329話 「兄妹演武 その1『兄の高み、巨大な頂』」
(アル先生、頼む)
アンシュラオンが目配せをすると、アルが頷いて場を離れた。
鬼美姫を二人で倒すと決めた証拠であり、この勝負そのものを決めるための合図でもある。
「いくぞ、サナ。お兄ちゃんが強敵との戦い方を教えてやる!」
「…こくり!」
今まで通り、アンシュラオンは鬼美姫と真正面から対峙。相手の攻撃を受ける役割を担う。
そこにサナが隙をうかがって、死角から攻撃を仕掛けようとするが―――
「雑魚が! 丸見えだ!」
しかし、鬼美姫が金属散弾を発射。死角にも対応して牽制してくる。
背中側には複数の目が生まれており、それによって背後の視界も確保しているようだ。
魔獣の時も顔をもう一つ生み出していたことを考えると、腕以外も自在にパーツを生成できるらしい。
それでもサナは何度も挑戦し、持ち前の小柄なフットワークを生かして肉薄。刀の一撃を加えようとする。
が、そこに―――金属の刃!
「―――っ!!」
身体から突然出現した刃に対し、咄嗟に左腕の篭手を使って防御態勢を取るものの、パワーでは敵が数段上。
圧力に負けて、あっけなく吹き飛ばされる。
サナは大地に叩きつけられながらも、受け身を取って立ち上がるが、左腕がビリビリと痺れていた。
篭手の防御を貫通して衝撃が伝わったのだ。もし普通の防具ならば折れていたか、そのまま切断されていただろう。
鬼美姫はガンプドルフ級の攻撃力に加えて、突出した防御力を持つ強敵だ。
マキでさえアルの援護と特殊能力によってしか打開できなかったのだから、すべてに劣るサナが単体で打ち破ることは不可能である。
しかし、そんなことは最初からわかっている。
「サナ、落ち着くんだ。気持ちが逸るのはわかるが、最初から攻めに偏っているぞ。今まで教えたことを忘れるな。強い相手に対しては、まずはどうする?」
「…!」
サナの脳裏に、アンシュラオンの訓えが閃く。
自分より強い相手がいたら、まずは―――『逃げ』!
無理に仕掛けずに防御と回避を優先して、敵の攻撃をいなすことを考えるべし。
生きていればチャンスは何度も訪れる。何よりも傷を負わないように注意すべし。
これはアンシュラオンが最初に教えた、基本の『生存術』である。
(もっとも大事なことは大怪我を負わないことだ。腕を失えば今後の生活だってつらくなるし、足を失ったら武人だって大変だ。オレがいるときはいいけど、はぐれたときは致命的になる。基本はダメージを受けないことが重要なんだ)
鬼美姫に宣言したように、アンシュラオンの武は自らの身を護るために存在している。
いきなり暴漢に狙われても、あるいは抗争に巻き込まれても最小限の被害で逃げるためのものであり、『理不尽な姉の暴力』から身を護るために学んだ技術なのだ。
あんな化け物相手と日々暮すには、ひたすら防御を磨くしかなかった。その経験が優れた生存術を生み出すことに繋がっていた。
「…こくり。じー」
その訓えに従い、サナは相手を注視することに集中。
金属散弾が放たれたら飛び退けてかわし、刃が生まれたら過剰なまでに反応して間合いを取る。
まるで猫が警戒態勢を取っているかのように、後ろに重心をかけていた。
(攻める気がないのか? ふん、弱者にかまってはいられない。私の相手は魔人だけだ!)
鬼美姫は、攻撃を仕掛けてこないサナを無視。
もともと眷属には興味がないので、アンシュラオンを集中して攻め立てる。
ただし、ここでアンシュラオンの動きに変化が発生。
攻撃を受け止めることまでは同じだが、回避運動を取らずに身体を使って防ぎ始めた。
鬼美姫の剣撃を真正面から叩き伏せ、身体ごと押し込んできた際も全身の力を使って激突する。
鬼美姫の体躯はアンシュラオンの二倍以上はあるのだが、彼の頑強な肉体は魔神のそれと遜色ない強度を誇っており、両者のパワーは拮抗。
「武の側面は、技だけじゃない。力もまた武だ!」
立ち止まって―――殴り合い!!
