願いたい」
「は、ハピ・クジュネ…の人?」
「そうだと言っている。久しく人間に出会っていなくて寝ぼけているのか? お前たちも人間とさして変わるまい」
「うそ…ハピ・クジュネ軍がどうして……あと、その…僕はえと…」
「ええい、まどろっこしい! そいつを捕縛しろ!」
「えっ、えっ!? ちょ、ちょっと! 何をする―――ぎゃーー!」
業を煮やしたロクゼイが強引に青年を確保。
しかも最初から用意していたであろう大きな『麻袋』を被せ、そのまま口を結んで閉じ込めてしまう。
「むごむごっー! だ、出してくれー!」
袋の中からは、くぐもった声が聴こえる。
いきなり捕まったことでかなり暴れているようだが、手足が折り畳まれているので上手く力が出ず、もがくことしかできない。
それ以前に、この袋は術式で強化されている『拘束専用』の術具なので、仮にナイフを持っていたとしても簡単に破けるものではないだろう。
「数度話して相手が非協力的な場合、拘束を許可する。行け!」
「はっ!」
ロクゼイの命令で海兵たちが集落内に突入。
彼らも同様の麻袋を携帯しているので、この手際の良さを考慮すると、最初からそうする予定だったのかもしれない。
その様子を見ていた小百合とゲイルは、いきなりの強硬手段に若干驚いていた。
「おいおい、いきなり拉致かよ。容赦ねえな」
「かなり乱暴ですね。いくら安全のためとはいえ、これでは新たな軋轢が生まれかねません」
「だが、効率はいい。そのために屈強な海兵を選んで派遣したんだろうからな」
ロクゼイたちほどの海兵ならば、ディムレガンが抵抗しても問題なく対処できる。
特に火乃呼といった力の強い女性陣を強引に確保するために、わざわざ貴重な親衛隊長の一人を派遣したともいえるのだ。
それだけディムレガンは価値ある存在であり、多少の軋轢などあとからどうとでもする、という意気込みが感じられた。
「小百合先輩、これではあっという間に捕まってしまいます。我々も急ぎましょう!」
ロクゼイたちの行動を見たサリータが焦るのは当然だ。
しかし、走り出そうとした彼女を小百合が止める。
「待ってください。急ぐには急ぎますが、様子を見ながら進んだほうが賢明です」
「なぜですか!? 悠長にしている暇はありませんよ!」
「小百合様には確信があるのです。ここはおとなしく従いなさい」
「ホロロ先輩まで…。だ、大丈夫なんですか?」
「幸いながら私には探知能力があります。人が隠れていても見つけられますし、この調子だと先にトラブルを起こすのは向こうでしょう。そのほうが我々にとっても都合が良いのです」
「トラブル…ですか?」
「見ていればわかります」
「は、はぁ…わかりました」
ここは小百合の判断により、少し遅れて突入することになった。
せっかちなサリータやベ・ヴェルにとっては理解できないだろうが、彼女の判断が正しいことはすぐに実証される。
「か、海兵だ! なんで軍隊がここに!?」
「まさかハピ・クジュネ軍か! 本当に来たなんて!?」
次に海兵と接触したのは、火災の煙を見ながら雑談していた二人であった。
火事を話題にしていたせいか、焚火を起こして焼き芋を作っていたようだ。ちょうど出来上がった芋を食べようとしていたところに遭遇してしまう。
彼らは一瞬だけ硬直したが、事前に海軍の話をしていたこともあってか復帰は早かった。
「我々はライザック様直轄軍のファルコ・ルーシだ。諸君らを保護しにやってきた。急いで脱出する準備を整えてほしい」
「ライザック…? 親衛隊か!」
「ああ、我らは精強な兵だ。君たちを安全に下山させるための準備も整っている」
「それって…ハピ・クジュネに行くってことか?」
「それ以外にあるのか? 何も問題はない。都市は君たちの帰還を歓迎する」
「………」
「だから早く―――」
話が通じそうだったため海兵は説得から入った。彼らとしても無駄に事を荒立てる必要はないからだ。
がしかし、これが逆に悪い方向に出てしまう。
「う、嘘だ! 俺は騙されないぞ!」
