314話 「五重防塞攻略戦 その7『中心にいる者』」
「少しばかり知能があるとはいえ、所詮は魔獣だな! その程度の連携では話にならぬぞ!」
グランハムも遠い距離から赤鞭で援護。
少しでも危険な位置にいる敵を選び、武器を持った腕を吹き飛ばしたり、絡め取って敵にぶつけて妨害する。
「サナ、後ろは私に任せて前の指揮を執れ!」
「…こくり!」
グランハムがアンカーの位置に入ったことで、部隊全体のバランスが抜群に上がり、結果としてサナが攻撃に集中できるようになる。
「おし! 俺らもいくぞ!」
「白兵戦は望むところさ! 蹴散らしてやるさね!」
ここでユキネと小百合が一度下がってスイッチ。
すれ違いざまにゲイル隊とサリータとベ・ヴェルの前衛部隊が突撃を開始する。
「うおおおおおおおおお!」
「―――ゴッ!?」
大盾を構えたサリータの全力の突撃で、小鬼の顔面が陥没。
そこにベ・ヴェルが飛び込むと、風斡大剣を叩きつけてとどめを刺す。
攻撃直後のベ・ヴェルの背後に小鬼が迫っても、サリータが攻撃を盾で凌ぎつつ、ボムハンマーで迎撃。
硬い鎧に強引に杭を叩きつけて穴をあけると、直後に爆発。
肩口を狙ったので武器を持った腕ごともげる。
「ベ・ヴェル、前に出すぎるなよ! 強いぞ!」
「わかっているよ! でも、妙に身体に力が入るのさ。今の調子なら、まったく怖くないね!」
二人のコンビネーションはいつも通りだが、今まで以上の力強さが感じられる戦いぶりだった。
特に描写はしていないが、あれからも日々賦気を与えられ続け、山道を歩く時も重い台車を引っ張る等、地道なトレーニングも欠かしていない。
もともと闘争心が強いベ・ヴェルの体表には、うっすらと赤い炎が揺らめいていた。
真面目で不器用なサリータは多少てこずっていたが、自身の不甲斐なさに対する怒りをもって闘争心を増し、同じく体表には赤い揺らめきが見える。
人喰い熊戦後から始めた戦気の修練が、ようやく形になってきたのだ。師匠のアンシュラオンも喜ばしい結果だろう。
その成長に先輩の傭兵としてゲイルも笑みを浮かべる。
「ほぉ、少しは足腰がしっかりしてきたようじゃねえか。兄弟に鍛えられただけはあるな」
「自分とて隊の一員になったのだ! まだまだ未熟だが、傭兵一人分の力にはなってみせる!」
「当然さ! このあたしが頭を下げたんだ! これくらいの見返りはないとね!」
「それだけ気迫が乗っていれば十分だ! もういっちょいくぞ!」
すでに敵の隊列が大きく崩れていたこともあり、ゲイルたちは見事押し合いに勝利。
小鬼たちを蹴散らして完全に優位に立った。
そして、一気に勝負を決めるためにサナが飛び出し、体勢が崩れた相手を確実に仕留めていく。
守りを一切考えなくてよいサナの動きはキレキレ。
距離が近い屋内戦なので黒千代は控え、リーチが短く使いやすい黒兵裟刀を選択。素早い動きと短い間合いで首を狩って次々と首級を挙げていく。
術符の使い方もかなり上達しており、敵の位置を見定めると、刀で前の敵を仕留めつつ、もう片方の手で術符を発動。背後の敵の心臓を術で貫いたりもしている。
「ほいっとネ」
サナだけでは倒しきれない相手も、アルが手刀で首を撥ねてとどめを刺す。
最初にマキたちが突撃を仕掛けて機先を制し、次にゲイルたちが押し込んで優位を確立し、最後にサナとアルが各個撃破していく。
この戦術がはまり、三十体いたブイオーガたちは全滅。
奇襲を仕掛けたこともあり、こちら側の損害は軽微だった。初戦は大勝利である。
しかし、ここは敵の防塞だ。
「増援が来るぞ!」
「二十七番隊は下がれ! こちらが代わる!」
「みんな、一度後退よ! ザ・ハン警備商隊に任せましょう!」
マキたちは突撃は得意だが、その後の受けは苦手としている。部隊の性質上、出したら出しっぱなしになってしまうのだ。
赤鳳隊がいない今は、より部隊として安定感のあるザ・ハン警備商隊が、代わりに弱点を補ってくれるだろう。
この場にいるのはグランハム直轄の第一警備商隊なので、誰もが一級品の傭兵と言っても過言ではない実力者たちである。
