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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
『翠清山の激闘』編
285/619

285話 「ベルロアナ隊の戦い その4『金獅子の咆哮、スレイブの上に君臨する者』」


 メイド暗殺部隊の刃には毒が塗られている。


 アラキタも毒矢を使っていたので不思議なことではないが、暗殺者の毒は特殊なものが多い。


 基本の因子は戦士、剣士、術士の三つで、以前も述べたように暗殺者はこれらの中間に位置する特別な系統であり、言ってしまえば中途半端な覚醒を遂げた者たちである。


 その中で特殊な毒素を生成できる者を『暗殺者』と呼び、それ以外のただ身のこなしが優れていたり、毒以外のアサシンスキルを使える者を『忍者』や『密偵』と呼んで区別している。


 もちろん後者も別に毒を用意すれば使用は可能だが、ファテロナたちは自前でいつでも毒を扱うことができるのだ。


 そして、この毒は生物に対して極めて有害で、耐性がない相手を即座に死に至らしめる。


 アサシン部隊は素早い動きで敵陣を駆け回り、軽く傷をつけては次の蟻に向かっていく。毒があるので、かすり傷でも致命傷に至るからだ。


 ただし、この毒素は血液中で生成するため、多用することは体力を減らすことを意味し、毒だけで攻撃するわけではない。


 一人のメイドは短銃で術式弾を使い、もう一人のメイドはバースト銃を使い、もう一人は剛糸を使って敵を拘束する。


 金玉剣蘭隊の中衛の特色は、サナやソブカのように真ん中に位置取るのではなく、前衛や後衛にも顔を出す無秩序な動きで相手を翻弄することだ。やや遊撃隊に近い役割といえる。


 その中でもファテロナは別格。


 ギェリーの影から出現すると、真っ赤になったナイフで背脈管はいみゃくかん(虫の心臓)を切り裂いていく。


 兵隊蟻の外殻はかなり硬くなっているので、そこらの剣でも簡単には傷つかないが、このナイフはいともたやすく入り込む。



「ふふふ、熱い体験には痺れが付き物でございますね」



 ファテロナが左手でもう一本のナイフを突き刺すと、今度はバチンッと雷撃が走って蟻が感電して動けなくなる。


 アイラも使った『化紋かもん』によって、武具に一時的に属性を付与しているのである。


 最初は『火化紋ひかもん』を発動。ヒートナイフにして斬りやすくして、次は『雷化紋かみなりかもん』で感電させる。


 しかし、彼女は術符を使っているわけではない。『術式』によって化紋を発動させているのだ。


 ファテロナは術士の因子が強く覚醒しているものの、アカリが使っていたような攻撃術式を単独で発することはできない。あくまで使える術式は補助がメインであり、攻撃では化紋が中心となっている。


 それならば術符でいいじゃないかと思うかもしれないが、彼女が怖ろしい点は切り替えが―――早い


 火化紋を発動させていたナイフが即座に水色に染まり、突き刺した体内で水飛沫が噴き上がって内部から破壊。


 雷化紋を発動させていたナイフも瞬時に風をまとい、凄まじい速度で飛んでいって蟻の目に突き刺さる。



「相変わらず、あの人の術式の構築速度はやばいな」



 符行術士であるアカリも、ファテロナの術式速度に驚くほどだ。


 ファテロナは火・水、風・雷の四つの属性を自在に操るハイブリッドであり、もともと天才肌の風属性を得意とするので超高速戦闘はお手の物。


 彼女が『分身』で三つに分かれると、四方八方に飛び回り相手を攪乱。虫とはいえ動くものには反応してしまうので、その一瞬の隙を生み出したところに―――三連砲撃!


 戦車の砲撃が蟻を吹き飛ばす。


 前衛の七騎士とユノが身体を張って前で戦い、クイナとアカリが援護し、ファテロナのアサシン部隊が攪乱と補助を行い、時には仕留めつつ、最後は戦車の砲撃によって敵を圧倒する。


 この中心メンバーに加えて武装甲冑や射撃部隊もいるので、隊全体として考えればアンシュラオン無しの白の27番隊や、赤鳳隊と互角の力を有していると言ってもよいだろう。


 では、その中で旗印であるベルロアナは何をしているのかといえば―――



(なんだか現実感がない光景ですわね。どうして戦っているのかしら?)



