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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
「翠清山死闘演義」編
338/619

338話 「昔のボクと今のボク」


「は?」


「だから、魔dk●じゅ×あlだl」


「今なんて?」


「あー、やっぱり駄目か。からかっているわけじゃないよ。これは『スペル・ギアス〈言論統制〉』。不適切な発言には自動的にモザイク処理が施されるのさ。キミはまだ、ボクのことを知るべき時じゃないってことだ」


「スペル・ギアス? そんなものまであるのか。だが、それならばなぜ、オレの前に出てきた?」


「キミに会いたかったからさ。ただ、表立っては動けない立場でもあるから、こんな面倒なことをしている。信じてくれないかもしれないけど、ボクは敵じゃない」


「味方でもないだろう」


「あははは、そうだね。ボクたちは慣れ合う関係じゃない。でも、ちょっとは興味を持ってくれないと寂しいな。ここまでされたら、ボク…またキミのことが好きになっちゃうよ」


「オレは死ぬほど嫌いだがな」


「ボクは、ずっとずっと前からキミだけを一途に想い続けてきたのに。実はね、この『観測実現』という能力は、【キミに見てもらいたい欲求】が形になったものなんだ」



 かつての『彼』に見てもらいたい。振り向いてもらいたい。


 その欲求が消えない彼女に女神が与えたものこそ、見られることで願望が実現する不思議な力だった。


 彼女はこの力を使って『影の王』になりえたが、その目的が『彼』だけに集約されていることは前世と変わらない。



「単純な動機のわりに物騒な能力だ」


「キミが『姉さん』のことが忘れられなくて、年上から愛される変な能力を得たことと同じじゃないかな?」


「………」


「ボクたちの前の人生は、一瞬の激動と、その反動から生まれた長い無気力によって成り立っていた。キミもあの事件後は、ただただ無為に過ごしていたね。あれから六十年もの間、たった独りで静かに暮らしていた。それはボクも同じさ」



