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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
「琴礼泉 制圧」編
364/618

364話 「監視される者」


「くそ……遠慮なく打ちつけやがって」



 身体中に青痣を作った烽螺が、よろよろと立ち上がる。


 その間も子猿たちは勝利の剣舞を踊っているのだから、なおさら敗北感を植え付けられる始末だ。



「刃を削っておいてよかった。あったら死んでたよ」



 そんな烽螺に、呆れた表情の炸加が肩を貸す。



「やっぱり魔獣は魔獣だな。ガキのくせに、くそ強いぞ」


「子供といっても猿神だからね。せめて術式武具くらいないと、僕たちみたいな男のディムレガンじゃ勝ち目なんてないさ」


「ははっ、それもそうだな。…というか、ガキどもがやたら近寄ってくるんだが…」


「たぶん烽螺を遊び相手として認識したんだろうね。猿神ってさ、子供の頃はあんまり剣を持たせてくれないみたいなんだ。成人の儀式で二本の剣が与えられるまでは、怪我をしないように壊れた剣とか木の棒を使っているらしいんだよね。だから剣に強い興味があるんだ」


「へー、初めて聞いたな」


「僕も子猿たちから教えてもらったんだ。正確にはあのフクロウだけど、こうして触れ合っているとなんとなく言っていることがわかるようになるんだ。いろいろと持ってきてくれるし面白いよ」



 炸加が手招きすると、一頭の子猿がやってきて『黒い石』を手渡してくる。



「なんだそれ?」


「鉱物…かな。こうやって木の実や剣と交換しているんだよ」


「そういえば、こいつらってどこから鉱物を持ってくるんだろうな。やっぱり三袁峰か?」


「…どうだろう。この子たちは三袁峰には戻っていないみたいだから、ほかにもあるのかもしれないね」


「ふーん、海軍の連中もこの山の資源が目当てみたいだし、ほかにあってもおかしくはないけどな。でもよ、そもそも戦争なんてやめて、お前がやっているみたいに物々交換にしたほうが早そうじゃね?」


