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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
「翠清山死闘演義」編
315/619

315話 「美姫の脅威 その1『鬼女』」


 目の前で商隊員が『巨大な手』に握り潰される。


 手の大きさは指を広げると八メートルはあり、平均的な二車線道路の幅くらいであろうか。


 そんな大きな手に掴まれる様子は、まるで人間が無造作に虫を鷲掴みした光景に似ていた。


 指の隙間からは、ぐちゅっと大量の血液と肉片がこぼれ落ちている。もはや確認するまでもなく、中の隊員は即死である。



「なっ…何が…」



 近くにいた隊員も、あまりに突然のことで何が起きたのか理解できず、棒立ちになっている。


 だが、その間も事態は進行していた。


 次に出てきた『もう一本の腕』が三人を掴み、『三本目』、『四本目』と出てきた腕で、さらに八人が掴まれる。


 計十一人が捕縛されると―――ブチャッ!


 握り潰されて、あっという間に十六人の隊員が圧死。



「下に何かいる―――」



 と、叫ぼうとした隊員にも、真下から急浮上してきた大きな棘が突き刺さる。


 たとえるのも憚られるが、スズメの焼き鳥のように、ずっぷりと一本の棘が頭の先にまで貫通していた。



「ごぼっ…ごごっ……」



 隊員は完全に虫の息。


 武人だからこそ生きているが、まだ息があるというだけの状態だ。



「貴様! よくも私の部下を!」



 これにグランハムが激怒。


 珍しく強い感情を露わにして赤鞭を振るうが、虫を追い払うように大きな手にバシンと弾かれた。


 この赤鞭は衝撃波を伴うため、根絶級魔獣の筋肉さえ破壊するほどの威力があるものの、当たった箇所には傷一つ付いていない。



「ちぃっ! 術符ならばどうだ!」



 グランハムは即座に戦術を切り替えると、術符の連続起動を行う。


 今回は大量に撒くのではなく、五枚の術符を一点に集中させて威力を高めるのが狙いだ。


 五つの水の刃が一つの棘に集中したことによって、わずかに亀裂が入った。


 が、破壊するには到底至らない。



(術の集中攻撃で亀裂程度だと!? この耐久力の高さはなんだ!)



 因子レベル1の術とはいえ、グランハムの魔力で放つ水刃砲はかなりの威力がある。


 それを一点に集めてもこの程度。蚊に刺されたくらいの痛みしか与えていない。これでは五十枚撒いても百枚撒いても、大きなダメージは見込めないだろう。


 こうなるとグランハム単独ではどうしようもない。



「総隊……長……すみま…せ―――ぶはっ」



 棘に刺さった隊員は、ここで絶命。


 必死に助けようとしたが、残念ながら間に合わなかった。



「離れろ! 普通の敵ではないぞ!」



 部下が殺されて凄まじい怒りに満ちているが、ここで冷静な対応を取れるからこそ総隊長なのである。


 他の隊員を下がらせ、サナやマキたちも大きく距離を取る。



「サナちゃんは一旦後ろへ! ゲイルさん、サリータさん、彼女を守って!」


「はい! お任せください!」


「今回はやばそうだな。お前ら、迂闊に前に出るんじゃねえぞ!」



 マキも強い危機感を抱き、すぐにサナを守る行動を取った。


 彼女が強い武人だからこそ、ひしひしと感じるプレッシャーがある。



(なんなの、この圧力! 今までの敵とは違うわ。それにグランハムが気配を感じ取れなかったなんて…)



