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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
「琴礼泉 制圧」編
365/618

365話 「竜紅人奪還作戦 その1『各陣営の思惑』」


「ん? なんだあれ?」



 琴礼泉の広場で、ぼけっと山を見ていた青年が、白い霧の中に黒いものが混じる光景を目撃。


 最初は見間違いかと思ったが、煙はどんどん大きくなっていくので、心配になった青年は近くにいた同期に話しかける。



「なあ、あれって火事じゃないか?」


「かもな。山火事なんて珍しくもないだろう」


「でも、このあたりで起きるなんて初めてだし、気になるよな」


「やばかったら猿神たちが消しに行くんじゃないのか?」


「まあ、それもそうかな。外のことはこっちの管轄じゃないし、放っておいてもいいか」


「それより急に暇になったな。これでもう魔獣の武器作りは終わりか?」


「どうだろう。魔獣たちの考えていることはよくわからないよ。俺はやっぱり普通の街で暮すほうが向いてるなぁ」


「それは俺も同じさ。早く帰りたいもんだ。しかし、仮に山を下りられたところで、いまさらハピ・クジュネに戻れるのか?」


「どうしてだ?」


「魔獣側に加担するって、けっこうやばいことじゃないかって話さ。そりゃ不可抗力だし鍛冶長は大丈夫って言うけど、実際問題として罪に問われないか心配だよ」


「…うーん、そうなんだよな。戻れたとしても、それを口実にまた無理難題を押し付けられると困るよな。そもそもそれが嫌で出て行ったようなもんだし」


「魔獣だろうが人間だろうが、結局は俺たちが不当な扱いを受けることには変わりがない。ここにいたら閉じ込められるし、戻ったら戻ったで飼い殺しになるかもしれない。どっちも地獄だけど、海軍の場合は逆らったら投獄とかされたりな」


