270話 「共闘 その4『不動の意思』」
「くっ! 何を考えている! 戦力が分かれている今、集中攻撃を受けると危険だというのに!」
「………」
ソブカはじっと動かないサナを見つめる。
(彼女は言葉を話せないからといって、何も考えていないわけではありません。むしろ戦闘ではあれだけ機敏に動いていました。よほどの判断力がなければできないことです。しかし、私が感じていた彼女への印象とは違う行動ですねぇ)
ソブカから見たサナは『機械』に近い。
ガンセイが操る人形のように、アンシュラオンの傍で彼の望むがままに動いている無機質な存在だ。
だからこそ、大いなる美貌の素養があるにもかかわらず、いまいち視界に入ってこなかったのだ。
だが今は、有無を言わせぬ迫力を宿している。そのアンバランスさにソブカでさえ戸惑っていた。
(どのみちまともにぶつかれば、こちらの被害はかなりのものになります。ならば彼女に『賭けて』みますか)
「赤鳳隊は包囲を突破します。白の二十七番隊はそのままでかまいません」
「いいのかよ、組長!」
「彼女たちが望んだことです。我々は我々で動きます。クラマも覚悟はできているでしょう。問題はありません」
「ちっ、しょうがねぇ! お嬢ちゃんたち、死ぬなよ!」
赤鳳隊は包囲を突破するために突撃を開始。
この段階においてソブカの判断は正しい。
前衛の主力がいない今、熊と真正面から戦えば壁になる者が少ないため、隊の半数に死傷者が出るだろう。
一方で熊が巣穴に入ってしまえば、サナが考えるように挟み撃ちにされてしまい、マキたちがピンチになる。
どちらにも理があるため、サナの判断も正しいといえる。
しかし、残されたアンシュラオン隊の面子は、巣穴の前で固まるしかないのが現実だ。
巣穴を攻撃しに来たのに、なぜか巣穴を守るという不思議な現象が発生。
「ひー、行っちゃったよー! どうするの!? ねぇ、どうするのー!?」
「サナ様の御意思の通り、ここを死守します。アイラも覚悟を決めなさい」
「食べられる覚悟なんかできてないよー!」
「アイラさん、サナ様がおられる場所こそ、私たちがいる場所なのです。みなさーん! 戦闘準備をお願いします!」
ホロロが装甲車のガトリング砲を腕に装着。
小百合もすでに機関砲のスタンバイを完了させていた。
「仕方ねぇな。兄弟の妹の意思なら俺らも付き合うしかねえか。お前ら、いいな! 死んでも誰も恨むなよ!」
「おう!」
ゲイル隊にも迷いはないようで、盾と爆破槍を黙々と準備している。
「みんな肝が据わりすぎ! そりゃ私だってユキ姉は心配だけどさ! 本当に勝てるのー!?」
「案ずるな。我らもいるぞ」
「あー! おじさんも残っていてくれたー! よかったよー!」
「我々の任務は貴殿らに同行することだ。ライザック様のご命令ならば命すら惜しまぬ。それに、貴殿らの覚悟も見事よ! 気に入った!! やはりただの女子供ではないな」
ロクゼイたちもしっかり残っていた。
もともとアンシュラオン隊と一緒に行動しろと指令が出ているため、たとえ何人死んだとしても命令を遂行するだろう。ライザック親衛隊の覚悟は普通の海兵の比ではないからだ。
彼らの勇敢さを見ているがゆえに、さっさと逃げた赤鳳隊にアイラが苛立つ。
「赤鳳隊の人たちって薄情だよね! 自分の身内だって中にいるのにさ!」
「あなたも逃げようとしていたではありませんか。見ていましたよ」
「うっ、あれはつい反射的に…! でも、逃げる気なんてなかったんだからねー!」
「いつもふらふらしているからです。それより敵がもう来ますよ」
「ひぃいい、すごい唸ってるよー!」
周囲から熊たちの強い敵意の視線を感じる。
彼らは特に縄張り意識が強いため、巣穴に他の魔獣が近づくだけでも怒り狂う。
それが侵略者かつ獲物の人間だったならば、なおさら怒りが増すに決まっている。
そして、巣穴に向かって一斉に駆け出してきた。
「ロクゼイ様、指揮をお願いいたします」
「心得た。敵中央は装甲車の機関砲で迎撃! 西は我らの隊が受け持つ! 貴殿らは東から来る熊を迎撃せよ! 傭兵隊は盾を使って、少しでも相手の動きを封じろ!」
ロクゼイ隊、十六名の屈強な海兵が西側に展開。
彼らの武装は砲筒や長剣や盾といった比較的標準的なものだが、総合力が極めて高いのが特徴だ。
どんな状況でも高水準の力を引き出せることが、工作兵としてもっとも重要だからである。
「参ります!」
ホロロと小百合が機関砲で熊を攻撃。
熊の耐久力のすごいところは、ただの機関砲だけでは簡単には死なないことだ。
『アーバルトグリフィ〈串刺突撃扇鳥〉』が十数発で吹き飛んだのに対して、熊は何十発くらわせてようやく怯む程度である。体力も高く、術式弾にも耐えてしまう。
これにはひたすら弾数で対抗。
何百発と叩き込むことで、さすがの熊も左右にばらける。
「くるぞ! 叩き潰せ!!」
西側から向かってきた熊たちに海兵が立ち向かう。
激しい体当たりに近い噛みつきをかわしながら、口や喉に剣を突き立て、大盾で動きを止める。
「熊ごときに我らの意思を止められるものか!」
そこにロクゼイが飛び出し、『大きな金棒』で熊の頭をぶっ潰す!
