301話 「マスカリオンの疑念 その1『上空攻防』」
アンシュラオンたちが南側から山脈に侵攻している頃。
スザク軍は、北側から銀鈴峰を目指していた。
こちらは銀鈴峰までの距離が短く、単純計算では目的地にいち早く到着できるはずであった。
だが、開始一週間でマスカリオンの奇襲を受けて部隊は大打撃。約千人に死傷者が出た。
資材を破壊されたために拠点建造にも遅れが出て、実際に出立できたのは侵攻開始十四日目を過ぎてからである。
唯一の幸いとして兵の補充を急がせたおかげで、余剰兵を千人あまり拠点に置いてもなお、六千の兵で移動が再開できたことだろう。
スザク軍は、後れを取り戻そうと険しい山道を必死で登る。
しかしながら、そこで再びヒポタングルからの空襲が始まった。
相変わらず空からの攻撃は厄介で、油による火攻めや石つぶてを使った射撃によって、じわじわと兵を削ってくる消耗戦術を徹底する。
人間はもともと空からの攻撃に対応するようにはできていない。真上への距離感も測りづらく、敵一頭が五十人の海兵に匹敵する力を持っていた。
それでもスザク軍は粘り強く応戦し、相手にも少しずつ損害を出すことで撤退に追い込み続ける。
そして、両者の戦いは二週間続き、山に侵攻してから一ヶ月の月日が経とうとしていた。
「けっして退くな! ここで逃げ帰れば、また笑い者になるだけだぞ! 我々海賊が、たかが火や石を怖れてどうする! 押せ押せ! 押し返せ!」
シンテツの号令で空に一斉射撃。
攻撃の大半はヒポタングルが生み出す強風で防がれるが、けっして無駄というわけではない。
「今だ! 『炸裂砲弾』をくれてやれ!」
貫通弾で敵を牽制した直後、山道を必死の思いで引っ張ってきた砲台から大きな砲弾を空に向けて放つ。
普通の砲弾とは違い、空に打ち上げるだけが目的のものなので、これ単体で相手にダメージを与えるものではない。
が、上空三百メートルにまで上昇した弾が―――爆発!
砲弾は花火のように散らばり、燃焼しながら周囲に大量の煙と小さな爆発を発生させる。
対ヒポタングル用に開発していた『上空炸裂砲弾』という武装で、上空でいくつもの爆発を起こすことで煙と光を発生させ、相手の視界と機動力を制限することを目的とした特殊兵器である。
当初は熊神を倒してから配備するはずだったものだが、急遽予定を繰り上げて取り寄せたのである。
その甲斐あって、ヒポタングルの攻撃がこの瞬間だけは完全に止まる。
そこに海兵が一頭に狙いをつけて、集中砲火。
いくら彼らが強風を生み出すとはいえ、全火力が集中すれば風を貫いて弾丸が届き、一頭のヒポタングルの翼を破壊して落下させる。
地面に落ちてくれば海兵たちも十分に対応が可能だ。集団で囲んで叩き潰して撃破。
「敵は数が少ない! これを続けていけば勝てるぞ!」
「おおおおおおおおおお!」
襲ってくるヒポタングルはその都度、数が違うが、百頭を超えることはなかった。
珍しい種類の魔獣でもあるため、推定生息数は七百頭程度だと思われる。この数で三大峰の一つを支配しているのだから、数より単体の能力に優れた種族といえるだろう。
(人間め。賢しいものを使う。これ以上付き合うのは下策か)
マスカリオンは撤退を指示。
立つ鳥跡を濁さずといわんばかりに、未練なく去っていく。
「よし、成功だ! 追い返したぞ!」
新兵器のおかげもあり、この日の被害は死亡者五十人、負傷者三百人程度に収まった。
海兵たちは勝利に喜ぶが、翌日の昼前には再びヒポタングルが襲いかかってきた。
しかも今度は、彼らが支配下に治めている鳥型魔獣を三種引き連れての登場である。
一種の鳥は赤いカラスに似た姿をした『カラトホリ〈赤爪鴉〉』という魔獣だ。
大きさも羽を含めて二メートル程度と魔獣にしては小さい。攻撃手段も鉤爪やクチバシでつつくといったシンプルなもので、第六級の駆除級魔獣でしかない雑魚だ。
が、異様に数が多い。
空が真っ赤になるほどの大群、およそ五万羽の群れが出現。
この魔獣も『チユチュ〈鼠集猿〉』と同じく繁殖力が高い鳥であり、卵から成鳥になるまで一週間しかかからず、産む卵の数も一組のつがいから最低百個という膨大な数なので、爆発的に数が増える傾向にある。
その分だけ他の魔獣の餌になる定めにあるものの、ヒポタングルの支配下に入ることで、命令には絶対服従する代わりに種の保存に成功した種族であった。
このことからも魔獣たちの中で共生関係が築かれていることがわかるだろう。お互いに足りないものを補い合うのだ。
「くそっ! 数が多くて前が見えない!」
「ちょろちょろしやがって! 術式弾で吹き飛ばしてやれ!」
「駄目だ! キリがない! すぐに穴が埋まる!」
貫通弾で撃とうが爆炎弾で撃とうが、一回の攻撃で倒せる数には限りがあり、せっかく穴ができてもすぐに他の個体がやってきて塞いでしまう。
視界を埋め尽くすほどの鴉の大群に襲われ、海兵たちが一時パニックに陥った。
そこに次なる鳥型魔獣である『ホークジャク〈風切鷹〉』が襲来。通常の伝書鳩に使われる鷹と似たような容姿で、大きさもだいたい同程度だ。
しかし、ただ速く飛ぶだけの伝書鳩とは違い、その翼は鋭い刃状になっており、風を切りながら接近して海兵たちを切り裂く。
彼らは短距離ではあるが高速機動が可能なため、勢いをつけることで甲冑すら切ることができるのだ。
当然そこにはカラトホリもおり、間合いに入っている個体も一緒に切り裂くことになるが、一切躊躇うことはない。
彼らもまた、ヒポタングルの支配下に入る意味を直感的に理解しているのである。
混乱した海兵に対して、続いてやってきた三種目の『トムカッコ〈落石鳥〉』が、大きな爪でがっしり掴んだ石を落としてくる。
トムカッコは、こうやって石を掴んで落とすことしかできないが、集団で大きな岩を落としたり、ヒポタングルに命令されて硫黄臭のする物体を落としてきた。
こちらは一緒に落とされた火油に引火することによって―――爆発!