 グランハムの波動円のレベルは高く、間違いなく達人レベルだろう。


 その彼をもってしても、こんなに大きな手の存在に気づかなかった。それが一番の恐怖である。



「出てくるぞ! 警戒しろ!」



 グランハムの言葉に、周囲に緊張が走った。


 大きな手が大地を破壊しながら飛び出すと、手同様に大きな腕が姿を見せた。


 腕がすべて出ると掌を大地に押しつけて、その腕に見合う大きな身体を引っ張り上げる。



「でかいな…」



 思わずグランハムが呟いてしまうほど、それは大きかった。


 全長は三十五メートルほどの巨体で、獣のように四つん這いになっていなければ、あまりの高さに見上げてしまうほどだっただろう。


 まず目に入るのが、すでに見た『四本』の大きな腕。


 腕は光沢があって常時キラキラと輝いており、まるで大量の宝石が散りばめられたようだ。


 グランハムの赤鞭を弾いたことからも極めて頑丈で、隊員を軽々と握り潰した強力な膂力も持ち合わせている。


 背中側に付いている二本の手は人間同様に自由に使えるようにぶら下がり、下側の二本の手は地面に密着して身体を支えていた。


 腕を辿って視線を移せば、さきほど隊員を貫いた長さ三メートルはありそうな棘を大量に身にまとった身体がある。


 身体全体は大きいながらもすらっとしているが、棘の隙間からは、みっちりと詰まった筋肉の隆起が見て取れた。


 下腹部にも腕同様、光沢と棘が入り交じった足が二本生えていて、大きな体躯をがっしりと支えている。



 そして、一番気になる顔は―――【般若】



 大きな角が一本と左右に小さな角が二本が生えた、憎しみと嫉妬に塗れた【鬼女】の顔をしていた。


 あまりの大きさと異形に驚いて誰もが動けないでいる中、グランハムとマキが最前列に出て様子をうかがう。



「なんだこの魔獣は? こいつも『鬼』なのか? あの小鬼たちとは随分と雰囲気が違う」


「そうね。さっきまで戦っていた鬼よりも魔獣っぽいわね。こちらのほうが『鬼獣種』のイメージに合うわ。やつらの親玉ってところかしら?」


「たしかに大型の竜がいたのならば、鬼にも大型のものがいてしかるべきか」



 全体的なフォルムは獣寄りになっているが、紛れもなく『鬼』といえる容貌である。



「でも、どことなく女性っぽい感じがするわね。雌の鬼かしら?」



 それを見たユキネが、ぼそっと印象を述べる。



「鬼に雌なんているの?」


「そりゃいるでしょう。子孫繁栄には女が必要だろうし」


「サイズが違くないかしら?」


「そこは生殖器さえ合えば、なんとかなるんじゃない? 身体が大きいほうがたくさん産めるもの」


「それはそうだろうけど…あなた、こんな時でも変なことを考えているのね」


「大事なことだと思うけど?」



 ユキネの発言にマキが呆れるが、基本的に地上の生物には雌雄が存在する。


 種族が違うのでわかりにくいが、目の前の鬼はブイダイオーガと比べると美麗で、全体的に曲線が多く見受けられて柔らかい印象を受ける。


 そもそも般若の面とは女性を示したものなので、もしかしたらユキネの意見が正しいのかもしれない。


 しかしながら自然界では、女性のほうが強いのが定説だ。



「フシュルルル」



 何度か腕を回して準備運動を終えた鬼女が、隙間風に似た呼吸音を放ちながら、こちらを見つめる。


 その目には、人間に対する明確な敵意が宿っていた。



「もっと距離を取れ! 最大警戒だ!」



 グランハムが叫んだ瞬間。


 鬼女が筋肉を収縮させて解き放つことで、胸付近の棘が二十メートルほど伸びて商隊員を襲う。



「伸びたぞ!?」


「よけろ! さっきのやつだ!」



 かなり長く間合いを取っていたので、初撃はなんとかかわすことに成功するが、棘は一つではない。


 身体中の棘が、時間差で次々と伸びて襲いかかる。