「そうだね…。それができれば一番なんだろうけど…戦争がないと僕たちの仕事もなくなるよ」


「まあ、そうなんだけどな。まったくもって因果な商売だよ。てか、お前って普通にしゃべられるのな」


「へ?」


「最近はいつもおどおどしているからさ。極度の欲求不満なのかと思ってたぜ」


「それと欲求不満は関係ないように思えるけど…」


「でも、不満がないわけじゃないだろう? ここに来てから調子が悪くなってるじゃんかよ」


「それは…鍛冶が全然上手くならないから…それでまた悩んで…」


「鎧は専門外だけど、いい線いってるんじゃないか? おっちゃんが厳しいだけでさ」


「違うよ…これが現実なんだ。君とは才能が違うから…これ以上は無理だよ」


「また陰気くさくなりやがって。どうせ俺たちは鍛冶で生きていくしかないんだ。嫌でもやるしかないだろう」


「………」



 炸加は少しばかり黙ると、北の山脈を見つめる。


 ここに来てからもう二年以上経った。ひたすら鍛冶に専念したにもかかわらず、光がまったく見えない哀しい現実が、冬の寒さと一緒に身体に突き刺さるようだ。


 そして、意を決したように言葉を紡ぐ。



「僕、鍛冶師を辞めようかと思っているんだ」


「…は? 冗談だろう?」


「………」


「本気なのか?」


「…うん」


「おいおい、何言ってんだよ。俺たちから鍛冶を取ったら何も残らないじゃないか。どうやって生きていくつもりなんだ」


「べつに鍛冶をやらないディムレガンがいてもいいじゃないか。お金があれば自由に暮らせるし…」


「その金をどうするんだよ」


「違う仕事だってあるよ。ほとんど人間と同じなんだから…黙っていれば見分けもつかない。そうやって鍛冶から離れた人も過去にはいた、って聞いたことがあるんだ」


「離れることはできるかもしれないが、血が疼かないか?」


「それは…疼いたら作ってもいいし……趣味でやる分なら自由だし…」


「それだったら鍛冶師のままでいいだろう。逃げるなよ」


「逃げたくもなるよ。…もう疲れたよ。結局僕は、鍛冶で成功することなんてできないんだ。烽螺だってわかっているんじゃない? 火乃呼さんたちには一生追いつけないって」


「男が女に勝てるわけないじゃないか。最初の前提が間違っているぜ」


「そういうのも…嫌なんだ。鍛冶も下手だし、お金もないし、結婚だってできないし、それじゃ僕たちって何のためにいるんだろうって…」


「うーん…」



 炸加の問いに対し、烽螺は返事に詰まる。


 なぜならば彼が言っていることは、男のディムレガンならば一度ならず何度でも思い悩むことだからだ。


 烽螺とて男の中では才能が豊かなほうではあるが、女のディムレガンには到底及ばないだろう。


 男女比の問題から同族間での結婚も絶望的だ。種馬にすらなれないとは、それこそ男としては最底辺といえる。


 ただし、炸加に関しては少しばかり違った事情がある。


 それを思い出した烽螺が、ストレートに訊いてみた。



「炬乃未さんがいないからか?」


「…え?」


「お前、炬乃未さんのことが好きだろう? だから寂しくて、そんなことを言い出したのか?」


「なっ…何を言うのさ! ぼ、僕はべつに…」


「いまさら隠すなよ。お前の態度を見て、わからないやつなんていないさ。それに、炬乃未さんはみんなが狙ってるからなぁ」



 現状での北部におけるディムレガンの独身女性は、火乃呼、炬乃未、ハビナ・ザマの店員(ちなみに名前は『燁子ようこ』)の三人しかいない。


 となれば、非常に倍率の高い争奪戦になるのは必至。独身男性の誰もが彼女たちに注目しているといえる。


 その中で炬乃未が一番人気なのだが、その理由は単純明快だ。



「炬乃未さんは可愛いしおとなしいし、男を立てる器量もある。あれこそ女性の理想像だよなぁ。好きにならないほうがおかしいぜ」


「ま、まさか烽螺も!?」


「あー、うん、どうかな。もちろん嫌いじゃないけど…高嶺の花だからな。俺はギャンブルはしたくない派だし、妬まれたくないからパスだな」


「そうなんだ…ほっ。じゃあ、火乃呼さんのほう?」


「いやいやいや、あの人こそ無理でしょ! 鍛冶長ですら持て余してる状態なんだぜ。顔もスタイルも抜群だけどさ、狂暴すぎて近寄れないって。会話すら満足にできないんだから、はなっから恋愛対象にはならないよ」



 残念なことに、ここでも火乃呼は脱落である。


 才能も容姿も間違いなくトップクラスではあるが、やはりあの性格が災いしてしまっているようだ。


 一晩の過ちを期待するならまだしも、恋人や妻にするには向いていない。



「そうなると、あとはハビナ・ザマの燁子さん…」


「同族はいいや。人間の女のほうが自由に選べるからさ」


「えええええ! どうして!?」


「ディムレガンのくせに鍛冶を辞めたいとか言っているやつの言葉かよ。こと結婚に関していえば、こっちのほうが現実的だろう」


「確率的にはそうだけど、やっぱり同じ種族のほうがいいような…」


「つーか、炬乃未さんが好きなら、それこそ鍛冶を辞めたら駄目じゃん。あの人は見た目は淑やかだけど、ゴリゴリの職人気質だからな。見向きもされなくなるぞ」


「それは…少しは考えてるよ」


「具体的な方法でもあるのか? 無理やり襲うのとかはやめておけよ。あの人も女だ。俺たちより腕力はあるからな」


「そんなことはしないよ!! 本当にいろいろと…考えてはいるんだ」


「煮えきらないやつだな。よほどのことでもなければ、炬乃未さんがなびくとは思えないぜ。それ以前に、こんな山にいたら女がどうこう言っていても仕方ないよな。いつまでこんな場所にいるのかね」



 若い独身男性が、こんな場所にいたら干からびてしまう。


 唯一の娯楽が、妄想に耽りながら自分を慰めることくらいなので、それこそまさに地獄絵図である。寿命が長いディムレガンでなければ、二年以上も耐えることは難しいだろう。


 しかし、たまたま呟いてしまっただけの自問に、炸加は静かな確信を持って答える。



「あとちょっとの辛抱だと思うよ」


「ん? どうしてだ?」


「…べつに。なんとなく」


「なんだそりゃ。もしかしてハピ・クジュネ軍に期待してんのか? ちらっと聞いた話だと負けたって噂もあるぞ」


「…ハピ・クジュネが勝たなくてもいいんだよ。僕たちは誰の味方でもないし、ここから出られたらなんでもいいんだ。烽螺だって山を下りるくらいは自力でもできるでしょ?」


「そりゃ下りるだけならできるけど…魔獣の監視があるからなぁ」


「いつまでも監視があるとは限らないよ。そろそろ逃げ出す準備をしたほうがいいかも」


「逃げ出す? …そんなことは考えたこともなかったな」


「そう? 僕はいつも逃げることばかり考えているんだ。もう疲れたしね…早く終わりにしたいよ」


「うーん、そりゃ俺も早く終わりにしたいけど…」


「キー! キッ!」


「あー! ガキどもがまた興奮しやがった!! いててて! やめろって!」



 烽螺が子猿たちに絡まれている中、炸加はじっと手の平の上にある黒い石を見つめていた。



(僕には何の取柄もない。鍛冶も駄目だし、人間的な魅力もない。でも、それを覆せるだけの力がここにあるんだ。僕は…僕は、どんなことをしても勝ってみせる)





