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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
「翠清山死闘演義」編
325/620

325話 「人間の戦い その2『適応力』」


 足場が崩れ、溢れ出る戦気の奔流が土石流を生み出して、鬼美姫を呑み込む。



「くっ…!」



 この攻撃は完全に想定外だったのか、鬼美姫は慌てた様子で背中の二本の腕を使って岩を掴んで踏ん張る。


 自ら推進力を生み出さない限り、力は大地を通じて発せられる。鬼美姫は物理型の魔神のため、大地を利用しなければ最大の力は発揮できない。


 やはり流れる土石流には対応できず、掴まるのが精一杯で動きが完全に止まってしまった。


 そこに爆発集気を終えて、技の態勢に入ったアンシュラオンが迫る。


 この男の足も同様に土石流の上にあるにもかかわらず、足裏に展開した命気と完璧な体重移動に加え、体表からの発気で身体を支えることで、足場の悪い場所でも難なく高速移動が可能になっていた。


 初手の情報収集力と対応力の差で、アンシュラオンが完全に優位を奪う形になる。



(くっ、小賢しい真似を! だが、自ら近寄ってくるのならば、攻撃に耐えて反撃すれ―――ばっ!?)



 と、待ち構えていた鬼美姫の視界に入ったものは、アンシュラオンの掌に発生している空間が歪むほどの異様な圧力。



(あれはまずい!)



 生物が持つ生存本能が緊急事態を告げ、咄嗟に掴まっていた岩を手放す。自ら流されることを選択したのだ。


 直後、技が発動して鬼美姫がいた場所が完全に消失。岩ごと抉り取って存在そのものを掻き消してしまう。


 逃げる際に岩を握っていた手の一本が巻き込まれたが、技の威力に圧し負けて綺麗に消し飛んでいた。



「惜しい。防御を選んでくれていたら上半身ごと潰せたのに。やっぱりこの技は発動が遅いのがネックだよ」



 ガンプドルフ戦でも使った『覇王・滅忌濠狛掌めっきごうはくしょう』である。


 『自己修復』や『物理無効』といったあらゆる防御機能を破壊する、超圧縮された『滅気』を叩きつける因子レベル6の技だ。


 姉にも効くのだから、これを受ければいかに防御がSSSとはいえ関係ない。


 唯一の弱点は、覇王彗星掌と同じく溜めに時間がかかることだ。それによって敵に回避する時間を与えてしまうので、事前に動きを止める策が必要になる。



(今のは何だ? …腕の再生が遅い。これが魔人の力なのか?)



 鬼美姫は流されながらも液体金属を集めて腕を再生させようとするが、なかなか元に戻らないことに困惑していた。


 このことから彼女たちは武人の技に疎いことがわかる。存在そのものが異なるので、情報がないのはお互い様なのだ。


 だが、悠長にしている暇はない。


 アンシュラオンの攻撃と同時にアルが詰めており、鬼美姫に追撃を開始。



(この人間も私にダメージを与えられる危険なやつだ。だが、能力としては魔人ほどではない。あの密着して攻撃される技だけ警戒すれば―――)



 流されて体勢が悪い鬼美姫は、二刀と一本の腕で迎撃。


 魔獣の状態と違って死角が少ない今ならば相手を完全に捕捉できるので、アルを近づかせないように十分な間合いを取って対応する。


 がしかし、アルは発剄を選択せずに普通の間合いで技を発動。


 凄まじい戦気の放出によって強化された拳が放たれた。



「なっ…!」



 虚をつかれた鬼美姫は、満足な対応ができずに攻撃を受けてしまう。


 覇王技、『百烈皇拳ひゃくれつこうけん』。


 戦気で強化した拳で殴る因子レベル5の技であり、技が発動すると名前通りに百発打ち込むまで止まらない猛撃である。


 この技に戦気の制御を加え、あらゆる角度に放てるようにしたのが、因子レベル7の『大覇・百烈翔皇拳ひゃくれつしょうこうけん』。


 それをさらに千発叩き込むと、以前ハウリング・ジルが使った因子レベル9の『大覇たいは百烈千曼翔皇拳ひゃくれつせんまんしょうこうけん』に至る。


 アルが使っている百烈皇拳は、一定方向に百発殴るだけの技ではあるものの、その圧力はそこらの技とは比較にならない。


 圧倒的手数によって殴りかかり、鬼美姫の行動を阻害する。


 相手は刀を持っているので、殴った拳の戦硬気を貫いて皮膚や肉を切り裂くことがあるものの、そんなことはお構いなし。ひたすら殴りかかる。



(無意味なことを。そんなものは効かぬ)