「そこまではしないと思いたいけど…確証もないよな。もしもハピ・クジュネ軍が俺たちを捕まえに来たらどうする? 向こうから来ることだってありえるだろう?」


「嫌なこと言うなよ」


「戦争しているってことは、軍が山にいるのは間違いないんだ。真面目に対応を考えたほうがいいかもしれないぞ」


「そうだな…用心だけはしておいたほうがいいよな」



 と、青年らがそんな会話をしている間に、魔獣たちは火元の確認に向かっていた。


 この時は、どうせまた単なるボヤでたいしたことではないだろう、という油断が彼らにはあった。


 その証拠に、向かったのはグラヌマでもない『ボビヤンダー〈筋肉猿〉』が数頭だ。


 この魔獣は三袁峰でも捨て駒に使われた種族であり、単なる腕力がそこそこ強いだけのゴリラである。


 普通の人間からすれば相当な脅威だが、言ってしまえば剣を使わないグラヌマの劣化版ともいえ、腕力と突進だけに気をつければ対処は難しくない。


 彼ら自身もやる気はなく、命令されたのでとりあえず見に来た程度の感覚であったが、それが命取り。


 すでにそこには赤鳳隊の面々が網を張っており、一瞬でボビヤンダーたちを囲むと瞬殺。


 低級の魔獣とはいえ、相手に断末魔を上げさせる暇もなく殺しきった。



「やはり油断しているようですねぇ。あまりに手応えがない」



 ソブカが魔獣の身体から細剣を引き抜き、血を払う。


 予備の剣でも問題がない程度の魔獣であり、明らかに防塞戦で戦った敵と比べるとレベルが低いことがわかる。


 しかし、ファレアスティは不満そうな顔をしていた。



「被害が少なく済むのは良いことですが、これでは完全に後手に回ることになります。なぜ我々が陽動担当なのですか」


「陽動も重要な任務ですよ。誰かがやらねばなりません」


「ですが、それは本来、我々がやるべき仕事ではありません。それこそロクゼイ隊がやるべきでしょう」



 彼女は、赤鳳隊が突入部隊に編成されなかったことが不満なのだ。


 そしてそれは、この場にいる鷹魁たちも同じ気持ちであった。



「ファレアスティの気持ちもわからんでもねぇな。このままじゃ出し抜かれるんじゃないのか? あいつらに任せていたら全員しょっぴかれちまうよ。手柄を奪われちまうぜ」


「そうだぜ、ソブカ。俺たちがわざわざ山に来たのは、資源を確保するためじゃないのか? 重要な資金源になるって言ってたじゃねえか」



 クラマも鷹魁の言葉に頷く。


 ソブカが赤鳳隊を参加させたのは、ただ単にアンシュラオンにすり寄るためだけではない。一番の目的は『金』にある。


 大都市の運営を担っているライザックと比べて、たかだかグラス・ギースの一派閥の幹部格にすぎない彼は、資金面で大幅に後れを取っている。


 赤鳳隊は言ってしまえば小規模の武装組織なので、商船の維持費、装備の拡充、人員の育成その他、あらゆる面で金がかかる。


 それを打開できる最大のチャンスこそが、翠清山の資源。


 先んじて重要なレアメタルを確保できれば、少なくとも小さな組織にとっては莫大な富を手に入れることができるだろう。


 そのためにスパイの確保は必須であり、最初に突入できない段階で大きなハンデを背負ってしまっていた。


 しかしながら、ソブカに焦った様子はない。



「あなたたちは、この作戦が簡単に終わると思っているのですか?」


「え? 違うのかよ?」



 その問いに鷹魁が首を傾げる。



「もしそうならば、ロクゼイさんたちはとっくの前に任務を終えていますよ。ライザックでさえ、一度は諦めかけた救出作戦なのですからね」


「周りの猿を倒して…えーと、ディムレガンだったか? そいつらを助けるだけだろう? そんなに難しい任務か?」


「言葉にするのは簡単ですが、実際にやるのは極めて困難です。何よりも今、我々はかなり危険な状態にあります。なぜ魔獣たちが、これほどまでに弛緩していたのか、その理由がわかりますか?」


「退屈な仕事だから、やる気がなかっただけじゃないのか?」


「その側面があるのは事実でしょう。若い猿神も多いようですからねぇ。しかしながら、敵が山に侵入している緊迫感のある状況下で、ここまでリラックスできるでしょうか?」


「うーん、そんなこと言われてもな…全然思いつかん!」



 鷹魁たちは首を傾げるが、ファレアスティがはっと顔を上げる。



「っ…まさか、もう第二海軍が!?」


「ええ、そうです。彼らが無警戒なのは、すでに『勝敗が決した』からですよ」


「そんな馬鹿な! あまりに早すぎます! 彼らは海軍の最大戦力ですよ!?」


「可能性がないわけではありません。今までの魔獣の不自然な行動を思えば、そうした事態も想定できます」



 グランハムたちが倒された、という可能性もあるが、防塞に籠城しているので簡単にやられはしないだろう。


 アンシュラオンもモグマウスを数匹潜ませており、何かあったらわかるはずだ。別行動中のスザク軍の場合も主力部隊ではないので、ここまで楽観視できるとは思えない。


 となれば、やはり西側の異変が想定されるというわけだ。



「所詮は推測の範疇を超えませんが、それを見越して動いたほうが賢明でしょう。一度のミスで全滅するリスクもありますからねぇ」


「では、敵勢がもうすぐ東に進軍してくるのでしょうか?」


「それも考えていましたが、この様子ではひどくゆっくりとしているようですね。さすがに第二海軍と戦って無傷とは思えませんし、準備を整えている最中と考えたほうが妥当でしょう。しかし、今後どうなるかはわかりません。できれば早急に目的を達して引き上げたほうが安全です」


「ならば、なおさら後手に回るのはリスクがあるのではありませんか?」


「急いては事を仕損じるとも言います。我々はこの位置から敵の陽動をしつつ、標的の動きを見定めていこうではありませんか。ガンセイの人形もすでに動いていますから、まだまだチャンスはありますよ」





