283話 「ベルロアナ隊の戦い その2『金玉剣蘭隊』」
「ふー、あんたたちも物好きだね。朝っぱらからお嬢様に付き合うなんてさ」
「当然です! 私たちはお嬢様のお友達なんですよ!」
「友達なら扉を吹っ飛ばしたりしないけどね。鞭で叩きもしないって」
ユノが力説する姿を、アカリがクッキーをつまみながら胡乱げな目で見る。
「逆にアカリさんって、どうしてそんなに反抗的なんですか? スレイブ・ギアスのことはよく知りませんけど、普通はもっと従順なんじゃないですか?」
「そんなの知らないって。育ちが悪いせいかもな」
アカリが、自身の首にあるスレイブ・ギアスを指で弾く。
どんな契約であれ、『ベルロアナに従順であれ』というキーワードは含まれているはずだ。
それにもかかわらず、まったく効いている様子はない。
「アカリには私と同じく術士の因子がありますから、そのせいでしょうね。出会った頃にはすでに因子が覚醒していたようですし」
その原因に関しては、同じくギアスが効かないファテロナが説明してくれる。
アカリはサナと同じく、第三城壁内部をふらついているところを保護された過程は同じだが、そうなった経緯は異なる。
もともと彼女は、商人の馬車や大型トラクターなどに忍び込み、都市間を移動しつつ盗みなどを繰り返すストリートチルドレンの一人だった。
仲間は作らず、単独で行動していた彼女に特段守るものもなく、その日を気ままに暮らしていた。
しかし、グラス・ギースに来た際に盗みがバレて追われていたところをモヒカンに匿われ、そのままスレイブになるしかなかったのが実情だ。
モヒカンもアンシュラオンの前では完全に小物だが、ああ見えてとんだ悪党である。使えそうな少女を脅して入手するくらいは軽くやってのける。
その後、ベルロアナが何人かまとめて白スレイブを買った時に、どさくさに紛れる形でついてくることになった、いわゆる「たくさん買ってもらったからオマケであげる」くらいの存在にすぎなかった。
しかしこのアカリという少女は、スレイブ・ギアスをはめているのにまったくもって反抗的で懐かないので、詳しく調べたところ術士の因子があることが判明。
生まれながら対抗術式を持っているようで、そのせいで精神術式が通じにくい体質であった。抗体を持っているので病気になりにくいのと同じである。
そのせいで品行はまったく変わらず、ベルロアナにズケズケと物を言う日々が続いている。
「わたしのことはどうでもいいよ。で、なんだって? わざわざ起こしたのはなんでよ」
「そろそろ戦闘になるって教えようと思ったのですわ」
「いやいや、それならコンテナの中に入れておいてくれよ!? どうして外に出すのさ!」
「魔獣ならば、あれくらいのコンテナは簡単に壊すそうですわ。中にまで入ってきたら嫌でしょう?」
「それはそうだけど…それ以前に館から出たくなかったよ」
「これも経験ですわ。お母様もそうおっしゃっていたもの」
「何でもかんでも親の言いなりか。やっぱり世間知らずのお嬢様だね」
「…そうかもしれないわね。なんだかいつも頭がぼーっとして意識がはっきりしませんもの」
「それ病気じゃないか!? 変な薬とかやってないよな?」
「昔からですから大丈夫ですわ」
「そのほうが問題だよ…」
「お嬢様、名前、名前決めましょう!」
「名前? 何の?」
「クイナは聞きました。傭兵のみなさんは名前、名前があるみたいです! みんなの名前なのです!」
「もしかして部隊名のことかしら?」
「そうです、そうです。名前あるとカッコいいです」
「名前ねぇ…何がいいのかしら?」
「『お嬢様団』、『お嬢様団』がよいのです」
「なんだよそれ。どこのお嬢様かわからなくなるだろう。お嬢様がいるのはグラス・ギースだけじゃないんだぞ」
クイナの意見をアカリが否定。
たしかにお嬢様は世の中に一定数いそうである。が、それを名前にするほど羞恥心がないお嬢様のほうが少ないかもしれないので、ある意味固有名詞になりそうでもある。
「じゃあ、金色セクシーナイトはどうでしょう!」
「意味がわからねぇ!! セクシーでもないし、ナイトでもないし!」
「うう、そういうのに憧れていたのに…」
「お前ら、頭おかしいだろう」
クイナとユノのネーミングセンスは壊滅的だ。特にセクシーとか言ったユノは終わりである。
「適当にベルロアナ隊とかでいいよ。世間じゃそう呼ばれているんだろう? わざわざ変えなくてもいいでしょ」
「それじゃ誰か、誰かわからないのです!」
「え? そう…なの? わたくしの名前って知られていないのかしら…」
まさかのクイナの発言に、ベルロアナがぎょっとする。
こちらも世間ではイタ嬢、パンツ姫のほうが有名なので仕方がないが、かといってパンツ隊はアウトである。それでは歩く恥部だ。
そんな時、ファテロナがまともな案を出してくる。
「お嬢様の『金玉祭』にちなんだ名前などはどうでしょう? せっかく領主様がお付けになったお名前ですから、これほど縁起が良いものはございません」
「そうね。それならば品格も失われないですわね。金玉は使うとして…後ろはどうしましょう?」
「『金玉剣蘭隊』などはいかがでしょう?」
「なかなか豪華で綺麗な名前ですわね。それでいいんじゃないかしら? みんなはどうですの?」
「良いです、良いと思います。お嬢様らしいです」
「私もいいと思います!」
「おいおい、正気か? それだと、きんた…むぶっ!?」
「では、本日より我々は『金玉剣蘭隊』という名前で活動いたします」
アカリの口をファテロナが塞ぎ、強引に押し切る。
(はぁはぁ、お嬢様が日常的に『金玉』などという言葉を使うなんて。あの無垢で純粋な口で金玉などと!! くーーふーーー! こんなに面白いことはない! ケッケッケ!!)
