320話 「美姫の脅威 その6『二人の眷属』」
「ホロロさん、少しだけ敵の動きを止めてください。意識が逸れた時に仕掛けます」
「かしこまりました」
ホロロが走りながら補充したガトリングで術式弾を発射。
鬼女は液体金属でガードするが、姿が見えなくなるほどの大量の爆炎が発生。
やはり術式弾でもあまり効果がなく、金属が軽く溶解するにとどまる。
それでも執拗に攻撃を仕掛けるので、気に障った鬼女が反撃を開始。
大きな腕を真上から地面に叩きつけて衝撃波を放つ。
サイズが半分になったとはいえ、範囲が狭くなっただけで威力はそう変わらない。
地面を破壊しながら衝撃波が迫るが、ホロロは慌てずに対処。
「動きが丸見えならば、そう怖いものではありませんね」
彼女は、敵が手を上げた瞬間には回避運動を取っていた。
鈴羽の音によって、爆炎で姿が見えずともモーションがわかるため、悠々とよけることができるのだ。
その行動予測能力は、鈴が付いている場合に限ればアンシュラオンにも匹敵する。
よけられた鬼女は、二度目の衝撃波を放ってきた。
相手にも知能があるので、今度は同時ではなく少しだけタイミングをずらす。
しかしそれも、相手の動きが事前にわかっていれば怖くはない。
ホロロが素早くポケット倉庫から大盾を取り出しながら、右手側の衝撃波を回避し、時間差で襲ってきた左手側のものは大盾でガード。
その盾はサリータが使うものよりも遥かに大きく、なおかつ頑強に造られていた。
ハンターが数人がかりで使う対魔獣用の大盾であるが、ほぼ装甲板と呼んでも差し支えない代物だ。
ホロロは衝撃を外に流しつつも、腕に力を込めてがっしりと受け止める。ミシミシと骨が軋むが、眉一つ動かさずに受けきった。
「あの威力の攻撃を盾で止めた!? ホロロ先輩の腕力がおかしい!」
それに驚いたのは、もちろんサリータだ。
大盾を扱う女傭兵として、若干の稀少性を有していた彼女のお株を完全に奪っているのだから当然だろうか。
たしかに補助具のサポートがあるとはいえ、マキでさえ吹き飛ばす攻撃だ。それを受け止めるには人間離れした腕力が必要になる。
だが、アンシュラオンの庇護を受けている彼女たちからすれば、さほどたいしたことではない。
なぜならば、ホロロの目がアンシュラオンと同じ血の色に染まる時、『魔人の眷属』としての力が顕現しているからだ。
(偉大なる神にすべてを委ねると不思議なほどに力が満ちてくる。ああ、今の私は神と合一しているのです!)
脳髄を駆け巡る快楽とともにホロロのステータスが爆上がり。
生粋の武人ではない彼女が、庇護の恩恵に浴することでマキと同等、あるいはそれ以上の身体能力を有するに至る。
ホロロは衝撃でボロボロになった盾を投げ捨て、ガトリングを撃ちながらさらに接近。
真上から襲ってきた二本の腕も回避するが、腕は四本ある。
続いて下の二本の手が、ホロロを捕まえようと伸びてきた。
事前に動きはわかっていたが、身のこなしの問題で回避が完全には間に合いそうもない。
(これが武人が見ている世界。ご主人様とサナ様の速度。私では最低限の動きで精一杯ですね。やはりマキ様のようにはいきませんか)
ステータスが爆上がりしても、生粋の戦士ではないので回避の仕方がまだまだ素人っぽいのである。
仕方なくホロロはガトリングを盾にしてガード。
鬼女の手はガトリングを破壊するものの、それによってかろうじて受け流すことに成功する。
壊れたガトリングは、ここでさようなら。残念ながら使い物にならないので、こちらも切り離して捨てる。
その代わり、両手の篭手から片刃の剣を出して懐に飛び込む。
格闘戦の間合いに入ったホロロに、今度は鬼女の拳のラッシュが襲いかかる。
ホロロは行動予測を駆使して剣で拳を受け流す。
十発、ニ十発、三十発と回避するが、四十回目の打撃がホロロを捉えた。
このあたりが現状での格闘戦の限界点らしい。
鬼女相手にこれだけ回避できれば十分であるが、マキよりも防御力で劣る彼女は、一発でも受ければノックアウトだ。
だが、そんな不利な状況に対しても、ホロロは逆に突っ込む。
