322話 「美姫の正体 その1『誘い』」
真の力を発揮した白の二十七番隊によって、銀宝鬼美姫を撃破。
崩れ落ちた鬼美姫の身体は黒く変色し、ボロボロになってしまっていた。これだけダメージを受けると、もはや再生はできないようだ。
だが、まだ終わっていない。
「あれです! 私が引き抜こうとしていたやつです!」
小百合が指をさした場所には、三メートル大の光り輝く卵のようなものが残っていた。
あれこそ鬼美姫の本質であり、精神体をまとった本体である。
「アンシュラオン! あれを潰せ!」
「わかっているって」
(本当は確保して調べたいところだけど、本体をそのままにしておくとまた再生する可能性がある。グランハムの言うように素直に潰しておくか。卵はもう一つ竜のものがあるしね)
アンシュラオンは、卍蛍から剣硬気を発して斬りかかる。
伸びた赤白い刃が本体に当たり、卵の表面に食い込んだ。
「けっこう硬いな。だが、これくらいならばいけるか」
アンシュラオンがさらに力を込めて切り裂こうとすると、そのたびに卵の中から、どろっとした白い液体が溢れていく。
「うえっ、気持ち悪っ! 中から幼虫とか出ないだろうね!」
その様子にベ・ヴェルが青ざめる。
たしかに魔獣の中にあった怪しげな卵の解体シーンなど、誰も見たくはないだろう。
もし中から半分溶けた魔獣の幼体でも出てきた日には、一生もののトラウマになるに違いない。
「ん…? この感触は?」
「どうしたんだい!?」
「なんか引っかかるな? 形があるような?」
「ひいいいい! やめておくれよー!」
がしかし、刃が一メートルほど食い込んだあたりで止まり、それ以上進まなくなる。
それと同時に卵が振動を開始してカタカタと揺れ出した。
そして、卵全体に亀裂が入ると―――バリーン!
卵が大きく割れて、中から白い液体と一緒に大量の銀色の液体金属が噴き出してきた。
液体金属は卵から抜け出ると一つに集まり出して、徐々に形を生みだしていく。
まずは手が一本生まれ、続いてまた一本生まれる。
さらに一本生まれて、そのうえもう一本生まれて、計四本の腕が現れた。
「やはりまた再生するつもりか!?」
グランハムが警戒を強めて構える。
一度あったことは二度あってもおかしくはないが、今回はかなり弱らせたため、出てくるとしても小さいサイズの魔獣だろう。
その程度ならばなんとでもなる。
そう思っていたのだが―――
「待ってください。あれって魔獣の手じゃないですよね?」
小百合が異変に気づく。
今まで再生してきた手は、ごつくていかつくて、まさに魔獣の手といわんばかりの代物だった。
しかし今回の手は、すべすべしていて、すらっとした綺麗な五本指の手だ。
「なんだか『人の腕』みたいな…」
「そんな馬鹿な! あれは魔獣だぞ!」
「そうですけど…精神体の形も変わっているのです。何か様子が変ですよ」
「だったらどうした! 敵であることには変わりあるまい!」
業を煮やしたグランハムが赤鞭で攻撃を仕掛ける。
が、最初に鬼美姫に攻撃した時と同じく、ばしんと腕に弾かれて戻ってきた。
液体金属にダメージはなさそうだ。
「ちっ、あれで弱っている状態なのか! 全然効かぬではないか」
「うーん、大きさは小さくなったけど、込められたエネルギーにそう違いはないみたいだ。むしろ密度が大きくなった気さえするよ」
アンシュラオンも興味深げに、卵から出てきたものを観察する。
潰すのはいつでもできると判断し、今は知的探求心を優先したようだ。
「どういうことだ?」
「あの大きな魔獣は偽物の仮の身体だったんだよね? そして、それを生み出していたエネルギー源が、あの卵だった。ということは、見た目に反して相当なエネルギーを秘めているってことさ」
「だが、出てきたのは今までと同じ液体金属のようだが…。量が減ったのならば力も落ちるのが道理ではないのか?」
「それが同じものならばね。そもそもなぜ、あれが卵に入っていたのかが気になるな。見て、変化するよ」
「変化だと?」
「どうやら小百合さんの推察が当たったみたいだ」
一行が注目する中、蠢く液体金属は徐々に形を生み出し、最終的に―――【人型】になった
腕が四本ある以外は完全に人と同じ五体を持ち、顔はやや鋭く野生的で、目も白目を含めて全部が真っ黒だが、紛れもなく女性であった。
