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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
「翠清山死闘演義」編
350/618

350話 「敗軍の将 その1『勇者の闘い』」


 ハイザクはまだ諦めていない。


 自ら敵軍の先頭にいる錦王熊に歩み寄る。


 錦王熊も、熊神の王として悠然と立ち塞がる。


 でかい。


 大きさは破邪猿将よりも一回りは大きく、横幅もあるので威圧感は猿以上。しかも武装しており、傷一つない新品だ。


 一方のハイザクは、矛が折れて鎧もボロボロ。兜も失っており、所々から筋肉が丸見えになっている箇所もある。


 見た目からして今の両者の立場を如実に示していた。どう考えても人間側に勝ち目はないだろう。


 だが、だがしかし!




「んんん―――うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」




「ッ―――!」



 ハイザクの咆哮が突き抜けて、熊の軍勢に衝撃を与える。


 数の上でも兵の質でも熊が圧倒的優位であるにもかかわらず、思わず立ち竦んでしまうような力が、その声にはあったのだ。



 しょっぱなから―――『バイキング・ヴォーグ〈海王賊の流儀〉』!



 徹底抗戦の意思を固めたハイザクは、錦王熊に突進。


 両手にそれぞれ折れた矛を持って攻撃を仕掛ける。


 それを受ける錦王熊は、両手に持っていた大盾二つを前面で【合体】!


 この巨大な盾は二つで一組になっており、こうして結合することで前からの攻撃に対して完全防御が可能になっている。


 盾自体も若干湾曲した形となっていて、前方180度まではしっかりとカバーしているのが特徴だ。


 魔獣である熊が、ボクシングのビーカブー・ディフェンスのような構えをしている光景はなかなか滑稽だが、その強度は凄まじい。


 ハイザクの攻撃を―――ガッキンッ!


 真正面から受け止めて弾き返す。


 ハイザクは両手の矛で何度も攻撃。


 右から左、左から右とがむしゃらに力ずくで叩く!


 がしかし、巨大な盾はびくともせず、錦王熊もその場から一歩も動いていなかった。


 破邪猿将は攻撃の勢いを使ってハイザクのパワーを相殺していたが、錦王熊は単純な硬度と腕力で押し勝っている。


 その理由の一つは術式武具の強さと重さにもあるが、銀の粒子がまとわりつくことで、さらに強度が向上しているからである。


 錦王熊は蓄えている鉱物も特殊かつ、粒子も『銀鈴粒子』と呼ばれる通常種の上位版になっているため、ただでさえ固い防御力が何倍にも強化されているから厄介だ。


 ハイザクの攻撃は、錦王熊には通じない!


 何度叩こうが、すべて弾かれてしまう。



(駄目…なのか。ハイザク様でも…抜けられぬのか)



 ギンロたちは、この絶望的な状況でも戦うハイザクを応援することしかできなかった。


 これでもバイキング・ヴォーグの力によって力が湧き上がっているのだが、限界まで達した心身では前を向くだけで精一杯なのだ。


 応援できているだけましであり、それだけ限界に達していることを示していた。


 当然、ハイザクも戦い詰めで限界が近いことは同じだ。逆にこの状態で前に向かっていけること自体がおかしいのである。


 ハイザクは何度弾かれても前に向かい、矛で叩き続ける。


 だが、相手もただ黙っているだけではない。



 構えた大盾を地面を削りながら押し出し―――ゴリリリリ ドーーンッ!



 ハイザクを弾き飛ばす!


 それはゆっくり前にではなく、一気に急加速する形で迫ってきたため、ハイザクは防御もできずに顔面を強打。


 ビキッッ!と嫌な音をさせながら、真後ろに吹っ飛ぶ!


 これは『銀の飛弾』スキルを敵に放射するのではなく、盾に放射することで加速させる錦熊の習性の一つである。


 たとえばソリのように使って歩きにくい雪上を高速移動したり、体当たりで獲物を昏倒させて捕まえるのだ。


 そして、こちらも錦王熊のものは『銀鈴飛弾』と呼ばれる上位版であり、押し出す力が通常種の倍以上はある強力なぶちかましである。



「…ふー…ふーー!」



 ハイザクは果敢にも立ち上がるが、当たった箇所は赤黒く変色して血が流れていた。


 おそらくは額の骨にも亀裂が入っただろう。この強い肉体にダメージを与えたことからも恐るべき一撃であるといえる。


 せめて鎧があれば。兜が無事ならば。


 誰もがそう思うが、無いものは無いので仕方ない。


 それでもハイザクは矛を握って再び突進していく。


 その身を穂先に変えて、闘争心を柄に変えて、自身が矛になったように全身そのものをぶつけ続ける!


