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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
「翠清山死闘演義」編
351/618

351話 「敗軍の将 その2『黄装束の集団』」


「く、くそ! 喰われてたまるか!! このやろう!!」


「独りでいくな! 連携して戦え!」


「やらなきゃやられるだろう!! このこの! この―――ぎゃああ!」



 またもや囲まれてからの突撃によって圧死。


 一頭一頭が強いうえに彼らの狩りの残酷さで、せっかく盛り上がった海兵たちの気勢が削がれてしまう。


 混乱はカンロ隊にまで及び、焦った隊員が突っ込んで数を減らしていく悪循環に陥る。



「こっちが空いているぞ!」


「馬鹿! それは罠だ!」


「えっ―――ぐあっ!」



 魚を追い込むようにわざとスペースを空けておいて、かかった獲物を叩き潰してミンチにする。


 熊の知能は低いが、狩りの技術は生まれながらに習性として身に付けているのだ。



「カンロ、しっかりせい! 今はお前たちが頼みの綱じゃぞ!」


「駄目だ! みんなパニックになっちまってる! どうしようもないって!」



(やはり届かぬのか…! ここで熊に喰われて死ぬなど、それこそ笑い話にもならぬぞ!)



 もともと敗走していた軍だ。気力と体力が乏しい兵は弱いのが道理である。


 万全の態勢で待ち構えていた熊の軍勢に勝てるはずがない。


 しかしその時、錦王熊のほうから大爆発!


 銀の粒子でも再生できないほどに、幾多の錦熊を一瞬で焼き尽くしてしまう。


 そこにいたのは、もちろんハイザク。


 なのだが、その手には今しがた引きちぎった『熊の腕』が握られていた。


 何をするのかと思って見ていると、闘気によってこんがり焼かれた肉に―――噛みつく!


 もぐもぐもぐ、ごくん!


 腕から肉を噛みちぎり、咀嚼してごくりと飲み込む。


 一度ではなく何度も頬張り、鶏のもも肉のように食べているではないか!


 もしここにビールでもあれば、まるで酒場にいる海賊の振る舞いそのもの。彼らが陽気に歌い、豪快に飲み食いできるのは、明日死ぬかもしれないと知っているからだ。


 本物の海賊は蓄えなんて欲しない。


 金もいらない。物もいらない。欲しいのは名誉だけ。


 自分が一番強いと叫び、誰かの上に立って威張りたいだけ。


 一番速く船を走らせて、自慢したいだけ。


 熊が怖い? 馬鹿を抜かせ。



 逆に―――喰ってやれ!!



 弱肉強食だと? 上等だ! 全員ぶっ殺してやる!!



 喰われるのは、てめぇええええら―――だああああああああああああああああああああああああああああああ!!



 なんて、ふてぶてしい態度だろうか。


 敵に囲まれている絶望的な状況でも、まったく態度を改めないどころか開き直る。


 だが、これが海賊。


 もし彼らに上品な生活ができるのならば、最初から海賊になどなっていない。


 傍若無人、無礼千万、勝手気儘かってきまま


 ああ、何が悪い! これが俺たちの流儀だ!


 ハイザクは声こそ発しないが、自らの行動で他者に海賊の生き方を示す。



「ううううううううう―――おおおおおおおおおおお!」



 再度『バイキング・ヴォーグ〈海王賊の流儀〉』を発動。


 ボロボロの身体を奮い立たせて熊たちに襲いかかり、引きちぎった肉を次々と喰らっていく。


 その姿は、まさに人間の形をした魔獣そのものである。



「ッ―――!」


「グルッ―――!?」



 激しい闘争心と豪胆な迫力に、熊たちが怯んだ。


 喰うのはこちらだけではないのだと。喰われる可能性もあるのだと。


 錦熊たちも、その事実にようやく気づいたのだ。


 そんな熊たちとは対照的に、ギンロはハイザクに頭領の面影を見る。



(まるで若き日のガイゾック様のようじゃ。あの御方も、どんな劣勢でもけっして諦めはしなかった)



 ハピ・クジュネには、何度も侵攻を受けた歴史がある。


 地理的にも北部への入口であり、特に大災厄後に経済が栄えると他都市からの干渉も増えていった。


 三十年ほど前にも南部の入植が活性化した時期があり、その際にハピ・クジュネに西側勢力の軍が派遣されたことがあった。


 その時、若きガイゾックが軍船を率いて敵を迎撃。猛攻を仕掛けて退けてしまった。


 西側勢力も、まさか北部の軍がここまで抵抗するとは思っていなかったようで、逆に戦艦を沈められて驚いていたものだ。


 ガイゾック自身も敵艦に乗り込み、白兵戦を仕掛けて次々と敵を討ち取っていた。血まみれになりながらも臆せず、蛮勇にも似た勢いで突き進み、お返しとばかりに敵の物資を奪ってにんまりと笑う。


 今のハイザクにも、その時のガイゾックに似た胆力が感じられる。


 もう何を怖れる必要があるのか。いまさら命などいらないではないか。


 海に出れば嵐で死ぬことなど珍しくもない。


 その時は笑って死んでやれ!



