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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
「翠清山死闘演義」編
292/618

292話 「山脈の洗礼 その2『魔獣の殺意』」


 侵攻開始、四十二日目。


 混成軍は相変わらず険しい山を登っていた。


 特に今歩いている場所は、道幅が広い場所で二十メートル程度しかなく、右側には深い渓谷が広がっている。


 ガードレールもないため、少しでも足を踏み外せば落下するような危険地帯だ。


 左側には斜角八十度以上はある坂、もはや崖がそびえ立っていて逃げ場はなく、慎重に進むしかない厳しい山道になっていた。


 雪も依然として降り積もっているので、歩みが遅くなるのも当然といえる。



「はぁはぁ…しんどいよー」


「アイラ、黙って歩け。しんどいと思うからしんどいのだ。心頭滅却すれば火もまた涼しいともいう。気合いだ。努力だ。根性だ!」


「サリータさんがスポ根すぎるよ! 根性論だけじゃどうにもならないってばー」


「甘えるな。それは努力した人間だけが言える台詞だぞ」


「だってー、雪はどんどん強くなるし、寒いし、足も冷たいし、それになんだかくらくらするし」


「まだ根性が足りないからだ! 歩け歩け!」


「はぁはぁ…なんでこんなにつらいんだろう…はぁはぁ」



 アイラは文句を言いながら渋々歩き出すが、苦しんでいるのは彼女だけではなかった。


 この寒さと過酷な環境下で徐々に体力が低下し、行軍の流れから外れている隊も出てきている。


 彼らの多くはゲイルのように熟練した者たちではあるものの、それでもこれだけしんどいのだから、ただの踊り子であるアイラがへこたれるのも仕方がない。



(まずいな。酸素が薄くなったせいで、順応できないやつに高山病の兆候が出てきた。比較的優秀な連中を連れてきたはずだが、アップダウンが激しいうえに、この雪で体力をガンガン削られているんだ。フィジカルが落ちればメンタルも落ちる。今や喧嘩も起きない最悪の状況だな)



 ただの山道程度、肉体が活性化した戦士ならば十分対応が可能だが、雪道かつ標高八千から三千の間を何度も行き来すれば、さすがに弱ってくる者が出てくるものだ。


 少し前まではイライラして喧嘩を始める者たちの声が聴こえたが、そんな元気もなくなっており、誰もが静かに黙々と歩いているのが逆に怖い。



「サナ、大丈夫か?」


「…こくり」



 今までの修行の甲斐があり、サナは平然と歩いている。ひたすら走らせた成果が出ているといえるだろう。


 この状況下でも満足に動けているのは、アンシュラオン隊とザ・ハン警備商隊、赤鳳隊と金玉剣蘭隊くらいなものである。


 そして、これによって細く長い列が生まれることになってしまう。



(魔獣たちが本当に明確な指揮系統の下で動いているとすれば、これを放っておくはずがない。仕掛けるのならばここだな)



