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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
「翠清山死闘演義」編
319/618

319話 「美姫の脅威 その5『人を超える者たち』」


「こいつはすごいネ。こういう技もあるにはあるけど、特殊な能力がないとできないものヨ。ミーには無理アル」



 アルが、鉄の華に寄生されて動かなくなった鬼女を見る。


 これだけの魔獣を一撃で葬る能力は、やはり特別で特殊。普通の武人にはできないものだ。


 彼女にとっては忌み嫌っていた力だが、現実を受け入れて愛する者のために使った時、鉄は劇的な進化を遂げた。


 これによってマキもまた、人を超えた領域に足を一歩踏み入れたといえるだろう。



「はぁはぁ―――がはっ!」



 しかし、それだけの力を得るためには代償が必要だ。


 マキが大量の血を吐き出す。



「マキさん! 大丈夫ですか!?」


「これは…身体がとても熱いです」



 小百合とホロロが駆け寄って支えると、身体が異常なほどに熱かった。


 それも当然。彼女の中では鉄すら溶かすほどの熱量が蠢いており、それを叩きつけることで相手を滅する技なのだ。


 マキが吐き出した血にも鈍色の光沢があり、鉄が混ざっていることがわかる。


 何度か血を吐き出し、ようやく落ち着く。



「ありがとう…大丈夫よ。身体の中に残っていた鉄を吐き出したの。はぁはぁ…相変わらずしんどいわね…もう何も残っていないわ。本当にすっからかんよ」



 威力が上がった代わりに消耗も同じように上がっている。


 その燃費の悪さだけは依然として課題ではあるが、強敵を一撃で倒せるだけの秘密兵器があることは、武人にとって最大の利点である。



「これがマキ様のお力なのですね。感服いたしました。我々の上にいて当然の御方です」


「そうですよ! 魔石がない状態でこんなにすごいなんて、やっぱりマキさんは特別ですね!」


「そんなことはないわよ…いつもギリギリだもの」


「本当ね。もっと早くやってほしいわ。見ているほうがヒヤヒヤするもの」



 そこにユキネもやってくる。



「なによ、見ているだけなら楽じゃないの」


「見ているだけのほうがつらいことだってあるのよ。いい? 私はあなたを超えてみせるわ。今はまだ届かないけど、いつか絶対届いてみせる。慢心なんかさせないわよ」


「そんなつもりも余裕もないけれど…いいわ。やれるものならやってみなさい」



 マキもユキネの挑戦を受ける。


 もし特殊な能力がなければ、両者の実力はかなり近いレベルであるため、彼女の言葉もけっして無謀ではない。


 ただし、これにはもう一つの意味がある。



(あなたはそうやって遠くを目指せばいい。いつも前だけ見ていればいい。でも、それは本当につらい道よ。あまりに遠くて絶望して諦めてしまうかもしれない)



 遠い目標を追い続けるのは誰だって難しいものだ。途中で諦めたり、低いレベルで満足してしまう者が大半だろう。


 現にユキネ自身がそうだった。


 芸人としても武人としてもそれなりのレベルにあるが、そこで成長が止まってしまっている。目標がないからだ。旅半ばで諦めてしまっていたからだ。


 だからいつも逃げ道を探して生きていた。


 アンシュラオンと出会った時も、少しでも楽をするために取り入ろうとしていた。


 しかし、マキを見ていると心が熱くなる。無性に求めたくなる。涙が出そうになるほど羨ましくなる。



(私が失ったものをあなたは持っている。私が取り戻したいものを持っている。だからこそ挫折と打算ばかりで生きてきた私が、その背中をつついてやるわ。寄り道なんてさせないからね。あなたが目指す場所は本当に大変なんだから、迷っている暇なんてないわよ)



