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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
「翠清山死闘演義」編
357/619

357話 「新たなる魔獣の王 その3『オーバークロック』」


「エメラルドの封印が解けた!? この圧力は…!」



 クルルの身体から出ている光は初めて見るものだった。


 圧倒的なまでに重厚で濃密で、力強くて凛々しくて、人が人であることを強烈に主張する黄金の力。


 アンシュラオンにとっては、ごくごくありふれた気質であっても、それはあくまで覇王たち『超人の領域』での話だ。


 下界でこの力を見ることはほとんどない。もはや伝説に等しい力なので簡単にあっては困るだろう。


 少年たちが驚く中、クルルは身体の具合を確認する。



「ようやく想定通りの力が出たか。段階的に引き上げるのは手間だが、仕方あるまい」


「お前、何をした!」


「この身体が持っている『本来のスペック』を引き出しただけだ。そうたいしたことはしていないさ」


「これがハイザク・クジュネの力だというのか!?」


「私の能力が操るだけだとでも思っていたのか? その程度のことならば、そこらの人形使いでもできることだ。しかし私は、限界を超えて力を引き出せるのだよ」



 クルルのユニークスキル、『オーバークロック〈強制限界突破〉』。


 パソコンのCPUのオーバークロックと同じく、支配下に置いた者の因子を操作して『限界値以上の力』を引き出すスキルである。


 カンロやギンロが、通常時とは比べ物にならない力を発揮していたことを覚えているだろうか。あれもこのスキルを使用して因子をいじったことで、限界を超えた力を引き出していたのだ。


 ただし、こうしたリミッターは身体が壊れないために存在するので、それを強制的に外してしまえば、彼らのように肉が断裂して骨が砕け、内臓が潰れることも十分ありえる。


 『オーバーロード〈血の沸騰〉』ほど力を引き出せず、絶対死ぬようなものではないものの、使い続ければ壊れてしまう可能性が高い危険な手法であった。


 では、それをハイザクに行えばどうなるのか。


 破邪猿将とも対等に渡り合え、錦王熊の突撃にも耐える強靭な肉体に使えば、はたしてどうなるのか。



「この依代は、私が調べた通りの思考をしていたよ。わざわざ場を用意してやったのだが、あれで物足りなかったとは恐れ入る」


「…何の話だ?」


「私が第二海軍を狙ったのは、当然ながらこの人間を追い込むためだ。通常時では『憑翼ひょうよく』も難しいからな。だがもう一つの理由は、ハイザク・クジュネという人物が、真なる力を発揮していないことを知っていたからだ。私が調べた中では、この北部でもっとも『超常のつわもの』に近かったのが、この男なのだ」


「そんな馬鹿な! ハイザクはたしかに強いが、これほどであるわけがない!」


「それこそ勝手な思い込みではないのかな? お前たちは魔獣の因子を組み込むことで人間を超えたと思っているようだが、人間の可能性は小手先の技術を超えるものだ。本当に強い身体を持っている者はいるのだよ。少なくともこの依代が、北部の大地において【最強】であることは事実だ」



 クルルはマングラスの手から逃げ出したのち、できるだけ優れた肉体に宿るために徹底的な情報収集を行っていた。


 その中には、ほぼすべての有名な武人が含まれており、実はマキも候補の一人に入っていたと知れば、なかなかに怖ろしいものであろう。


 そこで目を付けたのが、ハイザク。


 若くて強くて耐久性も高く、戦いに関しての資質ならば兄や父すら超える逸材である。


 しかしながら凄まじい潜在能力を持っていながらも、その優しい性格が災いして才能を開花できていなかった。


 クルルは自分自身の力をよく知っていた。『オーバークロック〈強制制限解除〉』は強力で便利でも、できれば最初からある程度育っているほうが負担が少なくなる。


 だから、この依代を『鍛える』ことにした。


 邪魔な取り巻きを排除することも目的であったが、三大ボスを総動員したのは、【ハイザクを叩き上げる】ことも大切な目的であったのだ。


 その結果、因子レベルは7にまで上がり、最低限の土台を作ることに成功する。



「まあ、それでも未完成だったがね。まあいい。逆に言えば、それだけ資質が高いということだ。多少無理をさせても十分もつだろう」


「お前はこれから何をするつもりだ! 西には何がある!?」


「私もお前と同じことを言おう。おしゃべりはこのあたりでいいかね? 散々殴ってくれたお礼をしないといけないからな」


「っ…!」



 クルルが、覇気をまといながらこちらに向かってくる。


 もともとハイザクはけっして鈍重ではなく、ダッシュした時の速度は相当なものだが、今回は今までの三倍を軽く超える速度で接近。


 一瞬で少年の前に出現すると、その拳を振り下ろした。



「若っ!」



 そこにコウリュウが強引に割り込み、クルルの拳を代わりに受ける。


 防御した右腕が破壊され、肉片が飛び散り、胸にまで到達した覇気の力が―――爆発!


