253話 「一緒にお風呂に入れば仲良くなる説」
「サリータさんが入りますよー!」
小百合が、ひん剥いたサリータを放り投げる。
命気風呂なので身体を洗って入らずとも、勝手に汚れを分解してくれるので便利だ。
「ふわーー!? あ、あつい!? 水が熱い!」
「お湯なんですから当然ですけど…もしかして、あまり馴染みがないですか?」
「そ、そうですね。基本は水浴びが多い気が…」
「たしかにグラス・ギースでもお風呂は高級ホテルか、西側から来た人以外はあまり入っていなかったですね。サリータさんはどこの生まれなんですか?」
「南部にある小さな村ですが…」
「へー、東大陸のお生まれなんですね。何歳なんですか?」
「二十六歳です」
「そうなんですかー! 私の一つ下なんですねー」
「え!? と、年上…ですか?」
「はい! バリバリの二十七歳ですよ!」
「は、はぁ…見た目が……とてもお若いですね」
「ありがとうございます! サリータさんだって、すごい綺麗なお顔をしていますね! モデルさんみたいです。傭兵でこんなに綺麗な人を見るのは初めてですよ!」
「そ、そんな…。よ、傭兵に顔の良し悪しなんて関係ありません!」
「どうせなら綺麗なほうがいいじゃないですか」
「ですが、よくセクハラに遭いますし…いいことなんてありません」
「サリータさん、可愛い! ぎゅっ!」
「うひっ!? な、なにを…ああ! む、胸を揉んでは…!」
「肌は思ったより荒れていないですね。きっと肌の質が良いんですよ。ところで、どうして傭兵をやっておられるのですか? やっぱり女性で傭兵をやるって珍しいですよね。私も仕事上よく接しますけど、ほとんど見たことはありませんし」
「それは…その…わざわざ他人に言うことでは…」
「いいじゃないですか。教えてくださいー。もみもみ」
「あああ! だ、駄目です! そんなに揉んじゃ…ひぅっ!」
「教えてくれないと揉み続けますからねー!」
「わ、わかりました! 言います! …そ、そんなにたいした話ではありません。子供の頃に女の傭兵に助けられて…それがきっかけになっただけです」
「その人に戦い方を習ったのですか?」
「いいえ。彼女は自分たちを助けた時に死んでしまいました」
「…そうですか。哀しいですね」
「傭兵である以上、仕方ありません。どうせいつか死ぬのならば、彼女のように何か意味あることを成して死にたい。そう思った出来事でもありました」
「でも、こうしてサリータさんが引き継いでくれたのですから、その人も本望ではないでしょうか。そこであなたも死んでいたら、私たちが会うこともありませんでしたからね」
「そうですね。あ…えと……お名前を伺っても…?」
「あっ、自己紹介を忘れていましたね。私は小百合・ミナミノです! サリータさんは、サリータさんでいいんですか?」
「サリータ・ケサセリアがフルネームです」
「じゃあ、やっぱりサリータさんですね! ぎゅっ!」
「あうー!」
(なんだか…温かい人だな。水も温かいから…浸かっていると頭がふわふわする。…あれ? なぜ自分はこんなにも自然に話しているのだろう?)
小百合の明るい雰囲気と露天風呂の温もりに包まれて、いつもは気を張っているサリータも警戒心が和らいでいるようだ。
それを見たベ・ヴェルが溜息をつく。
「なんだい、すっかり馴染んでいるじゃないか。嫌だ嫌だって言うやつほど、本心ではやりたいもんなんだよねぇ。いつの間にか敬語になってるしさ。まるで借りてきた猫じゃないか。あーあ、やってられないねぇ」
「ち、ちがっ! 何を言う! これはたまたまで…」
「たまたまなんて哀しいです! ぎゅっ! もみもみ!」
「いひぃいいっ! み、ミナミノさん、揉んでは…」
「小百合って呼んでくれないとやめません!」
「ひーーっ! さ、小百合さん…や、やめてくだ……さい!」
「あれは嘘です! 呼んでもやめません!」
「ええええええ!?」
「やれやれだねぇ」
「で、あなたはどうして傭兵をやっているの?」
命気風呂でマッサージをしながら、マキがベ・ヴェルに訊ねる。
「べつに。それしかやることがないからねぇ。まあ、言いたいことはわかるよ。男が偉そうにしている業界に、わざわざ女がでしゃばる必要はないって話だろう?」
「私も衛士をやっていたから立場的にはあなたと変わらないわ。ずっと男なんて生き物は、汚らわしくて卑しいと思って見下していたもの」