  ∞†∞†∞





 侵攻開始、六十日目。


 この日も琴礼泉では、ディムレガンたちがいつも通りの生活を送っていた。


 村の中にある工場、火乃呼の工場を除いた二つからは煙が上がっており、彼らが鍛冶に勤しんでいる様子がうかがえる。


 ただし、いつもより煙は少なく、工場の中から響く金属音も減っていた。


 すでに大半の武器の輸出は終わっているので、彼らの仕事も一段落といったところなのだろう。


 職人たちにも休暇が与えられており、村の中では散策したり、他の趣味に没頭する者たちの姿が見受けられた。


 それを見ているのは監視のグラヌマたちだけではない。


 そのさらに遠くから赤い瞳が、静かにその様子をうかがっていた。



「うん、どうやらここが琴礼泉で間違いないみたいだ。集落があって人が暮らしているから、あれがディムレガンかな? 男の見た目は人間と同じだね」


「よくこの距離から見えるな。兄弟の視力はどうなってんだ?」


「霧がなければもっと見えるよ。まあ、あってもなんとなく見えるんだけどね」


「そいつはすげぇ。俺には薄暗いモヤにしか見えないぜ」



 そこにいたのは、アンシュラオンたち。


 先行したアンシュラオンとゲイル、その後ろにいるソブカとファレアスティとモズに加え、ロクゼイ隊の斥候が二人いた。


 彼らは今、ニ十キロ離れた高所から琴礼泉を見ている。


 たとえば大気の状態によっては、富士山が遥か遠くからもくっきり見えるように、これくらいの距離はたいしたものではない。


 ただし、この日は曇っていて昼間からも薄暗く、近くの滝や川から発せられる大量の濃霧によって視界は完全に塞がっている状況だ。


 目が良いはずの斥候でさえも、この距離からではさすがに外観しか見えないらしく、さきほどから何度も目を凝らしているが、やはり判別はできないようだ。


 そんな中で村の中にいる人々さえも視認できるアンシュラオンの視力が異常なのだ。


 これは単純に目が良いことに加えて、術士因子が自動的に周囲の状況を視覚情報に変換しているからである。



「監視はどうですか?」



 後ろからソブカが訊ねる。



「集落の周辺、直径約二キロくらいを固めているみたいだ。思ったより数がいて厳重な警備態勢だな」


「やはり魔獣にとっても、ディムレガンの価値は相当高いようですね」


「だが、完全に油断している。いくら距離があるとはいえ、外側に対して無警戒すぎる。普通ここまで緩むか? あの猿なんて、あくびまでしているな。あっちは剣舞でもしているのか?」



 まさか監視している側が外から監視されているとは思っていないようで、猿たちに緊張感は皆無。


 ただいるだけであり、今述べたように遊んでいる個体も多い。



「それはさすがに油断しすぎですねぇ。侮られたものです」


「山では魔獣のほうが有利だと思っている節はありそうだな。それに、前に見た個体より小さめのやつも多い。ん? 子猿もいるぞ? どういうことだ?」


「なるほど、魔獣も非戦闘員は避難させているということでしょう。精鋭は三袁峰にいるでしょうから、一部を除いては若い個体を配置している可能性が高いです」


「攻撃するオレたちからすれば、ありがたい状況だな。敵の数はグラヌマ以外も含めて最低五百。反対側にいる戦力は今のところ不明だ。ソブカ、何か策はあるか?」


「ディムレガンを全員確保するという前提ですか?」


「当然だ。誰一人として失わないことが大前提だ。ただし、生きていればいい。怪我で済めばオレが治せるからな」


「では、最悪の自体だけは防ぐという方向でいきましょう。敵の数が多いですから、いきなり突入して無秩序な乱戦になるのだけは避けたいところです」


「だろうな。ディムレガンの男は弱いという話だったか?」


「杷地火さんといった強い人もいますが、基本的に武人には及びません。仮に装備がない状態で戦闘に巻き込まれたら、簡単に死んでしまいますねぇ。ここはやはり『陽動』が最善の策といえます」


「集落の近くでは危険だな。少し離れた地点がよさそうだ」


「そうですね。琴礼泉から五キロは離れた地点で大きな騒動を起こし、その直後にさらに近い地点、できればここから反対の西側で敵の注意を引きつけるべきでしょう。その間に集落に入って保護します」


「二段階の陽動か。魔獣相手には十分すぎる策だな。戦力の配分はどうする?」


「突入班には多くの戦力をあてるべきでしょう。この霧ですと中でもよく見えないかもしれませんし、陽動が上手くいったとしても、さまざまな混乱が予想されます。彼らはこのことを知りませんからねぇ」


「そこはロクゼイのおっさんの仕事か。いいだろう、オレが単独で西側の陽動を担当する。ソブカ、お前たちは離れた位置での陽動を頼む。残りの戦力はすべて集落の中に突入させる」


「よろしいのですか? 救出部隊に有利になりますが?」


「オレたちは軍に協力する善良な民間人だからな。問題はないだろう?」


「ふっ、それもそうですね。ここはロクゼイさんに花を持たせてあげましょう。彼らが上手くやれば何も問題はないのですから。あくまで上手くやれたなら、ですがねぇ」



 アンシュラオンとソブカは、互いに含みを持たせた笑みを浮かべる。


 こうしてディムレガン奪還作戦が始まろうとしていた。



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