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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
『翠清山の激闘』編
261/619

261話 「スザクの苦難 その1『最悪の出だし』」


 時間は少し遡る。


 侵攻初日、アンシュラオンたちが山脈の南で布陣を敷いていた頃。


 スザク軍、約八千の部隊も、鉱山都市グラ・ガマンの南西の交通ルートに布陣を敷いていた。



「そろそろ南の部隊も準備が整う頃ですな」



 青い甲冑を着たシンテツが、太陽の位置を確認しながらスザクに話しかける。


 その隣には黄色い甲冑を着たバンテツもいた。いつもの三人組ではあるが、今は作戦の総司令官とその側近という重要なポジションだ。



「そうだね。鳩を送ってくれ。相手からの返事が来たら、タイミングを合わせて出陣する。それと事前の予定通り、正規兵となって日が浅い新兵は防衛部隊と合流させる」


「了解しました」



 この作戦ではタイミングが命である。


 そこで重要になるのが、ハピ・クジュネが持つ伝書鳩による連絡網だ。


 西大陸では電話や通信機、またはハローワークが使っている電脳ネットワークによる連絡が可能な地域も多いが、東大陸北部では伝書鳩が現状で最速の連絡手段といえるだろう。


 ライザックの作戦も、この伝書鳩を基本として戦略が練られていた。


 だが、それから二時間経過しても相手からの返事はない。



「連絡はまだか?」


「まだ来ません。何羽か送ったのですが…」


「遅い! 最初が肝心だというのに何をやっている!」


「シンさん、まだ初日だ。そんなに焦るものじゃないさ。もう少し待ってみよう」


「はっ」



 しかしながら、それからさらに一時間経過しても連絡が来ることはなかった。


 これにはスザクにも若干の動揺が走る。



(高速鳩を使っているから三十分程度で向こう側に到着するはずだ。多少遠回りをしたとしても一時間はかからない。さすがにおかしい。まさか向こうに何かあったのか?)



「まさか向こうに何かあったのでしょうか?」



 ちょうどその瞬間、シンテツも同じ考えを口に出した。


 一瞬ドキっとしたが、逆に誰かが言ってくれたことで冷静になれた。



「もし魔獣たちが一気に南側に大挙して押し寄せたとしても、防衛網はすでに完成されているはずだ。その場合はハイザク兄さんの軍も援護に向かうから対処は可能だろう。あれだけの戦力だ。簡単に負けることはありえないよ」


「…そうですな。むしろ向こう側には、全戦力の七割以上がおります。まず全滅はないでしょう」


「そうなると、やはり伝書鳩が返ってこないことが気になるね」


「どういたしますか? もうしばし様子を見ますか?」


「…いや、焦ることはないと言ったけど初日は重要だ。今後のためにも、まずは最初の一歩を刻んでおきたい。向こうは向こうで動くと信じて、僕たちは自分たちの判断で動こう。きっと兄さんもベルロアナ様もそうするはずさ」


「了解しました。さっそく移動を開始します。全軍、前進だ!」



 シンテツの号令によって、第三海軍約六千の海兵たちが移動開始。


 こちらは山脈の北側のちょうど真ん中あたりを目指す。


 地図を見るとわかるが、そこは南とは違って大きな森林は存在しない。ただし何もないわけではなく、低木程度の植物が並ぶ荒野が広がっていた。



「このあたりはどうして森がないのだろう?」


「たしかに不思議ではありますが、こうした乾燥した環境を好む魔獣もいるようですな」


「魔獣の種類は我々が思っているより多いからね。ここにも何かの魔獣が住んでいるのかな」


「調査によりますと、我々が歩みを止めるほどの危険な魔獣は確認されておりません。小型の魔獣が暮らす程度のようです」


「それなら少しは安心だ。ただ、警戒は緩めないようにしてくれ。最初でつまずきたくはないからね」


「そうですな。せめて最初だけは順調でありたいものです」



 スザク軍は警戒しながら進むが、その日に魔獣と接触することはなかった。


 せいぜい小動物くらいで、あえて戦う必要もないほど弱い魔獣であった。




 侵攻二日目。


 スザク軍は山脈の麓にまで到着。



「拠点を作る! 二日で仕上げろよ!」



 シンテツの指示で南の部隊同様、スザク軍もここで第一拠点の建造を開始した。


 持ってきた砲台の大半はここで置いていくことになるが、防塞拠点が存在する意味は、すでに南の戦いで証明されている。


 いざという場合でも、ここからやり直すことができるのだ。



(ここまでは何事もなかったか。まずは一安心だ。だが、次からはこの山に登らねばならない。ここからが本当のスタートだ)



