252話 「淘汰 その2『サリータ連行』」
「おっと、大丈夫かい? そんなに近づいたら危ないじゃないか」
顔面を殴られた男は、地面に転がった際に石に頭をぶつけて意識を失う。
それに他の男たちが激怒。
「てめぇ、やるつもりか!!」
「悪かったねぇ。そんなつもりじゃなかったんだよ。ええと、どこだったかな。たしかこのへんに…」
「ふざけやがって! ひん剥いて素っ裸にしてやるよ!!」
「嬉しいね。こんな大女でも異性の対象にしてくれるのかい? でも、あんたらみたいな雑魚には興味がないのさ。そいつを引っ張って、さっさと帰るんだね」
「こいつ…!」
と、男たちがやる気になった時には、もう遅い。
すでに駆けていたサリータが、右腕で大盾を構えて―――ぶちかまし!
男たちは身構えたものの、その迷いのない突撃になすすべもなく、固まっていた四人が吹き飛ばされる。
今回は重いほうの大盾を装備していたので、その重量を使って圧迫して身動きを封じる。
それでもさすがに四人全員は押さえられないため、一人だけ男が立ち上がろうとしていた。
「やりやがったな…! 女のくせに…でしゃばりやがって…!」
「女だと思って甘く見るんじゃないよ。こっちも命張ってんだ!」
「ぐべっ!」
ベ・ヴェルが男の胸倉を掴んで、片手だけで持ち上げると、思いきり地面に顔面を叩きつけた。
こちらの男も鼻が潰れ、前歯がへし折れて気絶。やはり大剣を振るだけあって腕力はかなりのものらしい。
そして、サリータが押さえている他の男に対しても、遠慮なく顔面を蹴り飛ばす。
何度も蹴ったので鼻や頬骨が折れ、顎が外れ、顔が変形してしまった。これによって彼らも気を失う。
「ベ・ヴェル、そのへんにしておけ。死なれると面倒だぞ」
「男どもなんざ、これくらいやらないと理解しないのさ」
「てめぇら…マジで……殺す!」
ここで最初に殴られて意識を失っていた男が復活。
まだふらふらしながらも剣を抜く。
防衛本能が過剰に高ぶり、殺気が滲み出ているので本気で殺す気だ。
だが、ベ・ヴェルはそれならばと、こちらも遠慮なく大剣を手に取った。
「ほら、来なよ。叩き潰してやるさ」
「後悔するんじゃねえぞ! この野郎!!」
「野郎って…あたしは女だけどねぇ!」
男は剣を向けて突進。
突きがベ・ヴェルの腹を狙うが、その前に彼女の腕が動く。
肩に乗せるように担いでいた大剣を片手だけで振り抜き、男の剣が届く前に―――ドゴンッ!!
剣の腹で男の頭をぶっ叩いた。
「ごがっ…ごばば……がくっ」
強い衝撃を受けた男は地面に倒れて動かない。
男の頭は陥没しており、なんとも痛々しい姿になっていた。
「はんっ! 後悔するのはそっちのほうだったねぇ」
「死んだか?」
「うーん、まだかろうじて生きてるかな? でも、これじゃしばらく使い物にならないだろうね」
そう言って、ついでに股間まで蹴る。
けしかけたのは男たちなので自業自得だが、股間への攻撃だけは若干同情してしまいそうになる。意識がなかったことだけが幸いだろうか。
「男はくだらないことにこだわるものだ。傭兵同士で争ってどうする。ここに来た意味がないだろうに」
「それがわからないほど馬鹿なのさ。ほんと、女だからって毎回絡まれるのはいい迷惑だよ。こっちは水浴びも満足にできなくて気が立っているってのにね」
「ここではしょうがない。支給される分だけでは足りないからな。我慢するしかない」
「あーあ、やっぱり割に合わない仕事かもしれないねぇ。思った以上にタフな戦いだよ。そういえばグラス・ギースのお姫様は、ちゃんと風呂に入っているそうだよ。いいご身分さ」
「それも仕方がない。立場と身分が違う」
「サリータ、あんたは羨ましくないのかい?」
「求めても手に入らないものはある。文句を言わず、今やれることをやるだけだ。少なくとも、こいつらのように他人のせいにして生きたくはない」
「あんたは真面目だね。せめて落ち着ける場所があればねぇ…」
「それなら、うちに来る?」
「えっ…?」
いつの間にかアンシュラオンが目の前にいた。