 誰もが十年に及ぶ戦いの爪痕に苦しんでいた。


 かつての『彼』も『彼女』も、その後に訪れた平凡な人生に馴染めなかった。


 何をやっても楽しめず、何をしても意味を見い出せず、子供も作らずに、恋愛さえせずに、無気力に生きるだけの人生だった。



「ボクたちの出会いと人生は、いったい何だった―――」


「あっ」


「…え?」


「ぼさぼさの髪の毛に、眼鏡」


「な、何の話?」


「頬にホクロがあって…身長は小さくて……巨乳だ!!」


「え? …え!?」


「そういえば、いたな。いつもコソコソとしていた女が。あれがお前か」


「…嘘……どうし…て……」


「男女で宿舎と教室が分かれていたから、そんなに見たわけじゃないが、オレが巨乳を忘れるものか。ほら、前の姿を見せてみろ。影で作れるだろう?」


「う、うん」



 少女は言われるがままに、かつての『彼女』の姿を生み出す。


 今述べたようにボサボサの黒髪に眼鏡で巨乳の少女だ。その容姿からも陰鬱そうな雰囲気が滲み出ている。


 それを見たアンシュラオンは、手を叩きながら頷く。



「そうだ、これだ! いたいた! こんなやつ、いたよ!」



 なかなか失礼な発言であるが、言われた当人は目を丸くして驚く。



「本当に…覚えているの? キミに見られていたなんて…知らなかった。ただでさえ存在感がなかったのに…」


「お前な、自分がどれだけ美人か知らなかっただろう? どんなに隠しても本当に綺麗なやつはわかるんだ。視界に少しでも入れば忘れないさ」


「き、綺麗!? ボクが!?」


「磨けば光った。それは間違いない。オレは女のことで嘘は言わない」


「………」


「初めて素が出たな。そっちのほうが可愛いぞ」


「かわいいっ…! うそっ…!?! あっ……ううっ!」



 少女は激しく動揺。


 今までの余裕が消え失せた姿は、見た目通りの若い女の子そのものだった。


 それは、かつての『彼女の個性』が全面に出てきたせいでもある。


 内気で恥ずかしがり屋で、常に人の影に隠れて生きてきた少女。


 ただし、頭は非常に良くて情報収集能力が極めて高かったことから、極秘諜報機関に配属されたほどの逸材。


 その秘匿性ゆえに同期生にさえ、どこに行ったのかも知らされることはなく、誰からも興味を持たれずに消えた少女。


 そんな少女のことをアンシュラオンは思い出す。



「退役後もオレの人生をずっと見ていたのか?」


「…うん。ボクが…動けなくなるまで。キミが…初老の頃まで…」


「どうして来なかった?」


「へ?」


「お前も独り身だったんだろう? なんで会いに来なかった? 戦争も終わっていたし、やましいことを隠している連中なんてゴロゴロしていた。会いに来てもよかったはずだ」


「…それは……恥ずかしかった…から」


「なんで恥ずかしがる。オレのことが好きだったんだよな?」


「す、好き……好き……でした」


「不器用なやつだな。会いに来れば、オレはお前を拒まなかったぞ」


「―――っ!?!?!」


「そんなに驚くことか? お互いに独り身のうえに、オレたちは同じような境遇だったはずだ。傷を舐め合うことくらいはできたさ。そうすれば子供だって作れたかもしれない」


「こ、子供!? そ、それはその…男女の関係…ってこと?」


「当然だろう。それをお前はコソコソとしやがって。だからストーカーなんて呼ばれるんだ」


「だって…恥ずかしかったから……傷もあったし…」


「やれやれだな。性格が極端すぎる。まあ、終わったことはいい。で、今はどうなんだ?」


「今?」


「オレのことがまだ好きなのか?」


「い、今は!! 今はもっと好き!! あ、愛している…から。愛して…います。キミを…キミだけを…」


「そうか。それならしょうがない」



 アンシュラオンが、『人間のままの右目』に優しい光を灯しながら手を伸ばす。




―――「オレと一緒に来い」




「―――っ!!」


「お前もオレの女にしてやる。それなら問題ないだろう?」


「あ……ぁ……あぅ……ぁ……」


「どんなに性格がねじ曲がっていようが、やばい能力を持っていようが関係ない。オレのものになれ。それで万事解決だ。今までのことも全部水に流してやる」


「そんな…こと…言われたら……ボクは…。ああ、女神様……ボクは……」



 少女の目から涙がこぼれる。


 今まで何度も泣いたことはあるが、嬉しくて泣くのは初めてだ。


 胸がじんわりと温かくなって、優しい気持ちが滲み出て、光が影を切り裂きそうになる。


 しかし、少女は嗚咽を漏らしながらも胸を押さえて、首を振る。



「キミはずるい。ボクがそうできないことを知っていて、そんなことを言うんだ。やっぱりずるい。ずるい!」


「オレは本心を述べているだけだ。本音で語っているだけだ。ならば、お前も本音で話せ」


「行きたい…キミと一緒に生きたい。もしこうなる前だったならば…それができたかもしれないのに。ボクは宿命が憎い。螺旋が憎い」


「そんなもの、いらない」


「世界には必要なんだ」


「愛のほうが大事だ。捨てろ」


「これも愛のためなんだ」


「お前の愛じゃない」


「でも、キミの愛のためなんだ」


「他人のことを考えるな。自分のことだけを考えろ。オレはそうしている」


「日本人らしくない日本人だね。新しい日本人というべきかな」


「大日本帝国のことも忘れろ。今のオレたちは違う世界にいる。他者のために自己を犠牲にする生き方は美しいが、そろそろ新しい生き方をすべきだ。それによって前の人生では多くを失った。もう二度と…オレは失わない」


