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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
『翠清山の激闘』編
259/618

259話 「魔石獣の長所と短所」


「うん……んっ…」



 サリータがコテージのベッドの上で目覚める。


 まだ頭がはっきりしないのか、ぼけっとした表情を浮かべていた。



(ここは? 自分はいったい…)



 少しずつ意識が覚醒していき、はっと跳び起きる。



「勝負は!? 戦いはどうなったのだ!?」


「あたしらの完敗さ」


「ベ・ヴェル…か? その顔はどうした? 随分とやつれたな」



 コテージの隅でベ・ヴェルが体育座りをしていた。


 顔色は悪く青ざめており、いつもの躍動感や力強さが微塵も感じられない。こんな姿を見るのは初めてだった。



「あんなことをされたら誰だってこうなるよ。それと比べて、そっちは気持ちよさそうに寝ていたねぇ」


「眠っていた…のか。どれくらい寝ていた?」


「あれから三時間程度だよ。まだ夜さ」


「長く寝ていた気がしたが、それくらいだったのだな。…いや、そうではない! 負けたのか!?」


「だからそう言っただろう。さすがに相手が悪かったね。戦うべきじゃなかった」


「お前からそんな言葉を聞くとはな。いったい何があった?」


「…思い出すだけで嫌になる。訊かないでおくれよ」



(ベ・ヴェルがこれほどまでに憔悴するとは。たしかに小百合さんは圧倒的に強かったが…あっちでは何があったのだろう?)



「目が覚めたようですね」


「ひっ…」



 そこにホロロが入ってきた。


 手には軽食と飲み物が入ったトレーを持っている。



「二人とも食事はまだでしたね。こちらをどうぞ。お風呂は常時沸いていますので自由に使ってかまいません」


「あの…自分たちは…」


「この程度で済んだことを幸運に思うことです。これが実戦だったならば、二人とも最初の一撃で死んでおりましたよ」


「………」


「今後どうするかは、朝になってから決めるとよいでしょう。ベ・ヴェル、私が怖いからと逃げたりしないように」


「な、なんであたしが逃げるのさ! こ、怖いなんてことは…」


「またアレを味わいたいですか?」


「ひぅっ…! ぐにゅにゅうう!」



 ホロロを見ただけでベ・ヴェルに緊張が走り、変な声を出してしまう。


 いくら心であらがおうとしても身体が完全に拒否していた。それほどの痛みだったのだろう。



「くれぐれもご主人様に対して無礼な真似はしないように。よいですね?」


「わ、わかったよ…」


「サリータ、あなたもですよ」


「自分は…大丈夫です」


「よろしい。では、よい夢を」



 ホロロは二人の答えを聞いて頷くと、トレーを置いて静かに出ていった。


 静かな立ち振る舞い中に強い圧力を感じさせる。



「不思議だ。今ならば彼女から出ている強い気配がわかる。どうして最初に気づかなかったのだろうか?」


「ああいう連中は力を隠しているのさ。今回のことでよくわかったよ。子供や女の表面おもてづらは偽りのものだ。中身は化け物さね。あんなことは普通の人間にはできないよ」


「その化け物の仲間になれば、限界を超えられるのだろうか?」


「どうかねぇ。超えられるかもしれないけど、もう戻ってはこられなくなるはずさ。その覚悟があるかどうかさね」


「…そうか」


「サリータ、あんたも憑き物が落ちたような顔をしているねぇ。どんな目に遭わされたんだい?」


「途中からは覚えていないが、言葉では語り尽くせない体験だった。ただただ小百合さんの深みに圧倒されてしまった気がする。一つしか歳が変わらないのに、それまでの経験によってここまで差が出てしまうものなのだな」