 またもや夢遊病者のように意識が混濁し、スレイブや衛士たちが戦っている姿を呆けて眺めていた。相変わらずの役立たずぶりだ。


 その時、傭兵隊のほうで異変が発生。



「また新しいでかいのが来たぞ!?」


「今度は大型だ! うげっ、きもっ!」



 ギェリーは大型犬程度だったが、今度は三メートルはありそうな巨大な蟻が姿を見せる。


 ギェリーの進化種、『ガッツァント・ガーリー〈軍隊針羽蟻〉』である。


 他の個体と異なるのは羽が生えており、尻尾にも大きな針が見えるので、より蜂としての性質が強化されている点だろう。


 実際は蜂から進化したのが蟻のようだが、この種の中ではこちらのほうが攻撃的な役割を果たすようだ。


 ガーリーが空を飛んで壁を抜け、中に飛び込んでくる。


 突然の奇襲に傭兵隊は対処できず、吹き飛ばされて倒れ込む者が続出。中には針で刺されて痙攣死したり、後続の蟻たちに呑まれて悲惨な目に遭う者もいた。



「速くて撃ち落とせないぞ!」



 ブンブンと真上でホバリングしつつ突如急発進するため、銃弾も簡単には当たらない。回避もかなり高いことがうかがえる。


 仮に当たっても防御性能が向上していることで、致命傷にはならない厄介な相手だ。



「羽を斬り落とせば問題ありません」



 ファテロナがガーリーに向かっていくが、一度、二度とかわされる。


 がしかし、それは『分身』。


 相手の影、真下から出現したファテロナが腹にナイフを突き刺すと同時に宙で跳ね、離れ際に剣衝を放って羽を切り裂く。


 ふらふらと落下したガーリーは、しっかりと脚で着地するも、次第に毒が回って痙攣。あとは傭兵隊だけでも対処が可能だろう。


 他のアサシン部隊のメイドたちもガーリーに狙いを定めることで、一応の対抗は可能になった。


 ただ、相手の数が多い。


 十数匹のガーリーの出現でファテロナたちの手が埋まると、戦況は蟻に傾いていく。



「数が一向に減らないぞ!」


「噂の回復する樹ってやつかよ!」



 働き蟻自体は半ば使い捨てなので、吸命豊樹の恩恵にあずかることはあまりないが、おそらくは『女王蟻』がそこに陣取っているはずだ。


 彼女が実を食べることで大量に卵を産み、それが一気に孵化することで数を増やす。


 当然すぐに成虫にはならないものの、人間が森に侵攻してきた段階で生存本能が刺激されて卵を産んでいるので、その後に爆発的に数を増やしたものと思われる。


 それらの新しい個体がどんどん前線に送られてくることで、まったく先に進めないどころか、後退すら余儀なくされる現状に陥っていた。



「こっちにもいっぱい来ます!」


「ユノ殿、共にがんばりましょう! 我らがお嬢様をお守りしますぞ!」



 ユノと七騎士も踏ん張るが、物量に押されて噛みつかれる場面が増えていく。


 ファテロナのアサシン部隊も、唯一の弱点として耐久力と持久力の低さが挙げられる。もともと奇襲による対人戦闘が得意かつ、これほどの数の魔獣を相手にするには向いていない。


 戦車も単体砲撃の威力は高いのだが、この場合はアンシュラオン隊のガトリングのほうが向いていて、上手く処理しきれないでいた。


 そして、ついにスレイブに犠牲者が出た。


 金玉剣蘭隊ではなく、補給物資が積まれた後方の隊が狙われ、給仕として連れてきていた男のスレイブが蟻の攻撃を受けて絶命。


 グラス・ギースの領主の娘が来るのだから、クイナたち以外にもスレイブはいる。そのうちの一人がやられたのだ。



「徐々にかこまれ、囲まれてるのです!」



 なだれ込む蟻たちが、内部でどんどん広がっていき隊列が破壊。分断されていく。


 こうなると完全に乱戦となり、火力のある武装が使えなくなって相対的に蟻の勢いが増していった。



「ど、どうすりゃいいんだ! ひ、ひぃー! 戦車にも張りついてきたぞ! あっちに行けって!」


「お嬢様、お嬢様を守らないと!」


「そんなことを言っている場合じゃないよ! 自分のことで精一杯だ!」


「クイナたちはスレイブなのです! だからお嬢様を守る、守るのです!」


「それはそうだけど、わたしは無理だよ!」


「アカリさん、うらぎり、裏切りなのです! おん、恩知らず! お嬢様に謝ってください!」


「謝るって言われても…あれ? どうしたんだ?」


「え? お嬢様…?」


「………」



 ベルロアナがすっと立ち上がり、真正面をじっと見つめていた。



「お嬢様、どうされた、どうされたのです!?」


「また変な病気が出たのか!? こっちはそれどころじゃないのに!」


「………」


「お嬢様―――」



 クイナが心配そうに見つめる中、ベルロアナに異変が起きる。


 さきほどまで、どこかぼけっとしていて、けだるそうにしていた少女の赤い瞳に、ぼっと炎が点火される。


 強い感情が湧き上がっていく。


 メラメラと燃え盛っていく。


 熱くて熱くてたまらない『キモチ』が盛り上がっていく。


 激しい火炎は腹から胸に上がり、胸から喉に上がり―――




「何して―――くれますのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」




 その大声は、大気を駆け抜けて衝撃となって戦場に響き渡る。


 戦っていた傭兵は、思わず振り返り。


 木の上にいたハンターは、思わず矢を落とし。


 蟻でさえもびっくりして動きを止める。


 なぜならばベルロアナから発せられたのは、激しい【怒り】!!