これは罠だ!
それに気づいてしまうアカリのような人物は、早々に抹殺される運命にある。
このせいで世間からは「あっ、金玉隊だ」とか言われるようになるのだが、これはまだ先のお話である。
と、散々馬鹿なやり取りをしている間に状況に変化が起きた。
「魔獣が出ました! 数、多数! 数えきれません!」
先頭のほうから伝令が叫びながら走ってきた。
どうやら標的が出現したようだ。
「傭兵隊とハンター隊を前に。中央には寄らせないように壁を作りなさい」
「はっ!」
ファテロナが指示を出す。
この地域一帯は非常に濃い密林地帯で、さまざまな小動物が生息するエリアである。
少し強めの大型魔獣もいるにはいるが、ここで最大の勢力を誇っているのは、『ガッツァント〈軍隊針蟻〉』という虫型魔獣だ。
「何匹いるんだ! 周りが全部真っ黒だぞ!」
緑色と土色だった地面が、彼らの出現によって黒に染まってしまう。
どこからともなくわらわらと集まった蟻は、こちらを見つけると一直線に隊列を成して向かってきた。
名前の通りまさに軍隊蟻であり、一匹ずつの大きさは小型犬くらいであるが、数の暴力をもって相手に群がることで、大型魔獣すらあっという間に倒してしまう力を持つ。
何よりも彼らは、狂暴かつ『肉食』だ。
「ぎゃー! この蟻! 噛みつきやがる!」
「いってぇえええ! なんだこりゃ! 滅茶苦茶いてぇぞ!!」
「ちょっ…数が多っ…ぎゃああ!」
一匹が足に嚙みついた瞬間、それをよじ登って次の蟻が腕に噛みつき、それに驚いていると背後から噛まれ、数秒後には身体中が黒い塊に覆われて見えなくなってしまった。
そして、彼らの顎には『針』があり、それが体内に『蟻酸』を送り込んで強烈な痛みを与える。
蟻酸は少量ならば痛みや皮膚の爛れだけで済むが、何匹にも噛まれてしまうと細胞に影響を与え、エネルギーの放出や循環に致命的な打撃を与える。
特にこれだけ大きな蟻の場合、武人に与える影響も大きい。
「こいつ、離れろ! なんだ…戦気が出にくいぞ! どうなっている!?」
「できるだけ噛まれるな! 噛まれると戦気が弱くなるぞ!」
武人の戦気は細胞を活性化させ、生体磁気を生み出して燃焼する炎だ。
だが、この蟻酸が細胞に浸透すると、エネルギーとなる生体磁気を抑制してしまい、結果として戦気を出しにくくなる。
理論上はそれ以上の捻出によって補うことも可能だが、この場にいる者たちは手練れとは呼べない普通の傭兵たちだ。戦気術の質も低く、蟻に噛まれてしまうと一気に能力が下がってしまう。
また、蟻酸は視神経に多大な負荷を与えるため、目が見えなくなっていく現象も厄介だ。場合によっては失明する危険性もある。
傭兵隊は、蟻の襲撃に苦戦。いきなり劣勢に陥る。
だが、すでに相手が蟻であることはわかっていた。その対策もしてある。
「ハンター隊に例のものを使わせなさい」
ファテロナの命令で、ハンター隊が一斉に『吸水玉』を投げ込む。
『吸水玉』はジュエルの一つで、浸けた場所の水分を吸収する能力があるが、使用する際は入っている水分を外に出す能力もある。
そして今回、吸水玉の中に入れておいたものは―――酢
吸水玉から大量の酢、一つあたり五十リットル以上の酢が吐き出され、蟻の集団にぶち撒けられる。
酢自体は蟻に有害ではないが、彼らが集団で行動する際には特殊なフェロモンを発しており、それを辿ることで巣に戻ったり、仲間の場所に駆けつけたりする。
そのフェロモンを強烈な臭いでさらに上書きすることで、蟻たちが―――大パニック!