 人生とは不思議なもので、悪い考えほど実現するものだ。


 アンシュラオンの懸念通り、ちょうど細い通路に差し掛かったところで異変が起きた。


 左手の崖の上に、いくつもの影が出現。



「魔獣だ! 上に魔獣がいるぞ!」



 気づいた時には、すでに遅い。


 崖の上から魔獣が大量に押し寄せてくる。



―――――――――――――――――――――――

名前 :クロックホーン 〈駆崖闘鹿〉


レベル:45/50

HP :780/780

BP :220/220


統率:E   体力: D

知力:E   精神: E

魔力:F   攻撃: D

魅力:E   防御: D

工作:F   命中: E

隠密:E   回避: D


☆総合:第五級 抹殺級魔獣


異名:崖駆ける闘争鹿

種族:魔獣

属性:土、岩

異能:崖疾駆、角ぶちかまし、後ろ蹴り

―――――――――――――――――――――――



 クロックホーンと呼ばれる大型の鹿だ。


 鹿と聞くと奈良の可愛いものを想像するだろうが、ここにいる鹿は小さな個体でも、その三倍はあると思ったほうがいいだろう。


 彼らの頭部には大きく硬い角が付いており、それで体当たりされれば人間など簡単に死んでしまう。


 体重も体躯に比例するように増えていき、二トン以上の巨体が崖から一斉に襲ってくる光景は、まさに映画のワンシーンのような大迫力だ。


 この魔獣自体は、実際はそこまで強力な種族ではない。階級も第五級の抹殺級であることがそれを証明していた。


 しかし、地形が悪い。


 誰もが列を作って移動する細い道では、その場から簡単には動けない。


 すぐさま迎撃準備に入るが、雪崩ごと襲いかかるクロックホーンの群れに呑み込まれて、ボロボロと崖下に転落していく者たちが増えていく。


 当然クロックホーンも一緒に落ちていくのだが、彼らは崖の地形に適応した能力を持っていた。


 うっかり人間に抱きつかれでもしない限りは、途中の岩場を蹴って戻ってきては、今度は角を振り回して人間を崖下に落としていくから厄介極まりない。



「最悪の場所での奇襲だな! 第二商隊は盾で受け止めろ! 我々は後ろから援護だ!」



 ザ・ハン警備商隊は、メッターボルンを筆頭とする戦士隊を左手前に出して対応し、グランハムたちが彼らの上を走ることで足場を確保。迎撃を開始。


 こんな状況にもかかわらず、柔軟で規律ある行動で対処できている。


 グランハム当人の場合は、あえて自分ごと魔獣を崖に突き落としつつ、自らは鞭を使って戻ってくる芸当まで見せる。これには鹿もびっくりだ。



「足場に気をつけろ! それ以外はたいしたことはないぞ!」


「冷静に対応するのです! まともに当たらないように!」



 今回は主力部隊を連れてきているため、名が知れている傭兵団たちも警備商隊同様にしっかり対応。


 突撃をまともに受けずに流し、相手が無防備になったところを確実に叩いていく。どうしても避けられない時だけ戦士たちが防ぐ方式で、被害を最小限に防いでいた。



「ターゲットロック。サリータ、下は任せますよ」


「はい! がんばります!」



 アンシュラオン隊もホロロがガトリングで迎撃。


 鹿が崖を疾駆してくるところを的確に狙い撃ち、ゴロゴロと落下してきたらサリータやゲイル隊が受け止める。


 この場合は勢いが削がれているので、受け止める側の負担はかなり軽減されている。


 そこにサナやベ・ヴェルが斬り込み、とどめを刺していく戦術だ。場所が狭いため、これ以上のことはできないのだ。



「アイラ、私たちはカバーよ。撃ち損じた相手を落とすわ」


「はぁはぁ、苦しいよー」


「もし崖から落ちたら、またここまで歩いてくるのよ。戦うのとどっちが楽かしら?」


「そ、それだけはいやー!」



 ユキネとアイラも自然に隊のカバーに入る。


 敵の数が多く、どうしても漏れる個体が出てくるので、それを止める役割だ。


 大半はホロロがどこかしらには命中させるので、弱った魔獣ならばアイラでもどうにかなるだろう。



(森林での戦いで、すでに隊としての形はできた。メンバーの力も上がったし、戦う準備はできているな。さて、オレもやるか)



 山脈での戦いが森林と異なるのは、アンシュラオンの戦闘が解禁された点だろう。


 グランハムでさえ山道で敵を防ぐのがやっとの場面でも、自ら崖を蹴ってひょいひょい登っていき、駆けてくる鹿を攻撃。一番危険な角のある頭部を破壊して回る。


 遠くにいる敵にも拳衝を放つだけで木っ端微塵。バラバラに吹き飛ぶ。



「小百合さんはオレのカバーだ。無理に倒さなくても薙刀で弾いてくれればいいからね」


「承知いたしました!」



 ここでも育成は忘れない。


 『兎足』を使うことで小百合も崖を跳躍することができるので、一緒に鹿を打ち落とす作業に参加させる。


 山脈ではクルマがなく小百合が射撃に参加できないこともあり、違う生かし方を模索中なのだ。


 もともと頭が良く器用な女性なので、アンシュラオンの戦い方を見ながら自分なりに調整し、『守那岐かみなぎの太刀』を上手く使って鹿を吹き飛ばしている。


 唯一の問題点として、小百合は吹き飛ばすだけで倒しているわけではないので、他の隊の担当エリアに敵が増える結果になっているが、これは仕方ない。



「アンシュラオン! なにしてんだー! 人様に押し付けるんじゃねえよ!」


「お裾分けだ! ありがたくとっておけ!」



 と、相変わらず揉めるが、もう日常茶飯事なので慣れたものだ。


 こうして足場が悪くとも、これくらいの敵ならば負けない。


 そんな自信が湧いてきた頃である。



 魔獣に―――異変!



