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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
「翠清山死闘演義」編
353/619

353話 「敗軍の将 その4『青年の武』」


(なんという腕力! まるでハイザク様のようじゃ! 混成軍にこのような豪傑がいるとは聞いておらぬぞ。まさか例のホワイトハンター? …いや、容姿がまるで違う。いったい何者なのだ!?)



 ギンロは出立前に一度、ハイザクを見送りにきたアンシュラオンを見ているので、完全に別人であることは間違いない。


 ますます困惑するギンロたちに、群青装束を着た少年が近寄ってきた。


 周りには護衛の黄装束三人が張り付いており、慎重に警護している様子から、彼がこの集団にとって重要な人物であることを教えてくれる。


 とはいえ、少年のほうはそんな彼らが鬱陶しいようで、自分から積極的に熊に攻撃を仕掛けていく。


 少年もまた強く、蹴りの一発で熊をよろけさせ、即座に追撃の鋭い拳打を打ち込んで倒す等々、かなりの武力を持っていることがうかがえる。


 こうして彼らは、あっという間にギンロの周りにいた熊を排除。



「今のうちだ。さっさと逃げるんだな」


「貴殿らは何者だ!」


「悪いが名も素性も明かせない。お前たち表の組織とは異なる『裏側の者』としか言えないな」


「混成軍の者ではないのか? ならば、なぜ助ける?」


「警戒する気持ちは理解できるけど、俺たちは自らの行動で敵ではないことを証明したつもりだぞ」


「たしかにそこは信じるが…」


「それより早く逃げろ。こちらも長く戦うつもりはない。今の有利な状況は奇襲が成功したにすぎないからな。数では向こうが上だ。立て直されると面倒になる」


「だが、ハイザク様が敵のボスに捉まっておる! 将を置いては逃げられぬ!」


「それは問題ない。あいつが隙を作ってくれる」



 少年が、敵陣を走りながら錦王熊に向かっていく青年の姿を見つめる。


 その勢いは爆走という言葉が相応しく、立ち塞がる熊たちを宙に弾き飛ばして、強引に道を開く力技であった。


 そして、大きく跳躍すると、ハイザクを押さえ込んでいる錦王熊の後頭部に、蹴りを叩き込む!


 彼の脚力は、地上百メートルに軽々と到達できるほどだ。


 当然その蹴りの威力も凄まじく、まともにくらった錦王熊が前のめりに傾くと、ハイザクを超えて地面に顔面を強打。


 そのまま大地を抉りながら、何十メートルも吹っ飛んでいった。


 錦王熊の重量は通常種の二倍以上はあり、あの大きな盾も持っているので三トン以上はあると思っていいだろう。


 それがこんなに簡単に吹っ飛ぶのだから、青年が持つ力も常人を遥かに超える領域にあるようだ。


 青年が大地に降り立つと、ハイザクを一瞥。



「ここは我らが引き受ける。お前は離脱せよ」


「………」


「礼くらい言えぬのか。まあいい。若のご命令でなければ見捨てていたところだ。戦えぬのならば、さっさと消えろ。邪魔だ」


「…ん」



 第二海軍の司令官に対して、青年の物言いは不躾なものであったが、ハイザクは素直に頷く。


 ハイザクもまた、青年がただ者でないことがすぐにわかったからだ。


 弱者に言われれば逆に心配してしまうが、これほどの強者がいるのならば安心して任せられる。



「ハイザク様、今です! 離脱いたしましょう!」



 ここでギンロたちが、黄装束の援護を受けてハイザクと合流を果たす。


 その間、少年たちが熊の軍勢の一角を切り崩し、逃げ道を作ってくれていた。



「どこの誰かは知らぬが助かった! 礼はまた改めてする!」


「俺もお前たちを利用しているだけだ。礼はいらない。だが、今回だけだぞ。次は自分たちの力で生き延びろ」


「ああ、わかっておる!」


「…ん」



 ハイザクも少年に自らの胸を叩いて謝意を示すと、生き残った者たちを連れて離脱していった。


 弱っていても猛将だ。ボスクラスでなければ、まだまだ対応できるだろう。



(あれがハイザク・クジュネか。噂通りの屈強な武人だな。ハピ・クジュネが強気な作戦を打ち出すわけだ。だが、所詮は人の身。その先にまでは行けないんだぞ)



 少年はハイザクが離脱するのを見届けると、青年のほうを見る。


 そこには魔獣に囲まれながらも堂々としているどころか、威圧感だけで錦熊の動きを制している【人外の存在】がいた。



「グオオオオオオオ!!」


「ようやく立ち上がったか。愚鈍なやつめ」



 激怒した錦王熊が起き上がってきて、青年を睨みつける。


 熊は執着心が強い。自分の獲物を奪われたことに激しく怒っているのだ。あまりの怒気に目が血走り、両手の盾を何度もぶつけあって威嚇してくる。


 だが青年は、三大ボスの圧力を受けても平然としていた。



「なんだその目は? 下位の魔獣ごときが、この私に戦いを挑む気か? いいだろう。やってみろ」



 青年の挑発的な視線を受けて、さらに激怒。


 錦王熊が両手の大盾を合体させて―――突進!