―――〈ホロロさん! 使ってください!〉
突っ込む前に、小百合が三つの小石を投げていたことを知っていたからだ。
魔石の感応能力によって、百メートル以内の仲間とは言葉を使わずとも意思疎通が可能であるし、眷属同士の意識は共有し合うこともあって、二人は阿吽の呼吸で動くことができる。
小百合が投げた一つ目の石が鬼の手に当たると、強い跳躍力が発生して腕がわずかに軌道を変化。
以前もサナにやったことがある、小百合の『跳躍移転』を小石に移す独特のサポート方法だ。
そのおかげでホロロは、半身になった状態で剣を盾にして攻撃をギリギリ受け流す。
鬼の腕と刀身が擦れて激しい火花が散るが、彼女自体にダメージはない。
だが、二人の連携はこれで終わらない。
少し遅れて放たれた二つ目の石が、ホロロの足元に向かうと、それを踏むことで跳躍。
小百合の『兎足』の力を借りたホロロが、鬼女の顔面を蹴り飛ばす。
マキ並みの攻撃力になった蹴りによって顔が跳ね上がるが、鬼女もこれくらいは耐えられる。
攻撃を受けながらも液体金属を放出して、アルにやったようにホロロを絡め取ろうとしてきた。
が、すでにそれは一度見ている。
ホロロは空中に投げられた三つ目の石に触れることで―――急加速
液体金属をかわしつつ、一瞬で鬼女の背後を取った。
「むぅっ…! 本当にメイドか!」
その動きと見事な連携にグランハムも魅入ってしまう。
熟練の武人である彼さえも、同じ真似は簡単にはできないだろう。
そして、ホロロが鬼女の背中側にあった顔を剣で刺しながら、手を触れて―――接触!
リリイインッ! と大量かつ強力な鈴の音が鳴り響き、鬼の身体に付いていた鈴が連動して大合唱を始める。
『束縛の嘶鈴』、全力バージョンである。
『リズホロセルージュ〈神狂いの瑠璃鈴鳥〉』の能力自体は、多少離れていても使用は可能だが、距離があると精神への干渉力が弱まって成功率も下がってしまう。
接近してできるだけ触れたほうがよいのだが、もともと遠距離攻撃を得意とするホロロにとっては、これがなかなかにしんどい作業だ。
魔石の使用と盾とガトリングの犠牲、それに加えて小百合のサポートがあってようやく触れることが叶ったのが実情といえる。
がしかし、その甲斐はあった。
鈴音の衝撃が鬼女の精神を突き抜けると、ビクビクンと痙攣して動きを止める。
「神の前では、あなたとて無力! 私に与えられた力を思い知りなさい!」
ホロロの目が狂信で血走り、さらに赤く染まると体表から強烈な威圧感が発生。
直後、『悔恨の鈴籠』が発動。鬼を鈴籠の中に閉じ込める。
鬼の身体も大きいが、それに見合うだけの巨大な鈴籠が生まれ、身体を締め付けて圧迫していく。
「ひぃっ…あれはヤバいんだよ!」
物質化するほどの強いホロロの精神力を見たベ・ヴェルが、思わず身体を震わせる。
一度あれを味わったら、二度と逆らう気が起きないほどの痛みなのだ。
ただし、この攻撃はあくまで相手の動きを制限するためのもの。
安全に『彼女』の能力を使ってもらうための準備にすぎない。
次の瞬間、鬼の眼前に転移してきた小百合が魔石獣を生み出す。
相変わらず十二単を着た謎の十メートル大の兎が出現すると、お供の狩衣を着込た兎の兵隊も出てくる。
「こっちも全力でいきますよぉおおおお!」
サリータにやった時とは違い、お供の兎の兵隊たちが散らばって、鬼女の身体の所々に薙刀を突き刺す。
これで完全に敵の精神を固定。
最後に女王が『王笏』を振り上げて、ジャンプしてから鬼女の頭に叩きつけた!
十メートルはある大きな兎のジャンピングアタックは迫力があったが、兎自体は幻のようなものなので、そういう精神攻撃が発生したと思えばよい。
これで小百合の『最凶』の能力、『夢見る女王兎の虹』が発動。
王笏の力が相手の体内に満ち、敵の精神体を巻き込んで虹となって飛び出ようとする。
今回はお供の兎たちも、えいさこらさと固定した鬼女の本質を引っ張り出すのを手伝っていた。
その光景はまるで、現実離れしたおとぎ話か童話のワンシーンのようだった。
(もしかして自分も、あれをやられたのだろうか…?)