「カンロ、わしらはここで死ぬ! だが、その前にやつらを喰らってやるぞ! 最後の飯が熊とはオツなものであろうよ! ああ、そうじゃ! それが海賊の死にざまじゃ!!」


「じいちゃん!?」



 ギンロが剣を持って突っ込み、ハイザクの闘気で弱った錦熊を突き刺して肉を削ぐと、それを拾って口の中に入れる。


 いやはや、なんという獣臭だろう。


 生焼けなので生臭く、味付けもしていないので正直言って『まずい』。毛も付いているから一緒に食べてしまったではないか。


 しかし、そんなことはどうでもよい。


 こちらが喰う側であることを相手に示してやればいい!



「がはははは! このギンロ、老いても海賊よ! お前らなんぞ、うちのばあさんに比べればたいしたことないわい!」



 ギンロの血が熱く燃える。


 オーバーロードではない。単純に若き日を思い出して血気盛んになっているのだ。


 彼も今でこそ冷静な参謀だが、昔は手が付けられない荒くれ者の一人であり、ナカトミ三兄弟を一つにしたような豪快で粗暴な海賊だった。


 女遊びをして妻にどやされ、簀巻すまきにされて海に投げ込まれるなど日常茶飯事。


 その迫力と比べれば、熊などたいしたことはない!



「全員、熊鍋にしてくれるわ!!」



 身体は老いても心は老いぬ、といわんばかりに、果敢に熊に斬りかかっていく。


 当然、耐久力では向こうが上なので簡単にダメージは与えられないが、その気迫と血走った目に熊たちが圧される。



「じいちゃんに続け! 俺たちもやるぞ!!」


「おおおおおおおおお!」



 それに乗じてパニックから復帰したカンロ隊が、熊たちに襲いかかる。


 集団で襲うのは魔獣だけではない。それこそ人間のほうが数を頼りにして攻めるものだ。


 一頭に何人もの海兵が飛び掛かり、武器を突き刺していく。


 すでにボロボロになった武具が折れたり壊れることもあるが、力ずくでねじ込んで肉を抉っていく。


 武器がなくなれば指でほじくり、歯で噛みついて捻じ切る!


 群れのリーダーたるハイザクがそうやって戦っているのだ。手下である海兵たちも同じようにすべきだろう。


 ここでハイザク隊は、驚異的な粘りを見せることになる。


 錦熊の王が率いる精鋭部隊に対して堂々と立ち回り、およそ百頭の熊を討ち取ることに成功。


 その大半がハイザクの戦果だが、他の海兵たちがとどめを刺すことに集中したことも大きい。


 もともと第二海軍は強者の集まりだ。その戦闘力は第三海軍を上回るのである。


 思わぬ熊の苦戦に、空で監視していたグレートタングルたちも困惑。



―――「まだ倒せぬのか。熊の連中も慢心が過ぎる。誰がここまで運んでやったと思っているのだ」


―――「熊は気持ちにムラがありすぎるのだ。まあ、やつらが疲弊するのはかまわん。それに人間側もそこまで長くはもつまい。せいぜいあと数十分の問題だ。それくらい待とうではないか」