 彼女のトレードマークのツインテールが逆立つほどの、圧倒的な激怒だったからだ。



「この畜生どもが! わたくしの大事なスレイブに! 所有物に! なにしてくれますのおおおおおおおおお!! たかが蟻が! 蟻の分際でぇえええええええ!!」



 もともとつり上がっていた目は憤怒でさらにつり上がり、歯も強く食いしばって歯軋りが聴こえ、よだれが垂れるほどだ。


 すっかり忘れているかもしれないが、この少女はアンシュラオンと対峙して勝負を挑んだほどの人物である。


 普段の彼女は何の取柄もないただのお嬢様であっても、スレイブに関することだけは誰にも負けない。負けたくない。


 ましてや自分のスレイブに虫ごときが手を出すなど、絶対に認めない!!


 そのあまりに強い精神エネルギーが、大気中に瀰漫びまんしている神の粒子を急速に呼び寄せて、肉眼で見えるほどの膨大な量となってまとわりつく。


 そこに彼女の怒りが―――着火!


 体表にも真っ赤な炎が燃え盛り、美しい金髪にも反射して赤に染まる。



「な…ぁ……なにが……」


「アカリ! 術符!!」


「は、はひっ!?」



 ベルロアナの声に驚いたアカリが、反射的に雷貫惇の術符を発動させる。


 彼女は魔力がそれなりにあるとはいえ、いつもならばグランハムにも到底及ばない程度の電流しか出せないはずだ。


 が、術符が起動されると同時に爆発が起きたかのような衝撃。


 荒れ狂う極太の雷撃が生物のように蠢き、空を飛んでいたガーリーを貫き、さらに地上に突き刺さると何百匹もの蟻を貫通して爆散させる。



「ひょっ!?」



 あまりの威力に、放った当人さえ硬直。


 思わず変な声を出してしまう。



「す、すごい、すごいです! アカリさんの本気、本気なのです!」


「ち、ちがっ…そんなわけあるか! こんなのわたしじゃない!」


「何をしていらっしゃるの! わたくしのスレイブたち! 仲間がやられたのよ! 許さない、許さない、許さない!! わたくしのものに手を出すものは、絶対に―――許さない!!」



 ベルロアナの身体から黄金の輝きが放出される。


 それは放射するというレベルを超えて、獅子が咆えたかのような激震に近い光の衝撃だった!


 『金獅子の咆哮』を受けたスレイブたちにも異変が起こる。



「な、なんですか…これ。力が湧き上がるような…勇気が湧いてきます!」


「ユノ、七騎士! わたくしの敵を屠りなさい!」


「はい!」


「お嬢様のご命令ならば、我らは命すら捨ててみせます!」


「もう太ってた頃の自分たちではありませんぞ! 今こそ勝負の時です!」



 ユノと七騎士たちが、蟻たちに襲いかかる。


 ようやく蟻たちも動き出したが、ユノの鉄球が敵を蹴散らす。


 最初は一匹潰すのに二発必要だった一撃は、大地すら破壊!


 叩きつけた鉄球によって生まれた大きな割れ目に、蟻たちが落ちていき、続けて発生した衝撃波が蟻の群れを吹き飛ばす。



「えええええ!? どうなっているんですか!?」



 アカリ同様、ユノ自身が一番驚いていた。こんなことは絶対にありえないからだ。


 だが、異変が起きているのは彼女たちだけではない。


 七騎士たちも明らかに能力が向上しており、ギェリー相手でさえ一撃で粉砕。通常種も一撃で数十匹を倒している。



「ううう! 車椅子になんて乗っていられませんよ! 僕だってお嬢様をお守りします!」



 ペーグが立ち上がって、斧(新調した)を持って突撃。


 腰痛で満足に動けなかった彼が、急に元気になって蟻たちを潰し回っているではないか。



「ど、どうなってんだ! パンツ姫の隊がすげぇぞ!」


「今まで手を抜いていたってのか!?」


「お、おい! 危ないぞ! 大きいのがパンツ姫に向かっている!」



 金色で目立つせいか、ガーリーが空からベルロアナを狙って急降下。


 その大きな針を彼女に突き刺そうとしている。


 クイナはもちろん対応できない。アカリも気づいた時には遅い。


 ベルロアナの瞳は空を見上げ、ガーリーの動きを瞬き一つせずに見つめていた。


 考えるより早く。


 意識するより速く。


 手が腰にかけてあった剣を取り、真上に突き出した。


 ベルロアナの小さな身体と比べると相手は大きすぎる。腕の長さも短く、これでは相手のほうが先に届いてしまう。


 しかし、剣が金色に輝くと変化!



 小剣から―――『槍』へ!



 一気に間合いを伸ばした穂先が、ガーリーの針を砕き、腹部まで突き刺さる。


 相手は急降下しているので、突き刺さっても身体ごと突っ込んできたが、その前に―――爆散!


 槍から放出された凄まじい金色の輝きが、内部からガーリーを粉々に打ち砕く。



「わたくしのスレイブは、わたくしが守ります! お友達に手を出す者は許さない!!」



 ベルロアナが持っていた槍が、今度は【旗】に変わる。


 その旗は【金色こんじきに輝く獅子】となって、周囲の者たちに王者の貫禄を示していた。


 まるで夢でも見ているようだが、間違いなく現実である。


 サナの青雷狼の目覚めに呼応するように、金獅子の血も怒りによって覚醒しつつあった。




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