 アルの打撃は鬼美姫にダメージを与えない。


 彼女が言ったように無意味なことだ。



「老師、そのままだ!」



 しかし、その間にグランハムが間合いを詰めて術符を放っていた。


 『雷刺電らいしでん』の術が、死角から彼女の防御が弱そうな箇所を狙って飛んでいく。


 こちらも直撃したとて、さして被害は受けない程度の小さな攻撃であるが、これはそれ以前の問題。


 当然ながら再び金色の鱗が出現して術を反射。グランハムに跳ね返す。


 だが、最初からそうなることは想定済みだ。


 放った瞬間に回避運動を取りながら、冷静に角度を予測することで反射を回避しつつ、めげずにいくつもの術符を発動させる。


 それらもすべて反射されるが、グランハムはまったく気にしない。攻撃を続ける。


 なぜ合理主義者の彼が、こんな馬鹿げた行動をしているかといえば、もちろん目的があるからだ。



「赤鳳隊は、竜を狙います!」



 鱗が鬼美姫側に集中したことで、竜美姫側の防備が手薄になった。


 そこにソブカ率いる赤鳳隊が、回り込むように突っ込む。



「ぶっちぎるぜぇええええええ!」



 久々に登場した鬼鵬喘が、鱗がなくなって空いたスペースに飛び込み、チェンソーで斬りつける。(ずっといたが描写がなかっただけ)



(術の威力が弱いと思ったら陽動ですか。しかし、魔人相手ではないのならば問題はありません)



 竜美姫は逃げることもせず、平然と腕でガード。


 チェンソーが当たってガリガリと削るものの、鱗の表面に火花が散るだけで、わずかなダメージしか与えられない。


 見た目は亜人に似ているが、竜美姫もまた魔獣の力を凝縮させている魔神だ。その中身は、あの竜そのものなのである。


 竜美姫は、チェンソーに抉られながらも強引に手を伸ばして鬼鵬喘の腕を掴むと、力ずくで大地に叩きつける。



「ご―――ぼっ!」



 殲滅級魔獣レベルの強力な腕力が衝撃として突き抜け、岩盤を破壊。


 鬼鵬喘の腕が折れただけにとどまらず、体内をぐちゃぐちゃにする。



「普通の人間が我らに勝てるわけがありません。無謀なことです」



 力が抜けた鬼鵬喘を、ぽいっと投げ捨てる。


 だが、こんなことでは人間は諦めない。


 次の瞬間にはラーバンサーが突っ込んでおり、拘束具からいくつもの布が出てきて竜美姫に絡みつく。


 今回は強敵のため、さらにギミックが発動。


 拘束具が二つに分かれると、拷問具のアイアン・メイデンのように中から大量の『毒針』が現れた。


 ラーバンサーはこうやって敵を拘束しながら攻撃する技を得意としているのだ。


 彼は拷問士なので含まれる毒素は麻痺系の神経毒だが、一本でも刺されば大型魔獣でさえも数秒後には動けなくなるほどの効果がある。


 それらが竜美姫の肌に突き立てられるが、やはり鱗が硬くて完全には刺さらない。途中で止まり、毒素も回らないで終わる。



「人間は面白いことをしますね。しかし、それも無駄です」



 竜美姫が指を弾いて鳴らすと、周囲に無数の火の玉が生まれてラーバンサーに襲いかかる。


 魔王技、『熱爆球』。


 因子レベル2で扱える『火鞭膨』が広域を焼き払うのに対し、こちらは単体向けの術式で、ファンタジーでいうところのファイアボールに近い術式である。


 ただし、竜美姫が生み出した熱爆球の数は、およそ二十。


 遠隔操作をもちいて、あらゆる方向からラーバンサーに向かっていき―――爆発

 

 因子レベル2の術とはいえ扱う者が優れた術者ならば、その威力は大納魔射津すら軽々と上回る。


 一つ目の爆発が二つ目の爆発を肥大化させ、三つ目が四つ目に誘爆してさらに膨れ上がり、計二十の誘爆が巨大な爆発を引き起こした。


 それこそ普通の人間どころか、大型魔獣すら一撃でズタボロにする威力であろう。


 ラーバンサーも火達磨になって身体の部位がいくつか欠損。指が吹っ飛び、肩肉が抉れ、腹や足にも大火傷を負い、自慢の拘束具も焼け焦げる。


 がしかし、覆面からかすかに見える眼光は、いまだ闘争本能に燃えていた。



(これは…布が燃えていない? 力を集中したのですか?)



 巻きついた布は完全に燃えておらず、しっかりと竜美姫を拘束したままになっていた。


 ラーバンサーは自身の防御の戦気を弱める代わりに、武器である布を全力で守ったのだ。


 その凄まじい気迫は、優れた術士の熱爆球ニ十個を超える力を持っていた。



「次は俺だ!」



 続いてラーバンサーが押さえている間に、クラマが素早い動きで接近。


 持ち前の超接近戦からの高速斬撃を繰り出す。


 だが、彼の攻撃は手数が多いだけで攻撃力は低い。鬼鵬喘の攻撃でダメージを与えられなかった以上、致命傷は難しいだろう。


 実際に彼の剣撃は、鱗にまったく損傷を与えなかった。


 それを確認したクラマは、反撃を受ける前に離脱していく。



(…? 今の行動に何の意味が? 人間がやることは理解に苦しみます。所詮、魔神に対抗できるのは魔人のみ。注意を払う必要性もないのかもしれません)