 地図だけ見れば、北のほうが目的地の『銀鈴峰ぎんれいほう』に近い。


 しかし、目の前にはほぼ崖に近い、傾斜五十度以上の荒れ果てた岩石地帯がそびえ立っていた。


 当たり前だが人が踏み入ることを考慮していないため、これでもかというほど手付かずの大自然が広がっている。この岩石地帯も、地球ならばロープを使って命がけで登らねばならないほど危険な場所だ。


 海軍の半数は武人としての素養を持つものの、その覚醒度はまちまちで、武装の優劣を除けば傭兵と大差ない兵士も多い。登るのにも相当な時間を要するだろう。



「南からの定期連絡は?」


「いまだにありません」


「グラ・ガマン経由で何かわからないか?」


「その手もすでに使っております。都市からも伝書鳩を送っているようですが、他からの返答は一切ないようです・ハピ・クジュネとも連絡が上手く取れておりません」


「…僕の記憶では、今まで伝書鳩が正常に機能しなかったことはない。彼らはよく訓練された軍用の鳩だ。与えられた命令は絶対に実行するはずだ」


「その通りです。南はともかく、都市側にいる海兵が命令を無視するわけもありませんから、途中で何かしらのトラブルが起こったと考えるのが妥当でしょうな」


「原因も気になるけど、連絡が取れないのは危険だな…」


「拠点を建造したのち、一度後退する手もあります。南の状況を把握してから再度突入しても遅くはありません」


「シンさんは、積極的な進軍には反対みたいだね。会議場での一件が気になっているのかい?」


「恐れながら申し上げれば、ベルロアナ様の隊がまともに機能するかは未知数です。彼女たちは我々が傭兵を使い捨てにするかのように吹聴しておりましたが、実際のところ傭兵を利用しているのは、確たる軍を持たぬグラス・ギースのほうです。戦力維持のために意図的に侵攻速度を緩める可能性があります」


「今度は逆に僕たちを捨て駒に使う、か。たしかに北からの進軍のほうが銀鈴峰には近い。先に僕たちが到着する可能性もあるね」


「そして、我々と魔獣が消耗した頃に悠々と現れ、戦果をかっさらうこともできます」


「もしかして伝書鳩のことも、彼女たちの謀略だと思っているのか?」


「可能性は否定できません。なにせグラス・ギース側には『やり手の策士』がおります。あの男ならば遅効性の薬を盛ることもできるでしょう」


「兄さんの協力者のことだね。僕は直接会ったことはないけれど、そこまでするとは思いたくはないな」


「ライザック様とやつの関係性は、ただの仲間や友達といった安っぽいものではないのです。互いに牙を持った獣同士。北部全体としての危機意識と共通認識は持っておりますが、同時に覇権争いも激化しているのです。それは会議場での一件でも明らかです」


「…それも政治か。嫌になるけど、これからはそういうことも考えないといけないんだね。ただ、当初から傭兵たちの戦力は予備兵力として計算していたはずだ。あえて南に大軍勢を配備したのは、魔獣たちの目を南に向けるためだ。彼らはいるだけで効果がある」



 なぜ北側の戦力が少ないのか。


 北が厳しい地形であることも要因だが、南を『陽動』に使うことも作戦の一部だからだ。


 傭兵やハンターは、グランハムたちが扱いに苦慮しているように、その強さも流儀も、戦う理由さえもそれぞれ異なる。そんな不確定なものを作戦の中心に据えることはできない。


 あくまで主力はハイザクとスザクの軍なのである。


 目論見通り、現在アンシュラオンたちは凄まじいまでの物量戦に付き合わされている。魔獣が『餌』に食いついた証拠なのだ。


 その意味ではファテロナの捨て駒発言も間違いではない。どっちもどっちというわけである。



「僕たちだけで銀鈴峰を制圧するくらいの気構えでいこう。それくらいでないと主導権は握れない」


「…おっしゃる通りです。少し弱気になっていたのかもしれませぬ。どうかお許しください」


「いや、シンさんの知識と判断力は、経験の浅い僕には大きな力になる。これからも気づいたことがあれば遠慮なく教えてほしい」


「はっ!」



(シンさんの気持ちもわかる。なんだか妙な感じだ。ずっと誰かに見られているような…監視されている気がする。…それも当然か。ここはもう相手のテリトリーなんだ。見られていて当然じゃないか。これから僕たちが赴くのは魔獣の本拠地なんだぞ。勇気を持って臨むんだ!)




