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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
『翠清山の激闘』編
254/618

254話 「戦気の有無」


「サリータさん、このタオルを使ってください。同性でも恥ずかしいものは恥ずかしいですもんね」



 小百合がサリータにタオルを渡す。


 レマール式湯船の入り方はタオル厳禁らしいが、恥ずかしくて出てこられないのも困るため、特例として隠すことを許可したのである。(なぜか小百合が風呂の管理人になっているが)


 これでようやく彼女も落ち着く。



「いろいろと申し訳ありません。なにぶん、このような体験は初めてで…」


「いいんですよ。ベ・ヴェルさんの言う通り、私たちみたいなところが珍しいんですから。でも、これからはずっとここにいていいんですよ!」


「そういうわけにはまいりません。これ以上甘えると堕落してしまいます」


「サリータさんの堕落は、どういう意味でのことですか?」


「傭兵の世界でやっていくためには強くないといけません。特に女であるだけで侮られますから、自分に厳しくあらねば…」


「なるほど。ストイックなんですね。でも、こういう言い方は失礼ですけど、自分独りで強くなるには限界があるんじゃないですかね?」


「それは…なぜですか?」


「私はレマール生まれですが、あの国が強いのは『和の心』があるからです。あれだけ強い剣豪たちを擁しながらも、誰もが協力し合う団結力によって、さらに強くなるのです」


「数が力になる…ということですか? それは魔獣との戦いで実感しましたが…」


「数だけではありません。それに加えて文化や伝統も親から子供へ代々受け継がれ、大切にされて途絶えることはありません。その意味においてレマール人は、他の国家とはスタートラインが違うのです」


「えと…どういうことでしょう??」


「そいつに難しいことを言っても無駄だよ。あまり頭が良くないからね」


「ベ・ヴェル、余計なことを言うな。頭は悪くない!」


「良くはないだろう? というか、身体で教えないと理解しないタイプなのさ。そのせいで今までも大変な目に遭ってきたからねぇ」


「否定はしないが、お前だってそうだろう」


「そりゃね。頭が良かったら違う職に就いているさね」


「要するに使えるものは使っちゃったほうが便利ってことね。私はユキネよ。よろしくねーん」


「ど、どうも。サリータ・ケサセリアです。よろしくお願いいたします」



 軽い調子のユキネに戸惑うサリータ。


 とはいえ小百合への態度から見ても、男に対しては警戒心丸出しなので当たりがきついが、同性には礼儀正しく接するようだ。



「私だってつい最近入ったばかりだけど、すぐに気持ちも乗り換えちゃったわよ」


「あなたはまだ正式に入っていないでしょ?」



 マキがつっこむが、ユキネは笑う。



「いいのいいの。ここまで来たら入ったも同然よ。アンシュラオンさんがいれば勝ち組確定だものね。サリータさんもそうやって強い側についたほうが楽よ?」


「それはそうですが、はしたないというか…軽薄ではありませんか?」


「あなただって世の中の厳しさを知っているはずよ。女一人じゃ何もできないわ。まあ、これは女に限ったことじゃないわね。何事も同じでしょ?」


「しかし、自分で努力して成功してこその人生ではありませんか?」


「そういう努力は大前提であって、そのまた上に行くために必要なものがあるのよ。世の中、出来レースばかりだもの。真面目にやるのが嫌になるわ」


「ううむ、言いたいことは理解できますが…そういうのはあまり好きではありません」


「気難しい性格をしているのね。それじゃ苦労するでしょ?」


「その苦労が力になるのです! 若いうちの苦労は買ってでもすべきです!」


「うーん、筋金入りね。頭がカッチコチだわ。それだけ苦労してきたんでしょうけど、あなたはもう二十六でしょ? 完全に行き遅れているわよ」


「っ!? しょ、承知の上です!!」


「あらあら、意地を張っちゃって。それで上手くいくならいいんだけどね」



(ふーむ、たしかに意固地な面はありそうだな。男への不信感と理解力の乏しさも要因だけど、ストイックな『努力家』の面が邪魔をしているんだ。まるで個人競技のアスリートみたいだよ)



 アンシュラオンもサリータという人間を観察していたが、言動から察するに自分に厳しい努力家タイプだ。


 これはユキネのような要領良く生きるタイプとは真逆で、どちらかといえばマキ寄りではあるが、彼女をもっと突き詰めたタイプだろうか。


 自分独りでやらねばならない、という強迫観念がなぜかあるようだ。



(気になっていることもあるし、ちょっと確かめてみるか)