「べつにあの女たちがすごいわけじゃない。ホワイトハンターのアンシュラオンがやばいのさ」


「これからどうする?」


「どうしようかねぇ。なんだかすべてが馬鹿らしくなっちまったよ」


「同感だ。このまま続けていても、いつかは何も成せないまま死んでいたはずだ。それを痛感した出来事だった。ベ・ヴェル、私はおそらく…もう……」


「それ以上は言わなくてもいいさ。ひとまず今は飯でも食うとしようか。全部吐き出しちまったからねぇ。胃がからっぽさね」


「そういえば食事はまだだったな。冷めないうちにいただくとしよう」



 そして、食事を口にして思わず動きが止まる。



「これは…美味い! なんて美味しさだ!」


「配給の飯も保存食ばかりだったしね。こんなまともなものは久々だ」


「我々は料理などまったくできないからな。彼女たちは、いつもこんなに良いものを食べているのか」


「飯と宿と風呂がある。それだけでも居着く理由にはなるかねぇ。ただ、どうにもあのメイドだけは好きになれそうもないけどさ」


「たしかに威圧感はあるが…奥底には柔らかいものを感じる。強くも優しい人なのだろう」


「それが気に入らないのさ。飯も食ったし、あたしはもう寝るよ」



 そう言うと、ベ・ヴェルはベッドに潜り込んだ。


 このベッドも高級品なので、ずっと野宿だった彼女たちにとっては至福の寝心地である。


 あっという間に寝息が漏れる。



(ベ・ヴェルがこんなに無警戒で寝るのは初めて見た。それだけこてんぱんにされて、彼女たちの力を認めた証拠だということか。その気持ちはわかる。あれには勝てない)



 サリータにも小百合との戦いで、強い敗北感が植え付けられていた。


 だが、不思議と恨みや反発心を抱くものではない。全力を出したからこそ納得できる負けだった。



(アンシュラオン隊…か。ここにいれば自分も限界を超えられるのだろうか? しかし、他者に頼って強くなるのは独りで強くなるよりも安易なはずだ。それがどうして茨の道に見えるのだ? それとも独りで戦うよりも大変な道なのだろうか? …駄目だ。まだ頭がはっきりしない。自分もまた寝るか)





  ∞†∞†∞





「ホロロさん、やりましたね! いぇーい!」



 小百合が戻ってきたホロロとハイタッチ。


 見事してやったり、といった表情である。



「彼女たちの様子はどうでした?」


「随分としおらしくなっておりました。だいぶ効いたようです」


「加減はしましたけど、かなり激しくやりましたしね。ホロロさんは制御は大丈夫でしたか?」


「ショック死させないようにするのが大変でした。たまたま彼女が強い精神力を持っていたおかげで、なんとか殺さずに済みましたが…扱いには注意が必要ですね」


「私も細かい夢の調整が難しかったです。魔石獣って半分は勝手に動きますし、シンクロはしているんですけど、やっぱり気を遣いますね」


「二人とも見事だったよ。あれだけ使えれば十分さ。課題はこれから少しずつクリアしていこう」



 アンシュラオンが二人を労う。



「それより体調は大丈夫? かなり負担がかかるよね」


「少し身体が重いですね。肉体的というよりは精神的に疲れます。今のままだと発動時間は十数分くらいかもしれません」


「私もそれくらいだと思います。今回は籠が一つでしたが、複数出した場合にどれだけもつかでしょうか」



(魔石の発動率が上がれば上がるほど、肉体的な強化と魔石獣の行使が可能になるが、その間も魔石はエネルギーを消費している。そして、宿主である小百合さんたちも媒介者になっている以上、消耗は避けられない。あまり頻繁には使えないな)



 アンシュラオン隊が秘密裏に特訓をしていたのは、こうした特殊な能力を扱うからである。


 武人の異能と同じく、貴重な能力は他人に知られると危険だ。対策を立てられたり、そこから情報がさらに外部へと漏洩する可能性がある。


 アンシュラオンもいまだに『情報公開』に関しては秘匿している。それが極めて優秀なスキルだという自覚があるからだ。


 魔石獣に関してもアルから注意を受けているため、ここぞという時にしか使いたくないのが本音だ。


 かといって使わないと成長できないので、こうして使いどころを見極めながら鍛錬を継続する必要があった。



(二人とも強力な能力だけど弱点がないわけじゃない。オレみたいに精神攻撃に強い耐性があれば効かないし、スキルは術式の一種でもあるから術で感知や妨害される可能性もある。それと精神系攻撃は虫型魔獣に効くのか怪しいんだよな。ホロロさんはいけるっぽいけど、小百合さんは苦手かも)



