269話 「共闘 その3『巣穴の異変』」
「そちらも終わったようだな」
もう一つのグループを倒していたロクゼイたちが合流。
彼らも順当に撃破したようで、負傷した兵もいたが死者はゼロ。さすが精鋭たちである。
そして全隊の準備が整い、モグマウスの伝令を待ってから、ついに巣穴への攻撃が始まる。
北東の巣穴は崖の近く、ちょうど周囲から死角になる地面を掘って作ったもので、他の巣穴よりも何倍も大きく、なおかつ深そうであった。
ここで他の巣穴とは違う事態が発生。
「見張りがいませんねぇ」
普段ならばいるであろう見張りの熊たちがいないのだ。
アンシュラオンが破壊した四つの巣ではいたので、ここにいないのは明らかにおかしい。
「ハンターQ、どう思いますか?」
「警戒しているか逃げたか、どっちかだな。くんくん。臭いは残ってる。まだいるぞ」
「では、警戒されている可能性が高いですねぇ。かなり慎重に戦ったつもりでしたが、さきほどの討伐に問題がありましたか?」
「いんや。距離もあったし、巣には知られてないはずだな。ただ、ここの熊は経験がある古い熊だ。勘で気づくこともある。うん、あるな」
「すでに我々は第三階層の浅い部分に侵入しています。最大限の警戒をもってあたりましょう。ここからはすべての武装の使用を許可します。全戦力をもって熊を撃滅しますよ」
多少の不安は残ったものの、全員が配備について作戦開始。
ただし、いまだ巣の中には六十頭前後の熊がいるはずだ。他の巣が二十頭だと考えると、三倍の戦力が残っている状況だ。
奇襲は奇襲でもアウェーである本拠地に乗り込むのだから、それ相応のリスクがある。
そこでまず取った行動がこれ。
ガンセイが操る人形が、大量の『煙玉』を巣の中に投げ入れる。
これはハンターたちが巣穴から獲物を燻し出すための一般的な手法だ。煙玉が無く、相手が弱い魔獣の場合は焚火の煙を送り込んでもいい。
普通に考えて人喰い熊の巣穴に入り込んで敵を倒すなど、狂気の沙汰でしかない。それができるのはアンシュラオンだからこそだ。他の隊もこの方法を選択するだろう。
しばらくすると、五頭の熊が頭を激しく振りながら外に出てきた。煙玉が効いているようだ。
「銃撃開始!」
装甲車が火を―――噴く
アンシュラオン隊の装甲車からは、小百合が機関砲で術式弾を発射。
赤鳳隊が所有する装甲車三台の機関銃も加わり、熊たちの身体を削り取っていく。
たまらず左右に逃げようとするが、そこにはすでにゲイル隊と赤鳳隊士が待ち構えており、瀕死の状態の熊に爆破槍を突き刺して爆殺。
「すげぇ威力だ。こりゃ装備の質そのものが違うぜ。だが、人間相手には向いてねぇな」
爆破槍を実際に使ってみたゲイルからすると、威力が強すぎて対人戦には向いていないとのことだ。
単純に槍が大きすぎて使いにくいし、密集しているところに使うのならば普通の大納魔射津で十分だろう。
やはりハンターの武器は、費用対効果の面からも魔獣専用と思ったほうがよさそうである。
これであっという間に五頭を排除。
このペースでいけば、仮にまだ五十頭以上いたとしても対応できそうだ。
「我々は完全に蚊帳の外だな」
「さっきも半分はモブだったからねぇ」
「くそっ、まだ信用されていないということか!」
サリータとベ・ヴェルは囲みを手伝ったくらいで、ほとんど仕事をしていない。
集団戦の経験が豊かなゲイルたちがいる以上、この状況ではやることがあまりないのだ。ほぼ予備戦力扱いである。
そんな暇そうな二人にホロロが近寄る。
「二人にご主人様からの命令を伝えます。あなたたちは今からサナ様と一緒に行動しなさい。今後、隊で動く時もそのようにしろとのことです」
「親衛隊というやつでしょうか?」
「そうなるように期待している、ということです。ご主人様に信頼されるために全力でサナ様をお守りしなさい」
「わかりました! がんばります!」
「おチビちゃんと一緒かい。うっかり踏まないといいけどねぇ。でも、この様子だとボスってやつも簡単に倒しちまいそうだよ」
「いえ、そう簡単にはいかないかもしれません。周囲百メートルに熊の気配がないのです」
「巣穴は、そんなに深いのですか?」
