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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
『翠清山の激闘』編
287/618

287話 「北東部、制圧! 奥義の伝授」


「今日で勝負を決める! 全火力を集中しろ!」



 侵攻開始、二十八日目。


 第三階層、深部攻略を開始して三日目。


 グランハム率いるザ・ハン警備商隊が、バーナーマン〈手投蛇猿〉たちに猛攻を仕掛ける。


 いつもはバランスを重視する彼らだが、ここが勝負所と見極めて帯同した全隊員を動員。


 普段は後方支援にとどめる第三警備商隊も前に出て、囲い込むように猿たちを追い詰めていく。


 あまり出番がないのでこの機会に説明しておくと、第三商隊長のモズは真っ黒なゴーグルをかけた男であり、双剣を使う剣士タイプの武人だ。


 ゴーグルは『兆視暗眼奇ちょうしあんがんき』という術具で、どんな暗闇の中でも昼間のように見える強力な暗視能力が付与されている。


 これを使えば夜戦でも煙玉の中でも平気で動くことができるが、モズは主に監視や警戒のために使っている。


 ぐねぐねと曲がった独特の形をした双剣は、『蛇双ニビルヘイス』という術式武具で、脇差くらいの長さの取り回しに優れた剣だ。


 こちらはバーナーロイマン〈打投蛇猿〉の棍棒を受けながらも、逆に棍棒のほうが削れていくほどの切れ味を誇っている。


 もともとモズは防御型の武人なので、回避や受け流しを行いながらカウンターを入れる損害を減らす戦い方を好む。だからこそ物資を守る第三警備商隊長に抜擢されているのだ。


 彼も百人いる優れた傭兵の中の一人であり、メッターボルンやモズのような粒ぞろいの武人がいる警備商隊は、やはり強い。


 猿たちは、勢いに圧されてどんどん後退していく。


 ここで上手かったのが、ただ一斉攻撃をするだけではなく、相手を煽って反撃を誘発した点だ。


 バーナーマンの攻撃は投石が中心であるため、石がなくなれば遠距離からの攻撃手段が失われる。そうなれば、気をつけるのは近接戦もできる上位種くらいなものだ。


 もとより物量で勝るハングラスの前では、最初から猿たちに勝ち目はなかった。



「俺らもいくぞ!」


「…こくり」



 レックス隊も遊撃の任務で猿たちを攪乱する。


 初日は動きについていけなかったサナも、今では慣れた動作でレックスたちに追随。


 上下運動も綺麗にこなし、不意の左右の動きも予測していたように、レックスよりも先に動き出すほどだ。


 これは全体の流れが見えている証拠である。


 警備商隊全体で目的意識を共有し、それぞれの役割を持った各部隊が臨機応変に動き、互いにサポートし合う。


 サナがそれをしっかり把握しているからこそ、レックスの意識も先読みできるのだ。



「この二日ですごい進歩だな! やりやすいぜ!」


「たいしたもんだ。さすがアンシュラオンの妹だ!」


「…こくり!」


「これならレックスが隊長じゃなくてもいいな。代わってほしいくらいだぜ。可愛くて強い隊長なら、もっとやる気が出るからさ」


「おいそこ! 本気で言っているだろう!」



 低俗でレベルが低い傭兵団ならばいざ知らず、ザ・ハン警備商隊は福利厚生がしっかりしている上級組織だ。女も子供も関係なく実力を重視する。


 駄目ならば罵声が飛ぶが、結果を出せば認められて尊敬される。


 アンシュラオンの庇護下ではなく、純粋に彼女の能力が評価されたことで、今までとは違う感覚が芽生えていった。


 そこにグランハムが現れる。



「サナ、ここからは私と一緒に来い。術符の使い方を教えてやる」


「…こくり」


「レックス隊はご苦労だったな。あとはいつも通りに仕事をこなせ」


「総隊長、そりゃないですよ。うちのアイドルを奪うつもりですか」


「そうですよ。総長がロリコンになったんじゃないかって、隊で噂になっていますよ」


「馬鹿なことを言うな。わざわざアンシュラオンが寄越したのだ。何も覚えさせないまま返したらハングラスが馬鹿にされてしまう。それだけのことだ」



 そう言って、サナを連れていってしまう。



「総隊長、絶対に気に入っているよな」


「名前で呼んでるしな。やっぱりロリコンに目覚めたのか?」


