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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
「翠清山死闘演義」編
294/619

294話 「山脈の洗礼 その4『ファテロナの武』」


 ファテロナの絶妙なフェイントが炸裂。


 相手を欺くことにかけて、マキはファテロナには遠く及ばない。


 かつても今と同じように毒を受けて惨敗した。勝負は勝負。その結果は当人も受け入れている。


 しかしながら、あの頃とは状況が異なる。



「はいいいいい!」


「…っ!」



 マキが突き出した拳がクロックホーンを貫通して、そのままの勢いでファテロナに迫る。


 ファテロナはバックステップで回避。


 するが、迷いなく足に全体重を乗せたことで、さらに伸びる!


 即座に反撃してきたことが予想外だったのか、拳自体は当たらなかったものの、そこで生まれた拳衝がファテロナに命中。


 胸に直撃して吹き飛ぶ。


 これがマキが初めてファテロナに当てた攻撃であった。



「あら、当てちゃってごめんなさい。油断していたのは、あなたのほうだったみたいね」



 マキの太ももに鈍色にびいろの輝き。


 斬られたのは皮膚だけで、内部の筋肉は『鉄化』させて斬撃を防いでいた。


 同様に毒も遮断。体内に侵入させない。



(悔しいけど、あの変態との戦いが私をさらに強くさせたわ。そして、炬乃未さんの武具のおかげね。もちろん私の旦那様のおかげでもあるわ)



 ハプリマンとの死闘。炬乃未の武具による強化。


 そしてアンシュラオンと出会い、自身の未熟さと忌避していた能力との対峙によって、彼女はさらに上のステージに入ることができた。



「今の私は、前の私じゃない! いつまでもなめていたら、ぶっ飛ばすわよ!」



 マキから迷いのない真紅の戦気が噴き上がる。


 ただの門番でいた頃の彼女は、もういない。



「…ふふ……ふふふ、これはこれは。たしかになめていたのは、こちらのほうでしたね」



 ファテロナがゆらりと起き上がる。


 マキが防具を装備しているように、ファテロナも鎧と同等以上の防御性能を誇る強化メイド服を着ているため、いくらマキの攻撃でも拳衝程度ならば耐えることができる。


 ただし、ダメージは完全には防げず、その口からは一筋の血が垂れていた。


 濡れた唇にまとわりつく血は、彼女の突出した美貌を際立たせるが、それ以上に危険なものである。



「いひひひひっ! ひゃはははははーー! これは面白くなってきましたねーーー! 雌犬パワー全開ダヨオオーーー!」



 ファテロナが叫ぶたびに口から血が飛沫しては、蒸発して周囲に気化毒が漏れ出す。


 それを吸い込んだ周囲の衛士たちの顔色が悪くなり、膝をついて倒れる者が続出した。



「毒が漏れているわよ! 周りが被害を受けているわ!」


「あなたがやったのでしょーに!! ワタシ、被害者です! 冤罪だわー! そんなのかんけーねー! ソンナノカンケーネー! はい、死刑確定!」



 相手が嫌がれば嫌がるほど、ファテロナは笑いながら血を撒き散らす。完全に愉快犯である。



「まったく、あなたって人は! みんな、下がって! 彼女は私が引き付けるわ!」



 マキは他人に迷惑がかからないように、魔獣のほうにファテロナを引っ張っていく。


 クロックホーンたちもファテロナが出した微量の気化毒を吸って動きが急激に鈍化。


 魔獣を仕留めやすくなるのはよいのだが、ファテロナは敵を無視してマキを狙ってきた。


 ダメージを受けて興奮し、スイッチが入ってしまったようである。


 なぜか同士討ちが発生している光景に誰もが困惑するが、強者同士の争いなので手が出せない。



(本当にこの人は苦手だわ。なんでキャロアニーセ様は、こんな狂った人をベルロアナ様の護衛につけているのかしら)



 優れた力が敵だけに向けばいいが、気分次第で味方も攻撃するのだから、もはや信頼以前の問題だ。



「なかなか逃げ足が速いですね。しかし、これならばどうでしょう」



 ファテロナから影が伸びて地面が黒く染まる。


 アンシュラオン戦でも使った『影侭法延えいじんほうえん』である。


 そこから『影隠』のコンボで、影に隠れて身を隠した。



(暗殺者の技は見慣れていないから厄介だわ。でも、これはたしか影から出てくる技よね)



 暗殺者は一定数いるものの、ファテロナほどの達人と出会う機会はほとんどない。


 この技も扱える者が少ないため、事前情報を知らないまま戦うと危険である。


 マキは以前に対戦したので技自体は知っているものの―――



「後出しジャンケン、御免あそばせ!」



 次の瞬間にファテロナが姿を現したのは、自身が伸ばした影ではなく、全然関係のない魔獣の影からだった。


 あえて影を伸ばし、「技を使っているぞ」と意識させることで虚をつく技術である。


 これはマキからすれば完全に想定外。棒立ちになって身体が動かない。



(しまった! 技自体を丸々陽動に使うなんて!)



 不意をついたファテロナの剣が防具を貫き、マキの背中を抉る。


 こちらも里火子の防具だからこそ切っ先しか届かないが、そこらの防具ならば一撃で骨まで切り裂いた一撃であった。



「硬いですね。また毒が入りませんでしたか。いったいどうなってんだよコンチクショー! お硬いものが好きなんて、この好き者メー!」


「訳がわからないことを言わないで! うらぁあああ!」


「あははは! 穴にずっぷり入ってやるぞおおお!」



 マキの反撃を再び影隠でかわし、また違う場所から出てきて剣を突き刺す。



「くっ…! 動きが読めない…!」


「だんだん柔らかくなってきましたか? あと何回で刺さりますかね? ふふふ」



 鉄化の力を発動させているためギリギリで止めることができるが、次々と繰り出される影からの攻撃を受け続けてしまう。


 どうしても虚をつく攻撃に引っ掛かってしまうのだ。それはこちらの動きだけではなく、思考まで読まれていることを意味する。


 ファテロナは頭がおかしいが、頭脳自体は極めて優秀なのである。



(強い! あの変態たちも強かったけれど、この人はさらに強い! 戦闘経験値は確実に私より上だわ!)