「ははは、あんたも似たようなものみたいだねぇ。最初は気晴らしにやっていたくらいだけど、だんだん鼻っ柱をへし折ってやりたいと思ったのさ。ただ、案外思い通りにはいかないけどねぇ」
「そうね。その気持ちもわかるわ。あなたの筋肉の付き方、自然の中で培われたものよね? どこの生まれなの?」
「へぇ、わかるんだ。あたしが生まれたのは、ここから遥か南にある巨大な森と山々に囲まれた集落さ。そこで生きているだけで勝手にこうなるよ。あたしみたいな大女は、昔から男と同じ扱いをされていたせいでもあるけどね」
「南にもそんな場所があるのね」
「南といっても広いもんさ。このあたりに来るのにも何年もかかったよ」
「彼女とは昔から組んでいるの?」
「そんな昔じゃないよ。一年かそこら前に同じ依頼に参加してからさ。あいつは生真面目で融通が利かないから、しょっちゅうトラブルばかりを起こしていたんだ。で、同じ女で気楽だし、気づいたら組んでいたってわけさね」
ベ・ヴェルはサリータとは違い、いつも通りの態度で風呂に浸かっている。
ただ、魔獣との生死をかけた戦いや、さきほどのトラブルで緊張状態にあったため、突然の弛緩に表情も柔らかくなっていた。
逆に言えば、普段はそれだけ気を張っている必要があるのだ。やはり女性が傭兵を続けるには厳しい現状がうかがえる。
「あんたらはいいねぇ。こんな風呂にも入れて、良い武器まで使えている。羨ましいよ」
「それー! それは私も思ってたよー! ずるいずるい! みんなみたいな防具があれば、私だって怪我しないで済んだのに! どうして私にも作ってくれなかったのー!?」
「アイラはその時にはいなかったですからね。仕方ありません」
「そこまで贅沢は言えないわ。それにあなたは、座長がくれた防具も置いてきたくらいですもの。何も言える立場じゃないわよ」
「そんなー! ちょっとくらい気を利かせて用意してくれてもいいのに!」
「ご主人様に傷を治していただけるだけでも感謝しなさい。本当ならばとっくに食べられているところですよ」
「うう、傷は治るけどさ…やられるときは痛いんだよね。あーあ、良い防具があればなー」
ホロロとユキネがアイラをたしなめる。
しかし、彼女の言い分ももっともだ。アンシュラオン隊がここまでの戦果を叩き出しているのは、確実に武具の性能のおかげである。
ただし、それもまた力だ。
力を得るために努力した者だけに与えられる特権なのである。
「やぁ、仲良くやっているようだね」
「うわっ!」
そこにアンシュラオンが登場。
普通に素っ裸なので、サリータが慌てて目を逸らす。
「混浴なんてオレの国じゃ珍しいことじゃないよ。そんなに気にしなくてもいいのに」
「い、いえ! そんなことはできましぇん!」
「ははは、反応が可愛いね」
「ですよねー! サリータさんって可愛いです!」
「や、やめてください! 可愛くなくてよいのです! それに混浴というのはいろいろと問題が…」
「安心してください! 恥ずかしいところは小百合が押さえていますからね!」
小百合がサリータの胸と股間を手で覆うものの、そのほうが恥ずかしい気がしないでもない。
「じゃあ、少し腕を見せてもらおうかな」
「はへっ!? あひっ!」
「こらこら、動かないの」
アンシュラオンがサリータの左腕を掴む。
「ふむ、かなり強く傷めたね。肩も腱板が半分切れてるし、筋肉の断裂も酷い。いくら武人の素養があっても放置したら後遺症が残るかもしれない」
「はぁはぁ…うう……」
「これから怪我を治すけど、いい?」
「…治す? そのようなことが…で、できるのです…か?」
「できるよ。どうする?」
「………」
「駄目だよ」
「ま、まだ何も…言って……いませんが……」
「これからオレが言うことには、全部『はい』で答えること。いいね?」
「え?」
「ハイは?」
「…は、はい」
「腕を治すよ。いいね?」
「…はい」
「よし、治ったよ」
「え!?」
サリータが顔を真っ赤にしている間に、アンシュラオンが腕を治す。
命気風呂に入るだけで基本的なところは治療されていたので、あとは大きな損傷箇所を繋げるだけで終わりだ。さらに細胞にエネルギーを満たせば、最初よりも動きが良くなるくらいである。
「こんなに簡単に…すごい」
「そうですよー。アンシュラオン様はすごいんです! 一度全部診てもらうといいかもしれませんね」
「そうだね。じゃあ、次は身体全部をチェックしてみようか」