「違うよ、アンシュラオン。ここがボクたちの世界だ」


「…?」


「駄目だ。これ以上キミといると…ボクはすべてを放り出したくなってしまう。ただただ一人の女として一緒にいたくなってしまう。それはいけないことなんだ」


「そうやって自分で壁を作るのは悪い癖だ。そんなものはオレが壊してやる。魔人の力ってのは、そういうものなんだろう?」


「ま、待って…! 今は駄目だよ!」


「死ぬまで婚期を逃し続けた女が言う台詞か。お前が来ないのならば、オレから行くぞ」


「キミは本当に…変わらないんだね。…ねえ。あの時、もし勇気を持って会いに行っていたら…幸せになれたかな? キミと結婚して、子供を作って…幸せに……」


「なれたさ。今だってなれる」


「…そっか」



 少女は涙を拭いながら、愛の言葉を噛み締める。



「その言葉だけで十分だ。十分だよ」


「また逃げるつもりか?」


「苛めないでよ。ボクには役目があるんだ。それを放り出すことは、もうできない。『この存在』と同一になってしまったからにはね」


「納得できないな。どういう状況か教えろ」


「ギアスがあるからすべては語れない。ボクがここに来たのは、キミが宿命を受け入れているかを知りたかったからだ。そうじゃないと先に進めないからね。本当にたいしたものだよ。魔人因子をそれだけ覚醒させても自我を保っている。前世は無駄じゃなかったってことだ」


「はっきり言うぞ。オレはそんなものには興味がない」


「でも、【姉】には興味があるよね?」


「姉ちゃんとどういう関係だ?」


「キミと同じさ。敵でも味方でもない。単なる仕事仲間と思ってくれていいよ」


「姉ちゃんに仕事なんてあるのか? というか仕事ができるのか? 自分じゃ何もしない自堕落な人だぞ?」


「ははは、キミが関わらなければ彼女はまともだよ」


「そう…なのか。生まれた時からずっとあんな感じだから、それ以外の姉ちゃんを知らないんだよなぁ」


「羨ましいよ。キミとそれだけ深い仲ってことだからね」


「姉弟だから当然だ」


「彼女の存在は、これからのキミの行動にも大きな影響を与えるはずさ。逆にキミの行動も彼女に多大な影響を与えるだろう。引き続き魔獣退治をがんばってよ。ボクたちはこれで消えるとするから」


「お前は翠清山とは関係がないのか?」


「100%関係ないとは言わないけど、ほとんど関係ないね。ここを選んだのは、最悪の場合の被害を最小限にするためさ。もしキミの制御が利かなかったら大勢の生物が死に絶えていたはずだ。キミの愛するあの少女でさえ、自らの手で殺していただろうね」


「っ…オレはサナを殺さない!」


「ボクもあの子みたいに、キミの好みに染まれるようにがんばるよ。じゃあね。また会おう」


「待て。名前くらいは教えろ。ギアスに引っ掛からないやつだ」


「【ジ・オウン〈大我の中の自我〉】。この世界ではそう呼ばれている」


「変な名前だな。呼びにくいぞ」


「しょうがないよ。ボクが決めたわけじゃないし」


「じゃあ、『刻葉ときば』でもいいだろう」


「っ……それは…ずるいよ、アンシュラオン。じゃあボクも…」


「そっちは駄目だ」


「なんで?」


「あいつは死んだ。あれはオレであってオレじゃない」


「ボクだけじゃ不公平じゃないか」


「お前が自分自身を忘れないためだ。よくわからんが、そっちはかなり特殊な状態になっているようだな。だからこそ、その名前で呼ぶ。オレにとっては何も変わらない、あの時と同じ女だからな」