フラッグファイトが起こったかのように、両者はその場で攻撃をぶつけ合う。
鬼美姫が剣撃で攻撃すれば、アンシュラオンは両手の戦刃で受け止めつつ、懐に入って蹴りを放つ。
それに対して金属の刃で迎撃すれば、アンシュラオンも足から戦刃を生み出して対抗。
今度は鬼美姫の上の二つの腕が真上から襲ってくるが、あえていなさずに力ずくで蹴り上げて押し返し、身体を回転させながら両手の戦刃で首を切り裂く。
単純な物理攻撃ではたいしたダメージは与えられないものの、アンシュラオンの強烈な戦気が乗った一撃によって、大きな傷が生まれる。
鬼美姫は密着したアンシュラオンを潰そうと、両手の剣の柄を強引に押し当ててきた。
アンシュラオンは、ここでも回避を選ばない。
身体を丸めると、肘と足に戦気を集中させてガード。
鬼美姫のパワーをもってすれば、柄といえども凶器になるが、防御にかけてはアンシュラオンも超一流。
体表を硬くして直接的な外傷を防ぎながら、体内は柔らかくすることで衝撃をすべて外に逃がして完璧に防御。ノーダメージ。
そして、相手の攻撃を受けきった瞬間には、一気に反撃の姿勢。
腹に高速の拳打を叩き込む。
覇王技、『六震圧硝』。
以前ライザックに使った因子レベル2の『三震孟圧』を、同時に二回叩き込む因子レベル3の上位技である。
拳打と同時に発生した衝撃波が、鬼美姫の身体を揺らして強引に抉り取っていく。一度穴があいた箇所なのでダメージが通るのだ。
これに鬼美姫が怒るどころか、大歓喜!!
「急にやる気になったじゃないか! そうだよ! それが魔人の戦い方だ! 力ずくで叩きのめせ! そのうえで私が競り勝ってこそ意味がある!」
アンシュラオンが挑んだのは、相手の土俵での勝負。
はっきり言えば、ゼブラエスが好みそうなゴリゴリの肉弾戦である。
当然ながら発剄を中心に戦ったほうが楽なので、わざわざこんな真似をする必要はない。
なればこそ、意味がある。
「…じー、はぁはぁ」
サナが二人の戦いを見つめていた。
身体が―――熱い
アンシュラオンの戦いを見るたびに、不思議な熱量が身体に宿っていくようだ。
なぜ最初に教えたのが逃げることであり、回避や防御だったのか。
それはけっして後ろ向きの考えではなく、あくまで『攻撃』に至るための工程の一つなのだ。回避と攻撃は一緒、防御と反撃は一緒。それをアンシュラオンは見事に体現している。
ここでサナが我慢できずに動いた。
タイミングよく飛び出すと鬼美姫に突っかかっていく。
「せっかく気持ちよくなってきたところで、邪魔をするなああああ!」
鬼美姫は背中の手で迎撃。再び金属散弾でサナを押し返す。
この散弾の威力もかなりのもので、一発一発がそこらの貫通弾よりも上であり、受けたサナの陣羽織の所々が破損するほどだ。
だが、致命傷ではないため、すぐさま体勢を整えてまた突っ込む。
(煩わしい。この程度の雑魚は無視してもよいが…私も魔人が相手では余裕がない。眷属を完全放置は危険か)
鬼美姫の目の前にはアンシュラオンが陣取っている。
単純なパワー勝負において互角になっているうえに、少しでも猶予を与えると強力な覇王技を繰り出してくる厄介な相手だ。
鬼美姫にとってもアンシュラオンは強敵なのだ。そこに眷属の茶々が入れば、致命的なミスによる壊滅的な損害を被る可能性がある。
仕方なく鬼美姫は、背中側の腕一本でサナの迎撃を続けることにする。
逆にいえば、今のサナは腕一本分の力しかないことを示してもいた。
「…ふー、ふーー!」
それを何度も繰り返しているうちに、サナは徐々にボロボロになる。
陣羽織の半分以上が破損し、自己修復機能ですら間に合わないダメージを受けていく。
(人間は訳がわからぬことをする。無駄が多すぎる。やはり魔人以外はこんなものか。あの赤い髪の人間のほうが危険だったな)
魔神にとっては、無駄に思える行動ばかり。それだけ力の差は明白なのだ。
が、一方のアンシュラオンは真逆の考え方をしていた。
(サナ、それでいい。それが今のお前の実力だ。その中で見たこと聞いたこと、感じたことを『経験』にするんだ。お前が強くなるまでお兄ちゃんが守るからな)
サナがこの程度の被害で済んでいるのは、間違いなくアンシュラオンがいるからだ。
彼女が攻撃を受ける瞬間、アンシュラオンは必ず鬼美姫に攻撃を仕掛けて注意を引いている。
それによってサナへの対応が緩慢になり、致命傷を避けるだけの余裕を与えているのだ。
「…はぁはぁ…じー」
なんて―――大きな山
サナの目に映るアンシュラオンは、翠清山すら軽々と上回る巨大な山脈そのものだ。
穏やかで自信のある瞳、誰よりも強く逞しい肉体、圧倒的な経験と鍛練による武の練度。
そして、強烈な闘争本能と、すべてを優しく包む愛の心。
今までは敵が弱すぎてアンシュラオン自身の本当の武を見る機会がなかったが、初めて見る兄の力に動悸が止まらない。
たしかにサナは少しは動けるようになった。グランハムにはついていける。
がしかし、そんなものは武の入り口。ほんの一合目。
まだまだ『お客さん』であり、足を踏み入れたばかりの散歩道にすぎない。
(サナ、全力で自分を試せ! オレはここだぞ! 向かってこい!)