 侵攻四日目。


 第一拠点が完成し、スザク軍は移動を再開。


 ついに厳しい岩石地帯に足を踏み入れる。


 まず最初に優れた身体能力を持つ隊が先に登り、ロープや梯子をかけて後続の隊を牽引する。


 ここまで急斜面だと持ち込めるものは、比較的重量が軽い機関銃や、ポケット倉庫に入る程度の術具や重火器類に頼るしかない。


 この岩石地帯だけでも三十キロ以上続いており、現在の速度だと一日で三キロ移動するのが精一杯だった。


 先行する部隊はもう少し早く移動できるものの、後続の隊がなかなかついてこられないのが遅れている要因である。かといって置いていくわけにはいかない。



(焦るな。早く到達しても戦う準備が整っていなければ意味がない。僕たちがこれから戦う相手は山神なんだ。しかも銀鈴峰を守護する強力な熊神だ。そんな相手に少数で戦うことはできない。しっかりと全部隊を維持して進まないと)



 スザク軍は忍耐の二文字を心に刻み、我慢強く山を登っていく。




 それから三日後、侵攻七日目。


 このあたりになると少しずつ魔獣が出没を始め、各部隊が突発的な戦闘に入ることが多くなった。


 しかしながら海兵たちは落ち着いて対処。襲ってきた群れを確実に排除していく。



(精鋭たちが経験の浅い兵をカバーしている。悪くない流れだ。このまま銀鈴峰に到着するまで実戦訓練を積めば、十分戦う準備が整う! 僕たちだけでも勝てるはずだ!)



 スザクもまた、グランハムと同じように兵の鍛錬も工程に組み込んでいた。


 第三海軍に限ったことではないが、普段海兵はそれぞれの所属部隊での活動が多く、こうして全部隊が一堂に会して大規模行軍を行うことは滅多にない。


 特に第三海軍は今まで予備戦力扱いでもあったので、その傾向が強かった。そうした連携不足を解消するための期間として、焦らず着実に進むことは大きなメリットになる。


 そして、ちょうど岩石地帯の中間に差し掛かり、第二拠点を作ろうと動き出した時だった。


 ここでスザクの第一の苦難が起きた。



「敵影確認! 接近してきます!」


「魔獣が来たか! 次はどんなやつらだ?」


「ウォーミングアップにはちょうどいい。どんどん来い!」



 海兵たちも実戦訓練が積めると、意気揚々と待ち構えていた。


 だが、一向に敵の姿が確認できない。



「おい、どこに魔獣がいるんだ?」


「見間違いか?」



 それもそのはず。


 なぜならば、相手が来た方角は―――



「違います! 【空】です!」


「空…? 上?」



 その声に海兵たちが首を上に傾ける。


 視線の先、遥か上空にいくつもの黒い点が動いていた。


 それらが一気に急降下してくると、徐々に姿が確認できるようになる。


 見た目は大きな頭部を持った馬に似ているが、身体も太く筋肉質で、頑強な足と爪を持ち、口からはみ出すほどの大きな牙も見える。


 一番の特徴は、背中に大きな翼が生えていることだろうか。


 その大きな体躯を力ずくで上空に押し上げているのは、弾力のある厚い翼であった。



「なっ…なんだあれは…」


「馬…? いや、カバか! まさか『ヒポタングル〈飛咬河馬〉』!?」


「嘘だろう!? あいつらのテリトリーは、山脈の北端にある『灸瞑峰きゅうめいほう』だぞ! どうしてここにいる!?」


「く、熊が相手じゃないのか!?」



 スザク軍の目的は、銀鈴峰にいる『ローム・グレイズリー〈銀盾錦熊〉』たちだ。そのために対熊戦の準備もしてきている。


 そこに突然、灸瞑峰の魔獣の群れが出現すれば、驚くのも無理はないだろう。


 だがしかし、驚くのはまだ早い。


 その群れの中心に、他のヒポタングルとは明らかに異なる存在がいる。


 大きさは三倍以上かつ銀色の翼を携え、頭部も他の個体よりスマートになっているが、その分だけ鋭さを増した牙と『巨大な爪』を持っていた。


 およそ百に近い群れであるにもかかわらず、その一体だけが一目で異質な存在であることがわかる。



「そんな馬鹿な…」



 スザクもまた、その姿を見て愕然としていた。


 なぜならば、その強大な威圧感を放つ存在こそ、灸瞑峰一帯を支配下に治める魔獣のボス。




―――『マスカリオン・タングル〈覇鷹爪河馬〉』




 だったからだ。




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