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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
「翠清山死闘演義」編
348/618

348話 「崩壊の序曲 その3『犠牲』」


 しかしその時。


 誰よりも大きな体躯をした者が熊に飛び込み、折れて半分になった矛を振る。


 その一撃は錦熊の盾を破壊し、そのまま身体をぶっ叩いて弾き飛ばす!


 あの大きくて重い熊が、いとも簡単に飛んでいく姿に誰もが目を奪われた。



「…ん!」



 それはもちろん、ハイザク。


 彼は守られることをよしとせず、自ら最前線に出て立ち向かう。


 破邪猿将との戦いでかなりの傷を負っているが、いまだに戦う意思は萎えない。


 銀の飛弾を受けても踏みとどまり、突進しては敵を薙ぎ払って道を作る。


 何一つ変わらない。どんな状況でも変わらない。


 彼はまだ―――戦える!!



(おおぉお…ハイザク様、やはりあなたは海賊のかしらの資質を持っておられる! わしらに希望を与えてくださる御方よ!)



「何をしておる! ハイザク様に続け! わしらのおかしらが戦っておるのじゃぞ!! 行かぬのならば、わしが行くぞ! うおおおおおおおおおお!」


「じいちゃん!? ちっ、年寄りに無理させてたまるかよ! お前ら、いくぞおおおおおおおおおお!」



 ハイザクの勇気に鼓舞され、イスヒロミースが息を吹き返す。


 上手く熊との乱戦に持ち込み空からの攻撃を封じ、ハイザクがあけた穴に飛び込みながら死中に活を求める!


 戦う、戦う、戦う!


 彼らはひたすら突撃を繰り返す!


 何度弾かれても立ち向かい、相手が根負けするまで戦い続ける。


 これは撤退ではない。後ろへの前進だ!!


 詭弁に聞こえるだろうが、それでいい。そう思っていれば力も出る。


 そうしてなんとか熊の包囲網を突破することに成功。空からの攻撃を防ぐために深い森に自ら飛び込んでいった。



―――「マスカリオン、『標的』が逃げたぞ」


―――「無理に追うことはない。空は我らが制しているのだ。すぐに見つかる」


―――「そうだな。【狩り】がすぐに終わってもつまらぬからな」


―――「人間は我らを駆逐するつもりだったのだろうが、それこそ愚かなことだ。狩るのは我らのほうよ」



 マスカリオンは、沈みゆく太陽を見つめながら勝利を確信する。


 三大魔獣が結集した以上、第二海軍の未来は決まっているのだ。


 そもそもこの戦いが始まる前から魔獣側の勝利は確定していた。海軍の動きもその内情も、すべての情報を集めていたからだ。


 ただし、ギンロの読み通り、この戦略は彼らが練ったものではない。



(人間の世情に疎い我らだけではできなかった。怪しげな連中の力も借りてようやく成せたこと。しかし、やらねばやられる。人間を駆逐するしか我らに未来はないのだ。もはやどちらかが死滅するまで戦いは終わらぬ)



 猿と鳥と熊による追撃は夜中も続き、山脈は血に染まった。


 海兵の死者、約3800。


 猿との戦いによって死んだ1300を加えて、5100名。


 魔獣側にも多大な被害は出たものの、第二海軍にとっては損害が60%を超える大敗北となってしまった。


 この日から人間と魔獣の力関係は完全に逆転することになる。





  ∞†∞†∞





 侵攻開始、四十九日目、早朝。


 アンシュラオンたちが要塞を制圧した翌日。


 ハイザクたちは夜通しで敗走を続けていた。


 時折休息を取るのだが、そのたびに魔獣の追撃を受けるので、ほとんど休む暇なく戦闘と移動を繰り返す羽目になる。


 追撃を受ければ被害も出る。海兵たちも少しずつ減っていき、今のイスヒロミースは総勢五百にも満たない集団になっていた。



「休息じゃ。これ以上はもたぬ」



 ギンロが何度目かの休息を命じると、疲れきった海兵たちが地面に転がる。


 あれだけ精強だった兵も疲労と怪我によって見る影もない。どんなに強くても長期間戦い続けることはできないのだ。


 アンシュラオンが常々言っている『継戦力』が、いかに大事かがわかるだろう。彼が常に余力を持つのは賢い生存戦略であり、それができるからこそ強者たりえる。


 ギンロも疲れた身体を木に押しつけながら、また思考の沼に落ちていく。



(とどまっていれば全員やられていた。あそこで撤退は正しい判断じゃった。しかし、敵のほうが一枚も二枚も上手だったか。せめてグラス・ギース軍がヒポタングルを引き付けてくれれば……いや、いまさらそんなことは詮無きこと。これはハピ・クジュネが覇権を握るための戦いなのだ。戦いだった…のだ)