―――「それもそうだな。これまで我慢して付き合ってやったのだ。ここで焦っては台無しか」



 そうしてヒポタングルたちが高みの見物を決め込んでいると、視界の隅に何かが映り込んだ。



―――「ん? 何か近寄ってくるぞ」


―――「あれは…人間か? このあたりには逃げ込んでいなかったはずだが…」



 ハイザクたちが戦っている崖側の裏手にある山の頂上側から、人間と思われる一団が近づいていた。


 その数は、およそ三十程度。


 最初は第二海軍の生き残りの部隊かと思ったが、方向が違いすぎる。彼らは北東からこちらに向かってきていた。



―――「もしや東側の人間の部隊か?」


―――「かもしれん。生き残りも東に向かっていた。合流するつもりだったのだろう」


―――「ふん、たかだかあの数で何ができる。あの程度、捻り潰すのも容易い。いっそのこと我らが倒してやるか?」


―――「待て。我らに下された命令は監視だけだぞ」


―――「もはや大勢は決したではないか。人間が我らに勝つ見込みはない。ならば、その報いを受けさせるだけよ! お前とて人間に好き勝手された恨みはあるはずだ」


―――「まったく、仕方のないやつだ。やるならすぐに終わらせるぞ」


―――「よし、決まりだ! やつらは我らの獲物よ!」



 グレートタングルの一頭がやる気になってしまったので、仕方なくもう一頭のグレートタングルも付き合う。


 二頭がその集団に近寄ると、少しずつその姿が見えてきた。


 彼らは海軍が着る甲冑ではなく、何か布ようなもので身体を覆っていた。いわゆる『外套』というものだ。


 色は黄色。


 全員が【黄装束を着た集団】であった。



―――「黄色い布をまとって何をしているのだ? 人間の習慣は理解できぬな。まあ、どうせ死ぬのだから同じことだ!」



 グレートタングルが、上空から『風放車濫ふうほうしゃらん』を集団に向かって放つ。


 大盾を持った海兵たちでさえ、この術式には簡単に対応できなかった。人間にとって術式は非常に危険なものなのだ。


 術を放ったグレートタングル自身も、この一撃で終わると思っていたかもしれない。


 しかし、術の発動にいち早く気づいた先頭の人物が前に出ると、飛んできた風の刃を片腕で―――破砕!


 何事もなかったかのように消し飛ばしてしまう。



―――「なっ…!? まさか力ずくで術式を弾いたのか!?」



 グレートタングルは、思ってもみなかった事態に動きが止まって無防備な姿を晒す。


 そこにヒポタングルの存在に気づいた他の黄色装束の者たちが、反撃を開始。


 空中にいる彼に向かって、いくつもの刃や衝撃が襲いかかり片翼を破壊。



―――「くっ! なんだこの攻撃力は…!?」



 だが、驚いている暇はない。


 すでに最初に術式を破壊した人物が跳躍しており、すぐ目の前にまで迫ってきているではないか。


 地上からここまで百メートル以上はあるにもかかわらず、その者は一回のジャンプでここまで到達してしまった。


 グレートタングルは上空に逃げようとするが、片翼が上手く動かないので風に乗り切れない。


 その隙に放たれた鋭い蹴りが、グレートタングルの喉に命中。


 凄まじい衝撃とともに首がへし折れる!


 さらにその人物が片手を突き出すと爆炎が噴き出し、グレートタングルを一瞬で黒焦げにしてしまった。


 首を折られて焼かれたヒポタングルが、地面に落下していく。


 あれだけの怪我だ。まず助からないだろう。



―――「馬鹿な! 何が起こっている!? ありえぬ!」



 もう一頭のグレートタングルが驚いている間に、その人物が落下の途中で持っていた槍を投げつける。


 普通ならば、すでに蹴りと技を放ったあとかつ、落下しながら放った槍ではたいした威力にはならない。


 がしかし、腕の力だけで投げたにもかかわらず、剛速球のように唸りを上げながら槍は迫り、グレートタングルの腹に突き刺さる。


 手傷を負って高度が落ちたところに、地上にいる他の者たちから追撃の嵐。


 身体中に傷を負い、翼が破損したグレートタングルが落下。



―――「なんだ…こいつら……は」



 彼がそれ以上の思考をすることは許されなかった。


 地面に落ちた瞬間には、何人もの黄装束に取り囲まれており、一斉に突き出された武器によって串刺しにされていたからだ。


 そのままグレートタングルは絶命。


 強力な個体である上位種二頭が、あっという間に排除される結果になってしまった。



「やったのか?」



 集団の中で、もっとも身長が低い外套の人物が歩み寄ると、絶命したヒポタングルに手を当てる。


 他の者たちが黄色の外套なのに対し、その人物のものだけ『群青色』をしていることから、何かしら特別な存在なのかもしれない。



「危険です。まだ生きているかもしれません」



 一頭目のヒポタングルを倒し、二頭目にも槍を放った者が慌てて制止するが、その人物は手を離さなかった。



「どう見ても死んでいる。生物は死ねば動かない。怖れることはないんだぞ」


「『若』に何かあっては困ります。我らの役目は、何よりも若の安全なのです」


「お前の忠誠心は理解しているが、俺だってそれなりに強いんだ。余計な気遣いは無用だぞ。で、これはヒポタングルだな? ふむ、形からするとその上位種か。たしか温和で知能が高いと聞いていたが…」


「我らに手を出すとは愚か者です。所詮は薄汚い山の魔獣ということでしょう」


「同じ生命だ。人も魔獣もそこに違いはない。こうなってしまえば哀れなものだな…」



 その人物がフードを外すと、包帯でぐるぐる巻きにされた顔が出てきた。


 露出している部分は黒い髪と青い瞳だけだが、その様相から『少年』であることがうかがえる。


 そして、その瞳には深い同情心と哀しみの感情が宿っていた。死んだヒポタングルを悼んでいるのだ



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