彼らは見事な連携で次々と第二防塞内部を制圧していく。
「でかいのには気をつけろ! 集中砲火で対抗しろ!」
当然ながら防塞の中にも上位種のブイダイオーガがいる。こちらも外同様に、割合はニ十体に一体いるかいないかである。
ブイダイオーガに対しては、普通の乱戦になれば相手が有利なのは明白であるため、術符や術式弾の集中砲火で対応。
十人隊が三つ、約三十人が並ぶと、逃げ場がないほどの銃弾で通路を埋め尽くす。単体の武装ではホロロのガトリングに及ばないが、それを数によって補っているのだ。
この個体は人喰い熊並みの耐久力を誇っているものの、さすがに耐えられず絶命する。
グランハムたちは制圧を続けながら、部隊を等間隔で配置して安全を確保。
そうして少しずつ敵戦力を減らしていき、第二防塞を完全に制圧することに成功した。
「怪我人は?」
「二十五人ほどです」
「負傷者はここに残って後方支援に務めろ。メッターボルンたちの援護も忘れるな」
「了解しました」
(アンシュラオンがいなかったら、ここで大半の戦力を失っていたな。そもそも勝ち目がなかった可能性もあるか)
制圧は極めて順調に見えるが、実際はグランハムでさえ冷や汗を掻くほどの戦いだ。
小鬼は魔獣としては安定した力を持っていて隙がない。上位種もベアルがいると思えばよいので、かなり厄介である。
もし最初の覇王彗星掌がなければ、まずここまで優位に事を運べていないだろう。いまだ要塞に突入できずに外で右往左往していたはずだ。
そして、ちょうどその時、外で大きな音がして防塞が揺れる。
金竜美姫がアンシュラオンによって倒されたのだ。
ここからではどんな戦いだったのかわからないが、放たれた波動の質が明らかにアンシュラオンのものだったことで、グランハムも勝利を確信した。
「大きな竜はアンシュラオンが倒した! 我々もここで勝負を決めるぞ!」
「おおおおおおおおお!」
「これより第一防塞に突入を仕掛ける!」
少し疲れが見えた時に、これはありがたい。
気合を入れ直し、続いて第一防塞の外郭に下りた時、火球が襲ってきた。
遠距離攻撃のために配備されていた『バルザインドラゴ〈轟腱火竜〉』たちである。
こうして近づいて見るとかなり大きく、迫力も圧力も半端ではない。味方がいない森などで遭遇したら、誰もが命の危機を感じ取るほどの魔獣だ。
「ブレスがかなり強いわね…。どうする? 強引に突撃する?」
マキが断続的に続くブレスを岩に隠れて防ぎながら、飛び出すタイミングを見計らう。
さすが竜種だけはあり、そこらの魔獣とは火力が違う。岩も溶解してくるし、周囲は雪が降るほど寒いのに熱気だけで汗が噴き出してくる。
この威力だとマキが受けた場合、防具があってもかなりのダメージを受ける可能性があった。
「あのレベルの敵に乱戦は危険だ。先手必勝で私の奥義で大打撃を与える。その後の追撃は任せたぞ」
「いけるの? 十体もいるわよ?」
「単独では難しいが、二人ならばやれる。サナ、私に合わせろ」
「…こくり」
「出し惜しみはするなよ! 金のことはあとで考えろ!」
グランハムとサナが、相手のブレスが途切れた瞬間を狙って飛び出す。
「…きょろきょろ!」
サナは全体をよく観察し、敵の動きから一瞬たりとも目を離さずにいながらも、即座に次に足を置く場所を見い出す。
一歩でも間違えたら、刹那でも迷ったら、その場所には火球が飛んできて火達磨にされてしまうだろう。
しかもこのあたりは整地がされていないので足場が悪く、竜の爪があってこそしっかりと大地を踏みしめることができる厳しい地形だ。
足の裏に戦気をまとわせていなければ、足を滑らせる危険性も高い。正確な判断力と精密な足運びが要求されるのだ。
そんな場所をサナは駆けている。
細かいフェイントを交えながら相手の注意を逸らし、岩を駆け上がってブレスを回避しつつ、また次の一歩を踏み出す。
彼女の頭の中には、碁盤が広がっていた。
