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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
「翠清山死闘演義」編
352/618

352話 「敗軍の将 その3『裏側の戦い』」


「こうならないように、せっかく隠密行動を取っていたのにな。無駄に殺してしまったか」


「我々の目的のために、邪魔する者はすべて排除する必要があります。情けをかけてはいられません」


「わかっている。だが、哀れみは人間にとって大事な感情だ。お前に自覚はないか? 俺たちが強くなるたびに、少しずつ人間らしさが失われていく気がする。理不尽な死に対して、どんどん鈍感になっていくんだよ。それが怖いんだ」


「…若」


「俺はまだ人間でいたい。だから哀れみまで失いたくないだけだ」



 武人は闘争を繰り返すごとに強くなるが、その一方で死に慣れていく。殺すことに躊躇いがなくなっていくのだ。


 それ自体は『愛』という、さらなる人間の進化への道に繋がるのでよいのだが、闘争と殺戮は違う。


 このヒポタングルは無理に死ぬ必要はなかった。そのことに少年は心を痛めているのだ。



「ぶわっ!!」


「わっ!? なんでいきなり泣く!?」


「襲ってきた敵にさえ慈悲を向けられるとは、なんとお優しい御心! それこそ『水を統べる者の資質』。だからこそ我々は若のために命をかけられるのです。私は…私はもう感動で涙が止まりません! 本当にご立派になられて…」


「いつまでも子供扱いするな! それと涙も流すな! 恥ずかしいだろう!」


「若の清らかさに勝手に流れてしまうのです…ううう」


「隊長、どうやら向こうで戦闘が行われているようです」


「何者だ?」



 熱くなった目頭を押さえていた青年であったが、報告があった次の瞬間には、その目に獰猛で冷徹な輝きが宿った。


 青年が涙を流していたのは、あくまで少年に対する想いであり、死んだ敵へのものではなかったのだ。


 少年が言っていたのは、まさにこういうところなのだろう。



「戦っているのは海軍と熊神のようです」


「どちらもこの周辺にはいないはずだが…」


「いや、おそらくは第二海軍だな。第三海軍はまだ銀鈴峰にいるはずだし、ここにいるとすれば彼らのはずだ。たぶん三袁峰での戦いで負けて敗走中なんだろう」



 今は哀しんでいる場合ではないことも事実だ。


 少年が、すっと立ち上がって思考を巡らせる。



「では、熊神のほうは?」


「ここは銀鈴峰からかなり遠い。完全にテリトリー外になる。そんな場所にいるとすれば、魔獣の戦力を集めて第二海軍を包囲するつもりなんだろう。ヒポタングルがいたことも、その証拠なんだぞ」


「やはり魔獣が高度な戦術を駆使している、と考えるべきでしょうか」


「そうだな。もし第二海軍が三大魔獣の軍勢と単独で戦った場合、勝利する確率はゼロに近い。そして、それがすでに現実味を帯びているようだ。最大の問題点は、こんな作戦は広い視野と深い見識がなくては立案できないってことだな。普通の魔獣には無理だ」


「では、やはり『アレ』が関与していると?」


「その可能性は高い。アレは高度な知能と優れた情報分析能力を有していた節がある。野放しにした結果が、この惨状というわけだ。向こうで戦っている者たちの数は?」



 少年が、さきほど偵察に出た者に訊ねる。



「熊の群れは多数。千に近い軍勢と思われます。海軍のほうは、もはや五十にも満たないかと」


「放っておけば、じきに全滅か」


「若様、強い生命波動を感じます。海軍と魔獣側、双方です」



 他の者が、さらに追加の情報を加える。


 彼の能力は探知系であり、今現在は強い力を持つ者に波長を合わせているため、それに引っかかる段階で相当な強者であることがわかる。


 であれば、誰が戦っているかは考えるまでもない。



「第二海軍の将は、ハイザク・クジュネだったな。非常に勇猛な武人と聞く。彼がここにいるのならば、東の第三海軍との合流を図っているのかもしれないな。熊神のほうはセレプローム・グレイズリーだろう。さて、どうするか…」


「若、我々の目的とは関係ありません。見捨ててかまわないかと」



 青年が現実的な提案をするが、少年は首を横に振る。



「たしかに俺たちの目的とは異なる。しかし、もし本当にアレが関与しているのならば、この事態を招いた原因はこちら側にもあるんだぞ」


「そうですが…『災い』の襲来は誰にも予期できぬもの。我々の責任とも言いきれません」


「俺が言いたいのは責任の所在だけではない。このまま魔獣たちが大勝してしまえば、この大地はさらに危険な状態になる。ハピ・クジュネは都市に閉じこもって防衛すればいいが、他の都市は壊滅するはずだ」



