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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
『翠清山の激闘』編
278/618

278話 「第三階層攻略戦 その1『三本の樹』」


「お邪魔するよ」


「…あっ」



 ベ・ヴェルが赤鳳隊の野営地のコテージの扉を開けると、そこにはファレアスティがベッドに座っていた。


 人喰い熊戦で重傷を負ったのだから、彼女がベッドで安静にしていることに違和感はない。寝巻も治療がしやすいように病衣を着ている。


 が、その隣にはソブカがおり、彼女に食事を与えていた。


 いわゆる「あーん」である。


 それを見たベ・ヴェルがにやりと笑う。



「いやぁ、悪かったねぇ。まさかこんなことをしているとは思わなかったからさ。じゃ、あたしはこれで」


「待て! 何をするつもりだ!」


「何って、あたしは使い走りで来ただけだから、戻って雇い主に報告するだけさ。ニヤニヤ」


「なっ! アンシュラオンにか!? お前は誤解をしている! それだけはやめろ!」


「誤解と言われてもねぇ。見たまんまを伝えるだけさね。いやぁ、まさかねぇ。やっぱりそういうことだったんだねぇ。じゃ、また」


「待て!! 逃がさん!」


「病人じゃないのかい!? 普通に歩いているじゃないか!」


「私はもう大丈夫だと言ったのだ! だが、ソブカ様が安静にしていろと…!」


「なんだ、愛されているじゃないか…ぐぇっ! 首を絞めるんじゃないよ!」



 ファレアスティが後ろから襲いかかり、両手でベ・ヴェルの首を絞める。


 身長差があるので完全にぶら下がっているが、彼女は戦気が使えるので絞める力はかなりのものだ。


 その痴態を見たソブカが、苦笑いをしながら止める。



「ファレアスティ、落ち着きなさい」


「し、しかし、あの男に変に伝わったら、ずっと茶化されることになります! それだけは死んでも嫌です!」


「アンシュラオンさんもそこまで暇ではありませんよ」


「ソブカ様は、あの男の性格の悪さをわかっておりません! 絶対言うに決まっております!」


「茶化されてもよいではありませんか。事実ですしね。私はかまいませんよ」


「そ、それは…そうですが……」


「あんたたち、クールな関係に見えて、意外と仲良しなんだねぇ」



 ようやく解放されたベ・ヴェルが首をさすりながら、二人を見る。


 いつもは組長とその秘書兼護衛というだけの関係だが、こうして二人きりだと一緒にいるのが自然に思えるほどだ。



「私たちは姉弟のようなものですからね。私が生まれた時からファレアスティは我が家にいたのです」


「へぇ、そんなに昔からなのかい」


「そうだ。私が赤子の頃に先代の奥様に拾われて、育てていただいたのだ。その御恩を返すためにも、私は命をかけてソブカ様をお守りするのだ」


「先代を追放したとか聞いたけど?」


「あれは世に広まっている誤解だ! 多少強引な手法ではあったが、才気溢れるソブカ様に先代様が自ら譲ったのだ。それに、その時には奥様はもう…」


「ファレアスティ、他人が何を言おうと自由ですし、それ自体に意味がありません。我々は我々の価値観だけを信じればよいのです」


「…はい、ソブカ様」


「ともかく血は繋がってないんだろう? 恋人でもいいんじゃないかい?」


「なななっ! 恋人ぉぉおだとおおお!?」


「ぐぇっ! だから首を絞めるんじゃないよ!」


「断じてそんな関係ではない!」


「だったらそんなにムキになることはないさね! あたしゃまだ戦気が使えないんだ。殺す気かい!」


「お前が変なことを言うからだ! だ、だが、ソブカ様にはお世継ぎがおられないのも事実だ! そ、それならば私が子を産むのもやぶさかではない!」


「なんだい。もとからそのつもりじゃないか。雇い主にはちゃんと伝えておくから安心し―――ぐぇぇえ」


「何を言わせるのだ貴様はぁあああ!」


「あんたが勝手に言ったんじゃないか!」


「少し落ち着きなさい。あなたはまだ怪我が完全に治ってはいないのです。安静にする約束ですよ」


「うっ…も、申し訳ありません」


「怪我は治ってないのかい?」


「雀仙の能力は貴重ですからねぇ。ある程度まで治したら、あとは自然治癒に任せるほうが効率が良いのです。それでベ・ヴェルさんは、どのような用件で来たのですか?」


「単純に見舞いと、次の作戦についてだね。赤鳳隊の状態を訊いてこいってさ」


「森深部への侵攻ですか。今回、我々は一度態勢を立て直す予定です。ファレアスティだけではなく、強行突入でだいぶ損耗しましたからねぇ。アンシュラオンさんたちは参加ですか?」


