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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
『翠清山の激闘』編
275/619

275話 「初めてのペット」


「終わりましたか」



 鬼熊撃破からしばらくして、残った熊の掃討も完了。


 これで散々悩まされてきた人喰い熊の脅威もなくなり、補給路も安全になるだろう。


 ただし、ファレアスティを筆頭に怪我人もかなり出てしまったので、一度部隊の立て直しが必要になるかもしれない。



「部隊を二つに分けます。護衛はロクゼイさんに頼んでありますので、雀仙たちは怪我人を拠点に運んで治療を続行してください。まだ余力のある者は巣穴の調査に向かいます」


「またあそこに行くのかよ!」


「生き残りがいるかもしれません。安全確認はしておいたほうがよいでしょう。鷹魁、あなたも拠点に戻って修理してください。鎧がボロボロですよ」


「俺のことより組長が心配だぜ」


「ガンセイとラーバンサーについてきてもらいます。問題はありません」


「ファレアスティのことはいいのか? かなりの大怪我だぜ」


「…彼女は死にませんよ」



 そう言うと、ソブカは淡々と移動の準備を始める。



「やれやれ、組長ってのも大変だな」


「…若は私が守る」


「うぉっ! ラーバンサーの旦那、いきなりしゃべるなよ」


「ファレアスティの次は私だ。そのためにいる。案ずるな」


「そりゃそうなんだがよ…」


「揺らいだか?」


「そんなこたぁねえが、向こうが少し楽しそうだっただけさ」


「…所詮、我らは日陰の存在。誰に褒められることもない。だが、若だけは違う。不死鳥に相応しい」


「組長にしかやれないことばかりだからな。俺だっていつでも死ぬ覚悟さ。でも、簡単に死ぬなよ。寂しくなるからよ!」


「………」



 ラーバンサーもサナたちに目を向ける。


 そこではサナを中心にお祭り騒ぎになっていた。互いに健闘を褒め称え、家族としての温もりに満ちたやり取りをしている。


 女性が多いことに加え、犠牲者が出なかったことが大きな要因だろうが、作戦が成功しても失敗しても感情の起伏があまりない赤鳳隊とはだいぶ雰囲気が異なる。



「若もあのような場所に…いつか必ず」



 ラーバンサーもソブカの才能に惹かれて、先代追放に加担した者である。だからこそ、ファレアスティのように命をかけても守るつもりでいた。



「…ぐい」


「うん、思てたより綺麗だ。よかった」



 サナが鬼熊の首をハンターQに渡す。


 銃の一斉射撃があったわりに頭部に傷は少なく、サナもあえて首を狙いにいったため、彼との約束を無事果たすことができた。


 Qは首を綺麗に拭いて布で覆ってから、すぐに頭の中身を取り出して防腐処理を行っていた。これもヘルメットに加工するのだろう。(大きすぎて身体ごと埋まる気もするが)