 ここまでやったのだ。魔獣たちが報復を考えないわけがない。


 自分たちの存続のために、弱っている間に人間の都市を破壊して回るだろう。


 すでに多数の戦力を失っている人間側に防ぐことは難しい。



「たとえそうでもグラス・ギースは問題ありません。そのための防備は整えております」


「それでまた寂れるのか。これ以上、俺たちは何を失えばいい? 何を守ればいい? 自分たちだけ生き延びて他を見殺しにし続ければ、残るのは荒廃と虚無だけじゃないのか?」


「『方舟』にデータは残ります」


「俺が残したいのは、人々が紡ぐ『温かい記憶』だ。冷たく暗い水の中で暮し続けるのは、あまりにつらい。誰だって陽の下で暮したいものなんじゃないのか? だから、やれることはやっておきたいんだ」


「若…」


「お前に訊ねる。熊神の軍勢と戦えるか? 倒せとは言わない。わずかな時間を稼ぐだけでもいいんだ」


「もちろんでございます。わが力は、すべて若のために存在いたします。お望みとあらば、セレプロームの首すら獲ってみせましょう」


「いや、そこまではいい。俺たちも自分の目的があるから、無駄に戦力を損なうわけにはいかないことも事実だ。ただ、魔獣の戦略に打撃を加えることで、『標的』が動きを見せるかもしれないと考えているんだ」


「なるほど。その可能性はありますな。やつらの計画を邪魔すれば、何かしらの行動を起こすやもしれません」


「そうだ。その時にアレを始末する。では、任せるぞ」


「はっ」



(この大地に忍び寄る『悪意』がある。それを潰すのが俺たちの使命なんだ。そのために名と顔を隠して再び地上に戻ってきたんだからな。犠牲を払ってでも目的を達しないといけないんだ。すべては【災厄】からこの大地を守るために)



 黄装束の集団が戦闘準備を進める中、少年は戦いの意思を固めるのであった。





  ∞†∞†∞





 依然としてハイザク隊は、熊神の本隊と激しい戦いを繰り広げていた。


 相手がこちらを喰うのならば、こちらも喰うといった激しい生存競争を続けて、一時は一進一退の攻防に持ち込むことができた。


 しかしながら、もはや限界の中の限界。


 ハイザクに錦王熊が立ち塞がり、真上から大盾で押しつける!


 ハイザクはパワーで対抗。


 弱っているとはいえ、まだこの巨体を押し返すだけの力が残っていることは驚異的といえる。


 が、この盾は『術式武具』だ。


 盾からピキピキと大気が弾ける音がこぼれると、大量の白い煙が噴出!


 それに触れたハイザクの身体が、白に染まって『凍っていく』。


 セレプローム・グレイズリーの術式武具、『合切大氷結盾がっさいだいひょうけつたて』。


 杷地火はじか作の大盾で、それ自体もかなりの強度を誇るが、氷を操る魔獣の魔石を組み込んだことで触れた相手を凍らせる能力がある。


 通常の液体窒素程度ならば大半が蒸発してしまうが、こちらは盾の前面だけに集中することで大気中の水蒸気を凍らせて、対象ごと氷の中に閉じ込めることが可能だ。


 一気に気温が低下したため、周囲にダイヤモンドダストが舞うほどの出力で、ハイザクも氷に閉じ込められてしまう。


 が、ハイザクは闘気を爆発させて脱出。


 こちらも並の武人ではないので、これくらいではやられはしない。


 ただし、押し合うたびに何度も凍結能力を使われると、徐々に体力が低下していき―――



「…ふーー、ふーー!! はぁーーはぁ!」



 ハイザクの呼吸が荒くなり、身体にも汗が滲む。


 こんなにも寒いのに大量の汗を掻くほど、肉体的に追い詰められているのだ。


 どんなに気持ちを振り絞っても体力は低下を続け、次第に力が入らなくなっていく。


 今までは押し返せていた攻撃にも対応できなくなり、一方的に押される場面が目立ってきた。



 ここが―――【限度】



 肉体的にはアンシュラオンに追随するようなハイザクが、ついに限界を迎えたのだ。


 どんなに強い武人でも限界は必ず訪れる。残念ながらこれが真実であり、紛れもない現実であった。



「はぁはぁ…! やばい…! こっちも限界だよ!」



 カンロたちも錦熊たちの圧力に負けて、また一人また一人と倒れていく。


 そしてついには、生き残っているのは二十人程度になってしまった。



(ここまで…か。逃げようにも完全に囲まれておる。もはや道連れにする余力もないとくれば、残念ながら結果は一つよ)



