266話 「人喰い熊狩り その3『アンシュラオンの狩り方』」
熟練ハンターたちの手際の良さもあり、次々と外に出ていた熊のグループが狩られていく。
すでに行動ルートが割れているので、待ち伏せする側が圧倒的に有利だ。
そしてアンシュラオンもまた、南東の巣穴から出てきた熊グループの前に立ち塞がる。
宙を駆けて一瞬で熊の頭上に出現すると、頭を拳で叩き割る。
次の瞬間には、二頭目の熊の顔面を蹴って破壊。
粉々になって砕け散るので、打撃を受けた場所には何も残らない。破壊痕と断面が残るだけだ。
突然の奇襲に熊が驚き、立ち止まっているが、その段階で彼らの死は確定した。
熊の足元から大量の氷のつららが出てきて串刺にし、さらに凍結させることで三頭が一瞬で絶命。
覇王技、『氷苑地垂突』。
右腕猿将に使った『水槍凍穴』の上位版で、水槍凍穴を何十個も生み出す因子レベル4の技だ。
ようやく緊急事態に気づいて、逃げようと背後に首を向けた時には、なぜかそこにアンシュラオンが立っていた。あまりの速度にまったく対応できていないことがうかがえる。
アンシュラオンが両手を振り払うと、二頭の熊が真っ二つ。
CT検査を受けたように綺麗な断面が生まれ、血を噴き出しながら絶命した。
覇王技、『瑛双空斬衝』。
ガンプドルフ戦でもやったように両手に戦刃を生み出し、拳圧と一緒に放つ因子レベル4の技である。
剣士が放つ剣衝に似ているが、中身は別物。
生み出した戦刃ごと投げつけ、さらに当たると戦刃が回転して、相手に食い込みながら何度も追加ダメージを与える凶悪な技だ。
熊の場合は防御力が『低すぎる』ために、ほぼ抵抗なくすぱっと切れたが、仮に耐えても削られて同じ結果になっただろう。
「森の熊さんと戯れる趣味はないからな。手加減はしない」
それから二つのグループを見つけて、即排除。
討滅級魔獣すら秒殺するレベルなのだから、その下の根絶級など雑魚も雑魚。むしろ熊がかわいそうになるほどだ。
そして、アンシュラオンは四つの巣を同時に担当している。
自身で赴いてもよいが、すでにモグマウスを百匹放っているので、熊たちは突然出現した謎の生物に一方的に攻撃され、細切れになっているところである。
モグマウスは命気で作っているため、仮に攻撃されても即座に修復されるし、そもそも熊の攻撃程度ではたいしたダメージを受けない。
そのうえ彼らは数で攻め立てる。
一頭に対して四匹が前後左右から爪で切り裂くので、訳もわからないまま激痛の中で苦しんで死んでいくしかない。
これらは同時に他の三つ巣に対して行われ、この三十秒足らずでおよそ八十匹前後の熊が死んだことになる。
「まあ、こんなものか。あんまり弱い者いじめはしたくないが、目的のためだから仕方ない。あとはサナたちの準備が整うのを待つだけだな」
今行われているのは外に出ている熊の分断と排除であり、巣への攻撃は同時に行わねばならない。
すでにアンシュラオンはモグマウスを走らせて、サナや他のハンター隊に準備完了の報を送っている。
それから一時間半後、ようやくにしてモグマウスを通じて全部隊からOKサインが出た。
随分と時間がかかったように感じられるが、これだけの数の根絶級魔獣が相手である。
普通ならばラブヘイアが言っていたように、何日もかけて慎重に行われることを思えば、極めて順調に進んでいるといえた。
「久々に闘人操術の練習でもしておくか」
ガンセイに刺激されたわけではないが、他人が闘人操術を使っていると自分もやりたくなるものだ。
アンシュラオンの背後から『三体の大きな闘人』が生まれる。
その存在感はモグマウスの比ではない。完全なる戦闘用の闘人である。
「お前たちに下す命令は一つだけだ。巣穴内部の生物を皆殺しにしろ」
主の命を受けた闘人三体は、それぞれが担当する巣穴に向かっていった。
闘人は高度なアルゴリズムを構築してあるので、命令を出すだけでアンシュラオンの意に沿って自動で動いてくれる便利な代物だ。(もちろん自分で操作することもできる)
まず最初に穴に入ったのは―――炎の闘人アーシュラ
アンシュラオンが闘人操術を使った際、何も指定していない場合に出る【初期型闘人】である。
その姿は、大人体型になったアンシュラオンにやや似ていた。なぜならばこれは「理想の体型」をイメージして作られたものだからだ。
闘人は戦気で生み出すため荒々しい姿をしていることが多く、この闘人アーシュラも炎をまとったような、ファンタジーでよく見かける「炎の人型精霊」を彷彿させる。
