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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
『翠清山の激闘』編
290/619

290話 「前半総括と南部の動き」


 侵攻開始、三十二日目。


 金玉祭が終わった拠点では、休む暇もなく慌ただしく次の準備が進められていた。


 即席の会議室では、グランハムと主要メンバーたちが集まっている。



「かなり手間取ったが、これで山に入るまでのルートが確立された。次からは、ここが山攻略における重要拠点になるだろう」



 地図で見るとはっきりわかるが、面積の少ない森林の制圧は準備段階でしかない。本命は、この何十倍も広い翠清山そのものの制圧にある。



「今後の作戦内容だが、山での戦いは厳しい。未熟な者は第一から第三拠点に割り振り、防衛と治安維持に務めてもらう。ざっと計算したところ、負傷者を含めて約半数を置いていくことになるだろう」


「実際に山に登るのは九千人弱ってところか。少し心もとないところはあるな」


「邪魔になって我々の実力が発揮できないよりはましだ。装甲車も入れないほどの険しい山道では、どのみちついてはこられまい。そのために我々は戦力を温存し、振るいにかけてきたのだ。ここで死者が増えても汚点になるだけだ」


「俺も賛成だ。無駄に食料や物資を減らすやつはいらない。どうせなら強い者に渡したほうが効率的だろう」


「それで連中は納得するのか?」


「どうせ口だけの連中だ。重要な任務と言っておけば喜んで残ってくれるだろうよ。今までの戦いで怪我をした者の多くは臆病風に吹かれているからな」


「こちらも異論はありません。死ぬよりはよいでしょう」



 グランハムの方針に、次々と賛成の声が上がる。


 幸か不幸か、これまでの激しい戦闘で現実を知った者たちは、すでに戦意を喪失しているか、半分満足してしまっていた。どうせ使い物にはならないだろう。



「もう一ヶ月だ。スザクたちの様子はどうなっているんだ?」


「ハイザク軍は、もうすぐ三袁峰に到着するとのことだ。スザク軍も度重なる迎撃を受けているようだが、なんとか銀鈴峰に向かっている。連絡の遅れを考慮したとしても、このペースでは相手のほうが早く着くだろう」


「こっちもペースを上げるか?」


「いまさら焦ったところで間に合いはしない。それよりは何が起こるかわからぬ以上、しっかりと準備を整えるべきだ。諸君らは熟練の傭兵なのでわかっていると思うが、今後は満足に補給を受けられないことを留意してもらいたい。ほかに質問は?」



 すでに状況を理解している者しか集まっていないので、特に声は上がらない。



「では、会議は終了だ。明朝より山脈攻略に入る」



 こうして会議は主に、山脈攻略に携わる人選の話題で終わる。


 森であれだけ苦戦した要因の一つには、比較的下位の傭兵が参加していたことが挙げられる。


 もともと山神との戦いについていけそうもない者たちを森林の雑魚にあてることで役割と報酬を与え、それで満足させることで早期に離脱してもらうための措置であったので、目論見通りといえるだろう。


 作戦に参加した充足感も出てくるので、森林拠点の警備にも力が入るはずだ。


 そして、他の傭兵が誰もいなくなった部屋で、いつもの密会が行われる。



「お疲れ、グランハム。相変わらず忙しそうだね」


「アンシュラオンか。サナはどうしている?」


「いきなりその話題? いくら気に入ったからって、あの子はあげないからね」


「お前まで馬鹿を言うな。まだまだ教え足りぬだけだ。たまにはこっちに出向させろ」


「それはありがたいけど、本当に大丈夫? ロリコンになってないよね?」


「逆に問うが、本当にロリコンなどいるのか?」



 その時、ハピ・クジュネの白詩宮にいるロリコンが、はっとした顔で後ろを振り向いたという。


 南無三!



