284話 「ベルロアナ隊の戦い その3『スレイブ兵の戦い』」
「うひー、すごっ。こんなもん、グラス・ギースにあったのかよ」
「本当ですわね。すごいですわ」
戦車の砲撃に思わずアカリとベルロアナが目を丸くする。
その視線の先では、衛士隊がバースト銃と火炎放射器を使って、次々と魔獣を倒しているではないか。
アンシュラオンも衛士隊の強さには疑念を抱いていたので、こちらも驚きだ。
「うちの衛士隊は、あんなに強かったかしら?」
「一般兵の強さの大半は武器の性能で決まります。グラス・ギースが新たに導入した兵装を使えば、ハピ・クジュネの海兵にも劣ることはありません」
「でも、やはり数では海兵のほうが多いと聞きましたわ」
「こちらも衛士を増員すればよいのです。経済が上向けばそれも可能となるでしょう。そして、あのような装備もあります」
ファテロナが指示を出すと、全身鎧に身を包んだ衛士たちが出てきた。
海軍の甲冑やメッターボルンたちが着ているものとは違い、もう少しゴテゴテしたロボットのようなフォルムの『強化アーマー』である。
全体的にサイズが大きく、着込んでいる衛士の身長は平均的にもかかわらず、これを装備するだけで二メートル半くらいになるほどだ。
「あれは何ですの?」
「西側で導入されつつある『魔人甲冑』と呼ばれる兵器の簡易版として生まれたものです。武装が付いた鎧と思ってくださってけっこうです」
本来の魔人甲冑は全長四メートル以上はあるパワードスーツで、魔人機の設計思想を真似て作られたものであるため、基本的に武人にしか運用することはできない。
対するこちらは、その火力部分だけを重火器で補った簡易アーマーであり、一般人でも使用することが可能であるのが最大の特徴だ。
腕や足に補助モーターが付いていて動作をサポートするところは、ホロロの『給仕竜装』と着眼点が似ている。
その強化アーマー『武装甲冑』が、のっそのっそと動き出し、蟻たちを蹴散らす。
左腕に付いたバズーカで蟻を吹き飛ばし、右腕のブレードで薙ぎ払う。
蟻が噛みついてきても頑強な装甲が防ぐので、ダメージはない。
装備者が武人ではないので多少動きは鈍いが、十分魔獣と戦うことができていた。
「すごいです、すごいのです! さすが『上級衛士隊』なのです!」
クイナが衛士隊の活躍に拍手を送る。
衛士にも階級があり、第二城壁内や第三城壁内で活動している者たちは『外周組』と呼ばれる一般公募の衛士、つまりは平社員である。
それと比べて領主城のある第一城壁内部の衛士を上級衛士隊と呼び、領主が自ら選んだエリート組を指していた。
今回ファテロナとともにやってきた衛士隊のうち二百人が、この上級衛士で、こうした貴重な兵器は基本的に彼らが運用している。
当然ながら選ばれた衛士たちなので、平の衛士よりは戦闘訓練を積んでいて質が高い。給料もしっかり保証されているため士気が高いのも好印象だ。
しかし、さきほどの『武器の質が兵の質』というファテロナの言も事実ではあるが、それは真実の半分しか言い当てていない。
「でっけぇ蟻が交ざってるぞ!」
「くそっ! 硬ぇ!」
小型犬サイズだった蟻の中に、大型犬サイズの蟻が交り出す。
通常の蟻は単なる働きアリだが、こちらは敵性体と戦うために生まれた『ガッツァント・ギェリー〈軍隊針蟻兵〉』という上位種だ。ついに相手側も戦闘要員を出してきたというわけだ。
ギェリーは顎が通常種と比べて二倍以上になっており、クワガタのように相手を強烈に挟み込む。
単体での噛みつきでも鎧を簡単に破壊するほどだが、さらに数匹が集まって引っ張ると―――
「ぐぁあっ! ま、待て! やめ―――ぎゃぁあああああ!」
バラバラ。
両手両足、首と散らばった肉片を、通常種が咥えて持ち去ってしまう。
彼らにしてみれば、あらゆる生物が食料だ。そこに人間も魔獣も関係ない。
ギェリーたちは耐久力も高くなっているため、バースト銃だけでは簡単に死なない。火炎放射にも五秒以上耐えてしまい、その間に通常種が隙間から抜け出てきた。
武装甲冑もギェリーたちの相手で手一杯で、壁が半ば崩壊してしまう。
「げげっ! 来てる! 黒いのがいっぱい来てるって! 気持ち悪っ!」
アカリが恐怖で引きつった顔で叫ぶ。
「どうするんだよ! ねぇ、どうするの!?」
「落ち着きなさい。戦えばよいだけのことです」
「あんなのと戦えないよ!」
「術符があるでしょう。何のために作ったのですか」
「そ、そうだけど…戦いは苦手なんだよな…」
「ユノ、いけますね? 練習通りに頼みますよ」
「はい! お嬢様をお守りします!」