さりげなく倒れた男たちを踏んでいるが、当人はまったく気づいてもいないようだ。
「あんたはホワイトハンターの…」
「アンシュラオンだよ。久しぶり…というほどでもないかな。こないだの戦いにも参加していたよね?」
「おかげさまで大変な目に遭ったけどねぇ」
「連携ミスはこっちのせいじゃないし、オレの隊が来なかったら全滅していたんだ。それくらいは勘弁してよ」
「で、ホワイトハンター様が何の用だい?」
「お風呂に入りたいんでしょ? オレのところなら安全に入れるよ。他の女性たちもいるし気兼ねなく過ごせると思うけど、どうかな?」
「また上から目線のお節介かい? そんなもんで買収されるとでも?」
「ここじゃお風呂は貴重だよ。十分価値があると思うけどね」
「なんでそんなに、あたしらにこだわるのさ?」
「単純に女傭兵に興味があるんだ。だから物で釣って君たちを手に入れようと、いつも狙っているんだよ」
「ははは、こりゃはっきり言うもんだ。それで今度はあたしらをはべらそうってか? いい趣味してるよ。でも、あの女はいいのかい? あたしらのことを気に入らないみたいだったけどねぇ」
「マキさんのこと? 彼女はそんなに小さな人じゃないよ。君たちが実力通りに行動するのならば受け入れるさ」
「…それは、あたしらが未熟だって言いたいのかい?」
「この二十日間、実際に経験してみてどうだった? ベ・ヴェルさんは一見すると大きな傷はないけど、身体がかなり傷んでいるよね。回復する前に何度も激しい戦いをしているから、骨も何箇所か疲労骨折しているみたいだ。さっきから片腕しか使っていないけど、サリータさん同様に腕を痛めているんじゃない? 手首かな?」
「本当によく見ているねぇ…」
「サリータさんの左腕は特に重傷みたいだね。こっちも戦いが続いて自然治癒する暇がないんだ。でも、オレならば治せるよ。うちの風呂は怪我を治したり疲労を回復させる効果があるからね。どう? 興味が湧いてきたでしょ?」
「そんなにあたしらを風呂に入らせたいのかい? いやらしい魂胆でもあるんじゃないのかねぇ」
「いやいや、せいぜいマッサージをするくらいだよ。こう見えても整体師だからね! ほら、名刺!」
ペーグにも渡した名刺である。まだ持っていたとは懐かしいものだ。
だが、その怪しい整体師と関わった結果、彼は腰が砕けたが。
「やれやれ、すごい熱意だ。どうするサリータ、ご相伴にあずかるかい?」
「せ、せっかくのご厚意だが、遠慮させて―――」
「駄目だよ」
「駄目!?」
「こないだの戦いで、君は炬乃未さんの武具を使っていたよね。使うしかないほどに追い込まれていた」
「そ、それはたまたま持っていたからで…好きで使ったわけでは…」
「ここから先はもっと厳しくなるよ。このままじゃ必ず死ぬ。せっかく使えるものがあるのにあえて使わないのもいいけど、それは勝者だけが持つ選択の権利だ。余裕の表れだ。でも、敗者が使わなかったら、それは単なる『馬鹿』だよ」
「………」
「サリータ、いいじゃないか。男は利用してなんぼだろう? せめて今日の風呂くらいは借りるとしようよ。こちとらもう我慢の限界さね」
「だ、だが…それでは……今までやってきたことが……あ、甘えは駄目だ! いけない!」
「はいはい、もう面倒くさいから、さっさと行こうね」
「ひゃっ!? な、何をする……のです」
アンシュラオンがサリータを軽々持ち上げる。
ついでに彼女が持っていた重装備が入っている袋も、指一本で肩に引っかけた。
「意固地な人はこうするのが一番さ。どうせ抵抗できないんでしょ? なら、言うことを聞くしかないよね」
「そ、そんな! これでは拉致ではありませんか!?」
「そうだよ。ここでは力がある者が絶対の権力者なんだ。男ならべつにボコボコにされて尻を掘られてもかまわないけど、女性がそんな目に遭うことは許せない。これはオレの勝手な流儀だけど、逆らう力がないなら従ってもらうからね」
「ま、待って…あっ! そんなに強く抱きしめては…! うううう! に、匂いが……あぁあああ」