 小百合とホロロは、マキに対して対抗心がほとんどない。もともと物理戦闘タイプではないことも影響しているのだろう。


 しかし、それではマキの成長が止まってしまう。だらけてしまう。


 それを許さない存在になれるのは、今のところユキネしかいない。遅れて入ってきた部外者だからこそ、それが可能なのだ。



「傭兵隊が押し勝ったようだぞ。もうすぐ第一防塞内になだれ込んでくるはずだ」



 グランハムが、下の戦況を確認。


 アッカランたちが敵を蹴散らし、敗走した小鬼たちを各個撃破して掃討している。


 第一防塞内部もレックスたちが制圧を続けているはずなので、まもなく合流を果たせるだろう。


 これでアンシュラオン隊の任務は終わる。


 そう思っていたが―――



「警戒を解くのは早いアル! まだ動くヨ!」


「え…?」



 マキが視線を鬼女に向けると、鉄化した身体が振動していた。


 パキンバッキンと鉄が割れる音が何度も響き渡り、ついに大きな亀裂が入ると、鬼女の上半身が砕け散った。


 ボロボロと鉄がこぼれ落ちていき、鉄粉が舞う中で大きな影が映り込む。


 そこには上半身を失って下半身だけとなった鬼女の姿があった。



「まだ生きているの!? あんな方法で鉄化から抜け出すなんて…」


「魔獣の生命力にも驚きアルが、あれだけの大きさネ。全身に浸透させるのは容量的に厳しかったヨ。むしろ半分壊しただけでもすごいアル」



 マキの能力は、体内で増殖した鉄を相手に押し付けて内部を侵食するものだ。


 この場合、単純にサイズが問題となる。


 ハプリマンに使った時のように相手が人間ならば、サイズ的に小さいので指先程度の鉄量で十分倒すことができる。


 しかし、鬼女の大きさは三十メートルを超える巨体だ。


 いくら液体金属として放っても、そのすべてを鉄化させるには時間がかかってしまう。


 鬼女は身体がすべて鉄化する前に、身体を切り離して延命したらしい。このあたりは人間にはできない芸当である。



「でも、頭と心臓が無いのなら、もう長くないんじゃ…」



 アンシュラオンがサナに教えたように、たいていの生物は脳と心臓を破壊すれば死に至る。


 要するに身体への命令器官と、実際に身体を動かすための血流を生み出すポンプを潰せば、もう動かなくなるということだ。


 しかし、その常識が通じない相手もいる。



「―――ギギッ…ゴゴァギアイア」



 鬼女から奇声に似た異音が発せられると、下半身部分が変化。


 液体金属が溢れ出し、【新たな顔と腕】が生成されていく。


 顔は相変わらず般若で、腕も四本ある。


 唯一異なるのは、大きさが半分になったことだろう。それ以外は最初の姿と同じだ。



「なんなの…こいつ。分裂でもしたの!?」


「魔獣の生態は複雑ヨ。そういうタイプもいそうネ」


「じゃあ、全部を潰さないと倒せないの!?」


「敵が戦闘態勢に入ったアル! 注意するネ!」



 身体の調整を終えた鬼女が、まず標的にしたのがマキ。


 下の二本の手と足で地を弾きながら、こちらに猛スピードで駆けてくる。


 大きさは十五メートル程度になっているものの、その分だけ身軽になって速度が上がっている。


 一気にマキに接近すると、背中側の二本腕でぶん殴った。



「ぐっ…!! 身体が…動かない!」



 マキはすでに戦気の放出すら満足にできない状態である。一撃受けただけでも身体中が悲鳴を上げる。


 そこに鬼女の拳のラッシュ。


 マキを逃がさないように四本の腕を使って滅多打ち。明らかに潰しにきていた。


 なぜならば、この場で唯一自分を倒せる力を持った危険な相手だからだ。



「そのまま引き付けるネ!」



 マキが攻撃されている間にアルが背後に忍び寄り、発剄で攻撃。


 だが、鬼女の背中が蠢くと『新たな顔』が生えて、口から液体金属を噴射。


 アルは攻撃を中断して防御するが、上半身にまとわりついて凝固。動きが封じられる。


 そこに新たに生えた五本目の腕が、ぶん殴る!