 そのたびに盾の突進で弾かれるが、何度でも立ち上がって挑み続ける。


 簡単に述べているが、これは普通のことではない。誰にでもできることではない。


 ハイザクだって痛い。ハイザクだって苦しい。


 筋肉が悲鳴を上げても動かし続ける苦痛は、常人だって理解できるはずだ。身体が上手く制御できない時に必死に耐えるのは、誰にだって不愉快だ。



「…はぁ…はぁ!! …ん」



 ハイザクは、天を見る。


 同じ空なのに海から見えるものとは趣が違う。


 山はより空が近く、まるで自分が吸い込まれそうなほどに大きくて美しい。


 それと比べて、自分たちはいったいなんなのか。


 小さなことで争い、殺し合っている。本当ならば、こんなことはやめて一緒に静かに暮らしたい。それが自然が望むことのはずだ。


 しかし、時代がそれを許してくれない。


 この混沌とした世界を正すのは、【武】。


 闘争でしか語り合うことができないのならば、彼はそれを受け入れる。


 もはや、迷いは―――ない!



「ううううう―――ぉおおおおおおおおお!」



 ハイザクの身体から膨大な『闘気』が生まれて、身体が灼熱の赤に包まれる。


 その量は破邪猿将と戦っていた時よりも多く、質量も数段上のものであった。


 それを熊の大盾に向かって、叩きつける!!


 矛にまとわせて叩き、拳にまとわせてぶん殴り、足にまとわせて蹴る!


 普通の思考回路ならば「後ろに回り込めばいいんじゃね?」と思うかもしれないが、ハイザクにそんな考えはない。


 そもそもそんな小細工を弄したところで、錦王熊は回転して簡単に対応してくるだろう。アンシュラオンくらいの速度がなければ土台無理な話だ。


 それ以前に、これは『将 対 将』の戦いであり、隊の生死を決めるための闘争だ。


 燃える、燃える、燃える!!


 ハイザクの闘気が渦巻いて上昇していく!


 その渾身の一撃が―――ドシュ!!



「…?」



 何かが『灼けて抉れる』音と、今までとは異なる感触に錦王熊が怪訝そうな表情を浮かべた。


 その音はハイザクが攻撃するたびに発生するので、気になって仕方がない。


 完全ガードをしている間は、前が見えないという致命的な弱点があるため、何が起こっているのかわからないのだ。


 ならば、教えよう。


 それは、それは―――!



「んんん―――おおおおおおおおおおお!」



 盾と盾の結合部に『隙間』が生まれると、そこにハイザクの手が入り込む。


 馬鹿な。


 隙間など存在しない。


 みっちりがっしり閉じるはずだ。


 そんな錦王熊の困惑を無視して、手はどんどん隙間を広げていき、もう一本の手が入り込むスペースが生まれる。


 盾が―――【溶けて】いる!


 ハイザクの灼熱の闘気の出力があまりに強く、そのせいで術式武具が溶解しつつあるのだ。


 この盾は今回の戦が始まる前に、ディムレガンに作らせた武具ではあったが、テストした段階では問題なく性能を発揮していたはずだ。


 錦王熊自身も満足した逸品である。


 それが、それが―――ガバッ!


 ハイザクが強引に盾を押し広げて、中に入ってきた。


 そのうえ、いまだ信じられないといった表情の錦王熊の前で、右手に膨大な闘気を集めているではないか。



「ッ―――!! ガオ゛ッ!?」



 こんなことは前代未聞。


 どう対応してよいのかわからず、右往左往する。



「…んっ―――おおおおおおおおお!」



 そこに十分に力を溜めた一撃が炸裂!!


 叩きつけられた拳が腹に命中すると同時に、闘気が激流のように噴き出して錦王熊を包み込む。


 まるで、マグマの海。


 ガイゾックがアンシュラオンに放った渾身の一撃を彷彿させる、海の男の熱い拳であった。


 その闘気の渦は甲冑を溶解させ、錦王熊を宙に押し上げながら回転を続ける。


 あまりの出力に、力が行き場を失って暴走しているのだ。


 もしこれを上手く制御できれば、ガイゾックが使った覇王技、『渦旋闘気流かせんとうきりゅう』になっていただろう。


 出力は父親と同レベルでも、扱いはまだまだ未熟であった。


 がしかし、こんな闘気を受ければ、ただでは済まない。


 大地に叩きつけられた錦王熊の身体は焼け焦げ、綺麗な銀色の体毛も黒く煤けていた。盾と鎧の一部も見事に溶解してしまっている。


 この結果に、その場にいた誰もが動けない。


 人間も熊も完全に硬直。


 その隙にハイザクは倒れた錦王熊を無視して、背後の群れの中に飛び込む!


 そこでも大暴れ。


 溢れ出る闘気の前では銀盾も簡単に破壊され、錦熊の精鋭たちを蹴散らしていく。


 ギンロの瞳に映る英雄は、まったく諦めていない。


 彼は、生きることを望んでいる!!



(なんと…! 信じられぬ…信じられぬ! あの御方の才覚はこれほどなのか! いや、そうではない。抱く心持ちが我々とは違うのだ!!)



