299話 「お風呂に入れば仲良くなる説2ndシーズン開始!」
一行は三階に行き、脱衣所に入る。
「なぁ、脱ぐのが早かったんじゃないのか? 普通はここで脱ぐんだよね?」
と、アカリがまたもや的確な指摘をするが、もはや後の祭りだ。
死なばもろとも! このまま突っ走ろう!
「では、参ります!」
「ま、待って、ファテロナ。少し心の準備を…」
「もうすでに裸のお嬢様が、いまさら何を恥ずかしがるのです! ええい、ままよー!」
「あー!」
ベルロアナを無視してファテロナが扉を開ける。
当然ながら中の女性陣はこのことを知らないので、室内には弛緩した穏やかな空気が流れていた。
「お帰りなさい。誰が来た―――」
「一番槍はモラッター! ファテロナ、突貫するであります!」
「えっ―――えええええ!? なんであなたがここに…きゃっーー!」
マキが驚いた隙にファテロナがダイブし、そのまま背後を取る。
「エース確保! エース確保! 桃源郷封鎖できませぇえーーーん!」
「ななななー!? なんであなたがここに!?」
「ふふふ、昼間同様に隙だらけですね。これが実戦ならば死んでおりましたよ」
「入浴中よ!? こんなの誰でもびっくりするじゃない!」
「いくら入浴中とはいえ、あまりに無警戒ですね。だからあれほど簡単にやられるのです。これが人妻クオリティ! なんてはしたない!」
「大きなお世話よ! アンシュラオン君、これはどういうこと!? なんでこの女がいるの!」
「いやあの…一緒にお風呂に入りたいって言うから…」
「そこは断ってよ!」
「私とあなたの仲ではありませんか。今後とも仲良くいたしましょう」
「どの口でそんなことを…!」
「アンシュラオン様はそれをお望みだと思いますが?」
ファテロナが自身の胸をマキの胸に押し当てる。
(くっ…! なんて破壊力だ! ぐうううおおおおお! ありがとうーー!)
これは仕方ない。仕方ないのである。
お礼を言わざるを得ない!
だが、マキがすごい睨むので説明はしておく。
「ごめんごめん、今回だけの特別だからさ。ほら、ベルロアナも来ているんだ。追い返すわけにもいかないでしょう?」
「よろしくお願いいたしますわ。昼間のお詫びに参りました」
「ベルロアナ様もいるなら仕方ないわね…」
なんたるちょろさであろうか。
こういうときはイタ嬢も便利である。
「皆様、お飲み物をご用意いたしました」
そこにホロロがさまざまな飲み物を持ってくる。
アンシュラオン家の入浴時間は長く、女性によっては四時間以上入ることも珍しくはないので、飲食物の持ち込みもOKになっていた。もし湯船にこぼしても命気水がすぐに浄化するので汚れることはない。
大きさも二十五メートルプールとほぼ同じであるため、もはやレジャー施設に近い感覚で楽しめる。
「へい、生ビール一丁! しくよろ!」
「あなた、人の家なのに図々しいわね」
「よいではありませんか。今は無礼講です」
「それは招いた側が言うセリフよ」
「どうぞ、生ビールです」
「ベリーサンクス! ごくごくごく! ぷはー! タダ酒うまー!」
ホロロから受け取ったビールを一気に飲み干すファテロナ。
「もう、なんだかまともに付き合うのが馬鹿らしくなってきたわ」
「私も好きでメイドをやっているわけではありませんからね。趣味でやっているのです」
「違いがわからないけど…」
「たまには息抜きが必要だということです。今日はゆっくりさせてもらいます。へい、生おかわり!」
ファテロナ馴染みすぎ問題が発生。
完全にだらけきっているようだ。
そんな彼女たちをアンシュラオンは堪能。
(悔しいが、いい眺めだ! ビバッ! この三人はすごいぞ! 最高だな!)