「あちらは巣穴の調査に戻るみたいですね。私たちはどうしましょう?」



 小百合が赤鳳隊の様子を見ながらマキに訊ねる。



「そうね。途中でキブカランさんたちが来ちゃったから、私たちも全部を見回ったわけじゃないわ。あまり気は進まないけど確認しておいたほうがいいわね」


「…こくり」


「では、ゲイルさんたちは戻ってもらって、Qさんにはついてきてもらいましょうか。プロですもんね」


「わかた」



 マキもサナも巣穴の調査に乗り気だったため、ソブカたちと一緒に巣穴に向かう。


 巣穴前はサナが滅茶苦茶にしたままで、特に他の魔獣が来た形跡はない。正面入り口のルートは封鎖されているので別の入り口に到達し、そこから中に入る。


 内部もソブカたちが爆弾を使用したため所々が崩壊しているが、もともと頑丈な岩盤を削って作ったこともあって、今すぐに崩れることはなさそうだ。


 軽く調べてみた結果、巣穴は奥でいくつかの部屋に繋がっており、それぞれの熊が役割をもって生活していたことがわかった。


 そのうちの一つは保存庫にもなっており、地面からは餌となった魔獣の部位や、人間のものと思われる腕や足も見つかった。


 これを見ると、やはり人間にとっては危険な魔獣であったことがわかる。


 そして、小百合たちが小熊がいたであろう部屋を調べて、爆殺された死骸を片付けていた時だ。



「もう全部死んじゃったんですかね?」


「今のところ気配はありませんが…おや? この奥から小さな思念反応を感じます」


「この壁ですか?」


「埋めた跡ある。昔のものじゃない」



 ハンターQが壁の違和感に気づく。


 どうやら強引に岩盤を破壊して埋めたような痕跡があるのだ。


 爆弾で埋まった可能性もあるが、爪の跡が残っているので熊がやったものと思われる。



「掘り起こしてみましょう」



 マキが戦気で覆った篭手で慎重に壁を崩すと、人間が一人通れるくらいの小さな通路が出てきた。


 そのまま警戒しながら中に入ってみると―――



「小熊…かしら?」



 大量の干し草が敷き詰められた寝床に、小熊と思わしき丸いものが寝転がっていた。


 小熊とはいえ、人間の大人が丸まったサイズよりも大きい。


 近づいて観察してみると、その頭には『角』が見えた。



「この角、もしかしてボスの子供!?」


「まだ生きていますね。たぶん煙玉が投げ込まれた時に通路を隠したのでしょう。この子を守るために必死になって私たちと戦っていたんですね」


「…そうね。敵ではあったけど、子供を守りたいという気持ちはよくわかるわ。でも、どうすればいいのかしら?」


「ソブカさんたちは小熊も殺していましたけど、私はこれ以上は嫌ですね」


「…とことこ、ぎゅっ」


「あっ、サナちゃん! 危ないわよ!」



 サナが小熊に歩みより、ぎゅっと毛を掴む。



「………」



 それで子熊が目覚め、じっとサナの顔を見つめていた。


 サナが手を口元に持っていくと、少し唸ったあとにガブリと手を噛む。


 その光景に周りの者が息を吞んだ。


 人喰い熊の牙は非常に鋭く、人間を効率的に噛みちぎる構造をしているからだ。


 小熊であっても人間の大人の腕など、簡単に噛みちぎれるだろう。



「…じー」


「………」


「…じー」


「…キュゥ」



 が、手を噛まれてもサナはじっと小熊を見つめ続ける。


 すると小熊が萎縮したように噛むのをやめた。



「び、びっくりしました。サナ様、大丈夫ですか!?」


「…こくり」


「でも、どうして急に噛むのをやめたのでしょう? こういう場合って、普通は興奮してもっと噛みますよね?」


「『血』だな」


「血?」


「その子の手、親の血に塗れてるからな」



 親の首を撥ねたサナの手には、鬼熊の血がこびりついていた。物理的な面でもそうだし、殺したという意味でもそうだ。


 身内の繋がりが強い魔獣の場合、親を殺した者を子供は許さないが、サナの中に眠る『より強い者』の波動を感じ取り、小熊は戦う意欲を失ったようだ。


 今は身体を震わせて怯えている小熊を、サナはぎゅっと抱きしめる。



「サナ様は、その熊を助けたいと思っておられます」


「私も助けたいですけど大丈夫なんですかね? 特殊個体の子供ですよね?」


「ご主人様に訊いてみないとわかりませんが、とりあえず赤鳳隊の方々には内緒にしたほうがよいかもしれません。混成軍の皆様も、熊に対しては恨みを持つ者もいるでしょう」


「そうですね。サナ様の意見が私たちの意見でもありますし。それなら私の能力で一時的に隔離保護しましょう。サナ様、それでよろしいですか?」


「…こくり!」



 小百合が魔石の能力を発動。


 『夢の巣穴』を使って一時的な居住空間を生み出し、その中に寝床の草ごとすべて入れてしまう。



「この中はどれくらいの広さなの?」


「大きいサイズのポケット倉庫と同じ、八十メートル四方のものを作ってみました。空間の維持のためのエネルギーはすでに与えてありますので、もし私の魔石からの供給が途絶えても、一日くらいは存在していられます」