「では、私もお相手願いましょうか」



 竜美姫が頭に「?」を浮かべていると、今度はソブカが細剣で攻撃を仕掛けてきた。


 クラマが上手く相手の視界を塞ぐように跳躍したことで、完全に間合いを掴んだ綺麗な追撃だ。このあたりの連携は、さすが赤鳳隊といえる。


 だが、依然として竜美姫は余裕の態度で迎え撃つ。


 その様子をソブカは冷静に観察していた。



(この『魔神』なる存在は、戦闘力も桁違いかつ知能も高い。この様子だと、かなり高位の存在のようですねぇ。目的はアンシュラオンさんであり、我々など虫けら程度にしか思っていないでしょう)



 事実、竜美姫の視線の大半は、ほとんどアンシュラオンに向けられていた。


 その次に注目しているのは眷属であるサナや小百合たちで、それ以外の人間に対してはさほど注意を払っていない。


 アルに対しても少しは危険くらいの認識であり、あくまで狙いはアンシュラオンたちだけといえる。


 が、それこそ油断。


 ソブカが細剣を繰り出し、竜美姫が腕で防御行動を取る。


 こちらをなめた緩慢な対応だが、それまで鬼鵬喘とクラマが攻撃を当てているものの、どちらも不発に終わっているので、こういう態度になることは仕方がない。


 鬼鵬喘よりも攻撃力が劣るソブカの一撃では、到底ダメージを与えられないだろう。


 そう竜美姫も侮っていたが―――ドスッ!


 鈍い音を立てて刃が突き刺さると同時に、激しい衝撃が突き抜ける。



「っ―――何事!?」



 驚いた竜美姫にソブカの連撃。


 流れるようでありながらも、全身の力を一撃に込めた剣が、竜美姫の指を撥ね飛ばす。


 竜美姫は反射的に熱爆球で応戦するが、即座にファレアスティが盾となって代わりに被弾。


 その間にソブカは一度離脱し、敵の様子をうかがう。


 竜美姫の指は切れたままで、再生はしているようだが速度は遅い。アンシュラオンが攻撃した時と同じ現象だが、その原理は異なる。



「どうやら効いたようですね。鬼鵬喘、五番カートリッジでいきます。皆も番号を合わせるように」


「了解だぁあああ!」



 鬼鵬喘が再びチェンソーを持って突撃。


 かなり重傷だったはずだが、そんなことは気にしない。折れた腕を強引にチェンソーに固定して突っかかっていく。



(なぜ指が斬られた? この程度の人間の攻撃で傷を負うなど…ああ、血が。血が出ている)



 いまだ動揺している竜美姫は、中途半端な対応しかできない。


 アンシュラオン戦でもそうだったが、どうやらこの竜美姫という魔神は、自身が傷つくことに慣れていないようで、ダメージを受けると心が乱れてしまうようだ。


 竜美姫は、戸惑いながら腕で防御の姿勢。



「死にさらせぇえええええ!」



 そこに鬼鵬喘が全力の攻撃を叩き込むが、今度は彼のチェンソーにも変化が起こった。


 ぶすっと刃が入り込むと、そのままの勢いで腕を抉って骨すら切断しそうになる。



「っ…この人間も同じ! 離れなさい!」


「やれるもんなら、やってみろやぁあああ! てめぇも道連れだ!」



 チェンソーを強引に振り払って掌を鬼鵬喘に向けるが、すでに薬がきまっている彼は止まらない。


 執拗に攻撃を仕掛けてくる。



「こうなれば高位術式で―――」


「甘ぇんだよ、おばちゃん!」


「っ…!」



 が、鬼鵬喘に手間取っている一瞬の隙をついて、クラマが跳躍して刀を振る。


 素早く目を狙った一撃が、頬をスパっと切り裂いた。



「ぐっ…この人間も…! なぜ!?」


「やはり『竜』なのですね。たしかにあなたは肉体が桁違いに強いですが、特徴がわかってしまえば対処は可能なのですよ。人間には知恵と道具がありますからねぇ」


「道具…?」



 ソブカの細剣から赤黒い液体が滴り落ちる。


 これは赤鳳隊が用意していた『特効液』と呼ばれる【薬品】である。


 ソブカのラングラス派閥は、さまざまな薬品を管理する薬師の家系だ。中には表に出せないような危険かつ貴重な薬品も多々所有している。


 今回使った『特効液』は名称通り、浸した物質に各種特効を付与するもので、ソブカの細剣には『竜種特効』の液体がかけられていた。


 金竜美姫は魔獣だろうが人間形態だろうが、本質は『竜』である。その力を内包していれば種族特攻は免れない。


 貧弱な人間であっても、道具を使うことで環境に適応することができるのだ。




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