 アルは飛ばされながらも回転して着地しつつ、発気で金属を排除。拘束を解く。


 しかし、今の一撃で左肘が破壊されてしまい、腕がぶらんと垂れ下がっていた。



「こいつ、何ネ? どんどん変になっていくアル」


「老師、離れろ! 援護する!」



 グランハムが術符を発動。


 火痰煩かたんはんの術式が鬼女の顔に当たると、ジュウウと焼け焦げて変形するが、また液体が噴出して顔が再生する。



「術が効いた? 防御力が弱まったのか?」


「形態が変わったと見るべきネ。もしかすると、あの液体金属のほうが本体なのかもしれないヨ」


「まったくもって奇妙な魔獣だな」



 最初は液体金属が固まり、攻防力に優れた大型の形態。


 それが破壊されたため、残った液体金属が主体になったスピード変則型の形態。


 どちらも厄介ではあるが、物理防御が弱まったのは朗報だ。



「術が効くのならば、私でもやれる! サナ、追い込むぞ! キシィルナから引き剥がす!」


「…こくり!」



 グランハムとサナが術符を使って鬼女を攻撃。


 大きなダメージは依然として与えられないが、通常の三割程度の威力は通っているようだ。


 敵も小さくなったためマキを捕らえることまではできず、執拗な攻撃に一度離れる。



「無事か、キシィルナ!」


「…はぁはぁ……ちょっと限界…かも」


「ユキネはキシィルナを連れて下がれ! もう戦闘は無理だ!」


「わかったわ! ほら、支えてあげるから!」


「あなたに肩を貸されるのは複雑ね…」


「文句を言わない! 早く行くわよ!」



 ここで残念ながらマキが後退するが、半分だけでも敵の力を削いだのだから、かなりの活躍といえるだろう。


 ただし、いまだ鬼女は力を残していた。


 術の攻撃も液体金属を集中させることで弾かれてしまう。


 仕舞いには液体金属が身体の外に流れ出て、触手のように蠢きながら鬼女の周囲を覆っていく。


 銃を撃とうが術符を使おうが、どれも効果が乏しい。



「ちぃ、しぶとい! 効いているのか効いていないのか、よくわからん!」


「少しずつは削れているヨ。これを続けるしかないネ」



(老師の言葉は正しい。いつかは倒せる。…が、このままでは消耗が激しくなるな)



 警備商隊だけでなく混成軍全体でも、すでにかなりの銃弾と術符を使ってしまっている。


 術符は幸いながら、ベルロアナの白スレイブであるアカリが作れるので買い取ることも可能だが、一日に作れるのは二十枚が限度なので供給が圧倒的に間に合わない。


 まだ三大ボスを残している以上、ここで鬼女相手に長期戦になるのは避けたいところであった。


 むしろ相手が要塞を作ったのは、それが狙いだろう。このままでは相手の思う壺だ。


 グランハムに焦燥感が募っていた時、ホロロと小百合が前に出る。



「小百合様、こういう敵こそ我々の出番ではないでしょうか」


「そうですね。今も物理攻撃が効きにくい相手ですし、私たちのほうが相性が良さそうです。弱った今ならば仕留められると思います」


「…やれるのだな?」


「私たちはアンシュラオン様のスレイブです。マキさんがここまでがんばったのですから、今度は私たちが想いを引き継ぎます」


「了解した。任せる」



(アンシュラオンのメイドたちか。ソブカの話では二人も危険だと聞いているが、お手並み拝見だな)



 グランハムたちが退き、代わりに小百合とホロロが鬼女と対峙。


 鬼女も興味を抱いたようで、二人を悠然と待ち構えていた。


 この状態になってもまだ余裕ぶった態度に、二人がカチンとくる。



「あの鬼は少々我々をなめているようですね」


「それは感じますよね。態度にも出ていますし。きっと私たちが戦闘タイプに見えないせいでしょうね」


「では、その見立てが間違っていることをわからせるために、少々痛い目に遭わせてやりましょうか」


「そうですね。マキさんがやられた分を返してあげないといけません。私たちの大事な家族を傷つけたのですから、報いを受けてもらいましょう」



 マキは単独で人の領域を一歩踏み超えた。


 幾多の奇跡が重なったとはいえ、それ自体はすごいことだ。人を超えることなど簡単にはできない。


 が、ここにも違う方法で人の領域を超えつつある者が二人いる。



「ご主人様と敵対すること自体が罪。それを思い知りなさい」



 ホロロの目が、赤い輝きを帯びて魔石が発動。


 『リズホロセルージュ〈神狂いの瑠璃鈴鳥〉』が背後に出現する。


 彼女の目の色に呼応して魔石獣の目も赤く輝くと、翼を広げて羽を飛ばす。


 鬼女は液体金属を周囲に展開して防御。


 しかし、羽はそれを素通りして身体に突き刺さった。


 鬼女の身体や液体金属がいかに強固とはいえ、あくまで物質上のことだ。その内部にある『精神に作用』する羽には通じない。


 刺さった羽には鈴が付いており、少しでも動くとチリンチリンと音を立てる。



「…?」



 鬼女は珍しそうに腕を動かして、自身に刺さった鈴を見つめていた。




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