 毒だけでも非常に危険にもかかわらず、毒が効かない相手にも十分対応できる技量を持っている。


 どうやってこれだけの力を身に付けたかは不明だが、伊達にA級賞金首ではない。人を殺してきた数が違いすぎるのだ。


 そして、マキには依然として彼女に対して不利な点がある。



「あーはん? 気化毒も効かないということは、呼吸も我慢していますね。『無呼吸』でどこまで戦えるのでしょうか?」



 傷から侵入する毒を防ぐだけならば鉄化でよいが、撒き散らされる気化毒までは対応できない。せいぜい粘膜を保護して皮膚を守ることくらいだ。


 こうなると『坐苦曼ざくまん』がない今、対応策は呼吸を止めることだけになる。そして、呼吸が満足にできねば戦気が練られない。



(変態との戦いの経験がなければ、おそらくはもたなかった。でも、その代わりに今は鉄化を使っているわ。状況はあの時と同じね)



 こういった事態はハプリマン戦でも体験したことだが、ファテロナは彼の何倍も強い。


 逆説的に述べれば、ハプリマンとの戦いがなければ、とっくにやられていたともいえる。



「このまま時間切れを狙う手もありますが、それではつまらないでしょう。自分の力を過信している雌犬に現実を教えて差し上げます」



 ファテロナが影侭法延で伸ばした影に剣を突き入れると、剣先だけがマキの影から出現し、足を切り裂こうとする。


 マキは回避。剣をかわす。



(技の原理は理解できなくても、小百合さんとの訓練を思い出せば!)



 暗殺者の技は影から突如出現するものが多く、小百合の能力との類似点が見られる。


 それも当然で、彼らの技の大半は『空間術式』を併用した独自のスキル体系なのだ。


 小百合の能力ほど異質で突飛ではないが、影という制限があるからこそ、その範囲内において極めて有利になれる。


 マキも小百合の珍しい能力に興味を覚え、訓練で何度も体験していたこともあり、暗殺者の技自体に関しては少しずつ対応できるようになっていた。



「よくかわしましたね。では、これはどうでしょう。アン・ドゥ・トロワ! はい、いってみよー!」



 が、今度は突き刺した剣で影を掻き混ぜると、いくつもの影の刃が飛び出してきた。


 暗殺術、『陰影刃いんえいじん』。


 影を使った暗殺術の一つで、見た目通りに影の刃を生み出して敵を串刺しにする技だ。ファテロナの場合は複数出現させているので、上位の『陰影連刃いんえいれんじん』という技になる。


 技のタイプとしては、アンシュラオンが使った『氷苑地垂突ひょうえんちすいとつ』に似ている。



「影が厄介ならば、影ごと焼き尽くせばいいだけよ!!」


 

 このままだとまたファテロナのペースに乗せられてしまうため、『焔華爆裂掌えんかばくれつしょう』を地面に放つ。


 爆炎の華が周囲に吹き荒れ、影ごと近くにいた魔獣まで焼き尽くす。


 こうすれば魔獣の影を利用されることもないので一石二鳥だ。



「あまーい! なんて甘々なスイーツ脳なのですか! ふしだらな新妻にオシオキよ!」



 しかし、その瞬間にはファテロナはすでに動いており、マキの肩に剣を突き立てていた。


 べつにファテロナは影を使わなくても十分速い。むしろ影を消すために技を使ったことで隙ができてしまった。


 まともに入った一撃は見事に鉄化した箇所を貫き、中にまで侵入。



(鉄化が弱い箇所を狙われた! 毒をなんとかしないと!)



 マキは慌てて身体を捻って剣を外すと、すかさず指を傷口に入れて火気を生み出し、毒が広がる前に自身の肉ごと焼く。


 その苦慮する様子を見ていたファテロナが、彼女の弱点を言い当てる。



「少し観察させてもらいましたが、あなたの能力はまだまだ未完成ですね。そのヨクワカラネー力に振り回されているご様子。ムラだらけ。ムラムラするほどにムラだらけでございます。それが逆に足を引っ張っているようにも見えますよ」



 鉄化はもともとマキの能力ではないため、やはり高度な戦いになると、ちぐはぐさが目立ってしまう。


 鉄化で戦気を浪費することで攻撃特化のマキの良さを若干消してしまうのだ。かといって防御面に難もあるので、鉄化を完全には否定できないところも口惜しい。



「そんなことは言われなくてもわかっているわ。でも、私はけっして諦めないと誓ったのよ! どんな困難にも向き合ってみせる!」


「そういうアピールをするところが気に入らないのですよ。自分ガンバッテマスってかー! カー! ビールもう一杯! 酒の肴ウメー!」


「あなたなんかに私の生き方を馬鹿にされたくはないわ! 一発は絶対にぶっ飛ばすからね!」



 それからも二人は戦いを継続。激しい戦いを演じる。


 しかし、戦えば戦うほど両者の差が如実に出てきてしまう。


 能力が安定しているファテロナの戦いには落ち着きと余裕と機転があり、能力の制御の難しさと燃費の悪さに頭を悩ますマキを少しずつ追い詰めていく。


 結局のところ、まだまだマキの欠点は根本的には改善されていないのだ。強い武具で弱点を補っていただけにすぎない。




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