「そうらしいね」


「さすがに元気ですねぇ。その逞しさは見習いたいものです。彼には健闘を祈るとお伝えください。まあ、私が心配する必要もないと思いますが」


「あいよ。それじゃ、あたしは帰るよ。帰るのにも一苦労だけどね…」



 ベ・ヴェルは少しふらつきながら出て行った。


 常時、賦気がかかった状態で生活することで、身体を馴染ませることが目的である。



「我々も参加しなくてよろしいのですか?」


「問題ないでしょう。人喰い熊を排除しただけでもかなりの武功です。それに本番はまだ先です。ここで無理をしても得にはなりません。休めるときは休むべきです」


「そうですね…」


「では、続きをしましょうか」


「…え?」


「食べるのでしょう?」


「そ、それは…は、はい。あーん」


「こうしていると昔を思い出しますね。しかしファレアスティ、いくら私を守るためでも死んではいけませんよ。あなたの代わりはいませんからねぇ。無茶はしないでください」


「…はい」



 と、ファレアスティが優しい時間を過ごしている間、ベ・ヴェルによってこれらの情報は即座にアンシュラオン隊の女性陣に伝達。


 「ほほー、それは愛ですね!」と小百合主導の井戸端会議が発生したようだ。


 いつでもどこでも女性は逞しいものである。





  ∞†∞†∞





 侵攻開始二十五日目、昼過ぎ。


 昨日の侵攻状況を訊きに行ったアンシュラオンが、驚くべき結果を知ることになる。



「え? もう半分以上踏破しちゃったの? 一日で?」


「正しく述べれば、熊狩りの直後から始めたから二日だ」



 グランハムたちは人喰い熊の排除後、第三階層の攻略を開始した。


 そして、どうやら二日で十五キロ地点まで到達したようだ。今までのことを考えるのならば相当な速度での攻略である。



「残りの森って、もう十キロもないよね? ほぼクリアってことでいいのかな?」


「そう簡単に話が進むほど、翠清山は甘くない」


「まあ、そうだろうね。その顔を見れば、何かあったことくらいはわかるよ。で、どうなったの?」


「踏破した部分まではたいした敵はいなかったが、その先が問題だ」



 毎日毎日魔獣と戦っていれば、当然ながら敵の数も減ってくる。魔獣も生物であるため、さすがに物量も限界かと思っていた。


 しかし、他の魔獣が消えたのは、そこが『より強い魔獣の縄張り』だったからだ。



「第三階層の深部には、三つの魔獣のテリトリーがある。人喰い熊すら近寄らない、森で一番厄介な魔獣たちがいるエリアだ。ここの制圧には少し手間取るかもしれん」


「侵攻してから、だいぶ時間を食っているよね。そんなに手ごわいなら迂回してもいいんじゃない?」


「山頂に登るだけならばそれでもよいが、交通ルート開拓のための治安確保も目的だ。放置しておけば必ず災いとなるだろう。熊と同じだ」


「今までの雑魚たちはまだいいとしても、そもそも最初の調査が間違っていたんじゃないの? だって、ハイザク軍は何事もなく山に入ったんだよね? どう考えても、こっちのルート選択にミスがある。それとも嫌がらせ?」


「ルートを決めたのはハピ・クジュネ側だ。たしかに他意があったのは事実だろう。我々に面倒な魔獣を排除させている間に、いくらでも有利なポジションを取れる。ただし、その分だけ彼らも山神との接触の可能性が高まる。リスクとしては大差はない」


「それもそうか。翠清山の開拓にとって重要なポイントを最初から考慮しているってことだよね。ただ、こうなるとディムレガンとの接触も、まだまだ時間がかかりそうだ。それまでに何事もないといいけどね」


「そこは受け入れるしかない。まだ一ヶ月も経っていないのだ。勝負はこれからだ。では、作戦の説明に入るが、我々は隊を三つに分けて、この三種の魔獣を一気に撃破する」


「同時に? 勝負を急ぎすぎじゃない? もしかして焦ってる?」


「戦術上、急ぐ理由があるのだ。まず、なぜ森の深部にやつらがいるかといえば、そこに『吸命豊樹』があるからだ」


「きゅうめいほうじゅ? なにそれ」


「私も初めて聞いたが、ハンターたちの知識では、能動的に狩りをするタイプの植物型魔獣の一種で、周囲の生物を喰い尽くす代わりに、大地を豊かにする特殊な存在らしい。森自体も成長するうえ、それが生み出す実を食べることで魔獣たちの傷を癒し、滋養強壮にも効くそうだ。これのせいで時間をかけると魔獣に回復する時間を与えてしまう」