マキとファテロナとホロロが並ぶと、そこらのグラビアアイドルなど消し飛ぶほどの豪華な絵面となる。
特にファテロナとホロロは同じメイド枠であり、妖艶さと胸の大きさを両立させているのでポイントが高い。
雰囲気も互いにクールなイメージがありながら、内情は熱いものがあるのも魅力的だ。(ファテロナは個性的すぎるが)
「これは素晴らしい水ですね。ねっとりとしながらもべたつかず、身体に染み入ってきます。いったい何なのでしょう? 興味深いものです」
ファテロナが珍しそうに命気水を手に取り、感触を確かめる。
ついでにマキの背中にも塗りまくる。
「なんで私に塗るのよ」
「本日はお詫びで参ったのです。ご奉仕いたします」
「あなたに? 冗談でしょ」
「おやおや、昼間のことを根に持っていらっしゃると。完敗でしたからね。悔しい気持ちもわかります。これぞ、ザ・負け犬のたしなみ! ワンワンワンッ!」
「うわぁ、イラッとするわー。殴りたーい」
「家主であるアンシュラオン様の許可をもらっております。今のあなたには何もできませんよ」
「ぐぬぬぬ」
マキがうっかり戦気を放出するが、命気水に吸われて無力化される。
風呂の中で互いが争わないように一時的に濃度を上げているのだ。
逆に言えばファテロナも戦気を出せないので、おあいこである。
「しかし、風呂場では風呂場流の勝負方法があります。隙あり御免!」
「きゃっ! 何するのよ!」
「むっ、やはり私より大きい! なんてハレンチな雌犬ダヨー! これで誘惑したのですか! コレカネトレルンジャネ?」
「やめなさいって…このっ!」
「ふふふ、あなたには捕まりませんよ」
「きゃはっ! ちょっ、なんで密着しているのに捕まえられないのよ!」
ファテロナがマキを抱きしめながら、命気水のヌルヌルを利用して回避を続ける。
「あ、アンシュラオン君、なんとかしてよ!」
「いいぞ、もっとやれ! ひゅーひゅー! そこだ! 今だ!」
「アンシュラオン君! どっちの味方なの!」
「ごめんなさい」
怒られたが悔いはない。
バブルの頃は、こんな映像がテレビで平気で流れる狂った時代だった。懐かしいものである。
一方、馴染みすぎのファテロナとは違い、ベルロアナたちはどぎまぎしながらさまよっていた。
「ど、どうすればよいのかしら? お友達のお風呂場での立ち振る舞いがわからないわ」
「い、いつも通り、いつも通りでよいのではないでしょうか?」
「そ、そうね。とりあえず身体を洗いましょうか」
「わーい、お嬢様のお身体は私が洗いますー!」
「クイナも、クイナも洗うのです!」
クイナとユノは、金色の洗面器とピンクのボディタオルを持っていた。
すでにお泊りを予定していたファテロナが持ってきたバッグに入っていたもので、普段ベルロアナが使っているものである。
「じゃあ、わたしはあっちでお酒でも…。せっかく成人したんだからいいよね?」
「アカリさんも洗う、洗うのです! いつも部屋でぐうたらで汚いのです!」
「汚くないって! 三日に一回は入ってるから!」
「毎日入る、入るのです! ユノ、連れてくるのです」
「はーい!」
「ひー! やめろー!」
アカリも引っ張られていき、強制的に身体を洗われる。
しかし、この広い浴場で四人が隅っこで固まっている様子は奇妙に見える。
やはり最初は慣れないので身内で固まってしまうようだ。これはどこの世界でも同じらしい。
(せっかくのお友達とのお風呂なのに、恥ずかしくて駄目ですわ。どうやって切り出せばよいのかしら?)