 武においては、三兄弟随一。


 否。


 ガイゾックすら上回る力を秘めている若き英雄であり、どんな劣勢でも立ち向かう『勇者』の資質を持っている男だ。


 これで奮い立たない者など、いない!



「ハイザク様に続け! 突撃を仕掛ける!」



 そこにギンロたちも突っ込み、敵陣に穴をあけようと援護を続ける。


 ハイザクのような強さはないが勇気はもらえる。戦う意思は伝わる。


 海賊たちは、自らの誇りをかけて懸命に立ち向かう!


 あと少し! もう少し!


 この絶望の状況で生まれた希望を手繰り寄せようと、全身全霊の力で戦っていた。


 しかしながら、この錦熊たちには特殊な能力がある。



「じいちゃん! 倒したやつが立ち上がってきたよ!」


「これは…まさか傷が治っているのか!?」



 まだ無事な錦熊から銀の粒子が放出されると、ダメージを受けた錦熊が吸収することで傷が癒えていく。


 ハイザクの闘気によって致命的な火傷を負った個体も、それによってかろうじて動けるくらいにまで回復してしまった。


 昏倒した個体も吸い込んだ直後に目を覚ましたことから、この粒子には『バッドステータス回復』の効果もあることがわかる。


 『ローム・グレイズリー〈銀盾錦熊〉』が、なぜ翠清山の三大魔獣に数えられているかといえば、この特殊能力があるからだ。


 驚異的な耐久力と回復力のおかげで、空を飛び術式も操るヒポタングルと、武具を扱うグラヌマと同等の地位に登り詰めることができていた。


 そして当然、通常種でさえこれならば、その王である『セレプローム・グレイズリー 〈銀盾錦王熊〉』もまたしかり。


 他の個体よりも遥かに強い銀の粒子、『銀鈴粒子』を吸い込むことで怪我の回復と闘気の火傷を治療。


 これは肉体にしか作用しないため、溶解した武具はそのままだが、ほぼ万全の状態に回復してしまう。


 錦王熊は、立ち上がると同時に突進!


 ハイザクに向かっていき、大盾を使って潰そうとする。


 さきほどと異なるのは、それを他の錦熊が『銀盾』を使って支えたことだろう。


 それによってハイザクは挟まれる形になり、衝撃を完全に吸収しきれず、全身の骨にヒビが入った。



「っ…」



 いきなりの不意打ちに、さすがの彼も動きが止まる。


 そこにもう一発、強烈なぶちかまし!


 この攻撃に対しても、周囲の熊が連動して盾を使ってハイザクの動きを阻害するため、まともに攻撃を受けてしまう。


 これでハイザクは吐血。


 おそらくは内臓にもダメージが通ったはずだ。



(くっ! さすがに一騎討ちはさせてくれぬ! グラヌマの王が特別だったということか!)



 熊は一騎討ちにこだわりを持ってはいない。


 その理由は、ヒポタングルのような理念があるわけではなく、単純に『頭があまり良くないから』である。


 人喰い熊を見てもわかるように彼らは本能に忠実だ。目の前に敵がいたら倒すし、獲物がいたら狩る。


 自身の力は群れの中で示せればよく、敵に対して示す必要性はない。


 たまたま先頭に錦王熊がいて戦闘状態に入っただけで、他の熊はリーダーの獲物を横取りしないようにしていただけなのだ。


 それもこんな乱戦に突入してしまえば、もはや関係ない。早い者勝ちといわんばかりに錦熊たちが集団で襲いかかってくる。


 彼らの獲物の狩り方は、何十頭で一体の獲物を囲んで―――盾で潰す!



「こ、こんなの…どうすれば―――ぎゃっ!! く、くそがあああ―――ぐあぁあっ! こ、こ……の…―――がびゃっ!?」



 囲まれて逃げ場がなくなった海兵に、熊が何度も盾で激突してくる。


 そこまでスペースがあるわけではないが、『銀の飛弾』の力を上手く使って加速することで、短距離でも相当な威力の打撃を与えることができるのだ。


 一回目で鎧が完全に破壊され、二回目で骨が砕け、三回目で肉が裂ける。


 そして、四回目の激突で肉体が破砕され、血を噴き出しながらバラバラに弾け飛ぶ。なんとも凄惨な狩猟法であった。



「こ、こいつら、喰ってやがる!」



 そのうえ砕け散った海兵に熊たちが集まり、死肉を貪っている。


 錦熊は肉食寄りの雑食で果物や木の実も食べるが、基本的には『クロックホーン〈駆崖闘鹿〉』といった草食動物を好んで狩る。


 その際にもぐちゃぐちゃのミンチにして、みんなで仲良く分けて食べる習性があった。(人喰い熊も分け合っていたので熊自体の習性かもしれない)


 グラヌマは人間を食さないので忘れていたが、混成軍が苦慮したように魔獣の中には人間を餌にする種族がいる。


 ここにきて最悪の敵。


 圧倒的に不利な状態でせっかく勇気を振り絞ったのに、負けたら喰われるという恐怖心が海兵に芽生えてしまったのだ。




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