「そ、そうだ! 俺たちを捕まえに来たんだろう!」
「なっ…ま、待て! なぜそうなる!?」
いきなり逃げ出そうとした青年の腕を海兵が掴む。
普段鍛冶仕事をしているので力はあるほうだが、軍人には敵わない。
海兵も海兵で組み伏せる鍛錬を欠かしていないために、反射的に押さえつけてしまった。
「うわっ! やめろ! 放せ!」
「騒ぐな! 強引に拘束してもいいんだぞ!」
こうなれば仕方ないと、海兵は脅しのために縄と麻袋も見せるが、それもまた逆効果。
青年はますます暴れて叫ぶようになる。
「やっぱり捕まえに来たんじゃないか! 予想通りだ! 俺のことはいい! このことをみんなに伝えてくれ!」
「わ、わかった! 待ってろ! すぐに戻ってくるからな!」
「おい、待て!」
もう一人の青年が藪の中に飛び込む。
そこはかなりの急斜面になっており、転がるように走っていってしまった。
特に説明はしていなかったが、琴礼泉はすべてが平坦な地形ではない。山奥のど真ん中にある滝を中心としたエリアであり、長年の滞在で住みやすくはしているが、村の中には至る所に大自然が残っている。
青年たちもここでは娯楽などないので、ひたすら散策することしかやることはなく、さまざまな抜け道を知っているのだ。
他の海兵が追いかけるものの地理には疎く、木々や岩に邪魔されて見失ってしまう。
そして、上手く逃げおおせた青年が工場にたどり着くと、大声で叫ぶ。
「大変だ! ハピ・クジュネ軍が俺たちを捕まえに来たぞ!」
「な、なんだって!? どういうことだ!?」
他の青年たちも強張った表情で慌てて工場から出てくる。
「いきなり来たんだ! もう亥熄も捕まっちまった!」
※『亥熄』=さきほど捕まった青年。趣味はフィギュア集めのキモオタだが、モブなので覚える必要はない
「助けるって…相手は軍隊だろう? どこの部隊だ?」
「ライザックの親衛隊だ! 数はわからない!」
「親衛隊だって!? 精鋭中の精鋭じゃないか! 勝てる相手じゃないぞ!」
「じゃあ、どうするんだよ! 俺たちはもう罪を犯しているんだ! 捕まったらどんな目に遭うかわからないぞ!」
「…マジかよ。やべぇじゃねえか」
青年たちは顔面蒼白。
人間というものは、いつだって悪い方向にばかり物事を考えてしまうものである。彼らも内心では、いつかこうなるかもしれないとビクビクしていたはずだ。
中には「もしかしたら海軍が来たら帰れるかも」と思っていた者たちもわずかながらにいたが、この一報を聞いて完全に希望が断たれてしまう。
そこに工場の責任者で、烽螺たちの作品を検分していた壮年の男性が出てきた。
彼はすでにこの事態を予想していたのか、落ち着いた表情で青年たちに指示を出す。
「お前たち、緊急用の避難マニュアルを覚えているか? それに従って動けばいい」
「ええと、たしか武具を持って脱出…ですよね?」
「全部は持てない。すでに選別してある良い武具だけを持って逃げろ。杷地火と合流すれば次の指示を出してくれるはずだ。まずはそこまで行くんだ」
「燵賀さんは、どうするんですか!?」
「俺は熾織と一緒に、ここで少し時間を稼ぐ。さあ、急げ! 時間がないぞ!」
「は、はい!」
青年たちは、急いで逃げる準備を整える。
これだけの武器を全部は持っていけないので、あらかじめ選定した良い武器だけを次々とポケット倉庫にぶち込んでいく。
その光景を見ながら燵賀は、ため息をつく。
「やれやれ、面倒なことになったな」
「あら、あなたはなんとなく、こうなるってわかっていらしたのでは?」
妻の熾織も工場から出てきた。
その手には大きな袋を持っており、すでに離脱の準備ができていることを示していた。
「まあ、軍隊と魔獣が戦争を始めた段階から嫌な予感はしていたんだ。どう考えても揉める案件だからな。ただ、ハピ・クジュネの現状はよくわからんが、かなり切羽詰まっているのは間違いない。あの様子だと、強硬手段に出てきたようだ」
「では、どうします?」