 もしグラス・ギース軍が山に入り、ヒポタングルを引き付けていれば結果は変わったかもしれない。


 だが、それ以前にハピ・クジュネは単独で事を成そうとした『野心』があった。できれば利益を独占したいと願ったからこその行動であり、それが完全に裏目に出た形となる。


 今になって悔いても遅いが、それでも時間があれば何度もシミュレートしてしまう。


 これも「たられば」になるが、三大魔獣がいたとて連携が取れていないバラバラの状態だったならば、海軍が勝つ可能性が高かったのだ。


 事実ハイザクは破邪猿将に勝っていた。軍全体から見ても勝利は間違いなかったし、対立状態が維持されていれば、マスカリオンが来ても助けることはしなかったかもしれない。


 だが、負けた。


 どんな言い訳や弁明をしても敗者は敗者。負けたことは変わらない。



「じいちゃん、俺らはどこまで行けばいい?」


「ジンロか。休んでいなくてよいのか?」


「どうせまた敵が来る。それならば緊張の糸を緩めないほうがいいさ。で、どこまで行けば俺らは負けないで済む?」



 ジンロの目には、まだ光があった。


 それが言葉にも表れている。



(この状況でも諦めぬか。孫に教わるとは、わしもまだまだ未熟よ。そうじゃ、負けていない。勝てずとも負けなければよいのだ)



 孫の言葉を受けて、ギンロの頭はようやく沼から脱出。


 思考も前向きになっていく。



「おそらく敵は、すでに補給路を潰しておるじゃろう。前に作った拠点も襲われている可能性が高い」


「へっ、最初から俺たちを閉じ込めるつもりだったってか。上手くはめやがったな。拠点に戻れないのならばどうするんだ? じいちゃんのことだ。まだ策はあるんだろう?」


「熊神がここにいるということは、スザク様たちは無事だということじゃ。混成軍のほうも戦力を残しておるはずよ。まずは他の二軍との合流を果たす」


「じゃあ、向かうのは東か?」


「うむ。翠清山の中央に『清翔湖せいしょうこ』という湖がある。そこがスザク様との合流地点じゃ」


「合流地点って…伝書鳩は使えないんだろう? どうやって知らせるんだ?」


「我らが失敗した際は、そこで合流すると作戦前に決めておるのだ。スザク様は聡明な御方よ。熊神の姿がないとわかれば、すぐに向かってくださるはずじゃ」


「そうか。あの若様なら信じてもよさそうだ。だが、第三海軍と合流しても勝てるのか? 俺たちがこのざまじゃ、真正面から戦っても勝ち目がないぜ」


「ハイザク様がご無事ならば、力を合わせることで少なくとも撤退はできる。混成軍にはホワイトハンターもおるのだ。けっして勝算がない策ではなかろう」


「撤退…か。嫌な言葉だな」


「ハピ・クジュネは負けておらぬ。都市にはガイゾック様とライザック様もおられるのだ。挽回のチャンスは必ず来る」


「…しゃあねえな。こうなったら何を利用しても生き延びるしかねえか。でもよ、そうなると他の連中は見捨てないといけないのか…つれぇな」


「………」



 ギンロは何も答えられない。


 ここにいないおよそ二千五百弱の海兵は、それぞれの判断で撤退を開始している。彼らはひとまず拠点を目指すだろう。


 しかし、そこには敵が待ち受けている可能性が高い。ヒポタングルまで先回りしていたら終わりだ。


 離れた彼らに清翔湖までの道のりを示すことは不可能であり、狼煙を使えばこちらの位置が敵にバレてしまう。


 こうなれば、逆に『囮』として使うしかない。


 彼らが犠牲になっている間にハイザクたちが離脱する。つまりは見殺しにするのだ。



(わしらにできることは、できるだけ早くスザク様と合流することだけじゃ。当然、逃げ帰れたとしてもそしりを免れまい。その際はわしが全責任を取る。そのためにも生き延びねばならぬ)