ベルロアナも緊張して最初の一歩が踏み出せないでいた。
が、そこにサナが歩いていき、一緒になって洗い出す。
「…ごしごし」
「あら、洗ってくださるのですか?」
「…こくり」
「クロミ…じゃなくて、サナさん。ありがとう、ありがとうございます!」
「クロミ? どこかで聞いたような…」
「いいえ、いいえ! 何でもないのです! お嬢様、この方はサナさん、サナさんなのです!」
「そう…よね。お友達の妹さんの名前を忘れてはいけないわよね。しっかりしないと」
「ふぅ…」
ベルロアナに記憶が無いのならば、それはそれで好都合であるが、従者の気苦労は絶えない。
だが、これをきっかけにして二つの隊の交流が始まる。
「わー、なんかいっぱいいるねー! 私はアイラだよ、よろしくねー!」
アイラがへらへら笑いながらやってきた。
彼女も普段から何も考えていないので、こういうときは便利だ。
「ベルロアナって何歳だっけ?」
「わたくしは十五歳になりましたわ」
「私は十六歳だから、一つ下だねー!」
「むむっ、お嬢様になれなれ、馴れ馴れしいのです!」
「えー? これくらいの距離感は普通じゃないの? 私が育ったところは歳の差はあっても、みんなこんな感じだったよー?」
「お嬢様は、ディングラス、ディングラスなのです! 普通ではないのです!」
「でも、友達ならいいよねー?」
「と、友達ぃいいいぃいいい!?」
「そうだよー。出会ったみんなが友達だもんねー」
「そ、そうなのですか?」
「うーん、変なことを考えている悪い人じゃなければ、友達って呼んでいいんじゃないー? だから私もいろいろな友達が各地にいるよー。ベルロアナも今から私とお友達だねー」
「な、なるほど…! お、お友達同士ですもの。お互いに好きなように呼び合うのが基本…ですわよね。たぶん、きっと!」
『今日からあなたもお友達!』(著者:ぼっちのわたし)の知識である。
ぼっちがぼっちが書いた本を読んでいるので、どちらも想像の産物なのが哀しいところだ。
しかし、ようやく彼女にも実践する場ができたのは喜ばしい。
「で、ではその…あ、アイラさん…でしたか?」
「アイラでいいよー。えへへー、一緒に洗いっこしよー」
「よ、よろしくお願いいたしますわ」
「サナちゃんも一緒にやろーねー」
「…こくり!」
「く、クイナも参加しなさいな! 一緒にお友達になるのよ!」
「わ、わかりました。がんばり、がんばります!」
サナの行動とアイラの陽気な性格のおかげで、ベルロアナもなんとか輪に入れたようだ。
思えばサナは領主城で酷い目に遭ったわけではないため、彼女に対して悪い印象はないのだろう。
「ユノと申します! 私も皆さんを洗います!」
「あらあら、可愛いお客さんね。ゆっくりしていくといいわ」
「そうですね。私たちは大歓迎ですから、いつでも来てくださいね」
「わー、すごい優しい人たちです! 嬉しいです!」
ユノはユノで持前の天真爛漫さを生かし、ユキネや小百合と交流をしている。
「やれやれ、いきなり大所帯になったもんだね。今度はお姫さんの登場かい」
「山に入った隊には女性がほとんどいないからな。ここに来れば男たちを警戒しないで済む。それだけでストレスは減るさ」
「たしかに女同士なら気楽だ。こういうのも悪くないさね」
サリータとベ・ヴェルも和やかな雰囲気を楽しんでいた。
山脈に入ってからもずっと張りつめていたのでは、精神が擦り減ってしまう。敵の襲撃がない夜くらいは、こういう時間があってもいいだろう。
(なんだか夢のようですわ。ふわふわして現実感がないですわね)
ここでは誰もベルロアナを領主の娘として見ない。ただの十五歳の少女として扱う。
こんなことは生まれて初めての経験だった。
そしてもう一つ、初めての経験が追加される。
(あら、今度は髪の毛を洗ってくれているのかしら?)
ふと髪の毛に感触があったので、誰かと思って後ろを振り向くと、そこにはアンシュラオンがいた。
「―――!? あっ、あわわっ!?」
「こら、動くな。髪の毛を洗っているところだ」
「は、はひ!! わ、わかりましたわ! 動きませんわ!」
(こ、これはいったい何事がぁあああ!? お、落ち着くのよ、ベルロアナ! か、彼が一番のお友達なのだから、こんなことくらいは普通なのよ! そ、そうよ。これがお友達ですもの!)
いつもはメイドやクイナたちが髪を洗ってくれるので、基本的には女性しか触れたことがない。
父親のアニルも一緒に風呂に入れさせてもらえなかったので、異性に髪を洗われるのは初めてであった。