金棒はまさにイメージ通りの金属のトゲトゲが付いた打撃武器だが、通常のサイズよりも二回り以上大きい代物だった。
攻撃の種類には主に、打撃、刺撃、斬撃の三つが存在するが、これは打撃をとことん追求した武具の一つといえるだろう。
効果は、当然ながら強い圧力で叩き潰すこと。
頭を叩いた衝撃で周囲の地盤が圧迫され、熊ごとボゴンッと陥没。そこだけ盆地になってしまったかのように凹んでしまう。
「すべて叩き返してくれるわ!」
ロクゼイは、迫り来る熊たちをフルスイングで蹴散らす豪快な戦い方を披露。
突出した武将がいるおかげで、西側の熊の勢いはかなり減衰したように見える。
「なんてパワーだ! マキ先輩以上かもしれない! あれが海兵の力なのか!」
「サリータ、余所見をしている暇はありませんよ! 東側からも来ます!」
「は、はい! ついに自分の出番か!」
「はいよ、爆破槍だ。俺たちが防ぐから、その隙間から槍で攻撃してくれ」
「了解した!」
東側からも熊が一斉に押し寄せ、ゲイル隊がシールド・ウォールを展開して受け止める。
そこにサリータが彼らの背中を這い上がって、熊の頭に爆破槍を突き刺す。
が、硬い。
穂先が完全には刺さらず、中途半端なところで爆発したため、顔の一部を破損させるにとどまった。
(この魔獣は、こんなにも硬いのか! まるで岩に叩きつけたようだ!)
ボスの巣穴の熊が他より強いこともあるが、普段から魔獣と戦っているハンターと対人戦が多い傭兵との差が、こういう時に出てしまうものだ。
毛むくじゃらの身体の、どこを狙ってよいのか瞬間的に理解できないのだ。
「すまん、ベ・ヴェル! 仕損じた! フォローを頼む!」
「あいよ! 足なら誰だって弱点だろう! もう一発くらいな!」
ベ・ヴェルが追撃の爆破槍をお見舞い。
足の付け根に強引にねじ込んで爆破させて、相手の動きを鈍らせる。
「あ、あわわ! 私はどうすればいいのー!?」
「アイラ! どんどん槍を渡してくれ!」
「わ、わかった! あうあう…あーー!」
「落ち着け! すぐには突破されない!」
アイラは役に立たないので爆破槍の運搬係に任命。
さすがに囮として使ったら即座に胃袋行きだろう。
「サリータ、今までと同じだと思わないほうがいいよ!」
「たしかにまったく違う経験だな!」
次々とやってくる熊たちの圧力に、ゲイル隊が必死に耐える。
そこにサリータとベ・ヴェルが爆破槍を使うことで、かろうじて防ぐことができていた。
しかし、そこに『上位種』が出現。
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名前 :レザダッガ・ベアル〈人喰地猟大穴熊〉
レベル:78/80
HP :4570/4570
BP :820/820
統率:C 体力: A
知力:E 精神: C
魔力:D 攻撃: B
魅力:F 防御: C
工作:C 命中: D
隠密:D 回避: D
☆総合: 第三級 討滅級魔獣
異名:森の人喰い大熊
種族:魔獣
属性:土、岩
異能:人喰い強化、集団行動、嚙み砕き、ベアクロー、超嗅覚、穴掘り、囲い込み、執着心
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「はは、こいつは…やばい」
ゲイルも見た瞬間、思わず引きつった笑みが出るほどの迫力だ。
レザダッガ・ベアの『人喰い強化』スキルは、人を食べれば食べたほど能力が上がる危険なものだ。
それは『進化』でもあり、限界を突破して能力が強化された種が、この『レザダッガ・ベアル〈人喰地猟大穴熊〉』である。
HPは三倍。能力も一段階以上強化されており、身体もさらにでかい。
唯一の救いとしてベアルの数は三頭程度で、数が少ないことだろう。それだけ長生きしている古参の熊であることがわかる。
「どんだけ人を食えば、こんなにでかくなるんだよ! てめぇら、気合を―――」
ベアルの腕が振り上げられ、ゲイル隊に叩きつけられる。
その衝撃は気合でどうにかなるレベルを超えて、シールド・ウォールを破壊。
六人が吹っ飛ばされ、一人が盾を砕かれて爪が身体に食い込む。
そして、引っ張り上げてからの―――噛みつき!