と、実際にやられたサリータでさえ首を傾げる攻撃だが、相手の精神体あるいは霊体に干渉して引きずり出し、異空間に閉じ込める極めて危険なスキルである。
マキの『烈火・鉄華流拳』が物理面における一撃必殺の技だとすれば、こちらは精神面における一撃必殺の技といえる。
鬼女はマキの鉄化に加えて、小百合の虹も受ける羽目になったと考えると、敵ながら災難である。
「いけそうです…! もう少しで…!」
小百合の目が赤く輝く。
それと同時に兎たちの目も赤く輝き、引っ張り出すパワーが増大。
少しずつ鬼女の本質が出ようとしている。
「援護します!」
神狂いの瑠璃鈴鳥が嘶き、さらに束縛を強める。
これによって歯磨き粉をぎゅうううっと握った時のように、精神体が搾り出されてくるのを手助けすることができる。
妙なたとえではあるが、敵の精神に負荷をかけることで結果的に小百合を援護しているのだ。
「出ますよ! いっせーーーーのっ!!」
『クイーンサユルケイプ〈架け跳ぶ夢虹の女王兎〉』自身が虹を掴み、跳躍する反動を利用して相手の精神体を―――スッポンッ!!
ついに鬼の本質が外に飛び出す。
「―――え? どうして?」
だが、出てきた精神体を見た小百合が、困惑した表情を浮かべる。
「これってまさか…あれ?」
「フシュルルッ!! フォオオオオ!!」
その時、鬼女が今までにないほど激しく抵抗。
身体が激しく発光すると、銀色に近かった色合いが変化。
赤みを帯びた『赤銀』の色彩に変わり、その瞬間に小百合の能力が遮断される。
「あっ! 抵抗されました!」
「こちらも籠が…!」
せっかく捕まえた精神体が再び中に戻り、籠も破壊される。
精神干渉が終わったとなれば、相手の身体は自由。
至近距離にいた二人に、暴れた手が迫る。
なんとか強化された身体能力で防ぐが、続いて身体から伸びてきた棘が二人を襲った。
「しまっ―――」
「これはよけられな―――」
「二人とも危ないヨ!!」
身動きが取れない二人をアルが蹴り飛ばし、安全な場所にまで吹っ飛ばす。
しかし、それで無防備になったアルに棘が襲い―――ブスス!
咄嗟に右腕を盾にしたので頭部は守ったが、腹と足にも棘が突き刺さっていた。
「左肘も治したばかりなのに、あまり老人をいたぶるもんじゃないアル!!」
アルは棘に刺されながらも、戦気を練り上げて修殺を放った。
溜めの問題もあり、この体勢から放てる最速の技がそれだけだったのだが、修殺を受けた鬼の顔に『大きな亀裂』が入る。
続いて両手に戦刃をまとわせて、一回転。
アンシュラオンばりの双剣スタイルで棘を切り裂き、見事に脱出して退避。間合いを取る。
そこに小百合とホロロが戻ってきた。
「アルさん、ごめんなさい! 油断しました!」
「申し訳ありません。いきなり精神の抵抗力が増して、能力が弾かれてしまいました」
「いいヨ、いいヨ。気にしないでいいアル。お嬢ちゃんたちのおかげで突破口が見えたネ。グランハム、今の見たアル?」
「ああ、見させてもらった。十分な働きだ」
アルとグランハムが目を合わせ、にやりと笑う。
鬼女を見ればわかるように、修殺を受けた顔には亀裂が入ったままである。
修殺は攻撃補正が一倍以下の弱い技なので、それでこれだけのダメージはおかしい。
今までならば液体金属を使ってすぐに修復していたことからも、明らかに何かしらのデメリットが鬼女に発生していることがわかる。
そのうえ最強の援軍までやってきた。
鬼女の真上から巨大な刃が落ちてくる。
「―――ッ!!」
鬼女は思わず腕を使って防御するが、スパンと軽々と斬り落とされて腕を一本失ってしまう。
そして、空から刀を持った白い少年が降ってきて、すたっと着地。
その瞬間、世界が一気に色を帯び、華が咲き乱れる。
こんな雪が降る山脈の寂れた岩場なのに、世界は雪よりも白い彼の登場を祝福していた。
アンシュラオンが―――いる
それだけで勇気が湧く。
魂が震える。愛が満ちる。
もはや怖れるものは何もない。