「そのようですね。煙玉が届いていない可能性も高いでしょう。持久戦になるかもしれませんし、場合によっては突入もありえます」
「熊の巣穴に…ですか」
「ですから万全の準備をしていなさい。今は大丈夫でも一瞬で景色が変わりますよ」
「そっちのほうが面白いけどねぇ。退屈よりはましさ」
ホロロは魔石の力で、熊が巣穴の浅い部分にはいないことがわかるが、ソブカは思考で同じ答えを導き出していた。
「やはり妙ですねぇ」
「見張りがいなかったことですか?」
同じく戦況を見つめていたファレアスティが、ソブカの考えを察する。
「ええ、そうです。慎重で警戒心の強い熊が、見張りを置かない理由がないのです」
「もしや事前に察知して移動したのでしょうか?」
「五頭だけ残して…ですか。あれだけの大きさの熊が集団で移動すれば目立つでしょう。ハンターQも残っている可能性が高いと推測しています。何やら嫌な予感がしますね。実際に入り込んで調べるのが一番ですが…」
「突入は危険です。ガンセイの人形を使ってみるのが現実的です」
「人形は彼が渋りますからねぇ。しかし、火の闘人くらいならばよいでしょう。ガンセイ、巣穴に入れられますか?」
「そっちならいいよ。でも、百五十メートルが限界だけど?」
「十分です。中の様子がすこしでもわかれば御の字です。お願いします」
「わかったよ」
ガンセイが顔も存在しないような簡易的な火の闘人を生み出し、巣穴の中に侵入させる。
これならば壊されてもいくらでも代えが利くし、火なので相手も刺激できるだろう。
しかしながら、誰もがガンセイの報告を待ちながら巣穴の入り口を注視するが、手応えはない。
「いないね」
「この距離ですと、巣の中ほどまで到達しているはずです。それでも何の反応もないとなると、さらに深い場所にいるか、巣にはいないかのどちらかとなりますねぇ。我々は常時彼らを見張っているわけではありませんし、どのような可能性も考えられます。さて、どうしますか。装甲車も入れなくはないですが、さすがに下策ですねぇ」
ソブカが思案していると、ユキネが前に出る。
「ソブカさーん、なんなら私が中を見てきましょうか?」
「危険ですよ?」
「あんなに大きな熊なんですもの。物陰に隠れているなんてことはないでしょう? それならすでに調べたところまでは安心して進めますし、もし奥から来たらすぐに入口に戻りますよ」
「引き付けておびき出す作戦ですか。しかし、後退しながら戦うのは難しいものです。やるにしても、あなた独りというわけにはいきません」
「それなら私も行くわ。彼女とは息が合うもの」
マキもユキネに賛同。
それを受けてソブカの頭が戦術を組み立てる。
「わかりました。多少リスクはありますが中を確認してみましょう。できるだけ交戦は避けて、敵をここにおびき出すことを心がけてください。老師、鷹魁、一緒に行ってください」
「鷹魁はもうボロボロだろう。俺が行くよ」
「んだよ、まだ全然いけるって!」
「お前はソブカを守る壁なんだ。それに巣穴の中で熊と組み合っている暇なんてないぞ。俺ならば素早く逃げられるからな!」
「クラマ、やれるのですね?」
「任せておけよ!」
「では、鷹魁の代わりにクラマを派遣します。残りの煙玉はすべて持っていってかまいません」
「内部に行くのならば、こちらの隊からも数名出そう。誰もが優秀な工作員だ。最悪は爆破してもよいのだろう?」
「最悪は、ですがねぇ。念のため専門家のハンターQもついていってください」
「わかた」
こうしてマキ、ユキネ、アル、クラマの四人と、ロクゼイの隊から四名およびハンターQの九名が参加することになった。
彼らが熊を引き連れてくることを想定して、残った者たちは入口で待機。いつでも攻撃できる態勢を維持する。
いざ入ろうとした時、マキがユキネに話しかける。
「ユキネさん、どうしてわざわざ名乗り出たの?」
「あら、アピールしているとでも思ったのかしら?」
「そうではないけれど、あなたならもっと安全な方法を選ぶと思っただけよ」
「無理しているわけじゃないわ。本当にこれが一番安全な方法なのよ」
ユキネが軽く踊りを舞うと、身体がうっすらと光を帯びる。
「ほぉ、感覚強化の技ネ」