「それにしても一ヶ月ぴったりだったね。オレの参戦を止めたのも、すべて計算通りかな。魔獣たちの情報を得ていたわけじゃないよね?」


「さすがにそこまでは知らぬ。単純に戦略上、そういうことも起こりえると考えていただけだ」


「じゃあ、次はどうなる?」


「私は預言者ではない。しかし、唯一明確なことは、敵の主力はまだ何一つ損害を受けていないことだ。確認されているのはマスカリオンのみで、他の山神は姿を見せていない。一ヶ月も経ってこの状況であることのほうが異常だろう」


「たしかにこれからが本番だ。相手の手の内がわからないのも嫌な展開だよ。ただ、一ヶ月の猶予をもらえたおかげで、なんとかこっちも戦える準備が整った。傭兵やハンターの選抜と強化ができたし、うちの隊も最初と比べると雲泥の差だ。これならばなんとかなるかな。で、イタ嬢に関しても織り込み済み?」


「それこそまさかだ。いまだに懐疑的だが、もし噂が事実ならば我々グラス・ギース側にとっては朗報となる。お守りをする必要がないのならば、私の隊も自由に動くチャンスが生まれるだろう。目的も達しやすい」


「オレはいつ動けばいい?」


「銀鈴峰に至る道の途中、山の中腹に拠点を作る。その時に山神たちの動向を見て、動ければ動いてくれ」


「グランハムはどうするの?」


「銀鈴峰の状況次第だろう。熊を排除してからお前と合流するか、あるいは別動隊を動かすか。これも状況を見てからだ。そもそも例の場所がどこにあるのかわからねば、我々も動きようがないからな」


「そりゃそうだ。オレの責任も重大だなぁ」


「作戦に関しては以上だが、個人的に疑問がある。なぜサナにもっと技を教えない? お前ほどの武人ならば、いくらでも引き出しはあるだろう」


「いきなり型にはめたくないのさ。あの子の可能性が無限だからこそ、オレがあれこれ言って『劣化コピー』にしたくない。今はより多くの体験を経験すべき時期なんだ。グランハムこそ、あの子の才能ばかりに目がいって、子供だってことを忘れていない? 遊びや触れあいも必要なんだよ」


「この戦場が遊び場ということか?」


「そうだよ。子供は遊びながら学ぶものだからね」


「ふっ、我々すら踏み台か。お前たちは本当に面白い。末永く味方であってほしいものだ」


「オレもグランハムは嫌いじゃないから、敵にはなってほしくないな。派閥との折衝はよろしくね。この勝負、オレは勝つつもりでいるからさ。終わったあとのリターンに期待しているよ」


「当然だ。やるからには勝つ」


「じゃあ、また明日ね」



 アンシュラオンはグランハムと別れ、帰り道でこの一ヶ月を振り返る。



(いきなり森林部で足止めは驚いたけど、サナたちが成長したのが一番の収穫かな。今では立派な戦力だ。オレがいなくても下位の討滅級魔獣くらいならば苦にしないだろう)



 隊全体としての練度が上がり、マキやユキネ、小百合やホロロといったメンバーの連携も磨かれた。


 サリータとベ・ヴェルが新たに加わって厚みが増し、何よりもサナがエースとして活躍できるレベルに至ったのが大きい。


 今ではグランハムから教えてもらった『奥義』も扱えるようになり、魔石なしでもある程度は戦えるようになっている。(その分だけ術符の金はかかるが)


 総合的に考えれば、この一ヶ月は充実していたといえるだろう。



「ディムレガンの中からスパイを見つけ出す必要もあるし、まだまだ大変そうだけど、今日はサリータたちのマッサージでもしながらゆっくりするかな。明日のことは明日考えればいいや。人生は楽しまないとね」





  ∞†∞†∞





 拠点で会議が行われている頃。


 アンシュラオンが制圧した北部の吸命豊樹の前に、ソブカとファレアスティがいた。


 山への侵攻ルートは、三つの吸命豊樹の間にそれぞれ配置されているので、このあたりにいるのは魔獣監視役のハンターか傭兵くらいなものだ。


 蟻は全滅し、牛も消え去った。猿は一部逃げた個体もいるが、たいした相手ではないので問題はないだろう。


 それよりも問題は、この吸命豊樹である。


 実の大半は魔獣が食べてしまっており、残った少数の実も回収されて検査に回されている。そもそもあれが何なのか、まだ誰も知らないのだ。


 しかし、ソブカは慣れた手つきで平然と樹に触れているので、ファレアスティが眉をひそめる。



「植物型魔獣と聞きましたが、危険ではないのですか?」


「習性を知れば問題ありません。これは食虫植物のようなもので、特定の場所に立ち止まっている獲物だけを狙いますし、戦闘力自体は高くはないようですねぇ。自ら動くこともありませんから、ほぼ植物と同じです。他者がいないと生存できない共生依存型の魔獣と呼ぶべきでしょうか」


