267話 「共闘 その1『クラマの課題』」
アンシュラオンは簡単に巣穴を撃破したが、あれは特例かつ異常である。参考にしてはいけない。
よって、他のハンター隊は約一時間半をかけて、外に出たグループを排除。被害を最小限に抑えつつ撃破していく。
ハンター隊に犠牲者がほぼいないのは、いざというときには弁慶先生が助けに入るからだ。
アーシュラと比べると貧弱な闘人だが、熊とまともにぶつかっても当たり負けしないパワーを持っているのは、ハンターたちにとってありがたいだろう。
そして、サナたちも外の熊の排除に乗り出していた。
「巣穴に気づかれたくありませんので、外の熊には爆弾や銃火器をあまり使わないようにお願いします。討伐メンバーも厳選し、鷹魁、クラマ、鬼鵬喘、サナさん、キシィルナさん、ユキネさんの六人で撃破します。他の者は熊を逃がさないように包囲してください」
今回、ボス撃破の隊を束ねるのはソブカであり、赤鳳隊との合同作戦となっている。
人数が多いので軽くまとめると、白の二十七番隊からは、サナ、マキ、小百合、ホロロ、ユキネ、サリータ、ベ・ヴェル、アイラ、アル先生、ゲイル隊の二十四名。
赤鳳隊からは、ソブカ、ファレアスティ、ラーバンサー、鷹魁、クラマ、鬼鵬喘、ガンセイ、雀仙、赤鳳隊士の二十八名。
これにロクゼイ隊から半数弱の二十名とハンターQが加わって、73人という大人数となる。
が、相手は特殊個体のボスなので、このメンバーでも油断は禁物だ。
「ロクゼイ隊には一つのグループを担当してもらいましたので、我々は残りの二つを撃破してから巣穴前で待機します。では、作戦を開始します。ハンターQ、ガンセイ、敵の探知を頼みます」
「わかた」
「みんな、熊さんはどこかなー?」
この隊のメンバーは強いが、生粋のハンターがQしかいないのも事実だ。
他の隊は経験豊かなハンターたちがいるからこそ、罠の設置や熊の位置が掴めるのだが、専門外の者ではそれが難しい。
ならばと、この隊に関しては罠は使わず、先に発見して先制攻撃で一気に叩き潰す作戦に変更している。慣れないことをしても上手くいかない、というソブカの意見があったからだ。
「見つけた。八頭だ。近い」
しばらくしてハンターQが戻ってくると、一つのグループが通るルートを確定させる。
「こっちも見つけたよ。少し遠いね」
続いてガンセイも周囲に配置した女の子人形から情報を集めて、敵の位置を割り出した。
「ハンターQが見つけたグループから仕留めます。いきますよ!」
ソブカたちは音を立てないように慎重に行動。
臭いも辿られないように風下から近寄って接近する。
「くっさ! 鼻が曲がりそうー! この臭いだけはどうにかならないのー?」
「仕方ないですよ。警戒されないための措置ですからね」
アイラが、自身が着ている熊の毛皮の臭いにうんざりする。
熊は嗅覚が鋭いので、いくら風下とはいえ、そのままでは見つかってしまう可能性が高い。
そこでハンターQお手製の熊の毛皮を提供してもらっているわけだが、これが非常に獣臭いのである。
小百合たちは我慢しているので、単にアイラの根性がないだけでもあるが、見つかるよりはましだろう。
しばらく進むと情報通りに熊のグループが見えた。
数は8。
他のグループよりも一頭多いが、それ以外にも異なる点があった。
「おいおい、でかくねえか?」
鷹魁が、熊を見て呟く。
ボスの巣穴の熊は、明らかに他の熊よりも一回り以上は大きかった。
厚みも通常種以上で、HPや耐久値もかなり上がっていそうだ。
「古い熊が集まってる。他の巣穴は、そこから巣立った子たちだな。そうやてどんどん増える。へへ、ボスもかなりすごいぞ」
相変わらず熊の頭部を被ったハンターQが説明してくれるが、念願のボスの頭部が手に入るかもしれないので、かなり興奮しているようだ。
「嬉しそうにしやがって。実際に戦う俺たちは大変なんだよな」
「鷹魁、熊をどっちが多く倒すか勝負しようぜ! なんてったって特別討伐隊だからな!」
クラマがはしゃいだ様子で目を輝かせる。
どうやら『特別討伐隊』という文言が、彼の中二心の琴線に触れたらしい。
「倒すのがお前の役目なんだから、そっちが勝つに決まってんだろ」
「これだけの数じゃんか。鷹魁にだってチャンスはあるぜ。なぁ、やろうぜ」