「魔石って便利なのね。私も早く欲しいわ」



 その後、ソブカたちと合流して熊の全滅を確認。


 こちらは何もなかったと報告したが、彼はただ頷くだけで一切の質問はしなかった。心なしか表情には余裕がないようにも見える。


 やはりファレアスティのことが気になるのだろう。この場で一番早く帰りたそうにしていたのは、ほかならぬソブカ自身であった。


 こうして人喰い熊退治は終了するのであった。





  ∞†∞†∞





 辺りが明るくなってきた頃、アンシュラオンが合流した。


 他の隊の帰還と報告を待ってから拠点に戻り、グランハムに結果を報告。


 熊は全滅。


 こちらの負傷者は三十二人、死者は四人。


 巣穴攻略の際に乱戦になったり、敵ごと罠にはまったりといった事故を含めた数字なので、戦果を考えればごくごく微小だといえた。(怪我人の半数は、ボスの巣穴での戦いによるもの)


 その後は疲れを癒すために野営地に戻り、皆で風呂に入ったあとに労をねぎらう。



「みんな、よくがんばったね。すごかったらしいじゃないか。サナもよくがんばった!」


「…こくり」



 すでに報告は受けているので、アンシュラオンはサナの魔石のことも知っていた。


 というよりは、すべて自分の目で見ていた。



(オレの担当分なんてすぐに終わったから、最初から最後まで見ていたんだよなぁ。でも、それを言っちゃうと悪いしつまらないから、野暮なことは言わないでおこうっと)



 各熊のデータが出ていたと思うが、あれはアンシュラオンが『情報公開』を使って見ていたせいだ。


 つまりは外側の熊を退治している時から、ほぼずっとサナたちの戦いを観戦していたことになる。


 ただし、あえて手を出さないことで、彼女たちの成長を促していたのだ。



「サナ、戦気は出せるか?」


「…こくり」



 サナが意識を集中させると、やや桃色の戦気が噴き出した。


 初めて出した時は感情の爆発と魔石の力によって黒かったが、これが本来の色のようだ。



「ふむ、意識的に出せることは素晴らしいが、まだまだ質は未熟だな。これに慢心することなく日々の修練が大事だぞ。魔石の力も暴発しないように、少しずつ使えるようにならないとな」


「…こくり」



 戦気を出せるようにはなったが、子供なので生体磁気も多くはなく、戦気術も学び始めたばかりで頼りないレベルにある。


 魔石も半分暴走気味だったので、使いこなしているとは言いがたい。まだまだ制御の訓練が必要だろう。


 と、ついつい武人目線で厳しく批評してしまうが、その顔はもうとろっとろのデレデレであった。



「サナちゃんがこんなに強くなるなんて、お兄ちゃんはもう大好きが止まらないよおおおお! すりすりすり、なでなでなで」


「…むぎゅっ」


「うんうん、着実に成長しているね。よかった。よかったよぉ」



 黒千代や篭手、魔石の部分使用によって、サナの弱点であった『一撃の強さ』が身に付きつつある。


 アンシュラオン仕込みの独特な動きや判断能力に加えて、この一撃の強さが加わったことで、今後の方向性も見てきたといえる。


 小百合やホロロといった元民間人のメンバーも、今では十分に戦闘に参加できることからチーム全体としての強化は順調に進んでいた。



「アンシュラオン様、小熊はどうしましょう?」



 そして、早急に話し合わねばならない議題があった。


 当然、巣穴で見つけたボスの子供のことだ。


 アンシュラオンも三頭の小熊を連れてきたので、計四頭の人喰い熊が残っていることになる。


 その三頭も今は小百合の空間に一緒に入れており、周囲にはバレていないようだ。



「そうだなぁ。グランハムにも内緒にしているから、そのまま森に戻す選択肢はないよね。子供だと他の魔獣にやられちゃうかもしれないし、そもそもまた増えたら駆除した意味がない」