 二人が吹っ飛ばされる。


 コウリュウは空中で回転しながら、残っている左腕で少年を抱えて着地。


 しかしその胸には、ぽっかりと大きな穴が生まれていた。



「やってくれたな…!」



 コウリュウの目に獰猛な輝きが宿る。


 普通の武人ならば即死してもおかしくない怪我だが、急速に傷口が修復されていく。


 しかし、それは今までと同じ人間の身体ではなかった。


 血液が炎に変わり、体表も燃えるような血管が浮き出て赤く明滅した『炎の鱗』となり、人間とは異なる強靭な筋肉が生まれる。


 変化は身体だけではなく顔にも表れ、歯が牙になって目にも炎の揺らめきが宿った。


 それをクルルも興味深そうに眺める。



「追い詰められてようやく本性を出したか。それは何だろうな? ワニかな? それとも蛇かな? あるいは龍かね?」


「今からその身で味わわせてやる。災厄を殺すために自ら『厄災』を受け入れた者の力をな!」


「待て、コウリュウ! ここで力を解放するな!」


「しかし若、やつを殺すには『転神てんしん』するしかありませんぞ!」


「今の力を見ただろう! この戦力では太刀打ちできない。最低でもセイリュウを入れた三人…できればジジイの力も加えなければ無理だ! あの力は普通じゃない!」


「そちらの人間は、正しい情報分析ができているようだな。そうだ。お前たちごときでは止めることはできぬよ」


「くっ…」



 『覇気』は、それ単体で凄まじい力を秘めた気質である。


 攻撃補正も戦気の五倍以上であるし、特に防御力にかけては最高の力を持つのが特徴だ。


 この間にも他の黄装束たちが攻撃を続けているが、クルルは棒立ちのまますべて受けてノーダメージ。HPを1たりとも減らしていない。


 これに打ち勝つには同じ覇気か、あるいは以前マタ・サノスがやったように『光気』といった同じく最上位に位置する気質を使用する必要がある。


 しかし、覇気を扱える者自体が世界に数えるほどしかいないこともあり、対応策は極めて限られてくるだろ。



(まさかここまで考えて動いているとは…! こちらもまだ手を隠してはいるが、現状ではやつのほうが有利だ! 隠密行動が逆に災いしたか!)



 マングラスの戦力は黄装束以外にも存在するものの、さまざまな事情で総動員はできない。


 コウリュウたちを動かしたことだけでも相当なリスクを背負っているのだ。この戦力でクルルを排除できなかったことは痛い。


 しかも、ここでさらに追い打ち。



「若様、敵の増援です! この周辺に魔獣たちが集まってきています!」


「………」


「すさまじい数です! このままでは包囲されてしまいます!」


「…後退だ! 全力で離脱する!」



 どうあがいても無理なものは無理。勝ち目はゼロだ。


 この少年は、それがしっかりと理解できる頭脳と決断力を持っていた。



「よいのか? まだ身体に慣れていない今の私なら、死力を尽くせば倒せるかもしれないぞ?」


「挑発には乗らない。だが、お前の好きにもさせない! いつでも狙われているということを忘れるな!」


「それは楽しみだ。次はお前たちも操作できるように、力を磨いておくとしよう」



 黄装束の集団は離脱を選択。


 魔獣たちの包囲が完成する前に全力で逃げていく。



(あの時逃がしたものが、ここまで大きくなるとは。このままではこの大地が呑まれてしまう。また災厄が起きることだけは防がないといけない! どうすればいい、どうすれば…)