アーシュラはまず、巣穴の前にいた見張りの熊に襲いかかり、強引に首を引きちぎって殺害。
隣にいた熊も最初の一撃で喉を潰し、声が出なくなったところで首をねじ切る。
それから入口に立つと、ゆっくりと巣穴の中に入っていく。
熊の身体が大きいことから、巣穴もそれに合わせたようにかなり広めの空間になっており、人間が狭いと感じるような場所ではない。
ただし、熊にとってはちょうどよいサイズでもあるため、出会った熊をすり抜けてやり過ごすことは難しい。せいぜい二頭がギリギリ身体をこすって移動できるくらいの幅と高さだろう。
ようやく異変に気づいた熊たちが入口に殺到。
侵入者に対して牙を剥くが―――
「オラァッ!!」
闘人が渾身の拳でぶち破る。
その威力は一撃で熊の腹が吹き飛んで、大きな穴が生まれるレベルである。
殴られた熊は、ばたんと前のめりに倒れて死亡。
それに驚いている暇はない。アーシュラはどんどん進み、次々と目の前の熊たちを殴り殺していく。
「オラァ!!」
「オラオラッ!」
殴る際に叫んでいるが自我があるわけではなく、これもアルゴリズムの一つにすぎない。
一応声帯も作っているので、使わないともったいないと思ったからだ。それが相手への威圧にもなるのでちょうどいい。
そして、この状況で追い込まれているのは、間違いなく熊である。
奥に進みながら仲間を殺しまくっている侵入者。立ち向かおうとしても殺されるだけだし、逃げようとしても巣穴の入口は一つしかないので逃げられない。
これもレザダッガ・ベアが、森の生態系の上位者であるがゆえの慢心。
弱い種だと別の逃げ道を用意していたりもするが、捕食する側である彼らは、最初から逃げることを想定する必要がなかったのだ。
それが仇となり、徹底的な虐殺が行われる。
「オラオラオラッ!!
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラッ!」
叩く、殴る、圧し潰す!
殴られた箇所が吹き飛んでいく光景は、なかなかに爽快である。
最後の一頭は、特大サービスで―――ラッシュ!
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラッ! オラオラオラオラオラオラオラオラオラッ! オラオラオラオラオラオラオラオラオラッ! オラオラオラオラオラオラオラオラオラッ! オラオラオラオラオラオラオラオラオラッ! オラオラオラオラオラオラオラオラオラッ!」
壁に押しつけられた熊が、何百という拳を受けて一瞬でミンチになる。
皮や肉の欠片が破壊された壁と一緒になってしまって、もはや何であったかを判別することも不可能だ。
その後は万一にも生き残りがいないように、熊の死骸を完全に叩き潰していった。外にはモグマウスの見張りもいるので、どのみち生き残ることはできない。
これで巣穴の一つを破壊完了。
もう一つの巣では、大きな『車輪型の盾』を構えた美麗な女性型の闘人が熊を追い詰めていた。
氷の闘人―――クシャマーベ
見た目はアーシュラとはまったく違い、女性的な流線系のフォルムで、氷の女神をイメージしてデザインしている。
役割も正反対で、こちらは防御型の闘人であるが、クシャマーベが車輪盾を回転させると輝く凍気が舞い散り、触れた魔獣を凍結させる。
熊たちは一瞬でカチコチに固まり、回転を続ける盾によって粉砕。塵と化す。
「フフフ」
クシャマーベが氷の冷笑を浮かべながら、いくつもの車輪盾を生み出して絶対防御陣を展開。
この絶対防御陣は非常に強固で、アンシュラオン自身であっても破壊するのには骨が折れるほどの力が宿っている。
車輪盾を展開したままどんどん巣穴の中に入っていき、近寄る魔獣を押しのけつつ、凍結させて死の塵に変えていく。
盾が車輪型なのは、回転させることで凍気を拡大放射するためなのだが、巣穴でこんなことをされたら逃げ道がない。
最強のバリアに閉じ込められたら動けなくなるように、防御は使い方によっては最強の攻撃にもなるのだ。
クシャマーベが奥に到着した頃には、最後の熊も凍結して死んでいた。
しっかりと盾で粉砕して、第二の巣穴の殲滅が完了。
続いて第三の巣穴には、四本足でカクカク動く物体が入り込んでいた。
土の闘人―――ジュダイマン
フォルムはアーシュラたちとは違って人間型ではなく、岩が合体して生まれた動物や虫のような歪な形をしている。
そんな胴体に四脚と四つの目が生えているので、初めて見た者がいたら、あまりの不気味さに恐怖で立ち竦むかもしれない。