「ベ・ヴェルさんも抱き上げたほうがいい?」
「いや、さすがにそれは遠慮しておくよ。そんなことをされたら、そいつみたいにおかしくなっちまう」
「じゃあ、後ろからついてきてね。オレと一緒にいれば大丈夫だからさ」
「だ、駄目です! は、放してくださ―――あひゃっ!?」
「暴れたら尻を揉むからね。次は胸を触っちゃうかも」
「せ、セクハラは―――いひぃっ!?」
「うーん、大きくはないけど形はいいね。あと何回揉ませてくれるのかな?」
「うううーー!」
アンシュラオンは、おとなしくなったサリータを抱えながら移動。
その間にいくつかの野営地を通るので、そこで野次を飛ばされる。
「アンシュラオン、それが今日の獲物か?」
「そうだよ。風呂に入れて綺麗にしてから食べるんだ」
「女傭兵にも手を出すのかよ。底なしだな」
「どうだ、羨ましいだろう。お前たちは女ひでりを楽しめ!」
「ヒューヒュー! 今晩もアンシュラオンが女を漁ってるぞー」
「そうだぞ! これはオレのものだー! 手を出すやつがいたらぶん殴るからな! 魔獣に尻を掘らせてやる! 覚悟しとけよー!」
サリータたちがアンシュラオンと関わりがあると思わせるだけで、強い抑止効果が期待できる。
しかし、抱えられているサリータ自身は顔を真っ赤にしながら耐えていた。
(うううっ! 完全に晒し者ではないか! は、恥ずかしい…! で、でも、ふわふわな髪の毛が頬に触れて…き、気持ちいい……ああ、この匂いは駄目だぁ…)
年上女性にとって、この男の匂いは麻薬に近い。
ただ近くにいるだけなのに、それだけでくにゃくにゃになってしまう。
アンシュラオンが自身の野営地に到着すると、マキたちが出迎える。
「お帰りなさい。あら、その人たちも連れてきちゃったの?」
「うん、男に襲われていたからね」
「え!? なんてこと…! そいつらはどこ! ぶっ飛ばしてやるわ!」
「大丈夫、自力で倒してたよ。でも、そろそろ限界みたいだし、ここに置いてもいいかな?」
「そうね。女性たちだけじゃ心配だもの。私はかまわないわ」
「小百合も大歓迎ですよー! やったー! 仲間が増えましたね!」
「い、いえ、自分はその…!」
「まずはお風呂に入れてあげてくれる? お湯の準備をするから待っててね」
「はいはーい! お任せください! サリータさんですよね? こちらへどうぞー」
「で、ですからこれは…うっ! い、意外と腕力が強い!? あっ、服を脱がしては…! じ、自分で脱げます!」
「遠慮しないでください。同じ女じゃないですか。わしゃわしゃ」
「なんか手付きが怪しい!?」
「逃がしませんよー!」
「ひーー!」
小百合がサリータを引きずっていき、服を強引に脱がしている。
魔石の力でパワーアップしていることと、同じ女ということでサリータも微妙な抵抗しかできず、あっという間に裸にされてしまう。
「あなたはどうする? 自分で脱げる?」
ベ・ヴェルにはマキが対応。
「当たり前じゃないかい。ここじゃ他人に脱がされないといけないルールなんてあるのかね?」
「そういえば、最近じゃ小百合さんに脱がされるのが普通になってきた気がする…」
「すごい場所だね、ここは。まるで現実感のない異世界だよ」
「あら、けっこう大きいわね」
ベ・ヴェルが自分で服を脱ぐと、豊満な胸が露わになる。
彼女は身長が百九十センチはある大柄で、身体は筋肉質で引き締まっており、脂肪はほとんどない。
が、それにしては胸が大きく、マキにも劣らない大きさであった。(身長が低いマキのほうが相対的に巨乳ではあるが)
「みんな、お風呂が沸いたよ」
「わーい! お風呂だー!」
「…こくり!」
真っ先にサナとアイラがお風呂に飛び込む。
この二人は特に風呂が好きなので、時間があれば何時間も入るほどだ。
また、風呂は日々進化しており、専用の壁が付いた露天風呂になっていた。
アンシュラオン自ら意匠を凝らし、ムードの出る灯篭やらお湯を吐き出す獅子口、岩を削って作った亀や鶴の彫刻等々、ここが森の中であることを忘れそうな見事な出来栄えである。