 夢は、高度な精神を持つ生物しか見ない。


 単純な脳の記憶処理程度のものならば可能だが、意識的に精神体に作用させるためには、当人から切り離して隔離する必要がある。


 そうなると最低でも哺乳類以上の高等生物、犬や猫以上でないと難しい。


 逆に意識レベルの高い上位魔獣には有効なので、ジャイアントキリングの可能性のある強敵向けのスキルといえるだろう。


 一方、ホロロの攻撃は神経に直接作用するので、ショックダメージという意味で痛覚がない相手にも効果が期待できる。


 ただ、こちらも一撃で仕留めるタイプの技ではないため、多少の準備時間が必要になるのもデメリットだ。



(あとは単純に物理的な火力で押されるのも困る。それこそ機関砲とかで撃たれると、無機物に精神はないから止めることができない。そうなると結局、武具の力に頼るしかないんだよなぁ。その代わり耐性のない相手への先制攻撃としては、ほぼ無敵なんだけどね。まあ、使いどころかな)



 強さにもさまざまな種類があり、隊で動くのならば多様な力を持っているほうが総合力が上がるのは間違いない。


 そして魔石も宿主も、まだ発展途上であることを忘れてはいけない。


 傭兵二人に使った能力は、彼女たちが持っているスキルのすべてではないし、適合率もまだまだ半分程度にとどまっている。


 100は難しくとも、これが70を超えてくれば相当なパワーを発揮するだろう。



(サナの魔石獣も上手く制御できれば、すごいことになるんだけどね。でも、強すぎるんだよな。アル先生でも止められないような怪物が出てきたら、味方ごと吹き飛ばしちゃうよ)



 序列三位と四位であれだけ強いとなれば、序列一位のサナともなればその力は圧倒的なはずだが、逆に強すぎて使えないのがつらいところである。


 ともあれ実験はほぼ成功といってもよいだろう。魔石獣はこれからも大きな力になってくれるはずだ。



「ねぇねぇ、さっきから何の話をしているのー? てゆーか、勝負には勝ったんだよね?」



 アイラが一番納得していない顔で訊ねる。


 魔石獣は出現したものの、相手にだけ見せるように制御していたので、術士因子のない者には見えなかったようだ。



「もちろん勝ったぞ。小百合さんとホロロさんの完勝だ。ちょっと途中でルールが変わっちゃったけど、当人たちがよければ問題ないからな」


「そうなんだ。よかったー。でもさ、何のために戦ったの?」


「彼女たちに無力さを教えるためだ。一度プライドを完全に破壊しておかないと今の状況を理解できないだろう。貴重な女傭兵が死ぬのはオレとしても嫌だしな。ちょっとしたお節介さ」


「ずっと傭兵としてがんばってきたんだよね? 砕いちゃって大丈夫なのー?」


「うーん、荒療治が成功したと思うしかないが…まあ、朝になればわかる話だ。それよりお前、調子はどうだ?」


「調子はいいよー。えへへ、心配してくれるのー?」


「いや、小百合さんにお前を実験台にしていいと言ってあるから、効果が出ているのか興味があっただけだ」


「実験台!? なにそれ!? すごい気になるんだけどー!?」


「アイラさん、大丈夫ですよー。優しくしていますから」


「何を!? 私に何をしているのー!?」


「それは秘密です!」


「こわっ! 小百合さん、こわっ!」



 ちなみにアイラには、たまに小百合が夢で暗示をかけたりしている。


 その目的は、『夢による強化』あるいは『夢による弱点克服』だ。


 アイラにはパニック癖があって戦闘中はあまり役に立たない。今はそれを利用する形で対応しているが、本来は予測できないイレギュラーがあるのは危険なのだ。


 小百合の能力は、戦闘以外でも無限大の可能性を秘めたものだ。今回の戦いでは相手を屈服させるために使ったが、夢経由での精神治療にも使えるのならば、敵の精神攻撃から皆を守る力にもなってくれるだろう。



(ふむ、アイラに表面的な変化はあまりないな。かといって強い暗示だと危ないし、ちょっとずつやるしかないか。そもそもこいつが馬鹿なのが問題なんだよなぁ。本当はサナに対してもやってみたいところだが、可愛い子を実験台にはできない。危ないことはしないほうがいいだろう。うん、アイラだけで十分だ)



「がんばれよ。お前には期待しているぞ!」


「本当に何してるのー!!? 怖くて眠れないよー!」



 アイラの悲鳴が響く中、夜は更けていくのであった。




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