それを証明するように胸元には大きな膨らみが二つあり、身体全体もしなやかな曲線のラインで構成されている。
見た目は―――銀色の肌を持つ【美女】
ただし、その身長は三メートルほどあり、額からは三本の角が生えていた。
「人間…ではなさそうだな」
「角があるから、やっぱり『鬼』なのかな? なるほど、こっちのほうが美姫って感じはするね。個性的だけど、かなりの美人だ。おっぱいもすごく大きいし」
「お前はこんなときでも女に反応するのか。羨ましい性格だ」
「普通は気になるところじゃない? ただ、完全な人型であることには驚いているけどね」
大型魔獣の時は、いかにもモンスターといった様子だったが、今の鬼美姫は人型ということもあって、見た目の上での威圧感は少ない。
だが、あまりに異常な光景だ。その大きな変化に誰もが驚き戸惑っていた。
「アンシュラオン、これ以上は見ていられんぞ」
「わかったよ。逃げられると困るしね」
アンシュラオンが再度、剣硬気を伸ばして鬼美姫に斬りかかる。
鬼美姫は四つの手を組んで完全ガード。
剣硬気の攻撃に圧されて飛ばされながらも、防御に成功して耐える。
「硬いな。防御性能はあまり変わっていないようだね」
「小さくなった分だけ捉えにくくなった。こっちのほうが厄介かもしれん。私が援護して追い込―――」
「ふふふ、さすがは【魔人種】。強いものだ」
「っ…! しゃべっただと!?」
グランハムが驚愕の眼差しで鬼美姫を見る。
岩の上に降り立った銀宝鬼美姫が『言語』を発したからだ。
しかもそれは流暢な『大陸語』であり、淀みなく聞き取ることができるものだった。けっして聞き間違いではない。
「お前、何者だ? ただの魔獣じゃないだろう?」
アンシュラオンも刀を構えたまま警戒。
ブイオーガが『魔獣語』を操っていたことから少しだけ予測はしていたが、ここまではっきりと人語を発するとは思っていなかったのだ。
「そんなに強い敵意を向けなくてもいい。私と貴様は同類のようなものだ」
「女とはいえ魔獣に同類扱いされるのは不愉快だね」
「私は魔獣ではない。だが、魔人種でもない。しかし【貴様ら】と同じく『造られた存在』であることは変わらない。その意味で同類だ」
「今、複数形で言ったな? 姉ちゃんのことを知っているのか!」
アンシュラオンから発せられた殺気が大気を震わせ、場を一瞬で凍りつかせる。
アルすら思わず目を開くほどの圧力であり、遠くにいたアイラたちでさえも恐怖で動けなくなるほどのものだ。
しかし、目の前の『鬼女』は、それだけの殺気を受けても表情を崩さない。
「この身を震わせるほどの圧力…久々に怖いな。私に恐怖を与えるとは面白い存在だ」
「質問に答えろ」
「それを教える理由はない」
「そうか。いろいろしゃべってもらうために、首くらいは残しておいてやるよ」
「それが貴様にできればね」
「逃がすか!」
逃げるそぶりを見せた鬼美姫に、アンシュラオンが咄嗟に空点衝を放つ。
シダラやサープに放った時よりも鋭く強いビーム状の戦気が襲い、鬼美姫の身体に命中して大きく破損させる。
しかし、鬼美姫の身体から液体金属が噴き出して、すぐに元通りになった。
「痛い痛い。痛みを受けるのも久しぶりだよ。ふふふ」
爆発集気を使っていない低レベル帯の技とはいえ、アンシュラオンが全力で攻撃しても死なない相手であることを再度証明する。
鬼美姫は笑いながら跳躍して岩壁を駆け、第二防塞を越えて第三防塞のほうに移動していった。
「やっぱり普通の攻撃は効果が薄いか」
「…ふぅ。アンシュラオン、どうする?」
汗を掻いたグランハムが、ようやく身体を弛緩させる。
強敵を前にして緊張していたというよりは、アンシュラオンの殺気に身が竦んでいたようだ。
アンシュラオンはアンシュラオンで、苛立つ感情を抑えて普段の様子に戻る。
「マーカーを付けたし、もちろん追いかけて倒すよ。あんなやつが自由に動き回っていたら大損害が出る」
これまた以前やったように、この空点衝にはマーキングの意味がある。
慌てて追わないのは、すでに鬼美姫の位置を捕捉しているからだ。
「鬼は上で止まっているね。ちょうど第三防塞があった地点だ」
「明らかな誘いに見える」