「フーーーッ! フッフッ! グブブフッ!」



 クロックホーンの鼻息が荒くなり、目が赤く血走っていく。


 口からは泡を吹き、激しく前足を地面に叩きつけて、叩きつけて、叩きつけて、自身のひづめが欠けても狂ったように何度も繰り返す。


 直後、崖にダイブする勢いでこちらに突っ込んできた。


 傭兵隊が受け止めるが、今までとは迫力が違い、圧力に負けて倒される者が続出。


 そこに角を叩きつけてくることまでは一緒だが、今回は自身の角に亀裂が入ってもかまわないほど猛烈に攻撃してきた。


 頭を剣で斬られても、前足が切断されても、血走った目でこちらを睨みつけては突進してくる。



「なんだ! どうなってやがる!」


「いきなりパワーが上がったぞ! 気をつけろ! 普通じゃない!」


「なんて目で睨みやがる、この鹿野郎が! 人間様に勝てると思うんじゃねえぞ!」



 ベテランの傭兵でさえ、思わず竦み上がるほどの視線が向けられる。


 魔獣から発せられる波動は、人間に対する【激しい憎悪】だった。


 それが強烈な殺意として戦場全体を覆い始める。



(理性が飛んでリミッターが外れているんだ。人間ですら特攻すればすごい力を発揮するんだから、魔獣がそれをやったらとんでもないことになるな。実際に戦闘力は二倍近くにまで上がっているようだ。だが、この現象はどこかで見たことがある。そう、ハビナ・ザマに向かう途中の森で出会ったあいつらと一緒だ)



 比較的温和な魔獣として知られていた『デリッジホッパー〈森跳大目蛙〉』が、突如として人を襲った【狂暴化現象】である。


 彼らも今のクロックホーンと同じく、常軌を逸した激しい憎悪を向けてきたものだ。



(森で起きた狂暴化現象が翠清山脈の魔獣にまで発生している。因果関係がないとは言えないな。しかし、何が元凶かわからないと手の打ちようもない。単純に魔獣がそこまで人間を嫌悪しているという可能性もある。この山の環境に加えて魔獣の暴走か。いろいろとまずいことになっているぞ)



「みんな、気をつけて! 今の魔獣は普通の状態じゃない。本気で迎撃しないとやられるよ!」



 魔獣がリミッターを外し、命を惜しまずに突っ込んでくるのだ。並大抵のパワーではない。


 白の27番隊はアンシュラオンがいるので対応できているが、敵の勢いが増したことで他の隊に少しずつ被害が増えていく。


 そして、ついにベルロアナの隊まで敵が迫ってきた。



「武装甲冑を前に!」



 ファテロナの命令で、強化アーマーに身を包んだ上級衛士が盾となり、敵の突撃を防ぐ。


 その隙間からバースト銃を撃って迎撃するが、敵の勢いはなかなか止まらない。


 どんどん敵が密集してきて圧されると、後ろの崖がじりじりと迫ってきた。



「手が足りません! 七騎士も出なさい!」


「みんな、気をつけて!」


「おう! ペーグはお嬢様を頼むぞ!」



 腰痛のペーグだけを残し、イタ嬢の六騎士たちも壁を作ってガード。


 するが、そこに一頭の巨大な鹿が飛び出てきた。



―――――――――――――――――――――――

名前 :クロックザックホーン 〈駆崖角刀闘鹿〉


レベル:65/70

HP :1770/1770

BP :450/450


統率:C   体力: C

知力:D   精神: D

魔力:D   攻撃: C

魅力:D   防御: D

工作:F   命中: E

隠密:E   回避: D


☆総合:第四級 根絶級魔獣


異名:崖駆り切り裂く闘争鹿

種族:魔獣

属性:土、岩

異能:集団統率、高速崖疾駆、角斬撃、角ぶちかまし、後ろ蹴り、人間憎悪

―――――――――――――――――――――――



 クロックホーンの上位種である、クロックザックホーンだ。


 より体毛は黒く硬くなり、角も変化して相手を切り裂くために刀状になっている。


 身体の大きさも五割増で、体重も五割増えているとなれば、もはや武人でもその勢いを止めることは難しい。



「お、重いっ!」


「う、うわああーー!」


「こんなの無理だべさー!」



 六騎士の壁が一瞬で崩壊。


 普通の上位種だけでも大変なのに、この状態では相手の能力も二倍近くまで上昇している。彼らでは止めることはできなかった。


 突破したクロックザックホーンは、猛烈な勢いでベルロアナに迫る。




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