ユノは、いつの間にか全身鎧を身にまとっていた。
彼女の身長に合わせた特注品で、髪の毛に合わせた藍色のがっしりとした鎧だ。
その手には、大きな鉄球にトゲトゲが付いたメイス、『モーニングスター』を持っている。鉄球部分は大人の上半身くらい大きく、重さもかなりのものだろう。
それを平然と持ち上げるユノを、化け物を見るかのような目でアカリが見ていた。
「よくそんなものを持ち上げられるな」
「そんなに重くないですよ? アカリさんは、いつも部屋に閉じこもってばかりで運動不足だからですよ」
「運動してどうこうのレベルじゃないでしょ。わたしは体力自慢の怪力娘とは違うんだよ」
たまにユノが領主城の外周を走り回っている姿を部屋から見かけるが、アカリには狂気の沙汰としか思えない。
彼女は術士の因子はあるが、身体を動かすことはめっきり駄目なのだ。
それも盗みに失敗して捕まりそうになった原因なので、自身の運動オンチにはさらに嫌悪感を抱いているようだ。
「か弱いわたしを巻き込むなんて、死んだらどうするんだ」
「大丈夫ですよ。ここならすぐに埋められます」
「怖いこと言うなよ!?」
「べつに怖いことじゃないと思いますよ。飼い犬が死んだ時に埋めるのと同じですし」
「田舎って…こえぇ」
ユノは意外と強靭なメンタルを持っていた。
自然の中のほうが都市よりも理不尽な死が多いのだろう。それを見てきた彼女にとって死はあまり怖いものではない。
(それもまた武人の資質ですけどね)
ファテロナだけは、それを違う側面から捉えていた。
武人の資質がある人間は、痛みや死を怖れない傾向にある。そこに自分の生き甲斐を見い出す存在だからだ。
ユノの場合は、それがベルロアナを守ることに繋がっているため、スレイブとしても優秀といえる。
「七騎士とユノは戦車を守りなさい! アカリとクイナは援護です」
「ようやく我らの出番が来ましたな!」
「ほっほっほ、楽しみですよ」
尺の都合で描写すら満足にされていないが、今回もベルロアナの七騎士が帯同している。
いちいち七人全員を説明するのも面倒なので、とりあえず七人いると思ってくれれば問題はない。
「すみません。自分だけ参加できないなんて…」
「腰痛なんだ、仕方ないさ。ペーグはそこで見てな」
「安静にしてろよ!」
「みんな…がんばってください! ここから精一杯、応援していますからね!」
唯一、アンシュラオンに腰を砕かれて腰痛持ちになったペーグだけが、車椅子に座って六人の戦友を見送る。
そもそも車椅子ならばグラス・ギースに残ればよいのだが、そこは『忠犬ペーグ』。どんなときもベルロアナの傍を離れない強い決意がある。
その七騎士(六騎士)たちが、迫ってきた蟻と交戦。
アンシュラオンに秒殺されたイメージが強い彼らではあるも、ステータスを見るとそれなりに優秀で、単体ならばラブヘイアにも匹敵する武人である。
どんどん出現する蟻を、剣で切り裂き、斧でかち割り、ハンマーで叩き潰す。
噛まれても彼らの鎧は特注品なので損傷も軽微だ。肉体まで蟻酸が届かない。
「どっこいせーーーー!」
ユノも鉄球を蟻に叩きつける。
地面が土なので衝撃が半分吸収されてもなお、その威力で蟻がぺっちゃんこ。瀕死でよろよろになってしまう。
続けざまに第二撃をくらわせてお陀仏。
「こんなに大きな蟻は見たことないですけど、潰す感覚は同じですね!」
自分の身体くらいある大きな鉄球を振り回す少女の姿は、まさに異様と呼ぶしかない。
まだ子供であるにもかかわらず、体力と腕力だけ見れば七騎士に近いレベルにあるだろう。
べつに腕力を目的に雇ったわけではないが、今回の作戦によってユノの能力も少しずつ開花しつつあるようだ。嬉しい誤算である。
こうして金玉剣蘭隊の前衛は、七騎士とユノで十分務まることがわかった。
続いて彼ら前衛を援護するのは、クイナとアカリだ。
「がんばり、がんばります! クイナもやるのです!」
クイナが『スリングショット』を取り出す。
いわゆるパチンコであるが、撃ち出す弾によっては侮れない力を発揮する武器だ。石でも当たると鳥くらい気絶させられるし、鉄玉などを撃つと人間でも非常に危険である。
ただし、この世界のスリングショットは、クロスボウのように引っ張って固定するタイプが主流なので、ゆっくりと弾を込めることが可能になっていた。
「雷、雷のやつを…撃つです!」
そして、スリングショットの最大の長所は、ジュエルを撃ち出せるところだ。
サナの爆発矢と同じく大納魔射津をセットして撃ち出すこともできるし、今セットした『雷撃玉』を撃ち出せば、数匹の蟻を―――ビリビリ!