近くにいた海兵三人を吹っ飛ばす。
「気をつけろ! 『爆弾』だ! 威力は大納魔射津には及ばぬが、こちらも数が多いぞ!」
落としてきたものは、ヒポタングルが自然の鉱物を使って生み出した自前の爆弾である。
彼ら自身は道具を使わずとも強い能力を持っているが、こうして眷属の鳥に扱わせることで戦力を増すことができるのだ。
そしてトムカッコたちは、明らかに上空炸裂弾の砲台を狙っていた。
破壊できずとも鳥たちがまとわりつくことで発射を妨害し、簡単には撃たせない。昨日脅威になった兵器に翌日には対応してきたのだ。
それを指揮するのは、もちろんヒポタングルの群れの中心に陣取るリーダー、『マスカリオン・タングル〈覇鷹爪河馬〉』である。
彼が指示を出すことで魔獣たちはその能力を劇的に高め、雑魚魔獣でも海兵に十分な脅威を与えることができるようになる。
そんな優秀な魔獣の指揮官にスザクが感嘆。
(やはり頭の良い魔獣だ。昨日今日で炸裂砲弾に対応するだけではなく、初日に僕が翼に傷をつけたことで、もう前には出てこないつもりらしい。私情を捨てて指揮に徹しているのは、大局を見極めているからだ)
マスカリオンは単体でも殲滅級に近い上位の討滅級魔獣だが、何よりも怖ろしいのは知能の高さである。
唯一自身を倒せる可能性のあるスザクを警戒して、あれ以来前線には出てきていなかった。
それは弱さではなく、強者がゆえの隙の無さといえる。
(だが、僕たちは前に進むしかない! 後退はありえないんだ!)
「強行突破する! 狙いは群れのリーダー、マスカリオン・タングルだ! 僕に続け!」
スザクが精鋭を引き連れて突撃を開始。
雑魚魔獣を蹴散らして射線を確保。ヒポタングルの群れに射撃を繰り返す。
「ひたすら撃ち続けろ! 必ず届くと信じるんだ!」
ヒポタングルは炸裂砲弾と集中砲火を警戒して上空にいるため、その多くはほとんど弾かれるが、スザクが放った一筋のレーザーがヒポタングルを射貫く。
弾幕の中にさりげなく交ぜてくるので空中でもよけにくく、高所にいても強風を貫くほどの高威力の射撃に、ヒポタングルも回避に専念するしかない。
このスザクの突撃によって、三頭のヒポタングルが落とされた。
そして、一発のレーザーがマスカリオンの翼を掠める。
(ちっ、またあの人間か。我の翼を焼くとは、どんどん威力が高くなっているではないか)
魔力弾が当たった箇所は黒ずんでおり、わずかだがダメージが通っている。
出会った当初は当たっても弾いていたので、これはスザクの攻撃力が増したことを意味していた。
『インジャクスマグナム〈無弾銃〉』は、持ち主の戦気を吸収して魔素に変換する術式銃だ。吸収する戦気が強ければ強いほど、質が良ければ良いほど威力を増す。
では、今回だけいつもより多くの戦気を放っているのかといえば、それも違う。
「おおおおおおおおおおお!」
スザクが爆発集気。一気に戦気を高めて無弾銃を放つ。
しかし、ただ撃つのではない。
激しい戦気の放出を継続して無弾銃を十秒以上維持しつつ、剣のように振ってヒポタングルの群れを切り裂いた。
魔素が凝固した『インジャクスソード〈無刃剣〉』とは仕組みが異なるので、それ自体は剣とは異なるが、膨大な魔力弾の放出を受けたグレートタングルは、腕を切断されて身体を焼かれ、よろよろと高度を落としていく。
仲間のヒポタングルが助けに入るが、そこに精鋭たちが集中砲火を浴びせる。
必死に耐えたので落とせはしなかったものの、今や上位種でさえスザクの攻撃を止めるのは至難になっていた。
(あの人間、他の個体よりも小さくて弱そうに見えるが、叩けば叩くほど何度でも強くなって戻ってくる。なんだ、この異様なまでの闘志は! あの中身はどうなっているのだ!)
マスカリオンでさえ困惑するほど、スザクは戦うごとに強靭になっていく。
戦気も増え続け、こうしてヒポタングルと対抗できるまでに強化されていた。
見た目は少年。笑顔が素敵な優男というイメージ。
それは魔獣から見ても同じだ。何か小さなやつが偉そうにしている、くらいにしか感じていなかった。
がしかし、その中身は―――まさに若獅子!
あの見た目に騙されてはいけない。あんなものは化けの皮にすぎない。
その本質は、痛みや犠牲を嘆きながらも、けっして戦うことをやめない恐るべき戦闘マシーンだ。
彼の中の炎がひとたび立ち昇れば、率いる眷属たちは一気に加速する。