「だろうね。あの口ぶりだと目的はオレかな。あえて注目される単語を発して興をそそったんだ。姉ちゃんを餌にするとは、やってくれるよ」
「姉…か。相手はお前のことを知っているようだ。知り合いではないのだな?」
「いくら女性が好きとはいっても、そこまで飢えてはいないさ。守備範囲外だよ。あんな知り合いはいないね」
「お前も視線には気づいていると思うが、やつ以外の何者かがこの戦いを監視している。だから周囲を調べていたのだろう? 誘いに乗るのは危険かもしれん」
「そうだね。ただ、表に出てきてくれたのならば潰すこともできる。これで相手の出方がわかるからね。誘いに乗るのもありかもしれない。どのみち居座るのならば排除するしかないでしょ?」
「勝ち目はあるのだな?」
「後ろにいるやつ次第だろうけど、自分のためにも負けるつもりはないよ。まだまだ力はセーブしているから安心しなって」
「その言葉をあてにさせてもらうぞ」
(これで視線の一つは確定した。一番厄介だと感じていた『姉ちゃんに似た視線』のやつだ)
三つ感じていた視線の一つであり、アンシュラオンがもっとも気にしていたものだ。
金竜美姫に加えて銀宝鬼美姫といった特殊な存在が出てきた以上、もはや確定である。姉が絡めば何が起きても不思議ではない。
そして、もう一つ重要なことを言っていた。
(オレが【造られた存在】…か。あの複数形が、オレと姉ちゃんを指している可能性は高い。たしかに親の姿を見たことはないし、その可能性も無きにしも非ずとは思っていたけど…まあ、べつにいいか。そんなに親に興味があるわけでもないしな。問題は姉ちゃんだ)
アンシュラオンが感情を露わにしたのは、あくまで姉に関することであり、造られたかどうかではない。
そのあたりは転生者という要素が大きく関わっているのだろう。いまさらそれくらいのことでは動じたりはしない。
ただし、姉を知っている以上、野放しにしておくつもりもない。
「これからあいつを追撃する」
「え!? え!? わ、私はどうしよう!?」
「アイラは引き続き、マキさんたちと一緒にいろ。第二防塞の中に入っていればいい。モグマウスも残しておくから心配するな。危ないから外には出てくるなよ」
「わ、わかったー! 気をつけてね!」
「サリータとベ・ヴェルも一緒に残れ。もうすぐ下の傭兵たちも上がってくるはずだ。合流したらアイラと一緒に待機していろ」
「師匠、自分も一緒に戦います!」
「駄目だ。ここから先は足手まといになるどころか、死にに行くようなものだ。悔しければ、もっと強くなれ」
「…っ」
「サリータ、これ以上は無理さね。アンシュラオンの言う通り、得体の知れない危険な感じがするよ。あんただってわかるだろう? 傭兵の勘を侮るべきじゃない」
「ベ・ヴェル…くそっ、なさけない! ここまでなのか…!」
「ゲイルも一度下がってもらえる?」
「了解だ。そろそろ限界だしな。兄弟に任せるぜ」
ここでサリータたちも後退。
残念ながら戦力外通告であるが、相手が相手だ。グランハムでも主力にはなりえないのだから、ここは諦めるのが最善だろう。
メンバーを厳選したアンシュラオンたちは、防壁を登って鬼美姫を追う。
そして、第三防塞があった場所に到着すると、第二警備商隊が鬼美姫と睨み合っていた。
周りには、倒れた商隊員の姿が多数見受けられる。
すでに小鬼との戦いは、第二警備商隊の戦士隊がほぼ勝利を収めていたが、そこに鬼美姫がやってきて戦士隊を蹴散らしたようである。
隊長のメッターボルンも斧を構えて牽制しているものの、鎧の腹の部分が大きく欠損しており、かなりの血が流れ出ていた。
「メッターボルン! 無事か!」
「グランハム、なんだこの化け物は? 攻撃がまったく通じないぞ」
「こちらも把握できていないが、アンシュラオン絡みの敵らしい」
「化け物相手は専門外だ。化け物同士で処理してくれ」
「そうさせてもらう。第二商隊は第二防塞内部に後退! この場は私とアンシュラオン隊が対応する!」
「やれやれ、割に合わない戦いになってきたものだ」
メッターボルンは重傷のようだが、強い武人のため命に別状はないようだ。
鬼美姫側も生き残った小鬼に撤退を命じているので、やはり彼らは鬼美姫の眷属なのだろう。
独り残った鬼美姫に、アンシュラオンが刀を向ける。