「本当にそうだと困るが…たしかにあの子は器が違う。俺らじゃ到達できない領域に行けるのは、きっとああいう子なんだろうよ」


「そうだな。総長についていけるやつが一人もいないから、なおさら嬉しいんだろうさ」



 最初は「アンシュラオンの妹」だった呼び名が「サナ」になっている。


 そのことがすべてを物語っていた。


 グランハムがサナを認めたのだ。



「飛ばすぞ。遅れたら置いていく」


「…こくり」



 グランハムが、いつものように隊のあちこちに顔を出す。


 戦場全体を見回し、全部隊の状況を常にチェック。彼我の戦力差を頭の中にインプットしながら劣勢な味方を助け、強い相手を叩いていく。



「まだまだ戦気術が甘いぞ! もっと意識を集中しろ!」


「…こくり!」


「感覚を一つに絞るな。全体を見ながら個別に対応するのだ!」


「…こくり!」


「自分の周囲も警戒しろ! 後ろだ!」


「…こくり!」



 サナが黒千代を抜いて、背後に出現した猿を切り裂く。


 そこで止まらず、すぐさま移動。再び全体を見回すためのポジションを維持する。


 やっていることはアンシュラオンが教えた生存術の上位版なのだが、実際に戦いながら動き続けるのは非常に大変だ。


 されど、それにサナがついてくる。


 戦気術は簡単に上達するものではないので、まだまだ子供がゆえの未熟さは目立つが、それ以上に教えたことは全部吸収してしまう柔軟さが際立つ。


 グランハムの足運び。


 グランハムの視野の広さ。


 グランハムの思考パターン。


 そのすべてを完璧にコピーし、まるでもう一人グランハムがいるかのようだった。



(面白い、面白い、面白い!! アンシュラオン、今ならお前の気持ちがわかるぞ! この娘は本当に面白い!!)



 グランハムの気持ちが高ぶっていた。


 強い武人であればあるほど自己流の戦い方やこだわり、矜持を持っているものだ。それを理解してほしいものだ。


 しかし、多くの者たちは弱いがゆえに強者を理解できない。


 アンシュラオン、ガンプドルフ、グランハム、アル、マキ、ファテロナといった剛の者たちは、ある意味では世界のつまはじき者なのだ。


 それをサナは許容。受け入れて丸ごと呑み込んでしまう。



(教えたい! 教えてみたい! 私が持っている技術を全部教えたら、この娘はどうなってしまうのだ! 私を平然と乗り越えるのか? それともコピーで終わるのか? 見てみたい! この先を!)



 この誘惑には誰も勝てない。


 アンシュラオンでさえメロメロだ。グランハムがメロメロにならないわけがないだろう。


 だからこそ、ついつい必要以上のことまで教えてしまう。



「術符の連続起動をやる!」



 グランハムが雷貫惇の術符を三枚取り出して起動。


 同時に放たれた三つの強烈な電撃が、猿たちを木ごと貫き、強引に叩き落とす。



「次はお前だ。教えたようにやってみろ」


「…こくり」



 サナも同じように雷貫惇の術符を三枚取り出し、起動。


 ドドドンと三つ連続して発射されるが、グランハムに比べると間隔が空きすぎており、敵の能力が高いと回避される可能性が高まってしまう。



「まだ甘い。いかに次の術符までの時間を短縮するかに、この技の意味と強みがある」



 術符の連続起動が優れているのは、『ほぼ同時』に放つことで相手に対応する猶予を与えない点だ。


 そこらの武人から見れば、今しがたのグランハムの術符は三枚同時に発動したように見えるが、実際は違う。


 術符の性質上、何枚同時に使おうが、発動は一枚一枚行われる仕組みになっている。


 一枚ごとに起動には時間がかかり、その展開速度は当人が持っている演算能力に比例することも重要な要素である。


 たとえばファテロナは、瞬時に化紋を切り替えることで多様な戦闘に対応している。それも演算処理が速いおかげであり、扱う術符にも影響を及ぼすのだ。


 ただし、グランハムは術士ではない。処理能力はファテロナには及ばない。


 であれば、そこには【秘訣】があるのだ。



「『術符の傷』をもっと上手く調整しておけ。コツを覚えるのだ」


「…こくり」


「戦いとは常に計算で動くものだ。どんな出来事も偶然で起こることは一つもない。剣での攻撃、鞭での攻撃、術符での攻撃、どのようなものであれ、すべて『規範』によって動いていることを忘れるな。事前の準備こそが一番大切だ」