「ここでの対応が我々の未来を決めてしまう。どちらにしても、はいそうですか、と簡単に従うわけにはいかんな。交渉するにしても土台が必要になるだろう」
「そう言うと思っていましたよ。はい、どうぞ」
「おいおい、また古いものを取り出してきたな」
「まだまだ現役ですよ。あなただって定期的に手入れしているじゃありませんか」
「しょうがない。ちょっとだけだぞ。あいつらが逃げるまでの時間稼ぎだ」
「何年一緒にいると思っているんですか。言わなくてもわかっていますよ」
準備を終えた青年たちが工場から離脱を開始。杷地火との合流を目指すことになる。
誰もいなくなった工場に残ったのは、燵賀と熾織の二人だけだ。
そこで待っていると、しばらくしてから海兵たちがやってきた。
数は五。
単独では取り逃がしてしまうことも考慮し、チームとして動くことにしたのだろう。このあたりも素早い判断である。
海兵たちは二人を見つけると声を張り上げる。
「無駄な抵抗はよせ! こちらに危害を加えるつもりはない!」
そう言いながらも海兵たちは警戒を解かない。
なぜならば目の前にいる二人はすでに準備万端で、両者ともにフルフェイスの『全身甲冑』に身を包んでいたからだ。
燵賀の鎧は青で統一されており、全体的にかなりごつい造りになっていた。傭兵でもあまり見かけないほどの重鎧といえる。
そのうえ両手にはそれぞれ、通常の戦槌を二倍にした大きなハンマーも握っていた。
一方の熾織の赤い鎧は、すらっとした造りではあるが、背部にバックパックのようなものがあり、両腕の部分だけ大きく膨らんでいるのも気になる。
明らかに応戦する気満々なので、海兵も簡単には近寄れないのだ。
そんな彼らに燵賀が話しかける。
「もしその言葉が本当ならば、捕まえた子を放せ」
「我々は貴殿らの安全を最優先にしているのだ。信じてほしい! 暴れなければこちらも手荒な真似はしない!」
「こちらの要望には応えてくれないのか。それならば、こちらも応えるつもりはないな」
「我々と争って何の利益がある! 街に戻りたくはないのか!」
「それは杷地火が決めることだが、事態が改善されていなければ戻る必要はない。私たちはここでも十分暮らしていける」
「これ以上抵抗するのならば、実力行使に出る!」
「最初からそのつもりだろう? それとも我々の時間稼ぎに付き合ってくれるのかな?」
「…多少の怪我は仕方ない。やるぞ!」
その燵賀の言葉を皮切りに、海兵たちが動き出す。
「耐えるから、あとはよろしく頼むよ」
「ええ、任せてくださいな」
五人が散開しながら接近してきたところに、燵賀が一人で前に躍り出て、持っていたハンマーを地面に叩きつける。
その先端が硬い地盤に食い込むと同時に、激しい衝撃波が発生!
大量の土を巻き込みながら海兵を二人ほど吹き飛ばす。
「なんだ今のは! 剣王技か!?」
「いや、ディムレガンには人間の技は使えないはずだ。特殊能力か武器の性能だろう」
「またくるぞ! よけろ!」
燵賀が武器を振るたびに衝撃波が発生するので、海兵たちは簡単に近寄れない。
しかしながらその間に、吹き飛ばされた海兵たちが土の中から這い出てくる。
「大丈夫か?」
「ああ、派手な武器だが威力はそこまでじゃない。戦気を集中すれば問題なさそうだ。ただ、範囲が広いからそこには注意しろ」
「了解だ。足場が崩れることも想定して動くぞ」
海兵たちは即座にこちらの動きに対応。
攻撃範囲を見極めながら少しずつ接近してくる。
(さすがは親衛隊か。あれでたいしたダメージを与えられないとは、とんだ兵士を送り込んでくるものだな。私たちのような素人に厳しいことをする)
燵賀のハンマーは『削抄の土槌』と呼ばれる術式武具で、戦闘用というよりは道の補装のために、土や岩を吹き飛ばすことを目的として作られたものだ。
これ自体は直接打ちつければそれなりに強いが、こうして衝撃波だけを使う分にはさして怖くはない。あくまで動きを阻害されるだけにすぎない。
そもそもディムレガンは【戦気を使えない】。
肉体の生体磁気は体内に巡っている炎を活性化させるものの、人間が扱うような戦気にまでは至らない。