「さすがね、おじいちゃん。そう、私が得意とする光属性の技は、身体強化が多いのよ。普通の波動円では探知できないようなものも、皮膚の感覚を強化すればわかるようになるわ。風の肌触り、臭い、音、五感を使って環境を感じ取るの」
戦闘中のユキネは華麗な剣捌きが目立つが、これといった強い技を放っていない。その理由が『技の系統』にある。
今述べたように光属性は防御や身体強化の技が多く、ユキネは強敵との戦いの時はさりげなくこれらを使用し、反応速度を上げていた。
だからあれだけ激しい戦いの中でも、ほとんど被弾せずにいたわけだ。(マキを盾に使ってもいたが)
因子レベル1の『陽無感域』で、暗視能力と感覚を向上させ、同じく因子レベル1の『敏力陽放』で命中と回避をアップ。
最後に因子レベル2の『快陽体鋼』によって防御力を補強。万一の奇襲にも対応可能にする。
「ふぅ、ひとまずこれだけあれば十分でしょう」
「たいしたものヨ。簡単な強化技だけど、三つ同時に扱うのは難しいアル。器用でないと無理ネ」
「うふふ、老師ほどじゃありませんってば」
「あなた、いろいろと技を隠し持っているのね」
「いきなり全部見せちゃうのも男心をくすぐるけど、駆け引きも楽しみたいでしょう?」
「私は直球勝負のほうが好きね」
「あらあら、やっぱりそこは合わないわね。今回は私が先頭で行くわ。次にQさん、マキさん、クラマ、老師、兵隊さんで行きましょう」
「私は波動円が苦手だし、任せるわ」
こうして九人が巣穴に消えていく。
かなり危険な任務だが、達人が三人もいるのだから大丈夫だろう。むしろこのメンバーで窮地に陥ったら、他の面子ではどうにもできない。
「上手く釣れればよいのですがねぇ。我々は周囲の警戒も怠らないように。他の魔獣が来るかもしれません」
ソブカたちは周囲を警戒しながら結果を待つ。
五分が経過。
ゆっくり動いているとはいえ彼女たちは武人だ。五分はかなり長い。
汗が滲むような緊張感が絡みついてきた頃―――異変発生!
「警戒してください! 敵対反応多数! 【外側】から来ます!」
見張りのホロロから伝令が入る。
他の魔獣の可能性もあったが、ここは熊のテリトリーである。いくら魔獣たちが共闘していたとしても、安易に他の種族の縄張りに入る馬鹿はいない。
となれば、答えは一つだ。
現れたのは、レザダッガ・ベアの集団。
逆にソブカたちを包囲するように迫ってきていた。
「ソブカ様、数が多いです。目視で三十頭以上はいます」
「まさか熊に罠にはめられるとは思いませんでしたねぇ。どこからやってきたのでしょう? さすがに魔獣の戦術までは読めませんよ」
「組長、どうするよ! 囲まれてんぞ!」
「仕方ありません。突撃編隊で一点突破して包囲から脱出。その後に反転し、反撃を加えます」
「了解だ!」
ソブカの命令で即座に赤鳳隊が動き出し、比較的包囲が薄そうな南に装甲車が突っ込んでいく。
だが、アンシュラオン隊がついてこないので、ファレアスティが叫ぶ。
「何をしている! 囲みを突破するぞ!」
「サナちゃんが動かないんだよーーー!」
「なに!? どういうつもりだ!」
「わからないよー! サナちゃん、行くって言ってるよ!?」
「…ふるふる」
アイラが引っ張るが、サナは散歩中の犬が地面に座り込んで「イヤイヤ」するように、頑固なまでにその場から動こうとしない。
彼女の視線は巣穴の中に向けられている。
「サナ様は、この場から離れてしまえば、巣穴の中に入った方々が孤立することを心配されているのです」
「え? ホロロさんって、サナちゃんの考えていることがわかるの!?」
「アイラ、それはサナ様のメイドたる私に対する侮辱ですよ。この主従の絆が、しっかりとわが主の意思を教えてくださいます。ファレアスティ様、我々はここに残ります」
「見捨てるわけではない! 一旦脱出せねば、こちらが包囲されると言っている!」
「我々にとってサナ様の御意思こそ最優先にすべきこと。その命令には従えません」
「馬鹿なことを! ソブカ様が指揮官だぞ!」
「…ふるふる!」
だが、いくらファレアスティが言ってもサナは応じない。
サナが応じなければ、ホロロ以下、すべてのアンシュラオン隊は動かないのだ。