 グランハムらしい言い回しだが、詰まるところ仕組みを理解しろということである。


 術符の発動には、『起動の意思』→『魔力の読み込み』→『術符の起動』(術符がバラバラになる)→『術式の構築開始』→『術式の発動』という工程を辿る。


 これを複数枚同時に使う場合、術符は一枚一枚順番に発動するのだから、普通にやっていたら高速連続起動はできない。


 がしかし、このどこかのタイミングで『タイムラグ』を作ればどうだろう。


 一枚目を起動した時にラグがあれば、二枚目と同時に発動ができる。もっとラグがあれば、三枚目と同時に発動できる。これを繰り返していけば、理論上は何枚でも同時起動が可能になるはずだ。


 問題は、どこでどのような細工をするかだ。


 もっとも簡単な方法は、今しがたグランハムが述べたように【術符に傷をつける】といったシンプルなものである。


 こうすると―――


 『起動の意思』→『魔力の読み込み』→【傷による干渉】→『術符の起動』(術符がバラバラになる)→『術式の構築開始』→『術式の発動』


 となる。


 いわゆる接触不良を意図的に起こすことで、タイムラグを生み出すのだ。


 どこにどれだけ傷をつけるのかによっても発動時間は変わってくるし、あまりやりすぎてしまうと術符自体が発動しなくなるか、暴発して『術式事故』が発生してしまうので注意が必要だ。


 この方法で連続起動を正しく行うためには、術符自体の知識と、自身の魔力値の把握による展開時間の予測が不可欠になる。


 さらにそれを戦闘中に行わねばならないことから、優れた身のこなしと計算ができる頭の良さに加えて、自分を信じる強い気持ちが必要なのだ。


 とんでもなく面倒なことを言っているが、それも当然。



 これすなわち―――【奥義】!



 武人が階級を一つ上げるために、どうしてもクリアしなければならない達人の領域である。



「もう一度よく見ろ! こうだ!」



 グランハムが術符を十枚、宙に放り投げる。


 それぞれに傷がついた術符はタイムラグによって、発動時間を極限まで近づけさせる。



「術符に込める自身の魔力量を意識しろ! 傷が上手くいかずとも、与える魔力で微調整が可能となる!」



 雷刺電の術符が発動!


 0.001秒ごとに術符が発動し、四方向にいた猿たちに突き刺さって感電させる。


 こうやって同時に放つことで囲まれた状況でも一気に離脱が可能になるのだ。これが不完全だと、途中で相手の妨害が入って乱戦になってしまう。


 この短縮の誤差±0.001秒というのが面白い数字で、枚数が少なければごくごく稀に完璧な同時発動になることもあるが、術符の性質上どうしてもこれくらいの誤差が生まれてしまうようだ。


 そして、この段階に至ると達人でも回避が難しい攻撃を生み出すことができる。


 グランハムはこの技術を得たことで、突出した能力を持たずとも一流の武人の領域に入ることができたのだ。



「人間は魔獣ではない。知能と知恵によって戦う生き物だ。この技を自在に扱えるようになれば、意図的に術符の起動を遅らせて不意をつくこともできる。それぞれの戦術に組み込めば可能性は無限だ。必ずやお前の力になるだろう」