 まともに受ければハイザクでさえ弾かれる質量攻撃だ。


 それを青年は堂々と真正面から迎え撃つ。


 向かってきた盾を『片手』で押さえると、両足の筋肉が盛り上がってボゴンと地面が陥没。


 恐るべき脚力でしっかりと身体を支え、人間離れした腕力で突撃を完全に受け止めてしまう。



「ッ―――!!」



 これには錦王熊も驚きを隠せない。


 突撃は錦熊にとって生命線であり、同時に最大の攻防手段である。特に錦王熊のものは種の中で別格だ。


 それを今日だけで二人もの人間に防がれてしまったのだから、熊の王としての尊厳に傷がついたことは間違いないだろう。



「何を驚く。まさか自分だけが怪力だと思っていたのではあるまいな」



 青年は余裕の表情で追撃はせず、熊を見下す。


 負けるわけにはいかない錦王熊は、術式武具の力を展開。


 盾に触れている青年を凍らそうとする。



「…ん? 凍らせるつもりか? ははははは! これはけっさくだ。よりにもよって、この私をか!!」



 青年の周囲の温度が急激に上昇。


 最初は橙色の揺らめきだったものが、真っ赤な炎となって彼を覆い、術式武具の力も一瞬で掻き消してしまう。


 術式武具は力を発揮し続けるが、まったく温度が低下しない。


 それを続けていくと、ついに武具のほうがオーバーヒート!


 氷の力を吐き出していた魔石に亀裂が入り、光を失っていく。



「ッッ―――!?!??」



 錦王熊は困惑して何度も盾を押しつけるが、壊れた武具はうんともすんとも言わない。


 頭が悪すぎて壊れたこともよく理解できていないのだ。



「使い慣れないものに頼るからだ。魔獣が武器を持つことが脅威だと? たしかに人の身からすればそうかもしれぬが、それこそ弱者の思考。真に強い力を持つ者は、ただそれだけで強いのだ!」



 青年が力を込めると、術式武具が溶解して手の形にへこんでいく。


 ハイザクの闘気でも同じ現象が起きたが、それを考慮すると、この青年も同レベル帯の力を操っていることになる。


 ハイザクと異なる点は、青年が力を使いこなしていることだ。


 まるで生きているように炎が蠢き、錦王熊にまとわりついて焼いていく!



「グオオオオオ!?!」



 錦王熊の銀色の体毛が、爆炎で真っ赤に染まる。


 ただし、彼にも銀鈴粒子による驚異的な回復力があるため、すぐに元通りにはなるのだが、青年の炎も依然として消えないために燃焼と回復を繰り返すことになる。


 あまりの力の発露に他の者たちは誰も近寄れず、その空間だけぽっかりと大きなスペースが生まれていた。


 この攻防は、およそ一分間続いた。


 最初に根負けしたのは、まさかの錦王熊のほう。


 一向に衰えない炎から逃げるように、後ろに体重をかけてしまったのだ。


 互いの力が拮抗した段階で、これはまずい対応といえる。



「ふん、軟弱なやつめ!」



 そこを青年が逃すはずもない。


 手に炎の槍を生み出すと、盾を駆け上って跳躍。


 真上から頭部を狙って振り下ろす!


 錦王熊は顔を背けて守るが、肩にぶっすりと槍が突き刺さり―――業炎!