アンシュラオンが誘うように鬼美姫に攻撃を仕掛ける。
その練度の高さに敵は対応で精一杯。
そこに合わせてサナが勢いよく飛び出す。
「何がしたい! 貴様は!」
何度もアンシュラオンに小突かれてイライラが募った鬼美姫が、乱雑に迎撃を仕掛けた。
魔神も人間の心を持っている存在なので、どうしてもムラがある。特に鬼美姫は短気な性格をしていることが、攻撃の質に大きな影響を及ぼしている。
これを待っていた。
駆けたサナが強引に地面を蹴って横にステップ。見事にかわす。
雑な攻撃を狙った綺麗な回避であったが、狙ってやれたことに意味がある。
そして、ここでサナに変化が起きる。
アンシュラオンの援護があるものの、次々と鬼美姫の迎撃をよけるようになっていった。
(この動きは…何か違う! なんだ、何が変わった!?)
鬼美姫もサナに起きた異変に気づくが、それが何かまではわからずに困惑する。
サナの何が変わったかといえば―――『戦士』の動き
これまでのサナは、黒千代を持っていることもあって『剣士の動き』をしていた。
もともとサナの武人としての総合評価は剣士であり、溜めがあるほうが彼女の弱点である攻撃力を補えるからだ。
しかし、それでは回避が間に合わない。防御しかできない。
通常の剣士は、それをいかに剣王技や駆け引きで対処するかを考えるのだが、サナの場合は違う。
「…じー」
彼女が見ているのは、白く大きな山。
目の前の兄がやっている動き、戦士の動き方を観察して真似ることを選択したのだ。
なぜならば、そのほうが効率的だから。
(いいぞ、サナ。剣士だからといって戦士の動きをしちゃいけないことはない。そんなルールはないんだよ。剣士のおっさんの動きを思い出せ。身体を動かす時は、誰だって戦士因子を使っているんだぞ)
サナは鬼美姫の迎撃を掻い潜って接近すると、背中に回し蹴りを叩き込んで目を一つ潰す。
それ自体は微々たるダメージではあるが、これはガンプドルフの動きを真似たものなので練度が高く、鬼美姫は対応できない。
彼もまたアンシュラオンとの戦いにおいて、非常に優れた体術を見せていた。武器が当たらねば意味はないので、強い剣士ほど体術を重要視するのだ。
そこから跳躍して黒千代を振り上げた時は、すでに剣士の構え。
バチバチッと刀身に雷がまとわりつき、渾身の一撃を放つ!
こちらはガンプドルフの『剣雷震』の構えを真似たものであり、技こそ発動しないものの動きはそっくりだ。
ただし、鬼美姫は重くて防御力が高いので、最初の蹴りでふらつくことはなく、サナを悠々と迎撃できる。
このあたりがまだまだ未熟。ただ技を真似ただけでは強くはなれないことを示している。
「邪魔―――」
「させてもらうよ」
が、サナを打ち落とそうとした鬼美姫に合わせて、アンシュラオンがドスンと足で地面を踏みならす。
覇王技、『地踏打』。
足に集めた戦気を地面や床に叩きつけ、衝撃波を生み出して攻撃する技である。地面を使った攻撃なので、『覇王土倒撃』と同じタイプの技といえるだろう。
本来は地表を駆け抜ける衝撃波で敵を呑み込むのだが、今回の使用目的は攻撃ではなく、大地に与える振動そのものが重要だ。
踏み込みの強さもあって地面が陥没。
鬼美姫の身体が―――傾く
(こいつ、また地面を―――っ!)
このおかげでサナは迎撃されることなく、黒千代を振り抜く。
ガキンッと硬い皮膚で刃は弾かれるものの、雷の追加効果。
液体金属の中に雷が走って『血』を焦がす!