 ギンロは参謀として冷静に分析。全滅へのタイムリミットが近づいていることを理解していた。


 ここで終わり。こんなところで終焉。


 それもまた人生であり戦いというものなのだろう。どんな強力な軍隊とて敵の戦術にはまればこんなものだ。


 全体的な戦略において、海軍は一歩だけ敵に及ばなかったのである。



「カンロ、最後の突撃を仕掛けるぞ!」


「わかったよ、じいちゃん!」


「お前たちもよいな? 最後まで海賊らしくあがくのじゃぞ!」


「おおおおおおおおお!」



 そうしてギンロたちが終わりを迎えようとしていた時。


 山のほうから土煙が上がった。


 最初は敵の増援かとも思ったが、動き方が魔獣とは異なる。


 猿ならば木々を伝うし、熊ならばガサガサと動き、鳥ならば空を飛ぶ。


 だが、それらは急斜面を猛烈な速度で駆け下りてくる『黄色い集団』。


 誰もが外套を身に付けており、その顔や姿は見えないものの、明らかに形からして人間であることはわかる。



「じいちゃん、何か来る!」


「人間…? あのいでたちは海軍ではない。混成軍の者か?」


「もしかしてこっちの援軍!?」


「かもしれんが…数が少ない。どう見繕っても十数人しかおらぬぞ。あれでは死にに来るようなものよ」



 駆け下りてきた者たちは、およそ十三名。


 彼ら全体が三十人程度だったので、その半数以下である。


 対する錦熊たちは多少数を減らしているとはいえ、いまだ九百頭近い軍勢だ。集団とは圧倒的に数が違いすぎる。



(援軍だとしても、あの数では駄目か…)



 しかしその直後、ギンロの目が驚くべき光景を捉える。


 先頭を走っていた青年が、槍を投げ放つ。


 この槍はヒポタングルに対しても使ったが、中距離投擲用の若干短いもので、柄に赤い布が巻き付けられているものだ。


 今回も凄まじい腕力によって投げつけられた槍は、空気加熱によって布が発火。


 赤く燃え盛りながら錦熊に命中する。


 真後ろからの強襲による不意打ちではあったものの、その一撃は一頭、二頭、三頭、四頭、五頭と貫き、六頭目に刺さった段階で衝撃でへし折れる。



「ふん、考えもなしに密集しているからだ。あそこからこじ開けろ!」



 隊長の青年が命じると、すぐ後ろを走っていた二人の黄装束が飛び出して攻撃を開始。


 右側にいた男が、まくり上げた外套から右腕を出す。


 最初は人間サイズの右腕だったが、突如として肥大化。


 しかも人間のものとはまるで違う細長い形状となり、太さは二倍、長さは五倍以上の十メートルにまで伸びてしまう。


 その腕の先端には大きな鎌が付いており、勢いよく振るった一撃が熊の首を切り裂き―――撥ね飛ばす!


 錦熊の首が宙を舞い、大量の血が切断口から噴き出した。


 こちらも不意打ちかつ、槍で弱った熊への攻撃だったことを加味しても、あの太い首を撥ねるのだから凄まじい威力といえる。


 左側にいた男も左腕を出すと、同じように肥大化して変質した腕を振るい、熊の首を撥ね飛ばす。


 それをきっかけとして次々と黄装束の集団が襲いかかり、熊の軍勢の背後を掻き乱していった。



「な、なんじゃ…あいつらは!? 何をしておるのだ!」


「つ、強ぇ! どいつもこいつも、すごい武人だ!」


「い、いや、あれは武人と呼んでよい…のか?」



 黄装束の集団は強い。


 隊長の青年だけではなく、他の者たちも凄腕の武人であった。


 しかし、どう見ても普通ではない様相だ。


 腕が鎌の二人のほかにも、全方位に衝撃波を放って熊を弾き飛ばす者、三つの腕で刀を振る者、熊よりも大きな体躯で押し勝つ者等々、明らかに異様な姿が目立つ。


 ただやはり、もっとも際立つのは隊長の青年。


 彼は他の者とは違って普通の身体をしているが、ただただ単純に強い。


 錦熊の銀盾を拳で打ち破り、続けて放った蹴りで腹を吹き飛ばす。


 銀の飛弾もかわすどころか、目の前の熊を強引に引っ張って盾として利用。飛弾は仲間の熊の盾に当たって相殺される。


 それどころかあの巨体の錦熊を片腕で振り回し、それ自体を武器にして他の熊たちを蹴散らしている。


 もはや人間技ではないことが、見た瞬間に理解できるレベルだ。




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