「サリータさんとベ・ヴェルさんは『戦気』は使えるの?」


「せんき…ですか?」


「今までの戦いを見ていたけど戦気を出していなかったよね? あれは何か理由があるのかな?」


「戦気とは何でしょう?」


「え? 知らないの?」


「無知ですみません…」


「こういうやつなんだけど、見たことない?」



 アンシュラオンが軽く意識を集中させると、身体の周囲に戦気が燃え上がる。


 命気風呂の中なのでそこまで目立たないが、はっきりと視認できるほどに強い力に溢れていた。



「す、すごいですね。生命力に溢れているような…強い圧力を感じます!」


「そういや、たまにそんなのを使うやつがいたねぇ。それが戦気なのかい?」


「ベ・ヴェルさんも知らないみたいだね。二人とも傭兵の仕事をいろいろと経験しているんだよね? 傭兵暦はどれくらい?」


「自分は十年くらいです」


「あたしはちゃんとした傭兵になったのは、六年くらい前かね?」


「命をかける職種だと思うとけっこう長いね。仕事をしていたら戦気を使う相手と遭遇するでしょ? そういうときはどうしているの?」


「そりゃ普通に戦って倒すさね」


「てごわくなかった?」


「苦戦はしますが、なんとかなってはいました」



 どうやら二人とも戦気を使う相手と接してきたようだが、強引に切り抜けてきたようだ。



「となると、理由はあれかな? サリータさん、ちょっと立ってもらえる? アイラもね」


「私もー? なんでー?」


「アイラは戦気を出せるよな。ちょっと出してみろ」


「ふふーん、お手本を見せろってこと? もう、しょうがないなー。いいよー! ちゃんと見ててね! ふにゅーー! ふおおお!」



 アイラが戦気を放出。


 彼女は旅一座でユキネや他の武人たちと一緒だったので戦気が出せるのだ。


 がしかし、アイラのものはぼんやりした色合いで、スライムみたいにぐねぐねして落ち着かない。



「なんだそのなさけない戦気は。ちゃんと修行していたのか?」


「アイラはサボってばかりいたものね。なんだか私が恥ずかしいわ」


「これでもがんばって出してるんだよー!? ユキ姉と比べたら弱いけど、出せるだけすごいでしょ! それって私のほうが、出せない人より上ってことだよねー」


「サリータさん、アイラを組み伏せてみて」


「ここで…ですか?」


「うん、遠慮はいらないよ。アイラもお手本を見せるんだから、いいよな?」


「ふふーん、いいよー! やっちゃうよー!」


「よくわからないが…やるなら負けはしない」


「戦気があるんだから、私のほうが強いに決まってるよー」



 サリータも不思議な顔をしながら、余裕ぶったアイラと組み合う。


 が、次の瞬間―――ドボーン



「ぎゃーー! ごぼぼぼっ!」


「す、すまない。つい力が入ってしまった!」


「な、なんでー!? どうして負けたの!?」


「ただの負けじゃないぞ。秒殺だ。少しは粘れよ」


「えええええ!? 戦気があるほうが強いんじゃないのー!?」



(戦気は武人にとって必須の強化手段だ。大前提であり最強の攻防手段でもある。使えると使えないとでは天地の差なんだが、誤解してはいけない点もある。それは―――)



「『戦気込み』で、お前がサリータさんより弱いってことだ!!」


「うそーーーー!?」



 ぶっちゃけ一般人レベルでも戦気が出せれば、賦気で強化されたサナのように子供でも大人に勝つことができるだろう。それだけの差がある。


 が、アイラはただの踊り子であり、戦闘を生業としているサリータとは根本が異なる。素の力で負けているのだ。



「でもさ、ユキ姉は普通に強いじゃん!」


「ユキネさんはちゃんと修行していたはずだ。一緒にするな」


「むうううーー、ショックー!」


「だが、オレが今回編成された混成軍を見ていても、満足に戦気を扱えるやつは多くはなかった。出せはするが、あくまで出せるだけであって、ちゃんと強化に繋がっているのはグランハムの隊みたいな有名どころや、ゲイルのような堅実な傭兵団だけだ」



 もう一つの事実は、『戦気術が未熟すぎて逆に出さないほうがまし』な連中が多いことだろう。


 戦気は出すだけでも強いが生体磁気の消耗が激しい。即座に息切れする一瞬のブーストよりも、普通に戦ったほうが効率が良くなることが多いのだ。



「サリータさんとベ・ヴェルさんが『命拾い』してきたのは、こういう事情があったからだね」


「命拾い…ですか」


「まだ実感が湧かないかな? じゃあ、ユキネさん、アイラの代わりにやってみてくれる?」


「わかったわ」


「彼女はアイラと同じ踊り子だ。剣士で体力的にはマキさんの半分もない。剣も無しで相手をするんだから、これくらいが世間一般の傭兵の強さだと思うよ。勝てないとまずいよね」


「むっ、そう言われると、ますます負けられません!」


「お手柔らかにねー」



 意気込むサリータと、やる気があまりないユキネが組み合う。


 煽られたサリータが最初から全力で挑むが―――



(動か…ない! まるで岩のようだ!)



