317話 「美姫の脅威 その3『外気と内気』」
(なんとか時間稼ぎはできたアルか。一度退避して―――)
と、アルが回避した直後であった。
鬼女がにやりと笑うと同時に、腕から煌めき。
光沢のある皮膚がモリモリと盛り上がり―――バシュンッ!
「っ…!」
皮膚が破けて体内から『塊』が発射され、回避直後のアルの頭部に直撃。
アルは体勢を崩しながらも、くるくると回転して着地。
片足一本で見事に身体を支えてみせる。
「老師!」
マキが駆け寄る。
防御の戦気を貫かれてダメージを受けたアルは、頭部から出血していた。
「大丈夫ヨ。問題ないネ」
だが、怪我をしたはずのアルは、目を細めてにんまりと笑う。
さすが妖怪ジジイ。これくらいでは倒れもしない。
アルたちは一度間合いを取って仕切り直し。再び睨み合う。
「今のはいったい何ですか?」
「これを飛ばしてきたアル」
アルは攻撃を受けた際に咄嗟に手で防御しており、その物体をキャッチしていた。
それでもなお出血を伴うダメージを受けたのだから、無防備な状態で直撃していたら、頭が割れていた可能性もあった危険な攻撃だ。
「これは…石? 『銀』みたいな感じの鉱物ね」
「たぶん、あいつの身体の一部アル。さっき指を破壊した時にも少し見えたネ。やたら硬いと思ったら、内部にそれと同じものが大量に詰まっていたヨ。砂利みたいな感じだったアル」
鬼女がここまで強固なのは、皮膚の硬さと凝縮した分厚い筋肉に加えて、小さな銀色の鉱物を内包しているからのようだ。
通常はそれらを溶かした『液体金属』の状態で体内に溜めておき、強化したい場所に集中させて硬質化することで、部分的な防御力をさらに高めている。
複雑そうに聞こえるが、魔獣版の戦気術のようなものだと思えばよいだろう。
重要なことは、相手が能力を十全に使いこなしている点だ。
「こいつ、見た目のわりに頭いいヨ。戦闘経験値も高いネ。魔獣は専門外だけど、久々に面白くなりそうアル」
アルの目が薄く開き、凄まじい殺気が滲み出る。
普段は樽に入るような茶目っ気のある老人だが、本業は殺し屋である。負傷したことで逆に武人の血が燃え立つのだ。
「老師、このままいけるか?」
「やれるヨ。発剄ならダメージを与えられるネ」
「了解した。では、老師を中心に戦術を組み立てる! 他の隊員はサポートに徹しろ!」
グランハムの頭の碁盤の中に彼我の戦力が置かれ、戦術を組み立てていく。
ただし、いつもの第一商隊ならば阿吽の呼吸で隊員が動いてくれるが、ここはアンシュラオン隊である。集団戦闘の経験値が少ない者ばかりであり、その戦術を伝えるのは難しい。
たとえば今、グランハムが術符を展開して網の目状に雷撃を放った。
これは敵の動きを牽制すると同時に、フェイントの意図があるのだが、何の説明もなしに理解することは難しいはずだ。
達人のアルならば、ある程度は合わせてくれるが、強敵との勝負では刹那の時間さえ惜しまねばならない。
そこで間を受け持つのが―――黒い少女
「…じー」
サナが術符を取り出すと、グランハムが放った網の目の隙間を狙って雷貫惇の術符を起動。
雷撃は網目をすり抜けながら空中で軌道を少し変化させて、鬼女の目元に命中。
「ッ…!」
人間でいうところの、ちょうど涙点の位置に当たり、思わず驚いた鬼女が顔を背ける。
サナは続けて雷貫惇を発動。
こちらも網の目の隙間を狙って放たれると、空中で微妙に動きを変化させて、顔を背けた鬼女の鼻の穴に命中。
「ッッ!?」
やはり鬼女とはいえ、目元や粘膜がある場所は比較的弱いらしい。軽い火傷程度のダメージではあるものの、かなり効果的だった。
しかし、これはサナが考えてやったことではない。グランハムの指示通りに動いただけなのだ。
「いいぞ、サナ! その調子だ!」
「…こくり!」
(私の攻撃は敵に通じないが、指揮を執ることはできる。隊を預かった以上は、アンシュラオン並みの働きをしなければな)
グランハムは無意味なことをしない。
この網の目は―――『攻撃ポイントの指示』
今までの戦闘で把握した敵の戦闘データを計算し、もっとも効率的で効果的なポイントを指し示していた。
それを即座に感じ取るだけでもすごいが、サナはもっとすごいことをやっている。
水や風、火といった他の選択肢がある中で、彼女は同じ雷属性の術符を選択した。
雷には同属のものを引っ張り結びつける力がある。その性質を利用し、空中で同じ雷に引っ張られることで微妙に軌道を変化させ、相手がよけにくくなる効果を得ていたのだ。