さきほどまで見事な隊列を誇っていた彼らが、いきなり散り散りになったり、滅茶苦茶な方向に動き出す。
煙玉でも代用は可能だが、こちらの視界が塞がれることを懸念して、今回は蟻専用の対抗策として酢を採用している。
「虫は虫ですね。反射で動く低能な魔獣にすぎません。衛士隊、射撃開始!」
こうして蟻たちを分断したところで、衛士たちが銃を取り出す。
グラス・ギースでは二発装填の木製銃がメインなのだが、彼らが持ち出したものは、やや大型の金属製の銃であった。
引き金を引くと―――バースト!
パパパンッと三発の銃弾が飛び出し、蟻に命中して吹き飛ばす。
彼らが持っているのは、三連射バースト銃だった。
しかも最大十回撃つことができるため、計三十発の弾丸を発射できるようになっている。
「次は貫通弾のマガジンを試しなさい。データを取ることも今回の目的の一つですよ」
このバースト銃は、西側諸国で使われていた兵器の一つだ。
では、どこからこれを入手したかといえば、ハピ・クジュネがやっているように南部からの輸入もあるが、大半が―――【DBD】
DBDとは、『ディスオルメン=バイジャ・オークスメントソード〈称えよ、祖を守護せし聖なる六振りの剣を〉』の略称で、つまりはガンプドルフたちから仕入れた武器である。
アンシュラオンが領主館に赴いた日、ガンプドルフは領主のアニルとさまざまな商談を行っていた。
アニルの発言からもわかるが、DBDが提供するのは『軍事力』である。
グラス・ギースは東側でもとりわけ寂れており、武器も木製銃が中心の軍隊しか持たない弱小都市である。
一方で魔獣が多く、周囲に他の勢力がまったくないのも特徴で、かなり離れた位置にハピ・クジュネがあるくらいだ。それ以外は小規模の街と集落しかない。
これは西側から逃げてきたDBDにとっては、最高の立地である。
グラス・ギースが彼らに資源を提供し、なおかつ他の都市からの隠れ蓑となることで、DBDは自由に土地を開拓することができる。
グラス・ギース側にとっても、もとより持て余していた広大な土地なので、いくらでも自由にしてかまわないのだ。
そして、対価として受け取ったのが、これら西側の『中古兵器』である。
西側では大陸王の死後、六千年以上も紛争が絶えず、常に新しい武器の開発に勤しんでいるため、こうした旧式兵器が山のように余っている。その値段は、もはやそこらの食料品よりも安いくらいだ。
だが、東大陸のグラス・ギースや未開発の荒野では、それらは画期的な最新兵器に変わる。
「蟻など焼き払ってしまいなさい」
バースト銃のテストをしながら、次に取り出したものは筒状の銃。
ただし、こちらは弾が出るのではなく、火炎を噴射。
いわゆる『火炎放射器』であり、火のジュエルと燃料石を使った特殊武器である。
炎で焼かれた蟻は、ひっくり返って身体を縮こませて次々と死んでいく。
「うっ、臭い…!」
唯一臭いだけは酷いものだが、火炎放射はなかなか効果的なようだ。
それで発生する煙も相手にとっては刺激になり、行動を阻害することに繋がっていた。
「では、これも試しましょうか。砲撃準備!」
ベルロアナが乗っている金色の装甲車が、砲台を蟻たちに向ける。
狙いをつけてから―――発射!
ドドンと重低音を響かせた強烈な振動が発生し、直後に蟻の群れに大きな穴が生まれた。
ハピ・クジュネが使っている大砲もなかなかの威力だが、こちらは明らかに威力が強く、百匹近い蟻を一撃で粉砕している。
なぜならば、この中身は【戦車】だからだ。
戦車と装甲車は何が違うのか、という問いは、その筋のマニアを刺激する危険な話題なのでここでは触れないが、この世界では『大型兵器または拠点を破壊する砲台を搭載した車両』と認識してくれれば問題はない。
当然、対戦車用でもあるわけだが、敵対都市攻略における防壁や砲台、バリスタの破壊といった拠点を制圧するのに有効な兵器である。
ただし、強力な武人が相手だと砲撃を当てるのも苦労するし、当たってもアンシュラオン級となるとびくともしないため、そうした相手には『対武人用の武人』をあてるのが一番だと思われる。
ともあれ一般人でも扱える兵器としては、これ以上のものは今のところ存在していない。
グラス・ギースがこの作戦に参加した目的の一つに、輸入した兵器のテストがあったことは確実だ。