「そいつらは食われないの?」


「吸命豊樹に捕まえてきた他の魔獣を与えることで管理しているようだ。共生関係と聞いている」


「上手く利用しているのか。三つの縄張りがあるなら、それが三本あるの?」


「そのようだ。そして、できれば吸命豊樹は確保したい。森を豊かにできる魔獣と人間が共存できれば、森資源の補充が容易になる。そして場合によっては、その地に関しても我々が優先権を主張するつもりでいる」


「こっちが倒したなら、それくらいは許されるか。鉱物資源が確保できなかった場合の保険でしょ?」


「そういうことだ。取れるものは取っておきたい。その一つをお前に任せる。いいか?」


「いいよ。上手くいったら分け前もあるんでしょ?」


「攻略する一つはお前の取り分だ。こちらに金で売ってもよいし、自分で管理できるのならば好きにしてくれてかまわない」


「ハピ・クジュネが所有を認めなかった場合は?」


「倒して伐採してしまってもかまわないだろう。木の質も滅多にないほどの上等な代物らしい。どちらにしても金にはなる。だが、それを聞けばハピ・クジュネ側も譲歩してくるはずだ」


「やっぱりグランハムって商売人だよね」


「我々は商隊だ。利益を重視するのは当然だろう」


「でも、三つか。オレとグランハムの隊で二つやるとして、残り一つは? ソブカは休むらしいから、傭兵やハンター隊を編成する?」


「いや、そちらはファテロナ隊…ベルロアナ嬢が志願している」


「イタ嬢たちが? あいつらって今まで何もしてなかったよね。金になるからっていきなり参加するのはずるいよなぁ」


「自ら危険を請け負うのだ。それくらいの見返りはあってもよかろう。今は戦力を提供してもらえるほうが助かる」


「やりたいなら好きにすればいいけどね。どの魔獣を誰が担当するかはどう決めるの?」


「お前が最初に好きな相手を選んでかまわない。わかっている限りのデータも渡そう。作戦開始は明朝からだ」


「了解。ちょうど今、新しく入ったメンバーを鍛えているところなんだ。戦いやすい相手がいいかな。えーとなになに…『軍隊蟻』に『手投げ猿』に『矢を飛ばす牛』? 変なのばかりだね」


「蟻はかなりの数がいる。あれは巣穴の破壊が必要だろう。猿は猿神とは異なる種族のようだ。数は多くはないが、木の上での戦いが多くなるはずだ。牛は地上にいるが、それなりに頑丈そうだ」


「うちは数が少ないから蟻はなしだ。能力的にも相性が悪いしね。猿も練習させておきたいけど、サリータたちには難しいだろうなぁ。消去法で牛かな」


「わかった。では、私は猿をやろう。蟻はベルロアナ嬢に任せる」


「わざと押し付けてない? 一番面倒そうだよね?」


「多少の苦労はしてもらわないとな。ファテロナもいるのだ。問題はなかろう」


「それにしてもさ、今までのデータから考えると、翠清山も全部がまとまっているわけじゃないよね。ある程度の力を持っている種族に関しては、あまり命令されて動いている感じはしないし、弱い魔獣たちもどちらかといえば縄張りを強制的に移動させられた印象が強い」



 街を襲った魔獣は、明らかに組織された軍勢だった。


 一方で森で戦った各種の魔獣や人喰い熊などは、自分たちの縄張りを守ることだけに集中しているように見える。


 そもそも魔獣にとっては山の生活が快適なのであって、わざわざ人里に赴くリスクを背負うほうが異常なのだ。



「人間の世界でも簡単にまとまらんのだ。それは魔獣たちとて同じだろう。やはり三つの峰にいる三大種族が中心となっていると考えたほうがよさそうだ」


「うーん、それも不思議な話なんだよね。なんか意図的に支配下に置いていない気がするんだ。あえて無秩序にして混乱を引き起こしているみたいにね」


「ふむ、マスカリオンの事例もある。やつならば作戦を考えるだけの知能はありそうだな。伊達に千年も翠清山を守ってきたわけではないか」


「どっちにしてもオレたちがやることは同じなんだけどね。何か企んでいるかもしれないから注意だけはしておこう」


「わかった。注意しよう」



 こうしてアンシュラオン隊は、牛が治める吸命豊樹を担当する。


 上手くいけば臨時収入も期待できるだろう。悪い話ではない。




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