場合によっては意図しない場所に向かうこともあるが、そのランダム性は強敵相手にはむしろありがたい。自分がどこにいくかわからないのならば、相手もどこに来るかわからないのである。
(属性の判断が的確で見事だ。わざわざ説明しなくても反応できる感受性も素晴らしい。まさに天才。一緒に戦っていてこれほど楽しい者はいない)
すでにサナは、グランハムと一緒に何度も戦っている。
彼の意思、彼の傾向性、彼の動きを肌で感じているからこそ、瞬時に合わせることができるのだ。
そして、サナが動けば隊全体も動く。
サナを援護するようにホロロが狙撃。ガトリングではなくピンポイントで目を狙うことで、敵の動きを少しでも遅らせようとする。
小百合はサナの動きを注視しながら、いつでもカバーできるように跳び回って空間の出入口を作っていく。
マキも万全ではないものの、敵に接近することで注意を引く。
そして、アルが顔に向かう―――と見せかけて、足を狙って発剄を打ち込む。
放ったのは、以前アンシュラオンも使った『金剛烈鋼掌』である。
因子レベル4の発剄の一つで、打撃と同時に衝撃波を内部に叩き込む技だ。
鬼女は外殻が硬いため打撃自体はさほど意味を成さないが、浸透した剄が内部から筋肉を破壊。
「ふーむ、これはあまり効率的じゃないネ。もっと内部破壊に特化させたほうがよさそうアル」
アルは鬼女の身体にまとわりつきながら、次々とさまざまな発剄を叩き込んでいった。
一番効果があったのは『雷神掌』。
アンシュラオンもたびたび使っているが、内部破壊と同時に敵を感電させて動きを鈍らせる技だ。
鬼女の身体の中にある『液体金属』は雷を通すことから、打撃を与えた以上に他の場所にも効果が出ている。
この点に関しては鬼女も弱点を理解しているのか、液体金属を集中させて凝固させることで伝導率を下げたり、棘をアース線代わりに使っているのだが、その挙動はすべてアルに見透かされていた。
敵が足に力を集中させれば、即座に標的を変更して腕を狙い、腕を狙うと見せかけて顔を狙うこともある。
老練で老獪。
移動も無駄がなく、攻撃も硬軟併せ持ち、判断も的確で迅速。
鬼女の反応を上回る速度と経験値で、どんどん相手の身体を削っていく。
(す、すごい…これが老師の力! レベルが違うわ!)
あまりの戦いぶりにマキが唸る。
単純な殴る蹴るの威力ではマキのほうが上だが、武そのものの扱い方に雲泥の差があった。こればかりは年季の違いとしか言いようがないだろう。
思えばアルが全力で戦う光景を見るのは初めてだ。ライザック戦でも『稽古』のような雰囲気があったことから、あれも本気ではないことがわかる。
そもそもアンシュラオンと小突き合うことができる段階で、この老人はただ者ではないのだ。
「どうしたネ」
「わっ、老師!?」
敵の攻撃をかわしながらも器用にアルが話しかけてくる。
その間も反撃を繰り出しているのだから、たいしたものだ。
「ユーも参加するネ。このチームのアタッカーは、お嬢ちゃんアル」
「でも、私じゃ攻撃が…」
「お嬢ちゃんは『内気功』が苦手のようネ」
「はい。私の先生は得意だったんですけど…」
「見た感じ、練気がそんなに得意じゃないネ。納得ヨ」
「うっ…すみません…」
武人の戦気術は、主に『内気功』と『外気功』の二種類に分かれる。
一般的な解釈でいえば、内気功とは身体の内部で気を生み出して巡らせる技術であり、生体磁気の活性化による身体の治癒や、戦気の火種を生み出す力を指す。
対する外気功は、身体の外の力を吸収して操る技術であり、大気中に存在している神の粒子を操作して戦気を増幅あるいは放出したり、属性(精霊)の力を操る際に求められるものだ。
武人の能力や攻防力、技を生み出す際には、必ずこの両者の力を使っているわけである。
そして例外はあるものの、基本的に両者はそのまま『内部破壊』と『外部破壊』の得手不得手に直結する。
外気功が得意なマキの場合は、増幅した戦気のエネルギーを外部破壊にあてているため、鬼女のように外殻が異様に硬い相手は苦手としていた。
一方、アンシュラオンやアルのように内気功が得意な武人は、細かい制御を常日頃から行っているため、相手の内部に上手く力を送り込むことができる。
つまりは、【マキは発剄が苦手】なのである。
「こんなことになるなら、もっと真面目に勉強しておけばよかったわ!」
「向き不向きもあるからネ。長所を伸ばしたほうが成長は早いアル。逆にミーたちは外部破壊がそこまで得意じゃないヨ」