「ぐあぁああ!!」
ベアルは、肩ごと腕を引きちぎり―――バリボリ
優雅なお食事タイムに浸る。
「やろうっ!! 俺の仲間を食うんじゃねえ!」
怒ったゲイルが爆破槍を腹に突き刺すが、先っぽが軽く刺さった程度で中まで入らない。
仕方なくそのまま爆破させるも、表面が焼け焦げるだけにとどまる。HPが高すぎて爆風が防御を貫通してもダメージが軽微なのだ。
その間にも熊は捕食を続け、助けようとするゲイルたちを爪で薙ぎ払って近づけさせない。
他の隊にも犠牲者が出ているのだ。アンシュラオン隊からも出てしかるべきである。
たとえこのまま食われてもゲイルたちが恨むことはない。傭兵とはそもそも命がけの職業なのだ。
が、それを許さない者が一人いる。
サナが熊の身体を駆け上がり―――左目に黒兵裟刀を突き刺す!
「グォオオオッ!!!」
突然の黒い影に視界を半分奪われた熊が、思わず捕食していた隊員を手放す。
だが、その際に暴れたせいでサナにも腕が直撃。
吹き飛ばされて岩盤に叩きつけられた。
「サナ様!」
慌ててホロロが助けに入ろうとするが、サナは即座に立ち上がって手で制止。
攻撃を受ける直前に左手の『護了黒洲の篭手』でしっかりとガードし、大きなダメージを受けていなかった。
刀は目に刺さったままなので、『ジャークガンヘッド〈血溜まりの海鮫〉』を取り出して右手に装着。
海鮫から魔力弾を発射して執拗に残った右目を狙い、熊が嫌がったところに風圧波の術符で動きを止める。
そこに再度急接近し、相手の背中に海鮫を噛ませて固定。
脊髄や後頭部に水刃砲で攻撃し、わずかな傷をつけると、そこに大納魔射津を設置してジャンプ。
直後、身体の中で―――爆発!
ベアルが大きくよろめく。
「さ、サナ様…すごい!」
「まだだよ! 死んでない!」
ベ・ヴェルの言葉通り、これだけで死ぬほどやわな生物ではない。
宙に飛んだサナに熊が反撃。
怒り狂った目から放たれたベアクローが、渾身の力で叩き込まれる。
サナは吹き飛ばされ、木に激突。
今度は完全に防御ができなかったため、骨に亀裂が入り、木に打ちつけた頭部から出血。
「…むくり。…よろよろ」
ダメージとショックにふらつきながらも、サナは生きていた。
ただし、炬乃未の防具がなければ間違いなく死んでいた一撃だ。
サナのことだから、それを計算に入れての行動だろうが、かなり危うい勝負ともいえる。
それも仕方がない。相手は討滅級魔獣だ。
本来はマキのようなブラックハンターが、何日もかけてじっくり一頭を仕留めるほどの強い敵である。
だが、サナは―――逃げない!
「…ふっーーー! ふっーー!」
目に赤い輝きが灯る。
けっしてここから逃げ出さないという『不動の意思』に満ちていた。