熊たちも、その異様な姿に警戒を強めて近寄れないでいた。
だが、ジュダイマンが地面に脚を突き刺すと、大地が溶解して泥に変化。巣穴に流れ込んでいく。
泥にはまった熊は、バラエティ番組のオイル芸のようにつるつる滑って仲間同士でぶつかり合い、身動きが取れなくなる。
そこにジュダイマンの目から―――放電
迸る雷撃が熊たちを貫き、肉を焼き、内臓を焦がしていく。
これだけでも即死した熊がいるが、これはあくまで牽制。
続いて本命の―――石の砲撃
ヒポタングルも石つぶてを機関砲のように発射していたが、ジュダイマンの砲撃は、身体を構成するアンシュラオンの戦気の爆発によって発射されるので、まさに戦艦の主砲並みの一撃だ。
砲弾の石自体も戦気でコーティングされているため、ほぼアンシュラオンが全力で放つ戦弾と同レベルの威力を誇っていた。
砲撃はその場にいた熊たち五頭を貫いて、木っ端みじんに吹き飛ばす。
ジュダイマンは妨害型の闘人で、強敵の邪魔をして時間を稼ぐことを目的に作られているため、砲撃もあくまで動きを牽制するためのものにすぎない。
だが、この程度の魔獣に手こずるほど軟弱ではない。
最後の一頭までじっくり雷撃で追い詰めて、砲撃で叩き潰して終了。
(ふむ、アーシュラとモグマウス以外も久々に使ってみたが、特に問題はないようだな。どの闘人も想定通りの力を発揮している)
アンシュラオンの闘人は、攻撃型のアーシュラ、防御型のクシャマーベ、妨害型のジュダイマン、移動型のカーテンルパの四闘人を基軸として、偵察兼回復用のモグマウスとさらに数体の目的別の闘人を所持している。
加えて、これらは通常状態にすぎない。
これに『武装闘人』と呼ばれる上位技を使うことで、各闘人が武装するようになって数段上の力を発揮するようになる。
その最終形態が、パミエルキも使った『闘神操術』であり、アーシュラたちも最終形態になると神気を使った『神』に至る。
だが、戦気の消費量も劇的に向上するため、こんな場所で使う必要性はない。技や能力とは、適切に効率的に使ってこそ意味があるからだ。
「オレの分もさっさと終わらせるかな」
アンシュラオンが卍蛍を抜いて、巣穴に入っていく。
まず目が合った熊を、上段斬りで縦に一刀両断。
次に出会った熊を、胴薙ぎで真っ二つ。
猿たちを葬った『殺陣』のごとく、歩きながら淡々と切り伏せていく。
「あっ、闘人に任せた熊は粉々にしちゃったから、それだと素材が取れないのか。うっかりしてたよ。じゃあ、首だけ狩るか。Qが欲しがるかもしれないしな。予備として取っておこう」
それからは首を狙って斬り落とすことにしたので、綺麗な身体の熊の死骸が大量に生まれることになった。
そして、最後の一頭を切り伏せた時、震えて固まっている『小熊』たちを発見した。
ここが巣穴だとすれば、その目的は居住と『繁殖』である。
巣穴には大人の熊以外に『小熊』も相当数存在していた。まだ小さいので戦闘力はたいしたことはなく、抹殺級の魔獣にさえ負けそうだ。
「闘人は子供ごと殺しちゃったか。特に命令は出していなかったから仕方ない。さて、こっちはどうするかな」
しばらく考えたが、そっと刀身を鞘に納める。
「この作戦に参加はしているが、必要以上に自然を破壊するつもりはない。だが、人間に親を殺された子供は恨みを忘れない。ここに置いておくと必ず今後の災いになるだろう。しょうがない。ひとまず連れていくか」
アンシュラオンは小熊たちを命気で包んで保護。
たしかに人喰い熊は人間にとっては脅威だが、彼らには彼らの生活があり、人間の傲慢を戒めるために自然が配置した駒でもある。
人間側が身勝手に猫を捕獲し始めてからネズミが大量発生したように、自然界はバランスによって成り立っている。
駆除は必要だが、種を絶滅させる必要はないのだ。それは人間のためにもなるだろう。
(侵攻初期のように手当たり次第に幼体まで狩っていたら、生態系が崩れて山そのものが荒廃してしまう。もしかしたら北部の異様なまでの荒れた大地も、そうやって生まれてしまったのかもしれないな。まったくもって人間の業は深いもんだ。サナにはしっかりと日本の誇り高い心を受け継いでほしいね)
アンシュラオンは魔獣を躊躇なく殺すし、時にはいたぶるが、それもまた自然の生存競争という枠組みでのみ受け入れているものだ。
日本人は昔から自然と共にあり、自然を神として崇めて暮らしてきた民族である。山や森、動物に対する情愛は人一倍深い。