「魔獣は魔獣です。お気をつけください」


「わかっていますよ。私の不注意は、あなたの大怪我に繋がりますからね。自重します」


「…そういう意味ではありません。ソブカ様が心配なのです」


「それもわかっています。立場は理解していますよ」



 こうして外で話す時は、両者の関係は組長と秘書にすぎない。


 しかし、その奥底には互いに対する信頼が見え隠れしていた。



「それで、この樹はどうでしたか?」


「長い年月が経過しているので変異しておりますが、『グラス・ギースからもたらされたもの』で間違いありません。この実の特異性がそれを証明しています」



 ソブカの手には、回収された実の一つがある。


 アンシュラオンと交渉して譲ってもらったのだ。


 その『種子』を特殊な薬品に漬け込み、内部の細胞データを計測した結果、面白いことがわかった。



「文献に載っている『朱毘禰屍しゅぴねかばね』と多くの類似点があります。それを植物型魔獣に植え込むことで、能力の移転と保管を図ったのです」


「なぜそのような真似を? 『ラングラスの秘宝』を外に持ち出すなど危険ではないのですか?」


「樹齢と変異の様子から考えて、持ち出されたのが七百年以上前であることは確実です。持ち込んだのが五英雄当人ならば、まだ秘宝という概念がなかったでしょう。実験目的が濃厚ですねぇ」



 この吸命豊樹は、普通の吸命豊樹ではない。


 このタイプの魔獣自体はさまざまな森林で発見されるが、何を食べたかによって能力に変化が起こるので、同じものは滅多に存在しない。


 翠清山の吸命豊樹は、アンシュラオンの命気に近い回復力を与える超貴重なものだ。そんなものが偶然に生まれるわけがないのだ。


 ソブカが調査した結果、『ラングラスの秘宝』が使用されていることが判明する。



「我々の始祖、火の英霊ラングラスは、希少な薬品を扱う『薬師やくし』でした。彼は医者として数多くの弱者を救い、常に薬の研究を怠らなかった偉大なる人物と伝えられています。そして戦場においては【不死鳥】のように、どんな傷を負っても何度でも立ち上がりました」


「ラングラスの【不死伝説】ですね」


「正しくは『不死の軍団』です。彼だけではなく、彼の部隊から戦闘中の死者は一人も出ておりません。といっても現実的に考えて不死などありえませんから、幾ばくかの誇張は入っているでしょう。しかし、この実の存在が確認された以上、けっしてありえない話ではないと確信しましたよ」


「この樹はどうされますか? アンシュラオンは売る気があるようですが…」


「私が直接買い付けると目立ちますねぇ。名目上はアンシュラオンさんに管理してもらいつつ、中身は我々がもらうとしましょう」


「あの男のことです。ふっかけてくることが予想されます」


「これにはそれ以上の価値がありますよ。他の者たちは単なる珍しい資源としか考えておりませんが、植樹ができればどんな場所にも根付き、その場の環境に完全に適応することができます。与える物次第では、さらに稀少な実を作り出すでしょう。たしかに時間が経って薄れてはいますが、紛れもなく秘宝の一部なのですから、ラングラスが取り戻すのが筋でもあります」



 ソブカの話し方はいつもと変わらないが、声のトーンが弾んでいた。興奮しているのだ。


 今や民衆の多くが五英雄に興味を失っているというのに、彼だけは子供の頃から五英雄の逸話を追い求め、あらゆる手段を使って隠されていた禁書の数々を得ているほどの人物だ。