「えええええええええ!!」
「ぐへへ、逃がしませんよー! 前も全部晒してください! ほら、隠しちゃ駄目ですよ!」
「さ、小百合さん!? そんな! 男に身体を見せるなどと! 恥じらいはないのですか!?」
「アンシュラオン様は、そんなことは気にしません!」
「自分が気にするのです!」
「はいはい、面倒だからサクサクいくよ。手をどけてね」
「あっ―――あああああああ!」
問答無用でサリータの身体をチェック。
いろいろな場所を触ってみて筋肉や骨、神経の構造を調べる。
(うむ、いい身体をしているな。身長は185センチ前後の高身長で、すらっとしていて無駄な肉はほとんどなく、筋肉の付き方も偏っていない。左腕が利き腕なのかな? そこだけ筋力が強いけど、全体的に非常にバランスがいい。つまりは『倒れにくい身体』をしているということだ)
サリータは女性にしては珍しい高身長で、若干ほっそりしているように見えながらも、やはり傭兵として鍛えているので強い筋肉が付いている。
戦闘中は装備のちぐはぐさと、魔獣の当たりの強さで何度も転んでいたが、実際はバランス感覚が良さそうな体型をしていた。耐久性も問題なさそうだ。
「うーむ、鍛えればけっこういいかもなぁ……さわさわ…もみもみ」
「あわぁぁあ…あわわわ…!」
「サリータさん、これは治療なんだよ。動いちゃ駄目だからね」
「ううううっ……!!」
(胸は手にすっぽり収まるくらいか。BカップとCカップの中間くらいかな? 女性の場合は筋肉操作で壁にもできるから、大きければ大きいほどいいんだが…まあ、オレは差別はしない。女性の胸はすべからく美しく偉大だ)
さりげなく胸も調査するが、これも医療行為の一環だ。好きでやっているわけではない。仕方ない。受け入れるしかない事実だ。
検査が終わった頃には、サリータは全身を真っ赤にしながら泣きそうになっていた。今では隅っこに縮こまって隠れてしまっている。
が、身長が高いので岩の裏に隠れているのが丸見えだ。
「次はベ・ヴェルさんかな」
「あたしもかい?」
「ちゃんとチェックしないとね。嫌かな?」
「それくらいはいいけど―――あはっ! な、なんだいこの手は…!?」
「あれ? 意外と感度がいい?」
「感度がいいんじゃなくて…あんたの手が―――んひっ!! こ、これはまずいよ! ちょっと待って…!」
「ほら、おとなしくしなさい。せっかくアンシュラオン君が診てくれているのよ」
「あ、あんたまで!? うくうううっ! あひんっ! ちょっ、男にこんなに優しく触られるなんて…初めてだから! うふっ! ぐにゅにゅにゅうううう!」
「オレは他の男みたいに邪念がないからね。ただただ女性への愛に満ちているのさ」
マキに押さえてもらい、ベ・ヴェルのチェックも終わる。
(ボディビルダーほどではないけど筋肉量が多い身体だ。ただ、筋トレでは付かない実戦的な筋肉が付いているのも特徴かな。でも、触ってみると弾力があって柔らかい。魔獣の筋肉に少し似ているかも)
ベ・ヴェルは柔軟性がありながらも、とても強い筋肉が付いている。それはまるで肉食動物のようだった。
だからこそ大剣をあそこまで振りかぶることができるし、攻撃を受けても衝撃を吸収できるのだ。
(胸も大きいな。サリータさんとは正反対のタイプなのも面白い)
彼女の場合は身体も大きいので、ちょうどよい大きさに見えてしまうが、かなりの巨乳といえる。
普段の態度も含めてワイルドな雰囲気が魅力的な美女で、エキゾチックな民族風の容貌も刺激的である。
「はーー、はーー! なんてことをするんだい! さ、触り方が…優しすぎる!」
「優しくて怒られたのは初めてだ」
「こんな大女に優しくするやつなんて初めてだよ」
「普通に綺麗で可愛いと思うよ。見た目で誤解する人が多そうだけど、サリータさんと同じでベ・ヴェルさんも処女でしょ?」
「うっ…なんでわかるんだい?」
「匂いがそうだもん。あとは身体の反応とかもね。まあ、全身をチェックしたから嫌でもわかっちゃうんだけどね」
「ほんと、ここはちょっとおかしいよ。あんた以外は女しかいないじゃないか。それだけで異常さ」
「一応、妖怪樽ジジイもいるよ」
アル先生は暇なのか、夜な夜な野営地を樽姿のまま回って、傭兵を驚かして楽しんでいるので今はいない。
いまだ彼を使うほどの相手が出てきていない事情もあるが、まったくもってフリーダムな隊である。