感電させて動きを止めることができ、そこに前衛が突っ込んで叩き潰す。
クイナは一般人であるが、道具を使うことでサポートくらいはできるのだ。
「アカリさんもやる、やるのです!」
「くっそ、なんでこんな目に…。あの女に出会ってから運が悪くなる一方だよ!」
「あの女とは誰のことですの?」
ベルロアナが訊ねると、アカリは忌々しそうに顔を歪める。
「わたしに符行術を教えたやつさ」
「それって師匠ということかしら?」
「それは違う!!」
「ええっ!? だって、教えてくださったのならば先生ってことですわよね? 違うのかしら?」
「あいつはそんなんじゃない。術の実験のためなら、どんな非合法なこともやる危険なやつだ。わたしも危うく卵子を奪われかけたんだ」
「卵子? 何ですの、それ?」
「そんなことも知らないのかよ! ともかく『グラス・ギースの錬金術師』はやばいやつなんだ。あいつには近寄らないほうがいい」
「よくわかりませんが…わかりましたわ」
アカリに術士の因子があるとわかった領主は、『ヘブ・リング〈低次の腕輪〉』の製造依頼とともに、彼女を街の錬金術師のもとに派遣している。
その際にいろいろとあったようで、アカリは『彼女』のことを激しく嫌っていた。
だが、性格に難はあっても腕だけは確かであり、そのおかげで符行術とともに術の能力も上がり、術符の威力も劇的に向上。
放った風圧波の術符で蟻を遠くに吹き飛ばし、火鞭膨の術符で焼き払う。
普通ならば金の心配をしてしまうところも、術符を自分で書けるのも彼女の強みだ。時間さえかければ、いくらでも作ることができるので使いたい放題である。
「ユノ、大きな蟻が来てますわよ!」
「え?」
傭兵たちの壁を突破してきたギェリーが、死角からユノに迫る。
ユノが振り向く暇もなく、大きな顎で彼女を捕獲。締め上げた。
「ううっ…! この! 放して!」
ユノが怪力で顎を引き離そうとするが、他の蟻も寄ってきて噛みつきはじめる。
さきほどの傭兵のように群がった蟻は非常に危険だ。あっという間にバラバラにされてしまう。
が、飛んできたいくつものナイフが蟻の頭部に突き刺さり、動きを止める。
直後、ギェリーの背後に人影。
振り払われたナイフがギェリーの首を撥ねて、ユノも首ごと地面に落ちる。
「無事ですか、ユノ」
「いつつ…ファテロナさん、ありがとうございます!」
「あなたはまだまだ未熟です。無理はしないようにしてください。あの大きな個体は私たちがやります。メイド隊、いきますよ」
ファテロナが歩き出すと、その背後に八人の女性メイドが付き従う。
その誰もが音を立てずに移動し、蟻に近づくと素早い動きでナイフを突き刺す。
刺された蟻は痙攣して、そのうち動かなくなった。おそらくは『毒』だろう。
ベルロアナのメイドと聞くと、ついついファテロナだけを思い浮かべるが、彼女は『侍従長』だ。
領主城でアンシュラオンが波動円で探知したように、暗殺者のメイドは他にもおり、今回の作戦のために帯同していた。
前衛のユノと七騎士、後衛のクイナとアカリとくれば、中衛を務めるのはファテロナ率いる『アサシン部隊』である。