「しょうがねぇな。俺が勝ったら面白そうな遺物は優先的に回せよ」
「いいぜ。その代わり俺が勝ったら刀剣類はもらうからな!」
「こら! そこの二人、もっと集中しなさい! 私たちが合わせるのは初めてなんだから、遊んでいる暇はないのよ」
「大丈夫だって。マキ姉ちゃんは俺のあとからついてくればいい―――いってぇええ!」
マキがクラマの頭をぶん殴る。
篭手を付けたままなので、かなり痛い。
「子供が生意気言わない。相手は今までとは違うのよ。私と鷹魁さんが突っ込むから、ユキネさんはサポートをお願いね」
「任せてちょうだいな」
「いてて、いきなり殴ることはないだろう!」
「調子に乗るからよ、坊や」
「くそ、こうなったら俺の実力を見せて…」
「キタキタキタァアアアア! いくぜえええええええええええ!」
「ちょっとあなた…! まだ早いわ!」
ここでクラマよりも先に、クスリが入った鬼鵬喘が飛び出す。
クラマは単なる子供だが、この男は普通にヤバいやつなので話が通じない。
「もうっ! バラバラじゃないの! 独りで行ったらやられるわよ!」
「鬼鵬喘は制御が難しいですからねぇ。しかし、どうやら心配はいらないようです」
ソブカの視線の先で、黒い影がぴったりと真後ろに隠れるようについていくのが見えた。
鬼鵬喘が飛び出した瞬間、アンシュラオン隊からもサナが飛び出して追随していたのだ。
いきなりの行動に対して即座に反応したことから、一番準備を整えていたのは彼女だったことがわかるだろう。
「おらぁあああああ! 死ねやぁああ!」
「グォッ!?」
鬼鵬喘がチェンソーを熊の背中に叩きつける。
いきなりの人間の出現と攻撃に熊が驚いているので、どうやら奇襲は成功したようだ。
がしかし、剣気をまとっているとはいえ、魔獣の骨が硬くて切断するのには時間がかかる。
そこに強引に立ち上がった熊のベアクロー、一発!
「ぐえっ!」
強烈な熊の張り手が頭に炸裂し、鬼鵬喘を吹っ飛ばす。
弱い魔獣ならば一撃で倒せるので反撃はこないが、このレベルとなると簡単ではない。
鬼鵬喘は防御が高いほうではないため衝撃で動けない。頭にも生々しい爪痕が残っており、かなり出血が激しい。
もし単独だったならば、追撃を受けてやられていただろう。
だが、その背後からサナが飛び出て、攻撃直後の熊の鼻を刀で切り裂く。
怯ませて追撃を妨害。
それから熊の身体を蹴って離れると同時に、水刃砲を発動させて片目を抉った。上手く鬼鵬喘の突進を利用した形の不意打ちであった。
「グルゥッ!」
「グウウウッ!」
ただし、これによって敵が一斉に戦闘モードに突入。
サナを狙って二頭目の熊が走ってくるが、木々を盾にする動きで速度を落とさせて回避。
しかし、その背後には別の熊が回り込んでいた。彼らが得意とする囲い込んでの狩りである。
やはり多勢に無勢。鬼鵬喘の攻撃が早すぎた結果だ。
「鷹魁! 彼女を守ってください!」
「任せろ!」
鷹魁が走ってサナの前に出ると、壁となって立ち塞がり、バッドブラッドを熊にお見舞い。
硬いので完全には断ち切れなかったが、斬った肩口から大量出血。術式武具の力で血が流れ続ける。
この武具の能力は長期戦や持久戦で役立つものなので、まだ元気のある熊が鷹魁に覆いかぶさり、がっぷり四つの状態になる。
が、それでいい。
彼の役割は、敵の動きを止める壁となることだ。
「俺の出番だ!」
そこに阿吽の呼吸でクラマが飛び込んで、高速の斬撃を六回叩きこむ。
以前見せた二人のコンビネーションだ。
「どうだ!」
と、相手の様子を見るが、熊は平然とクラマを見下ろす。
腹は傷ついているものの、今までとは肉の厚みが違う。彼の軽い攻撃では半分も切り裂けていなかった。
「なんだこいつ! 効いていないのかよ!?」
「横から来るわよ!」
「っ!」
後ろからのマキの声で咄嗟に跳躍すると、その場に別の熊が突っ込んできた。
クラマはギリギリで回避に成功するが、掠った爪が鎧を軽々と切り裂いていた。直撃していたら腕ごと持っていかれたかもしれない。
「あっぶねぇ!!」
「ただの斬撃じゃ通用しないわ! こういう相手には『重さ』が必要なのよ! はぃいいいい!」
クラマと入れ替わるように前に出たマキが、鷹魁と組み合っている熊の横っ腹をぶん殴る。
繰り出された拳には膨大な戦気が乗っており、武具の力もあって熊が―――ひしゃげる!
