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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
『翠清山の激闘』編
251/619

251話 「淘汰 その1『脱落者』」


 侵攻開始、十八日目。


 アンシュラオン隊の活躍のおかげで、森の第二階層まで一気に侵攻した傭兵・ハンター混成軍だったが、それから三日間は拠点作りと再度攻撃を仕掛けてくる魔獣との防衛戦が繰り広げられていた。


 拠点作りの際、大量の物資と海軍の工作兵が集まるので、それを狙って魔獣が攻め寄せてくるのだ。


 一度旗を立てたくらいでは簡単に諦めない。魔獣だって自分たちの住処を守るために死に物狂いである。


 そこで再び激しい消耗戦が発生。


 アンシュラオンが述べたように、まるで地獄のような場所だった。多くの傭兵やハンターたちが肉体的に傷つき、精神も磨耗していく。



「はぁ…はぁ。さすがに疲れるわね」


「だいぶ敵の数も減ってきた。これくらいなら傭兵隊だけで十分だろう。マキさんも下がっていいよ」


「そうさせてもらうわ」



 朝から夕方まで戦い詰めだったマキも汗でびっしょりだ。


 アンシュラオン隊も防衛戦に参加しているが、もともとの役割は突撃による強襲にあり、守り続ける戦いには向いていない。


 さすがに隊員にも疲労が蓄積したので、ここで傭兵隊にバトンタッチ。



「…ふらふら、ぎゅっ」


「サナもがんばったなぁ。なでなで」



 サナも司令塔でずっと動きっぱなしだ。戻ってくると同時にアンシュラオンに抱きついて、そのまま眠りに入るほど疲れていた。


 こういうときの彼女は一番安全な場所に身を寄せる。つまりはここがもっとも安全だと知っているのである。



(予想通り、一筋縄ではいかなかったな。陣地を一度攻め取ったからといって相手が黙っているわけがない。戦争じゃ取ったり取られたりするのが普通なんだ。だが、それでも押し込んだオレたちのほうが有利かな)



 第二拠点は着々と完成に近づいていた。


 これが防塞として機能すれば、魔獣たちが取り返すのは至難の業になるだろう。





  ∞†∞†∞





 侵攻開始、二十日目。


 多少工期は遅れたが、なんとか拠点が完成。


 第一拠点から第二拠点にかけて補給路が生まれて、ようやくだが森の五十キロ地点まで制圧が完了する。


 しかしながら混成軍内部では、徐々に問題が発生していた。



「いてぇ…いてぇよ……」


「足をやられた…ちくしょう! あの獣どもが! 遠慮なく食いちぎりやがって!」


「ひ、ひぃいい…もうやだよ……無理だよ…戦えないよ」


「魔獣ってあんなに強かったのかよ…想像以上だ」



 戦いについていけなくなる者たちが出てきたのだ。


 最初こそ楽勝だと思った彼らであったが、第二階層に入った途端に魔獣のレベルと数が劇的に上がった。


 森の魔獣のほぼすべてが集まるという最大のアクシデントはあったものの、公募で集まった者たちの実力はまちまちだ。


 低レベルの者、戦い自体に慣れていない者、慣れてはいてもここまで過酷な現場を知らない者等、魔獣を侮っていた者にとっては想定外の事態でもあったようだ。


 そして、これによって少しずつトラブルが起き始める。



「なぁ、その『若癒の術符』を貸してくれよ。うちの仲間が手酷くやられたんだ」



 傭兵の一人が、警備商隊員に詰め寄る。



「駄目だ。貴重な術符を今使うわけにはいかない」


「そんなことを言うなよ。一緒に戦う仲間だろう?」


「支給されたものがあっただろう。それ以前に二百万の支度金が出ていたはずだ。自分たちで準備はしてこなかったのか?」


「支給された薬はとっくに使っちまったよ。支度金だって、こっちは武具をそろえるだけで精一杯だったんだよ。あんたらと違って貧乏人なんだ。いいだろう? な?」


「お前たちの隊は、初日にかなりの数の魔獣を倒していたな。カードに記録が残っている」


「そ、そうだ。それだけがんばっている証拠だろう?」


「逆だ。無駄に消耗するなと言われたはずだ。勝手な行動によって発生した損害に関しては、最初の説明にもあったように自己責任だ。助ける義理はない」


「な、なんだよ、調子に乗ったのは初日だけだろうがよ! こっちは命を張ってんだぞ!」


「命を張っているのはこちらも同じだ。だから生き残るために最善の準備をしている。金に目が眩んだのはお前たち自身の選択だ。デメリットも受け入れろ」


「ふざけるな! 約束が違うじゃないか! 騙したのか!」


「誰もお前の尻拭いの約束などしていない。そもそも自分で自分を守るのは傭兵の流儀だ。そんな初歩的なこともできないで参加したのか? 雑魚はさっさと帰れ。邪魔にしかならん」