「…ぎゅっ」


「わかってるよ。サナは飼いたいんだろう?」


「…こくり!」


「え!? あの熊を飼うの!?」


「なんだアイラ、嫌なのか?」


「嫌というか人喰い熊でしょー! 絶対いいことないよ! 違う森とかで放したほうがいいんじゃないのー?」


「考えの浅いやつめ。違う森で放したら生態系が壊れるだろう。そのほうがもっと危険だぞ」


「でも、飼うってどうするの? あそこの家で飼うの? 街中なんだから、なおさら危ないんじゃない?」


「そのあたりはいろいろと調教する予定だ。『魔獣にスレイブ・ギアスが効くのか』も試したいしな。もし可能ならば魔獣を戦力にすることができる」


「魔獣が言うことを聞くかなー? あいたー!? って、なんでお尻を叩くのー!!」


「痛かったか?」


「痛いに決まってるじゃんー! いたーい、ごろごろごろー」


「スザクが遭遇した大ボスは、人間の言葉すら話していたくらいだ。魔獣にも意思があれば感情もある。そして、こうやって痛みによるコミュニケーションを取ることもできる」


「どう見てもコミュニケーションって感じじゃないけど…」


「痛みは理解できるってことだ。小百合さん、子熊たちを出してくれる?」


「承知しました!」



 小百合が四頭の小熊を出す。


 今はまだ人喰い熊には見えない真ん丸とした可愛い生物だ。これが大人になると狂暴になるのだから、やはり魔獣は魔獣なのだろう。


 しかし、アンシュラオンが小熊たちをころんと寝転がせ、上から押さえつける。


 小熊たちはジタバタと暴れるが、さらに強い力で押さえつけると動かなくなった。



「いいか、お前たち。これからはオレとサナがボスだ。もし逆らったらどうなるかわかるか? 牙を抜いて両足を切り落として、腹を掻っ捌くからな。こんなふうに素材にしてやるぞ」



 素材としてもらった鬼熊の大きな爪を見せつけながら、アンシュラオンの赤い目が小熊を射貫く。



「キャゥウウ!? キューン、キューン…」



 人間を超えた存在の視線はこの世の何もよりも怖ろしく、首にかかるあらがえない強い力も相まって、小熊たちが怯えて失禁。


 ガクガクと心の底から命乞いをする。



「よしよし、その調子だ。言うことを聞く限りは殺しはしないからな。ほらな、こうやってしつければ動物は人間に従うようになるんだ。何事もしっかり調教だ。お前のところだってそうだろう?」


「ただの脅迫じゃん! 少しはそういうこともするけど、いきなり首を絞めたりしないよー!」


「こいつは人喰い熊だぞ? これくらいしないと駄目だろうに。ほら、アイラは噛んでいいぞ」


「ガブッ」


「ぎゃーーー! いたいたいた!! 本気で痛い!! ちぎれるぅううう!」


「サナ、ちゃんと自分で面倒を見るんだぞ。お前のペットだからな。大事にしろよ」


「…こくり!」



(情操教育にはペットは良いとも聞くし、ギアスの実験台にもなるからいいかな。ええと、たしか特殊個体の子熊がオスで、他がメスだったか? 繁殖して増えたりするのかな?)



 ペットを飼う際も性別は気になるところで、実際に雄雌を一緒にすると思った以上に簡単に増えてしまうことがある。


 ただし、それならばそれで実験材料が増えるので、むしろありがたいかもしれない。


 こうしてアンシュラオンは、魔獣さえも味方に引き入れてしまうのであった。




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