肋骨を破壊し、内臓を吹き飛ばすほどの一撃であった。
これに熊は悶絶。
体勢が崩れたところに鷹魁が押し勝って、地面に叩きつけてからバッドブラッドを喉に突き刺す。
これで勝負あり。
このまま窒息死させるか、大量出血で動きが鈍って死んでいくかの未来しかない。
「うらぁあああ!」
マキは返す動きで次の熊に飛び込み、ちょうどサナを追って方向転換を試みていた熊の後ろ足を蹴りで叩き折る。
この分厚い肉と骨を叩き砕くほどの、パワー!
飛び込む速度はクラマと同じだが、手数ではなく、すべての力を一点に集めたがゆえの高出力攻撃で圧倒する。
「す、すげぇ! なんて馬鹿力だよ!」
「こら! 何をしているの! さっさとサポートに入る!」
「サポート!? そんなのやったことないぞ!? ど、どうすりゃいいんだ!」
「坊や、自分で倒すことばかり考えていちゃ駄目よ」
ユキネがマキの背後にふわりと舞い降り、寄ってきた他の熊を剣衝で牽制。
マキが足を折った熊にも、追撃の一撃をくらわせて勢いを削ぐ。
これによってフリーになったマキが、再び突進が可能となって熊を追いやっていく。
すでに一頭を倒した鷹魁も壁になって熊の動きを阻害。マキを上手く生かそうと立ち回っていた。
初めてとは思えない見事な連携が成立しているのは、誰もが自分の役割を熟知しているからだ。
残念ながらクラマ以外は。
「俺だけ役に立っていないじゃないか! もっと前に出させてくれれば倒せるのに!」
「敵は一頭じゃないもの。圧力が強い段階で無理に前に行ったら危ないわ。あなたの剣撃は素早くて勢いがあるけど、熊を倒すには時間がかかる。この状況下で悠長に斬り合っている暇はないわよ。ほら、サナちゃんを見てみなさい」
「…じー、きょろきょろ」
サナは常に周囲を見回し、隙がある熊に攻撃を仕掛けては離れるを繰り返す。
以前見せた前に出る動きは控えて、今はアンシュラオンから教わった防御重視の無軌道の戦い方だけを貫き、ちょっかいをかけることに注力しているようだ。
それは当然、相手が強いから。
他に強力なアタッカーがいるのだから、マキたちをサポートしたほうが効率的だと理解しているのだ。
「俺にあんな動きをしろってのか! 役割が違うだろう!」
「じゃあ、ここで指を咥えて見ているのね。自分の土俵でしか戦えない役者は使いにくいのよ。景気が良いときは使ってくれても、飽きられたりダメになったらすぐに捨てられるもの。できることを増やすことも生き残る手段よ」
「ううっ…どうすりゃいいんだ…」
(まだまだ坊やね。才能だけで甘やかされてきたことが、すぐにわかるわ)
クラマの才能はたしかにすごいが、現状でより高いレベルにいる者たちには届いていない。
自分の得意な超接近戦が封じられると何もできないのでは、完全に役立たずだ。