「…うん。キミがそうしたいのならば」


「今度は正面から会いに来い」


「横からじゃ駄目?」


「駄目だ。前から来い」


「…わかった。また時が来たら会おう。約束だよ?」


「ああ、約束だ」


「今度は忘れないでね」


「一度見た女は忘れない。年上じゃなくてもな」



 無限の世界が萎んでいき、平衡感覚がなくなっていく。


 グラグラくらくらと世界が回る中で、魔人はアンシュラオンへと戻っていった。


 彼が元の次元に戻るのを見つめながら、ジ・オウンは転移。


 空間にワームホールを生み出すと、真っ暗な空に出る。


 下には多様な輝きを放つ地上がある。星の成層圏に出たのだ。



「ホルスエンジュ〈大深空の赤翼〉、おいで」



 ジ・オウンが、新たな影を召喚。


 それは小さな蛇の集合体に翼が生えた巨大な異形となり、少女を乗せてゆっくりと大気を滑走する。


 そこで魔神の二人もワームホールから出現。蛇の異形の上に落とされて合流を果たす。



「帰るよ。仕事は終わりだ」


「主様、我々はお役に立てたのでしょうか?」



 竜美姫が、恐る恐る訊ねる。


 その目は弱々しく、自己が目の前の存在よりも遥かに下位であることを如実に物語っていた。



「そんな目で見なくてもいいよ。十分役立ったからさ。それに、今のボクはとても気分がいいんだ」


「それはよろしゅうございました」


「しかし主様、なぜ我々があのような下等な魔獣どもに手を貸したのですか?」


「ルカ、無礼ですよ」


「あっ…申し訳ありません」


「あはは、いいんだよ。素朴な疑問は大切だよね。正直、少し迷っていたんだ。この東大陸北西部の人間をどうするか。本来、このあたりには人間はいるべきじゃない。武闘派閥からは完全に封鎖する案も出ていた」



 少女には、三つの『可能性』が視えていた。


 一つは、魔獣が勝つ未来。


 もう一つは、人間が勝つ未来。


 最後の一つは、魔人がすべてを破壊する未来。



「アンシュラオンはまだいいけど、野放しになったパミエルキが破壊する未来もあったんだ。ボクたちは立場上、人間の世界に積極的に介入はできない。だからあの山の魔獣を使ってバランス調整をしたのさ」


「人間が勝ちすぎないように、ですか?」


「そういうことだね。物質文明が発展しすぎると必ず人間は禁忌を見つけ出す。そうなるとアンシュラオンたち以外の魔人が出現する可能性だってあるんだ。偶発的な覚醒ではたいした存在にはなりえないけど、こちらの計画を邪魔されたら困る。こっちは何千年もかけて準備をしているんだからね」


「では、魔人をあのまま放置は危険ではありませんか? 主様ならば山ごとの隔離も可能ではないでしょうか?」


「これ以上は派手にやれないよ。ボクも敵が多いからね。でも、アンシュラオンは、やっぱりアンシュラオンだった。彼はボクが予測できない『四つ目の可能性』を生み出すかもしれない。いや、きっと生み出すだろう。ボクはそれを見てみたいんだ。だって、ワクワクするでしょ? 彼は昔からそういう男なんだよ」


「あのような魔人、主様が期待されるようなやつとは思えません!」


「ふふ、嫉妬かな? キミたちにとっても良い勉強になったはずだ。キミたちはあの時代で最後に造られた貴重な『美姫シリーズ』だからね。普通の魔神は成長することはできないけれど、美姫は違う。戦いを通じて成長できる要素を加えた新設計の魔神だったんだ。…まあ、造った者たちが滅びてしまえば意味はないんだけどね。せっかく自由を得たんだ。キミたちは自分の意思で動けばいいさ」


「我々は主様のお役に立ちます!」


「ルカと同じです。この身のすべてを主様に―――」




―――「【魔王様】に捧げます」




 魔王。


 覇王、剣王と同じく世界三大権威の一人。理を統べる王。


 世界最強の術者であり、人類の進化を見守る者であり、『マスター〈支配者〉』たちの王という側面を持つ奇妙な存在だ。



「二人とも、ありがとう。魔神には魔神にしかできない仕事がいくつもある。これからも役立ってもらうよ」


「御心のままに」



 魔王と呼ばれた少女は、アンシュラオンがいるであろう翠清山の方角を見つめながら、少しだけ苦笑いをする。



(本当はアンシュラオンに教えて驚かせたかったんだけど、スペル・ギアスは頑固だからね。それは次の機会に回しておくとするよ)



 彼がこのことを知ったらどう思うだろうか。


 怒るだろうか、呆れるだろうか、楽しんでくれるだろうか。


 アンシュラオンのことを考えるだけで、少女の胸はいつも高まる。



「しばらくはこの世界の者たちと触れ合って見識を深めるといいだろう。そして【キミが覇王になった時】、正式に会いに行くとしよう。その時は対等の関係で語り合いたいな。それまでしばしのお別れだね。でも、浮気はほどほどにね。ボクも嫉妬しちゃうからさ」



 少女は再び『記憶の黄昏』に消えていく。


 混迷極まる翠清山を見つめながら。




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