  ∞†∞†∞





 その頃、琴礼泉から約四キロほど離れた森の中では、突入部隊が機をうかがっていた。


 部隊のメンバーは、赤鳳隊とアンシュラオンを除いた全員であり、その中核はロクゼイ隊となっている。



「陽動で敵の注意が反対側に向いたら内部に突入する。我々はディムレガンを確保するので、貴殿らには武器の回収を頼みたい」


「武器はどこにあるのでしょう?」



 ロクゼイの説明には小百合が対応。


 アンシュラオンがいない今、白の二十七番隊の指揮は彼女が担っているからだ。



「工場にあるはずだ。場所はわからぬが、おそらくは川沿いだろう。自力で見つけて向かってくれ」


「ディムレガンの人たちを見つけた場合の対応は、どういたしますか?」


「彼らの保護は我々の任務だ。接触は最低限にしてほしい。もし遭遇したら周囲にいる我らに連絡願いたい。警備商隊の者たちにも、そのようにしてほしいと伝えてくれ」


「はい、わかりました」



 小百合はロクゼイからの説明を受けると、自分の隊に戻っていく。



「ホロロさん、『感応連結』をお願いします」


「かしこまりました」



 まずはホロロの感応能力によって、言葉を介することなく他者と対話を可能にする。


 これから行う会話をロクゼイ隊に聞かれないようにするためだが、これは魔石の覚醒率が上昇したことで新たに覚えたスキルである。


 今までは意識の共有くらいだったものが、山での戦いを経て会話まで可能になり、それによって秘密裏に相談することができるようになった。こうした場面では極めて有用なスキルといえる。



〈みなさん、聴こえますね?〉


〈声を出さないでしゃべるってのは、なんだか落ち着かねぇな〉



 心の中でしゃべればよいだけなのだが、ゲイルはまだ慣れないようで、口をもごもごさせていた。


 ちなみにホロロと六翼との違いは、異種族間での感応ができない点だ。精神構造が違いすぎるので魔獣とリンクしても対話は不可能である。


 距離もこちらは百メートルが限度であり、大規模な操作が可能な六翼の能力がいかに凄まじいかがわかるだろう。



〈で、どうするって?〉


〈やはりロクゼイさんたちは、ディムレガンの方々を独自に確保する予定のようです〉


〈そりゃそうだな。そのために派遣された隊だからよ。そう命令されているんだろう〉


〈はい。ですが、私たちにも譲れない『任務』があります。アンシュラオン様があえて陽動を担当されたのは、ロクゼイさんたちを油断させるためです〉


〈兄弟がいなければ、俺らくらいはなんとかなるってか。なめられたもんだな〉


〈女子供が多いですからね。仕方ありませんけど、それで油断が生まれるのならば好都合です〉



 アンシュラオンがなぜ陽動を担当したのかといえば、自分たちの目的を達するのに好都合だからだ。


 あれだけ強いのだから極論を言ってしまえば、腕力でなんとでもなってしまうわけだが、ハピ・クジュネで過ごす以上はライザックとの関係は維持しておく必要があり、ロクゼイ隊と直接揉めるわけにはいかない。


 ここで再度、三者の状況を確認しておこう。


 ロクゼイ隊の目的は、当然ながらディムレガンを全員確保することだ。スパイがいようがいなかろうが、それが与えられた任務である。


 おそらくはその後、スパイから得た情報を第二海軍あるいはスザクたちに渡して、資源がある地帯を制圧する予定だったのだろう。


 これに関しては、第二海軍がすでに壊滅状態であるため難しいだろうが、どうするかはライザックが考えることなのでロクゼイには関係ない話だ。


 一方のソブカたち赤鳳隊の目的も、スパイを確保して資源を得ることだが、ここでグラス・ギースとハピ・クジュネの利権争いが勃発している。


 ソブカとライザックは協力関係にあるものの、互いに力を競い合う仲でもあるため、より優位に立つためにも資源は欲しいはずだ。


 では、アンシュラオンと協力できるかといえば、それも違う。


 さらに厄介なことに、ここで【グラス・ギース内での派閥争い】も絡んでくるのだ。


 ソブカはラングラスという医療品を担当するグループに所属している。不死鳥をシンボルとした派閥である。


 この派閥というものは、血縁でがっしりと固まった『一族』や『血族』といったものなので、抜けるとか抜けないという話にはならない。その派閥に生まれた以上、基本的には死ぬまで所属を強いられる。