「…こくり」


「術符の無駄遣いはこれまでだ。次は本番で決めろ。いくぞ!」



 グランハムたちは猿を殲滅しながら進み、ついに吸命豊樹にまでたどり着く。


 高い木々が並ぶ中、吸命豊樹がある場所だけすっぽりと大きな空間が広がっており、雑草一つ生えていなかった。樹が他の生物の生命力を奪ってしまうからだ。


 そして、そこは猿たちにとっての聖域でもある。


 樹の前には、群れのボスである『バーナーモダライマン〈総監督蛇猿〉』がいる。


 指揮能力に優れ、自身も両手に棍棒を持っている大型の猿だ。その圧力は『グラヌマーハ〈剣舞猿将〉』に匹敵する。



「他の部隊は雑魚を牽制しろ! ボスは我々がやる!」



 グランハムが中距離から赤鞭を放つ。


 鞭は空中で何回も軌道を変化させ、猿の真後ろから襲いかかる。


 だが、ここはさすがボス猿。


 素早い反応で回避―――したまではよいが、グランハムの狙いはそこではない。


 さらに真下に直角に曲がると、鞭が地面に叩きつけられる。


 ただ叩いたのではない。


 そこには―――術符


 鞭を使って地面に設置すると同時に発動。大量の水が噴き上がる。


 これは因子レベル1の『水流波』という術式で、単純に大量の水を吐き出して押し流すためだけのものであるため、攻撃力はほぼない。


 ただし、押し出す力だけはかなりのもので、ボスの身体が宙に浮き上がる。


 そこにサナが突っ込んでいく。



「最大枚数でやれ!」


「…こくり!」



 彼の一挙手一投足を完全にコピーし、グランハムから手渡された術符を撒き散らす。


 術符の傷はグランハムがつけたものなので質に問題はないはずだ。されど、ばら撒く前には術符を起動している必要があり、全部の術符の状態も完全に把握しておかねばならない。


 感覚が広がる。意識が上昇する。


 サナの術士因子がはっきりと動くのがわかる。


 一枚の術符から、次の術符へ。その術符から三枚目の術符へ。


 点と点が繋がっていき、相手を取り囲む三次元の檻を生み出す。



 術符が―――発動!



 雷貫惇の術符が起動し、雷撃が突き進む。


 それと同時に風鎌牙が発動し、カマイタチが飛んでいく。


 それに連動するように火鞭膨が発動し、炎の鞭が生まれる。


 そこに追随するかのごとく水刃砲が発動し、水の刃が斬りかかる。


 全方位から発動された五十の術符から、各属性の術式が一斉に襲いかかった。


 猿は宙に浮いていて逃げ場がない。仮に万全の状態であっても、こんな攻撃をいきなりされたら、驚いて防御することしかできないだろう。


 だが、これは術式だ。


 防御を―――貫通!


 しただけにとどまらず、火と水、風と雷が属性反発を起こし、入り混じり、ごちゃごちゃになって、ついに術式事故が発生。


 真っ白な空間の歪みが生まれると、ボス猿を吸い込んでいく。


 猿は必死に抵抗するが、圧倒的なまでの法則の修復力の前には及ばず、引き裂かれ、引き潰され、引きちぎられて、ついに消滅。


 直後、修正された空間から吐き出された暴風によって、樹の近くにいた猿たちを吹き飛ばす。



「…っ!」



 もちろん近くにいたサナも飛ばされるが、赤鞭が身体に巻きついて引っ張ったおかげで、木への激突は避けられた。


 見れば、グランハムはすでに足に戦気を展開して木に張りついており、終わったあとのことも見据えて動いていた。



「誤差±0.005秒といったところか。魔力値の計算が雑でバラつきも大きかった。相手が老師級ならば対応されていたかもしれん。無知な魔獣相手で助かったな」


「…こくり、はぁはぁ…はぁはぁ」



 残念ながらグランハムには及ばないうえ、術符の使いすぎでBPが枯渇してふらふらになっていた。


 術符は無尽蔵に使えるものではない。実際の術同様に自身の精神力を魔素に変換してエネルギーにするのだ。そこは戦気と一緒である。



「だが、悪くはない。最大枚数を起動させたうえ、突然のハプニングにも対応したようだ。やはりセンスがある」



 実はグランハムは、複数の術符が交ざっていることを教えていなかった。


 術の起動時間は種類や強さによって大きく異なる。同じ因子レベル1の風鎌牙と水刃砲であっても、まったく違うのだ。


 それをサナは感覚的に魔力を調整して合わせることができた。だからこその一斉起動に繋がったのである。


 これは意地悪ではなく、ハプニングに対応できるかを試す訓練だった。サナはそれに合格したのだ。



「理屈だけでも駄目だ。感覚だけでも駄目だ。複合的に総合的にあらゆる状況に対応できるようになれ。お前はまだまだ伸びる。たゆまぬ闘争の果てに武人の道は生まれるのだ。基礎の反復を忘れるな」


「…こくり、はぁはぁ」


「よし、これより吸命豊樹の確保と掃討を行う! 二度と猿が戻ってこられないように徹底的に叩いてやれ!」



 こうして第三階層の北東部も制圧完了。


 サナもグランハムに奥義を教えてもらい、万々歳の結果となる。


 ただし、サナが使った分の術符はあとで請求されるので、このあたりはさすが商隊であろうか。(結局労力で相殺した)




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