その代わり特殊なスキルや、鍛気といった鍛冶に関する能力には秀でるので、何事も一長一短ということだろう。
ただし、彼らはけっして戦闘ができないわけではない。ホロロの『給仕竜装』しかり、それらは武具の力を借りて強力に補助される。
海兵たちは接近して剣を振るが、青い頑強な鎧は刃を軽々と弾いてしまう。
「やたら硬いぞ! 剣気も弾くのか!」
「腕は狙うな! 切り落としたら鍛冶ができなくなる!」
「ちっ、武具が強いから調整が面倒だな」
海兵たちは剣気を放出しているので、普通の岩くらいならば斬れる威力にはなっているにもかかわらず、軽い傷をつける程度にとどまっている。
戦気を扱えないことを考えれば単純に鎧が硬いのである。それに加えて海兵側も殺すことが目的ではないので、どれくらい加減してよいのか測りかねているところもあるだろう。
逆にいえば、燵賀はそれを計算に入れて立ち回っている。
男のディムレガンの基本性能は人間と大差ない。彼は多少長く生きた個体なので青年たちよりは強いが、武具の力があっても海軍の精鋭と長時間戦うことは不可能だ。
だからこそあえて攻撃を回避せず、土槌を振り回すことだけに専念することで、なんとか海兵を足止めすることに成功する。
そして、海兵たちが燵賀の対応に苦慮している間に、熾織は十分に力を溜めることができた。
彼女の赤い鎧の両腕が開くと、そこから赤い炎が噴き出す!
炎はまるで濁流のように空中を伝って海兵に絡みつくと、どろっと溶け出して『灼熱の粘液』へと変化。
それらは戦気で防御しているはずの鎧すら溶解させつつ、急速に冷えて固まることで彼らを拘束する。
「ただの炎ではない!? くっ、動けん!」
「最初に言っておくがね、うちらは女のほうが何倍も強い種族なんだよ。なるべく女性は怒らせないほうがいいと忠告しておこう」
動きが止まったところに燵賀の土槌が炸裂!
防御態勢をまったく取れずに受けたものだから、これにはさすがに海兵もダメージを軽減できず、弾き飛ばされて昏倒する。
そこに熾織の追撃の炎。
粘着質の炎が絡みついて凝固することで、海兵は地面と一体化。その光景は、砂浜で身体が埋まった状態(砂浴)にそっくりだ。
熾織の能力、『溶接粘炎』。
金属を取り込んだ粘度の高い炎を放出することで、その部分をくっつけてしまう力である。
本来は防具の隙間を埋めたり、武器の柄や装飾を固定する際に使われ、一度くっついたら簡単には取れなくなるほど強力だ。
彼女の鎧は、この能力を扱うために専用に設計されたものであり、背中のバックパックから燃料となる金属を補充することで、こうやって粘炎で攻撃することが可能になる。
彼女に関しても敵を倒すというよりは、妨害して動きを止めることを重要視していることがわかるだろう。
「よし、そろそろ我々も離脱だ!」
二人は工場を離れて森の中に逃げ込む。
青年たちの後を追って杷地火に合流するためだ。
「ふー、ふー! きついな…これは。ここ最近は指導ばかりで、自分の鍛冶をさぼっていたことがバレてしまうよ」
フルフェイスを脱いだ燵賀の顔は、汗でびっしょりだった。
ただでさえ相手は精鋭中の精鋭だ。対峙している間は余裕ぶって見せたが、実際は牽制するだけでも死に物狂いであった。
「あれだけ動ければ十分です。ね、言ったでしょう? まだまだ現役ですよ」
「我々はまだいいが、今の若い連中は荒事には慣れていない。海兵と対峙したら満足に動けるかどうか心配だな」
「そこは何事も経験でしょう。しかし、私たちはあくまで職人。長くはもちません。これからをどうやって乗り切るかでしょうね」
「相手が強引にやってきたのだから不可抗力だよ。本当ならば菓子折りの一つでも持ってきて礼節を尽くすものだ。まあ、我々も後ろめたい気持ちがあるのは事実だからね。過去のいきさつもあるし、簡単に打ち解けるものではないさ」
こうしてロクゼイ隊がディムレガンの警戒心を刺激した結果、最初の接触は失敗に終わるのであった。