 少年は、歯を食いしばりながら走ることしかできなかった。





  ∞†∞†∞





 黄装束の集団が去り、続々と魔獣たちが集まってきた。


 上空には、マスカリオン率いるヒポタングルの空挺部隊。


 山からは、セレプローム率いる錦熊の陸上部隊。


 森からは、破邪猿将率いるグラヌマの遊撃部隊。


 三大ボスの軍勢が、この場に集結しつつある。


 その数、およそ十万。


 中核となる精鋭部隊は総勢五千程度だが、強めの眷属たちを総動員して掻き集めた結果、これだけの数に膨れ上がったのだ。


 さらにチユチュ等の低級魔獣も含めれば、二十万にも及ぶ軍勢となるだろう。


 そして、その頂点に鎮座するのは、ハイザクの姿をした『クルルザンバード〈六翼魔紫梟ろくよくましきょう〉』。


 三大ボスたちが到着すると、彼らは『新たな魔獣の王』の前にひざまずく。



「作戦は上手くいった。おかげで新しい依代を手に入れることができたよ。お前たちにも被害は出たが、十分釣り合う結果だろう。喜ぶといい」



 クルルが満足げに自身の身体に触れる。


 今までのものとは違い、若くて活力があり、才能に満ち溢れた最高の素材である。


 誰でも新しく高スペックなものを手に入れれば嬉しいだろう。彼としては最新の家電製品を手に入れた気分なのかもしれない。



「王よ。失礼ながら、なぜ人間の身体に宿るのですか?」



 マスカリオンが、ひれ伏しながら訊ねる。


 不満は見せないが、さすがに怪訝そうな表情は隠せないでいた。


 依代を手に入れるために犠牲者を出した側からすれば、理由の一つも知りたくはなるだろう。



「それが私の使命だからだ」


「使命…ですか?」


「不服か?」


「いえ、そのようなことは…。しかし、なぜ人間なのかと…」


「人の中に隠れ、扇動して操る。それが私に与えられた使命と能力だ。偉大なる『超常の王』に与えられし力なのだ」


「その超常の王とは何者なのですか?」


「何者だと? 無礼者め!」


「ぐっ!!」



 六枚の翼が振動して強烈な音波を放つ。


 その波動に触れた者は、マスカリオンであろうとも身動きが取れなくなってしまう。



(この私が…何もできぬか。これだ。これがあるから逆らえぬ。魔獣としての本能がわかっているのだ。目の前の者は遥かに格上だと…)



 マスカリオンに限らず、破邪猿将も錦王熊も同様に身体が動かずに、ひれ伏すことを強要される。


 クルルの能力は『魔操羽まそうば』で人や魔獣を直接操るだけではない。


 こうして思念を音波にして放射する『魔共波まきょうは』というスキルを使い、対象の精神を刺激して支配下に置くことができる。


 こちらは羽根を使う必要はなく、より広範囲かつ、より大多数の対象に影響を与えることができるが、その分だけ支配力は『魔操羽』よりも数段落ちる。


 しかし、クルルザンバードの格が第一級の『撃滅級魔獣』であることから、二階級も低いマスカリオンたちに与える影響は絶大。


 翠清山において彼に逆らえる魔獣はいないのだ。



「ここまで力を戻すのに半年かかった。今までは自分のことだけで手一杯だったが、今後はお前たちにも正しい『奉仕者』としての在り方を教えてやらねばな。これも陛下より賜った、わが崇高な使命だ」



 半年前、一度マングラスに捕まりながらも体力を回復した彼は、機を見て脱出する(ちょうどアンシュラオンが、カジノのあったハピナ・ラッソに到着した頃と同時期)


 その後に翠清山に降り立つと、瞬く間に三大魔獣たちを支配下に置いていった。


 今やったように『暗示効果のある音波』や、羽根を使った直接支配等々、どの能力も『他人を操る』ことに特化しており、逆らう者はすべて強制支配されていく。


 そして、三大ボスを完全に支配してから『作戦』を立案。


 少年たちとの会話を見てもわかるように、高い知識と情報分析力を使って海軍を罠にはめた。


 今までのすべての出来事が、クルルが『演算した未来』通りに動いているのだ。人間側の動きも知能があれば理解するのは、そう難しくはない。


 その最大の目的は海軍の殲滅だけではなく、ハイザクの身体を手に入れることだった。



(魔獣の中にも他者に寄生して操る者はいる。しかし、王の力はあまりに強大。範囲と規模が桁違いなのだ)



 数匹や数頭程度操る能力ならば、そこまで珍しくはない。そういった寄生型の魔獣はごろごろいる。


 しかし、クルルの力は数万を軽く超え、何十万、何百万という規模で操ることが可能なようだ。


 事実、この力を使って森に生息する雑多な魔獣を操り、混成軍の妨害に成功している。この場合はすべてを操る必要はなく、群れの中心的な魔獣だけ操作すれば十分だ。


 そのうえやっていることに対して、当人は常に慎重。


 自身はこうして依代の中に隠れながら、目立たずに他人を動かすことで全体を統御している。


 今回の作戦に関しても彼が出てきたのは最後の詰めのみ。自分の力が必要な時だけ出てくる周到さがある。


 この世で一番怖ろしい敵とは、けっして表に出ず他人をけしかけて目的を達する者なのだ。


 クルルはそのことがよくわかっている極めて危険な存在であった。




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