 ギンロたちは、わずかな時間だけ休憩して出立。


 目指す場所が決まったおかげで海兵たちにも気力が湧いてきた。


 まだこの山には友軍がいる。スザクがいる。アンシュラオンがいる。それだけでも立ち向かう意味はあるのだ。


 そうして昼過ぎまで移動し、なんとか三袁峰の終わりが見えてきた時だった。



「敵襲だ! 追手が来たぞ!」



 背後から声が上がる。


 やってきたのは森での機動力に優れる猿であった。


 上空にはヒポタングルたちの姿も見える。



「小隊ごとに分かれて応戦! 固まるでないぞ!」



 上からの集中砲火を避けるために細かく分かれて対応を開始。


 猿はグラヌマではなく眷属たちであったため、親衛隊はかろうじて撃破することができた。


 ただし、やはり数が多い。


 敵側もここが勝負所と考えているのだろう。倒しても倒しても次々と大量の魔獣が投入されて囲まれてしまう。



(こんなところで消耗している場合ではない。まだ先は長いのだぞ!)



 こちらは補給物資も乏しく、手持ちの武具も少しずつだが確実に損耗している。


 食料は魔獣を食べる手もあるのでなんとかなるが、備品だけはどうしようもない。



(清翔湖まで行ければ…ライザック様が用意してくれた『武器庫』にまで到達できれば、まだ可能性はあるのだ)



 ギンロにもディムレガンの裏事情は伝わっているので、万一はそこが最後の拠り所になることも知っていた。


 残念ながら機密であり他の者には話せないが、まだ希望はある。


 だが、そこにたどり着けねば意味がない。


 こちらが必死に希望を手繰り寄せようとしても、敵は容赦なく包囲網を敷いてくる。このままでは押し負けてしまうだろう。



「しょうがねぇ…しょうがねえよな。これはしょうがねえ」



 その時、ジンロが呟きながら前に出た。



「俺が残って食い止める。じいちゃんたちは先に行ってくれ」


「お前…まさか! 駄目じゃ! 残るのならばわしが残る!」


「何を言ってんだよ。じいちゃんがいないとハイザク様の言葉が周りに伝わらないだろう。副官は最後まで大将の傍にいないとな」


「ジンロ……」


「まだ希望はあるんだろう? それを潰すわけにはいかねえよ」



 ジンロの目に覚悟の光が灯る。


 現状でできる最善の策は、ひたすら『捨てがまり』を続けることだけ。犠牲を出し続けることだけ。


 それが孫であっても軍人である以上は、決断しなければならない時がある。


 ギンロも軍人だ。孫の覚悟を踏みにじるわけにはいかない。



「…わかった。頼む」


「ああ、頼まれたぜ。ほかに俺についてくるやつはいるか!」


「隊長、お供しますぜ」


「ああ、俺らしかいないだろう。付き合うさ」


「よくぞ言った!! お前ら、覚悟はいいな! これが本当に最期の戦いだ! 気合を入れろよ!!」


「おおおおおおおお!」



 ジンロの戦気が激しく燃える!


 生命の危機を感じた時、武人の炎は一番強く、そして美しく輝く。


 それが戦うために生まれた存在の哀しい宿命なのだ。



「突撃ぃいいいいいいいいい!」



 ジンロ隊が敵に突っ込んでいき、猿たちを薙ぎ払う。


 その苛烈な戦い方に気圧されたのか敵の包囲網が緩んだ。


 そこを見逃すギンロではない。



「ハイザク様、参りましょう!」


「………」


「孫は立派になりました。最期まで誇り高い武人でいさせてください」


「………」



 言葉は発しなかったが、ハイザクはジンロが向かった方向とは逆に走り出す。


 そこにいた猿たちを蹴散らし、ギンロたちを引き連れて撤退していく。


 これが将の務め。仲間の志を継ぐ者の役割なのだ。



「ジンロぉおおおおお!」



 最後にサンロが叫ぶ。


 ジンロは一回だけ振り返って軽くガッツポーズ。その表情は笑顔だった。


 それから再び向き直ると、烈火の如く猿の群れに突っ込んでいく。


 ジンロ隊の戦いは凄まじく、百人にも満たないわずかな寡兵で次々と猿たちの屍を生み出す。


 ジンロも残された力を使い、猿を殴り飛ばし、ボロボロになった斧で叩き潰し、引っ掻かれて傷を負いながらも戦うことをやめなかった。



(俺は、俺は生きる! 最期の瞬間まで戦い続ける!!)