 ここは第一防塞と第二防塞の中間にある高台エリアだ。そこまで広い場所ではないため、追い詰められた隊員たちに棘が突き刺さる。


 棘は鎧を簡単に貫通。


 串焼きのように何人もの隊員が刺さって動けなくなった。



「ぐうう…ごぼっ……」


「このやろう…離せ…!」


「………」



 鬼女はその大きな目で、隊員が悶える様子をじっと観察。


 小刻みに棘を揺らしたり、指で軽く弾いて反応を見ている。


 その姿は、人間が爪楊枝で刺した虫の様子を見物しているようであった。


 そして、にぃっと頬が持ち上がり、般若の顔が笑みの形に歪む。


 その表情からは、相手を傷つけて楽しんでいる『嗜虐心』が感じ取れる。



「化け物が! なぶるつもりか! 応戦だ!」



 激怒した商隊員たちが、銃撃で応戦を始める。


 彼らが使う銃弾は術式弾なので、ブイダイオーガだろうが集中砲火で落とすことができた。


 がしかし、鬼女にはまったく通用せず、ことごとく弾き返される。


 弾体部分はもちろん術式の火炎や雷撃が迸っても、その身体にまとった光沢のある外殻が、それ以上の防御力を生み出して防いでしまうようだ。


 グランハムの術符でも微細なダメージしか与えないのだから、当然の結果ともいえる。



「馬鹿な! 術式弾が効かないなんて!」


「また来るぞ! あの棘に注意しろ!」



 棘の間合いに入らないように広く間合いを取るが


 鬼が腕を引き絞り―――ドーーーン!


 地面に強烈な勢いで叩きつけると、凄まじい風圧と衝撃波が発生。



「なっ―――うあぁあああ!」



 それは大地を破壊しながら向かっていき、巻き込まれた十数人の隊員が吹き飛ばされる。


 その衝撃は凄まじく、盾がへこみ、鎧がひしゃげ、身体中の骨が砕けながら防壁から落ちていった。


 落下先を見るまでもない。間違いなく即死の一撃だ。



「なんだ…よ、これは…」


「化け物すぎだろうが…」



 目の前で仲間が簡単に死んでいく光景に、レックスたちも呆然としていた。


 それも仕方がない。普段の彼らの任務は商品輸送の護衛であり、こんな化け物と戦うことまでは想定していないのだ。


 優れた傭兵が集まった警備商隊だからこそ今まで対応できていたが、このレベルに至ると完全に専門外である。



「お前たちは後退しろ! 手に負える相手ではないぞ!」



 完全に恐怖で萎縮してしまっているレックスたちに、グランハムが叫ぶ。



「し、しかし、ここで撤退しては…仲間の仇が!」


「こういう化け物退治は、それに見合った部隊が担当すべきだ。お前たちがここにいても犠牲が増えるだけだろう。ここはアンシュラオンの隊と私が対応する。キシィルナ、サナ、やれるな!」


「もちろんよ! ここで逃げ出すわけにはいかないもの!」


「…こくり!」


「お前たちは、このまま第一防塞に乗り込んで制圧を続けろ! 我々は誇り高きザ・ハン警備商隊の第一商隊だ! それを忘れるな!」


「は、はい!」


「じきにアンシュラオンが増援にやってくる。それまで耐えればいい。あいつが来れば、どんな敵だろうがどうとでもなる」


「了解しました! 化け物退治は専門のハンターに任せます!」


「そうだ。それでいい。さぁ、行け!」


「はっ!」



 アンシュラオンの名を聞いたことで、商隊員に平静が戻ってきた。


 防塞を破壊した覇王彗星掌の凄さと、実際に竜を討伐したことで実力を見せつけたことが奏功しているようだ。



(こういうときはアンシュラオンの名前が役立つものだ。破天荒な男だが、あいつがいると思うと恐怖はなくなるな)



 アンシュラオンがいれば、なんとかなる。


 グランハムでさえそう思えるのだから、他の隊員が同じように思っても不思議ではないだろう。


 いつの間にか、彼の威風は混成軍全体を支えるものとなっていた。




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