次の一手がどう動くのか、それに合わせて自分がどう動けばよいのか、光の粒子が未来の足跡を映し出していく。
それは反対側にいるグランハムも同じ。
サナとグランハムの二人は、まるで写し鏡のように完璧に同じ動きをして着実に敵に接近していた。
なぜならば、同じ未来を見ているから。
「間合いに入った! やるぞ!」
「…こくり」
敵を射程に捉えた瞬間、両者の視線が交わり、タイミングを合わせて大量の術符が宙を舞う。
敵を覆うように展開された、およそ百枚の術符が連続起動。
バルザインドラゴたちに火と雷と水と風が降り注ぎ、場は属性反発の嵐に包まれる。
火には耐性があるのであまりダメージは与えないが、広がった爆炎に水の術式が絡み合うことで水爆が発生して鱗を傷つける。
そこに風が吹き荒れて亀裂を入れると、雷が貫いて感電させる。
直後に水の刃が襲いかかり、雷と絡まって身体の奥深くまで焼き尽くす。
追い打ちをかけるように風と火が反応を起こして、所々で爆発が発生。破損した鱗ごと肉を吹き飛ばし、頭部の半分が削げ落ちる。
上手くタイミングが合った時だけ、大納魔射津と同じ『火と風の複合術式』が発生するのである。
これはランダム要素なので狙ってやれるものではないが、これだけの数の術符が交われば一回程度は発生するものだ。
そして、サナとグランハムとでは魔力の値が違う。同じ術符を使っても威力が異なるのだ。
グランハムが山側から攻撃を仕掛けたことにより、圧力が奥から手前に広がることで、バルザインドラゴがどんどん防塞の縁にまで押しやられていく。
「今だ! キシィルナ!」
術符の連続起動が終わった頃には、敵はボロボロ。火を吐く余裕もない。
そのうえ端に追いやられているため、マキが突っ込んで殴り飛ばせば、そのままヒューン、ドスンッ。
防壁を転がって下に落ちていき、戦っていたブイオーガの真上に落下。その巨体で数体を圧し潰してしまう。
「不謹慎ですが、これは面白いですね!」
小百合も薙刀の衝撃波で敵を落としていく。
これだけの巨体となると炬乃未の薙刀だけでは遠い距離までは飛ばせないが、崖から突き落とすくらいはできる。
こうしてサナとグランハムのコンビネーションアタックにより、バルザインドラゴ十体を撃破。
術符の攻撃は経費がかかるのが一番の難点だが、その威力は文句なしである。
「悪くない動きだった。現状でやれることは全部やれたな。やはりお前は実戦で輝くタイプだ」
「…こくり。ぐっ」
褒められてサナも少し嬉しそうである。
それを見ていたグランハムの胸が、温かい気持ちで満たされる。
(まさか自分が教える側になるとは…私も変わったな)
戦いが始まる前にマキとも話していたが、たしかにグランハムもアンシュラオンとの出会いによって変わっていた。
今までならば自分の傭兵団と派閥のことしか考えていなかったが、一緒に戦う機会を経て、他者との共存ができるようになっていた。
特にサナに関しては、彼女のためならば奥義を教えても惜しくない、とも思えるほどに入れ込んでしまう。
そこでグランハムは気づく。
(アンシュラオンだけでは駄目なのだ。この娘がいるからこそ輝く。誰もがサナのためにと思うことでまとまるのだ)
アンシュラオン単独だと自己完結してしまい、サリータがふと不安に思うように隊として成立しない。
が、未成熟なサナがいるおかげで、マキを含めた強い武人からアイラのような若者までが一体となって進むことができる。
アンシュラオン隊の真の中心人物は、この黒き少女なのである。
ちなみにアイラだが、まったく戦闘では役に立っていないので割愛している。
「少しは私にも触れてよ!」
とは当人のクレームだが、こればかりは致し方がない。現実は厳しいのだ。
このまま上手くいく。
誰もがそう思っていた。
しかし、こちらもまた厳しい現実が待ち受けていた。
バルザインドラゴを撃破して、波に乗ろうとしていた時だ。
ビシビシと地面に亀裂が入り、真下から『大きな手』が出てくると、警備商隊の隊員を鷲掴みにして―――グチャッ!
五人の隊員が肉塊と化した。