 ジンロの『血が燃える』。


 これが最期だと悟った瞬間、信じられない力が身体に満ちて、全力以上のパワーを出して暴れ回る。


 以前リンウートが引き起こした『オーバーロード〈血の沸騰〉』がジンロにも起きているのだ。


 こうなれば勝っても負けても死しかない。


 数百秒後には間違いなく死ぬが、それまで一匹でも多く道連れにする。ただそれだけの想いで戦い続ける。



「うおおおおおおおおおおお!」



 彼が突き進んだ道には、数千の猿の死骸が転がっていた。


 その顔は恐怖に引きつっており、ジンロの攻撃がいかに苛烈だったかがうかがい知れる。


 だが、そんな彼の上空に銀色の翼が輝いた。


 空から術式が襲いかかり、ジンロの身体を切り刻んで大量出血。



「くそがああああああああ! 降りてこいやあああああ!」


「………」


「どうした鳥河馬野郎! 俺が怖いのかぁあああ! 勝負しろやああああ!」



 マスカリオンの瞳は、ただただ冷静で無情だった。


 ジンロが何度挑発しても誘いには乗らない。



「ちっ…つまらねぇ…やろうだぜ。はぁはぁ…」



 直後、新たな猿の群れがジンロに襲いかかる。


 何度も殴り、噛みつき、これでもかと彼の自慢の筋肉を傷つけていくが、ジンロは倒れずに戦い続けた。


 文字通りその身が千切れても、身体が動く限りは攻撃をやめない。


 腕が使えずとも猿の顔面を頭突きで破壊し、身体そのものをぶつけて破砕しようとする。これではどちらが魔獣かわからないほどだ。


 しかし、限界はやってくる。



「ごぼっ…げほっ…! 身体が灼ける…ようだ……!!」



 血の沸騰が臨界に達して因子が崩壊を開始。


 激しく吐血し、全身に衝撃が走って動けなくなる。



「オワリだ…ニンゲン」



 その時を待っていたマスカリオンが急降下。


 『覇鷹爪』を繰り出して背中を深く切り裂き、背骨を断ち切る!



「がっ……っっ……こ……のっ」



 そんな状態でも殴りかかろうとしたところに、グレートタングルたちも多数舞い降りて、ジンロに爪を突き立てて引き裂く。


 溢れる血。こぼれる臓物。削げ落ちる筋肉。


 喉が潰されて声も出ず、目からも光が消えていく。



(ここまで…かよ。ああ、もう一度海が…見てぇなぁ…。勝って凱旋したかった…よなぁ)



 そして、彼は動かなくなった。


 隊長を失ったジンロ隊も時間の経過とともに勢いを失っていき、彼同様に動かなくなっていく。


 そこに残ったのは、ただただ無残な屍のみ。


 敵味方双方の血で出来た、忌まわしい血の沼であった。



「意外と手間取った。粘るものだ」



 爪に付着した血を風で飛ばしながら、グレートタングルがマスカリオンに話しかける。



「人間は強い。死を覚悟した個体は特にな。そんな命知らずな連中と無理にやり合うことはない。弱らせて確実に殺せばいい」


「こうなることはわかっていただろうに。自ら死ぬために山にやってくるとは愚かな者たちだ。逃げたやつを追撃するか?」


「これ以上の血の臭いは我慢の限界だ。我らは監視だけすればよい。『やつ』に獲物を取っておかねば、あとでうるさい」


「了解した」



 マスカリオンたちは上昇。


 引き続きハイザクたちの監視に戻る。


 しかし、あまりに凄惨な戦いとむせかえる血の臭いに、さすがのマスカリオンも嫌悪感を抱く。


 ヒポタングル自体は清浄な水を好む種族であり、もともとは好戦的ではないのだ。


 人間が彼らを追い詰めなければ、このような惨劇も起きなかっただろう。



(我らは勝つ。人間を滅ぼしてでも勝つ。…スザク、お前が抱く理想など幻想にすぎぬのだ)



 ハイザク隊の生き残り、約350人。


 はたして彼らは生き延びられるのだろうか。




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