「てめぇ! もう一度言ってみろ!」


「聴こえなかったのか? 負け犬は、さっさと帰れと言ったのだ」


「もう許さねぇ! ぶっ殺してやる!」


「いいだろう。表に出ろ。実力の差を教えてやる」



 些細なことから殴り合いの喧嘩が始まった。


 そこらの傭兵が商隊員に勝てるわけがないので、見事にボコボコにされている。


 それ以外にも傭兵やハンター同士で、ちょっとしたことで言い争う場面が増えていき、険悪な雰囲気になる野営地も多くなった。


 その光景をアンシュラオンは冷ややかに見つめていた。



(ちょうどメッキが剥がれる頃か。あのマキさんでさえ相手の圧力に苦慮しているんだ。低レベルの傭兵が対応できるわけがない。数だけは多いが、実際の及第点以上は四割にも満たないからな)



「グランハム、商隊員が殴り合っているけど止めなくていいの?」


「放っておけばいい。どうせ互いの流儀も目的も違う者同士だ。最初からわかり合うことは不可能だ。【ふるい落とし】にはちょうどいいだろう」


「こうした不和も想定内ってことか」


「弱い者を早めに脱落させるのも損害を防ぐための手段だ。命が残っていれば、またチャンスも来る」


「そうだね。役に立たないどころか物資を食い潰すからなぁ。あっ、マキさんが仲裁に入っちゃった。あっ、殴った。…もしかしてマキさんって仲裁する能力が低いんじゃないのか? いつも間に入るとトラブルばかりが起きるんだけど…」


「こちらもメッターボルンが暴れている。ここでもっとも価値があるのは力のみだ。理解力の乏しい者には、腕力で道理を教えるのが一番早くて安全だ」


「イタ嬢は殴っても理解しなさそうだけどね。さっきも呑気にお茶を飲んでいたよ。あれでいいの?」


「下手に怯えられるよりも能天気のほうが助かる。それだけ余裕があると思わせることができるからな」



 すっかり存在を忘れられているが、この混成軍はベルロアナが旗印だ。


 彼女はこれだけの戦いが起きても前線には出てこず、拠点で待機する日々が続いている。


 今は第二拠点が出来たので、朝方になって第一拠点から移動してきたが、相変わらず中でのんびりしているようだ。


 だが、それが逆によかった。


 怪我をした傭兵たちは思うところもあっただろうが、まったく変わらない様子に毒気を抜かれて、改めて彼女の王者の風格に恐れおののいたという。



「スザクとの勝負はどうなっているの? カードチェックでポイントはわかるんだよね?」


「もともと互いの支持者を半々の数で編成している。こちらの隊に関してはイーブンといったところだろう。あとは向こう側次第だ」


「スザクともいまだに連絡は取れないか。大丈夫だとは思うけどね…。で、明日からの予定は?」


「森の最奥、第三階層を攻めるためには今まで以上の準備が必要だ。調査が終わり次第、順次編成を開始する。が、その前に後顧の憂いを断つために『熊を退治』する」


「巣が全部見つかったの?」


「そうだ。ハンターQがボスの特殊個体も見つけた。その討伐の指揮をお前に任せたい。討伐は別途ハンター隊を編成する予定だ。ホワイトハンターのお前が適任だろう」


「熊に関しては特例でオレも戦っていいんだよね?」


「問題ない。森の熊に時間をかける余裕はない。他に要望があれば聞く」


「人選はオレに一任してもらうよ。生半可なやつを連れていっても被害が増えるだけだからさ。それとボスの素材や結晶とかは、Qにあげる頭部以外は全部ちょうだい。あと、経費も出してくれると嬉しいな。機関砲代が大変なんだよ」