 本物の秘宝を前にすれば、もはや我慢などできないだろう。そのあたりはまさに少年そのものである。



「ベルロアナが秘宝を扱った件に関しては、どういたしますか?」


「もう少し眠っていてほしかったのが本音ですねぇ。これで迂闊に彼女には手出しができなくなりました。本物の秘宝を扱えるのですから、生半可な戦力では返り討ちになる可能性が高いでしょう」


「ディングラスが力を持ちすぎるのは危険です。何か手段を講じますか?」


「いえ、安易に触れないほうがよいでしょう。自立してもらえるのならば、それはそれで他に狙われる危険性が減ります。ディングラスの血は維持しなければなりませんからねぇ。ただし、マングラス側に利用されないように警戒はしておいたほうがよいでしょう」


「傭兵やハンターの中にマングラスの手の者がいると思われます。情報はすでに筒抜けのはずです」


「それを言ったら、どこの組織もですよ。これだけの人間が集まれば、スパイだらけになるのは当然です。今は北部の間者よりも南部に注意してください。現状では外部の敵のほうが喫緊の課題です。この一ヶ月、南部に大きな動きはありましたか?」


「『いぬ』が妙な動きをしているとの報告はありますが、こちらに対してのアクションではないようです」


「妙な動きとは?」


「『クォカランド〈女翠臣需園じょすいしんじゅえん〉』と揉めたそうです。現在は対立状態と聞いております」


「…またすごいところと揉めましたね。彼らは人口が減ったことが原因で西に流れてきた者たちです。どう考えても、そのあたりが原因で衝突したのでしょう」


「勝手に揉めてくれて助かります」


「ですねぇ。互いに直情的な組織ですから衝突しやすいとは思っていましたが、これは朗報です。ほかはどうですか?」


「ザ・シャグとルクニュート・バンクが、領土線で小競り合いをしています」


「いつものパフォーマンスですか。ご苦労なことです」


「そのはずでしたが、現在では魔人機同士の戦闘も確認されています」


「ほぉ、珍しいことです。小競り合いに決戦兵器を出してくるとは少々臭いますねぇ。本気ではないのでしょう?」


「はい。実戦で機体の調整をしているのではないかと推測されます」


「こちらは嫌な動きですね。明らかに大きな軍事行動の前触れです。戦力が落ちているハピ・クジュネを攻められると面倒ですよ」


「それに関しては、自由貿易郡が雇っている『シルバーライト〈銀架の右手〉』が牽制しているようです」


「彼らも魔人機持ちの傭兵団ですからね。戦艦を除けば、魔人機を止められるのは魔人機だけとも聞いています。妥当な手でしょうか」


「その自由貿易郡にも動きがあります。レイファーゼン上級評議員がユアネスと交渉を進めている可能性があります。あくまで情報屋経由の疑わしい噂ですが…」


「これは面白いところをついてきましたね。毒をもって毒を制する、ですか。ライザックらしいやり方ではありますねぇ。十分に可能性はあるでしょうし、試す価値もあります」


「しかし、毒は毒です。連中はただの宗教組織ではありません。中に入れるのは危険では?」


「毒を食らわば皿まで、ともいいます。もちろん自由貿易郡としての利益を考えてのことでしょうが、こちらとしても上手く利用したいところですねぇ」


「アンシュラオンも毒です」


「私はまだ何も言っておりませんよ。それに彼の行動は、毒と呼べるほど悪質ではないでしょう」


「今はただの小悪党ですが、必ず大きなことを『やらかし』ます。それが災いになります」


「断定はよくありませんねぇ。どちらにせよ我々には力が足りません。私がラングラスの秘宝を手に入れるまでは、彼とは仲良くしていたほうがよいでしょう。ベルロアナさんでさえ、秘宝を使えばあそこまで血が覚醒するのです。私も…いえ、私こそラングラスに相応しいと証明してみせます」


「…はい。すべてはソブカ様のために…」



 翠清山の戦いが激化する中、北中部でもさまざまな動きがある。


 今回の一件がどのような結果をもたらすのか、他の勢力にどのような影響を及ぼすのか、それも含めての戦いであった。


 世界は常に連動して動いている。




【お知らせ】

いつもありがとうございます!

次章準備のため、一週間お休みいたします。

次回291話の更新は「7/31 午前一時」となります。


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