 内部に侵入した激しい炎が体内を焼いていく。



「グオッ!? オオ!!?」



 青年がさらに追撃しようとすると、錦王熊は盾を構えて完全防御。貝のごとく閉じこもってしまった。


 体内の怪我は人間だろうが魔獣だろうが厄介だ。殴り合いでは不利と思ったようで、まずは回復と防御を優先したようである。


 それを見た青年は、盾を蹴って一度大きく離れた。



「若、どうされますか。この状態だと倒すには少々時間がかかりそうです」



 たとえ実力差があろうとも、防御を固めた相手を崩すのは手間がかかる。


 加えて数に差があることから、少年は即座に決断。



「そろそろ引き際なんだぞ。敵が本気になる前に離脱する。こっちも雑魚にかまっている暇はない」


「御意」



 少年が撤退の合図を出すと、青年が殿として敵をいなしつつ、黄装束の集団が見事な連携で離脱していった。


 黄装束の死者はゼロ。


 対する熊は、およそ七十頭が死亡する結果になった。


 いきなりの奇襲で包囲網が破られたことと、青年たちの異質な武が熊を圧倒したことでハイザクたちを逃がしてしまう。



「ガオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!」



 錦王熊は激しく咆えるものの、彼らの足で追うのは簡単ではないだろう。


 スザク軍の動向もまだ不明であり、これ以上追撃すると人間側の援軍と遭遇する可能性もある。


 致し方なく熊神は、その場にとどまることしかできなかった。





  ∞†∞†∞





 熊神の包囲網を脱出したハイザクたちは、開けた地形を避けるように迂回しながら東に向かっていた。


 だが、熊神との戦闘によるダメージは深く、魔獣も通らぬような険しい道を進んだことで、大半の者が疲労で動けなくなる。


 ハイザクも例外ではない。歩くだけでも重そうに身体を引きずっていた。


 『バイキング・ヴォーグ〈海王賊の流儀〉』を連続して何度も発動させたことで、その負担が今になってのしかかっているのだ。


 強力な血統遺伝になればなるほど長時間使えるものではなく、無理をすれば魔神戦のベルロアナのように、しばらく寝込むことも珍しくはない。


 こうして歩けていること自体、ハイザクが特別なのである。



(逃げられたはよいが…すでに歩くこともままならぬか)



 老齢のギンロも疲労の中で苦しんでいた。


 戦っている間は気持ちが乗っているのでなんとかなるが、いざ緊張の糸が途切れると、どっと疲れがやってくるものだ。


 歩いている間にも脱落していく者がどんどん増えていく。



「すまぬな。本当は回復を待ってやりたいが…」


「行って…ください。自分のことは…大丈夫ですから……はぁはぁ」


「すまぬ」



 そういった者たちは見捨てるしかないが、当人たちもこのまま『捨て奸』として残って時間を稼ぐつもりでいた。


 その覚悟と忠誠心にギンロたちは、ただただ敬服するしかない。


 一行は移動を続け、ようやく隠れられそうな岩場を発見。


 そこで休息して夜になった頃には、また何人も動かなくなった。動けないのではなく、もう死んでいたのだ。



「これだけになっちまったな…」



 カンロが寂しそうに呟く。


 残ったのは、ハイザクとギンロとカンロおよび、カンロ隊の生き残り三人の計六人だけだ。


 残りの二千五百人の安否は不明だが、あの包囲網を突破できたとは思えない。運よく逃げられたとしても半数から七割は犠牲になっただろう。


 第二海軍は、ほぼ壊滅。


 改めてその事実が彼らにのしかかる。


 そして翌日、ついにギンロにも限界がやってきた。


 足がふらつき、自力で歩くことができなくなる。



「大丈夫か、じいちゃん?」


「置いてゆけ。ここが死に場所のようじゃ」


「おぶってでも連れていくさ」


「足手まといはいらぬ。スザク様には、すべてわしのミスと報告せよ」


「そうはいかないって…あっ」



 カンロが無理にでもおぶろうとした時、ぬっと大きな手が先にギンロを掴んで肩に乗せる。



「ハイザク様…これ以上の生き恥は晒せませぬ。どうぞ捨て置いてください…」


「………」



 ハイザクは首を横に振ると、有無を言わせぬまま担いで歩き出した。


 老人一人とはいえ、武具や携帯物の重さもあるのだ。それほど軽くはないだろう。


 それをハイザクは、何も言わずに黙々と背負っていく。


 彼の背中からは、もうこれ以上誰も失いたくないという強い決意が見て取れた。



「申し訳ありませぬ…」


「ここまで来たんだ。一緒に生き残ろうぜ」


「ああ…そうじゃな」


「にしてもさ、昨日のやつらは何だったのかな? どう考えても普通じゃないよね」



 一晩休み、ようやく考えるだけの気力が湧いてきたカンロが、素朴な疑問を抱く。



「…うむ。特にあの長髪の若い男は、ただ者ではない。ハイザク様に匹敵する武人かもしれぬ。やつらの言い分では裏側の組織のようだが…」


「でも、いくら裏の組織といっても、そんなやつがいたら有名になるでしょ? 北部の連中じゃないのかもね」


「それを言ってしまえば、例のホワイトハンターも突然現れたのだ。野には、まだ我らが知らぬ強者が潜んでいるのじゃろう」


「そういう連中が海軍に入ってくれると嬉しいんだけどな。また一から新兵を鍛え直すのは大変だもんね。でも、いきなり腕が伸びたりするのは嫌かも」


「ふっ…そうじゃな」



 カンロが、あえて明るく努めていることがわかるので、ギンロも笑う。



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