 ただし、ソブカに関して唯一他者との違いがあるとすれば、彼は『野心』を持っていることだろう。資源を手に入れた場合、彼の野心が加速する可能性もある。


 そして、肝心のアンシュラオンたちは、物流を管理する『ハングラス派閥』と協力関係にある。


 ハングラス派閥も血縁を大事にするが、グランハムを筆頭とする警備商隊員の大半は外部から引き入れた人材であり、グラス・ギースの派閥の中ではもっとも社交的なグループといえる。


 だからこそ派閥全体でアンシュラオンとの共闘を持ちかけることができたのだ。個人で動いているソブカとは、この点が大きく異なる。


 よって、『アンシュラオン&警備商隊 VS ロクゼイ隊 VS 赤鳳隊』という三つ巴の状況が生まれていることになるのだ。



〈再度確認しておきますが、私たちの目的はこの集落にいるであろうスパイの確保となります〉


〈スパイといっても誰かは不明なんだろう?〉


〈今のところ情報はありません。しかし、アンシュラオン様の見立てでは、少なくとも広場にいた者たちではないということです〉


〈兄弟が言うのならば、そうなのかもしれねぇな。だが、捜すにしてもロクゼイたちがいると面倒だ。そこはどうする?〉


〈同じ人間同士ですから戦闘は避けましょう。アンシュラオン様からも自衛以外で戦うなと言われています。ですが、うっかり『眠ってしまう』ことはあるかもしれませんね〉


〈はは、なるほどな。世の中はいろいろなことが起きるもんだ。そこは仕方ねえな〉


〈スパイの特定と確保に関しては、アンシュラオン様も動くはずです。私たちは内部に入りながら、そのサポートをすることになります。できるだけロクゼイさんたちの邪魔をしたいですね〉


〈武器類はどうする?〉


〈そちらはモズさんたちが動く手筈ですが、『重要な武具』に関しては事前に確保したいと思っています。いらないものは、そのまま彼らに渡して大丈夫でしょう〉


〈アズ・アクスから持っていかれた術式武具のことだよな? 誰が持ってんだ?〉


〈おそらくは炬乃未さんの父親の杷地火さんだと思いますが…そのあたりは実際に訊いてみないとわかりませんね。あとは破損した防具を直せる職人さんも確保できれば一番です〉


〈そのために来たってのもあるしな。特に嬢ちゃんに関してはかなり酷い。早くなんとか直してやりたいもんだぜ〉



 ゲイルがサナのボロボロの陣羽織を見る。


 彼女の防具は魔神との戦いによって、自己修復能力では間に合わないほど破損していた。さすがに重鎧と比べると耐久力ではどうしても劣ってしまう。


 ここで一度武具の調整をすることも、琴礼泉に向かった目的の一つである。


 よって、目的は三つ。


 スパイの確保、武器の調達、防具職人の確保。


 となる。



〈どれも重要ですが、まずはディムレガンの方々と交流を持たねばなりません。今後のこともありますし、上手く誘導してこちら側に引き入れましょう。当初の目的である火乃呼さんとの接触と保護も、それによって成し遂げられるでしょう〉


〈連中をハピ・クジュネから引き剥がすつもりか?〉


〈そうです。もともとぎくしゃくしていた両者の仲介役として、アンシュラオン様が立ち上がったわけです。しかし、だからといってハピ・クジュネ側の利益にする必要はありません。この場で我々が有利になるように先に交渉をまとめておきましょう。彼らの立場が不安定な今こそ最大のチャンスです〉


〈さすが兄弟だ。そのあたりは抜かりないってか。だが、上手くいくか? 状況が状況だ。初対面で信用させるのは難しいぞ?〉


〈そこはお任せください。とっておきの秘策を用意しています。その代わりゲイルさんには、魔獣と遭遇した際の戦闘指揮をお願いいたします〉


〈ああ、戦いのことは任せてくれ。必ず守ってみせるからよ〉


〈では、動きが出るまでしばらく待ちましょう〉



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