「わかった。特別経費としてハピ・クジュネに請求しておく。こちらがハイザク軍の敵まで引き受けたのだ。文句は言うまい」


「よし、契約成立だ!」


「お前は意外と安く動くな」


「目先の欲に忠実だからね。サナたちの鍛錬にもなるし一石二鳥さ。んじゃ、オレは少し見回ってくるよ。グランハムも眉間にしわが寄ってるから適度に休んだほうがいいよ」


「今度酒に付き合え」


「オレが飲むと全部飲んじゃうぞ?」


「そこは少し遠慮しろ」



 アンシュラオンはグランハムと別れて、夜の野営地を見て回る。


 それぞれの隊が自由に野営をしており、いくつかの集団で一緒に食事を囲む者もいれば、他者とは関わらずにひっそりと休んでいる者もいた。



(拠点に入れない連中は寝る場所もバラバラか。こんなんじゃ、まとまりなんてあるわけがないよな。えーと、女性は大丈夫かな?)



 やはり気になるのが女性である。


 ここは広大な森かつ、荒くれ者の傭兵が集まる場所だ。こうした険悪なムードだと自暴自棄になった者に襲われてしまうかもしれない。


 それを防ぐための自発的な見回りである。


 といっても、もともと女性は少なく、行軍の際にある程度目星をつけていた隊を中心に見て回るくらいしかできない。



(パーティーや隊が生き残っているところは大丈夫か。だが、単独や少人数でいると危ないかもな。ん? あれは…)



 拠点からだいぶ離れた森の中で、誰かが争っているのを発見。そのうち片方は女性である。


 近寄ってみると、怒鳴りあっている声が聴こえてきた。



「てめぇ、昼間はよくもやってくれたな!」


「あぁ? 何の話だい?」


「忘れたとは言わせねぇぜ! こっちに犬どもを押しつけやがって! あれでうちの仲間が二人死んだんだ!」


「それは災難だったねぇ。でも、乱戦だったんだ。相手が誰を狙おうが勝手じゃないのかい? お気の毒様だよ」


「女だと思って下手に出ていりゃ、付け上がりやがって!」


「いつ下手に出たのさ? こっちは疲れているんだ。あんたにかまう暇なんてないんだよ」



 どうやら言い争っているのは、ベ・ヴェルと傭兵の男のようだ。


 男たちのほうはグループで、後ろにさらに四人いる。さきほどの言葉から察するに元は七人だったようだが、二人ほど昼間の戦いで死んだようだ。


 生き残った男たちも顔や手足に包帯を巻いていた。それだけ激しい戦いだったということだろう。



(そういえば、昼間にまた犬型魔獣の群れが来たな。あの時に迎撃に出ていたっけ。たしかサリータさんとベ・ヴェルさんは二人組だから、編成としては下位のグループに振り分けられるんだよな)



 大きな傭兵団は自前で人数を確保できるが、単独あるいは少人数だと適当にまとめて前線に放り出される。


 だからなおさらまとまりがなく、集団戦になると前回のような致命的な連携ミスが起こりやすいのだ。


 そのあたりは杜撰ではあるものの、幾多の戦場を経験しているグランハムの話だと傭兵業界では珍しいことではないらしい。


 その中で生き残った者同士をさらに編成して、より強い部隊を作っていくのが通例だという。



(傭兵も大変だな。個人主義のハンターと比べて、傭兵は雇われてなんぼってことか。だが、逆に結果を出していけば、誰でも上に行ける実力主義のシステムが形成されているみたいだ。さて、どうしようかな。助けるのは簡単だけど、ちょっと様子見でいくか)



「ベ・ヴェル、揉め事か?」



 そこにサリータがやってきた。


 まだ左手が万全でないのか、若干腕の動きが鈍いように見える。



「お話にならないよ。男のくせにケツの穴が小さいことを言うのさ」


「そうか。やるなら言ってくれ」


「さぁて、そんな度胸がこいつらにあるかどうかだねぇ」


「なんだと!?」


「まぁまぁ、落ち着きなよ。あたしたちも少しは悪いと思っているんだ。ちょっと待ってな。詫びの金を―――」



 と、ベ・ヴェルが自身の胸元に手を入れるふりをして、いきなり男をぶん殴る。



「ぐべっ…」



 殴られた男は、鼻が潰れて血を噴き出しながら吹っ飛ぶ。


 男の視線がついつい胸にいっていたため、完全に不意打ちの形になって直撃したようだ。




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