「えい」


「うわー! ごぼぼぼっ」


「あら、勝っちゃった。偶然って怖いわねー」


「も、もう一度! もう一度お願いしますー!」


「はいはい、どうぞ。あー、強い。負けちゃいそうー。いやーん、たすけてぇー」


「ぐうううううっ!! もう少し…ぬぎぎぎっ!」


「よいせっと」


「わーー! ごぼぼぼぼぼっ」



 二度目もサリータが水に沈む結果になった。


 ユキネも負けそうなふりをしていたが、当然ながら演技であり、完全に遊んでいる様子がうかがえる。


 これにサリータがショックを受ける。



「そんな…こんなに簡単に? 戦気とはこれほどのものなのか…」


「次はサナだ。やってごらん」


「…こくり」


「この子はまだ戦気を使えないから、少しはいい勝負になると思うよ。もちろん君にとっての話だ」


「お待ちください! さすがにそれは自分に対する侮辱です!」


「そう思うなら試してみるといい。サナ、遠慮しないでいいぞ」


「くっ…! どうなっても知りませんよ!」



 と、お約束の展開からの結末は、ころりん―――ドボーンッ!



「………」



 サリータは、本当の本当にショックを受けて動けなくなっていた。


 タオルで隠すことも忘れて、ぷかぷかと水に浮いて放心状態に陥る。



「サナ、やったな!」


「…ぐっ!」


「ベ・ヴェルさんもやってみる?」


「やってもいいけど結果は同じだろうねぇ。あたしとサリータに体格差はあまりないし、力だってそこまで違いがあるわけじゃない。それにしても、まさかこんな子供がねぇ…」


「な、なぜ…どうしてなのですか…! どうして!!」


「単純な理由だよ。サナが君より強いからさ。子供だと侮っていたんだろうけど、これが戦場だったら死んでいたよね。なぜ強いかも明白だ。この子はオレが戦い方を教えている。まあ、妹だから当たり前だけど、言ってしまえば『弟子』みたいなものだよ」


「弟子…」


「独りじゃ何事も限界があるってことさ。これも推測なんだけど、グランハムのザ・ハン警備商隊が全員戦気を使えるのは、新人隊員をしっかり教育しているからだと思うんだ。知っている人間が知らない人間に教えて、その利益を互いに共有する。それが組織や団体、共同体に所属するメリットってもんさ。で、オレの隊はオレの知識や力を共有している。だから強いんだ」



 立ち止まってからの力勝負では、サリータとサナにそこまで差はないだろう。


 だが、力の入れ加減や相手の体勢を崩すテクニック等々、英才教育を受けている彼女は、サリータよりも圧倒的に上にいた。



(自分はずっと独りでやってきた。負けないようにがんばってきた。だが、それだけでは勝てないというのか…。しかし、それではあんまりではないか。今までの努力はなんだったのだ)



「どうやらまだ心から納得はしていないようだね。外に出ようか。そこで本当の違いを教えてあげるよ」


「ちょっと待ちなよ。さすがにホワイトハンター様相手じゃ、勝ち目がないだろう?」



 ベ・ヴェルの言い分ももっともなので、ここで一計を案じる。



「それもそうだね。じゃあ、小百合さんとホロロさん、お風呂の途中で申し訳ないけど、この二人の相手をしてもらえるかな」


「かしこまりました」


「お任せくださいー! お風呂はまた入ればいいですもんね!」


「なっ…! お、お二人とですか!?」


「この二人は戦闘にも参加しているけど、普段は事務職を担当してもらっている。言ってしまえば、うちの隊でもっとも力が劣るメンバーだ。ああ、アイラを除いてね」


「私も隊員に数えてよー!」


「お前はまだ見習いだ。入りたかったら、もっと精進しろ。で、どうする? やる? やらない?」


「さすがにそういう言い方をされると、こっちもやるしかないねぇ。でも、そっちは優れた武器を持っているんだ。それでうちらと対等ってことかい?」


「君たちは武器にこだわっているようだね。それならば、お互いに武器も防具も無しでいこう。手ぶらじゃ不安なら適当に木刀でも用意するけど、こっちは無手でいいよね?」


「問題ございません」


「そうですね」


「…へぇ、面白いじゃないか。サリータ、やるだろう?」


「もちろんだ。自分にも傭兵としてやってきた誇りがある!」



 こうして「小百合&ホロロ VS サリータ&ベ・ヴェル」の二対二の模擬戦が始まろうとしていた。




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