「発剄がないと戦えないでしょうか?」
「そういう相手ネ。内部から破壊しないと無理アル」
「…ならば一つ。私にも一つだけ発剄に近い技があります。それが決まれば、あいつだって倒せるかも」
「なら、試してみるといいヨ。みんな、ちょっと離れるアル!」
アルが両手を広げると、二つの掌に生まれた戦気の球体が急速回転。
二つの大きな渦が大気を巻き込んで、どんどん肥大化していく。
「むっ、老師…何かやるつもりか? 近くにいる者は一旦離れろ!」
アルから発せられる強力な戦気を察知したグランハムが、警告を発する。
それに従って誰もが敵から離れた直後、技が完成。
二つの渦が合体して竜巻状になった戦気が、大地を抉りながら突き進んで鬼女を呑み込んだ。
ライザック戦でも使った『赤覇・双竜旋掌』という因子レベル4の技である。
この技も、回転する渦を制御する内気功の技術と、放出維持する外気功の技術が必要になる高難度の技だ。
(やっぱり凄い。同じ技術を使っていても結果がまったく違う。私の外気功は、増幅させた戦気を単純に身体にまとわせるだけだから、こんな複雑な処理はできないわ。アンシュラオン君の戦いを見て知ってはいたけど、武とはここまで奥深いのね)
練気も放出も苦手なマキは、自身の肉体を使うしか手がないのだ。
強力な物理攻撃ばかりが注目されても、結局はそれしかできないからやっているにすぎない。内気も外気も両方できたほうがよいに決まっている。
「何をぼんやりしているネ! いくヨ!」
「は、はい!」
戦気の刃の激流に呑まれても、鬼女の身体には細かいかすり傷が生まれるだけで致命的なダメージは与えられない。
やはり力を直接、内部に叩き込まねば倒せない相手なのだ。
アルが技を制御しながら、マキを先導するように接近。
両手が塞がっているので足で発剄を繰り出す。
こちらもライザック戦で使った覇王技、『蹴透圧』である。
あの時は『戦気貫通』という効果があったが、相手が魔獣の場合でも本質は同じ。
足で生み出した『剄』を外殻の波長と合わせて防御を無効化し、体内に直接流し込むと―――ブチンッ!
外殻の中にあった筋肉が破れる音がする。力が内部に通った証拠だ。
「あ、足で! なんて高等技術を!」
「ほら、お嬢ちゃんもやるアル」
「足は無理です!」
「やらないと死ぬヨ」
「っ…!」
アルの技を受けても鬼女は止まらない。
強引に真上から手を振り下ろして潰そうとしてくる。
「くっ! このっ!」
マキは咄嗟に手を蹴り飛ばすが、相手の圧力のほうが上。
弾き飛ばされて独楽のように回転し、地面に叩きつけられる。
「ぐうう……」
「普通の攻撃は通じないヨ。早く立つネ。棘がくるアル」
「はっ!?」
倒れたマキに棘が襲いかかる。
慌てて跳び起きてギリギリ回避するが、危ないところだった。
左腕の骨は強引に戻したが、完全に回復するには至っていないことも動きが鈍い要因である。
「老師、何をしている! キシィルナを前に出しても使い物にならぬぞ!」
「なんですって!?」
「事実だろう! 今のお前は役には立たぬ! それよりは老師を中心に組み立てたほうが勝率が上がる!」
グランハムが、少しばかり焦りを滲ませた表情で叫ぶ。
それだけ目の前の鬼女が強敵であることを示している。彼にも余裕がないのである。
だが、経験豊かな老人は笑う。
「ミーだけじゃ無理ヨ。ちまちま攻撃しても、すぐに回復されるアル」
アルが破壊した鬼女の指も、今は薄い外皮が復活するまでに回復している。
鬼女は『自己修復』スキルも持っているうえ、体内を巡っている液体金属で傷を修復することもできるようだ。
アル自身の攻撃は通じても、単独ではどうやっても間に合わない。その前にこちらが力尽きてしまう。
「マキ・キシィルナ、あいつを倒すにはユーの力が必要ヨ」
「っ…老師!」
「若いうちは何度も失敗するものネ。それでまだ生き残っていられれば儲けものヨ。武人は戦えば戦うほど強くなるアル。もし今までの失敗で自信をなくしていても、今この場で限界を超えればいいヨ。アンシュラオンが来る前にあいつを倒すアル。いいネ?」
「はい、やらせてください!」
「グランハムもいいネ?」
「私にあなたを束縛する権利はない。老師が決めたのならば従うだけだ。だが、キシィルナ、やるのならば絶対に勝て! お前と心中など御免だ!」
「こっちだって同じ気持ちよ! やられた分は絶対にやり返してやるわ!」




